Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.10 ) |
- 日時: 2011/09/20 05:46
- 名前: tamb
- ***** 綾幸終了の危機 *****
それは、とあるプロジェクトの打ち上げの席での出来事だった。
プロジェクトの打ち上げというのはなかなか微妙なもので、とにもかくにも苦労させられた 仕事が無事に終了したという開放感がある一方、景気の悪い昨今、次の仕事のメドのたたない おれのようなフリーランサーは人生の行く末について考えてしまうタイミングでもある。さす がにこの席では口にしないが、プロジェクトの終わりが見えてきた頃、実家に帰って家業を継 ごうかと思っている、などと仲間に相談されたこともあった。おれには継ぐ家業なんてないよ と答えておいたが。 結婚して家庭に入ろうかと思ってる、と言った女の子もいた。女の子なのか女性なのかは微 妙、というより女の子と呼ぶとある意味失礼かと思われるような女性だったが――それはカミ さんが子供連れて実家に帰ったっきり戻ってこないおれに対する挑戦かと答えておいた。笑顔 でだが。彼女は俄然興味を示し、身を乗り出さんばかりにしてあれこれ聞いてきた。おれは嘘 八百をペラペラと並べ立てた。
もちろんこの席にはおれを筆頭としたそんなどんよりした中年男女ばかりだけではなく、ク ライアントの偉いさんやデスクの女の子も来ていた。なんだかんだ言っても特別に有能でもな いフリーランサーが仕事にありつくにはコネがものをいったりするわけで――誰でもよければ 知ってる奴を使うわな――おれは一応その辺にも如才なく媚を売って歩いた。プライドがどう のとか言ってる場合じゃない。 同じことはクライアントの方にも言える部分がある。同じ条件なら気持ちよく仕事が出来た 所の仕事をしてもらえるって寸法だ。あるいは今後のこともあるよと餌をちらつかせつつ安く 仕事をさせようとする。もちろんまともに仕事ができたという前提条件はあるが、おれたちは その餌にまんまと飛びつくことになる。
で、そのあたりの因果を中途半端に含まされたのであろうデスクの女の子が席に戻ったおれ の所にも酒を注ぎにやってきたわけだ。
メールや電話はもちろん、打ち合わせで何度も話はしていたが、プライベートな話をしたこ となどなかった。そりゃそうだ。そんな機会などありはしないし、もうおれは若い女の子にな ど特に興味はない。気は使うし話は合わないし、ちょっと下ネタ系の冗談を言えばセクハラだ なんだと言われて面倒なだけだ。セクハラってのは何を言うかではなく誰が言うかにかかって いるらしいが、そのあたりの様子を伺いながら話をするのも鬱陶しい。
彼女は健気にも話の接ぎ穂を探し、映画や小説の話を振ってきた。仕事の話をしないだけの センスはあった。当たり前のように共通項などなかった。いくら仕事だっていっても、無理し ておれみたいなおっさんのところに来なくても他のもうちょっと若い話の合いそうな奴のとこ ろに行っていいよとそんなセリフが喉元まで出かかったが、それも大人気ない話だと思ってこ らえた。
だが唐突に彼女は言った。
「エヴァとかどうですか?」 「おれ、エヴァおただよ」
反射的におれはそう答えていた。
「あたしも!」
彼女は瞳を輝かせた。妙な事になったが、こうなるとおれも止まらない。彼女は二十代の半 ばだろうか。まあまだ女の子と呼んでもいい年頃だろう。聞くと、高校生の頃にアニおたの友 達に無理やり見せられて以来どっぷりはまってしまったのだそうだ。シンジくんのお姉さんに なりたい、いやむしろシンジくんを産みたいと叫んで周囲をドン引きさせたと言って笑った。 さすがにおれもドン引きした。シンジを産むってことはゲンドウと合体するってことだぜと思 ったが、それこそセクハラ発言のような気がして黙っていた。
Bさん(おれのことだ)っていくつなんですか、と彼女が聞いてきた。
「おれ、十四歳」
彼女はさすがに苦笑し、小さな声で言った。
「綾幸みたい」
パワーショベルで横殴りにぶん殴られたような衝撃だった。
「綾幸って、サイトの?」 「ええ!? Bさん知ってるんですか?」 「おれ、筋金入りのおたくだから」
おれがtambだとは口が裂けても言えない。 サイトには閉鎖要件というものが設定してある。それはリアルな知り合いから感想メールが 来たときというものだった。 閲覧してますよといきなり言われた場合はこの要件を満たすのだろうか。
「どう思います?」
どう思うかといわれても困る。おれが管理人兼編集人なんだし。
「面白いと思うよ。あそこ、こないだ十周年だったんだよな。とにかく十年やってたっていう のは評価してもいいんじゃないかな」
おれは当たり障りのないことを言った。他に何を言えというのだ。ビールをバーボンのロッ クに切り替える。こんな話、泥酔もせずにできるものか。 彼女もサワーを日本酒に切り替えた。
「全部読んでます?」 「読んでるよ」
そりゃそうだ。
「何が良かったですか?」 「そうだな……」
おれは比較的王道と思われる作品をいくつかあげ、念のため自分の話もあげておいた。 ひとしきりあの話はどうこの話はどうと、どこかで馬脚を露わしはしないかと半ば冷や汗を 流し半ばそのスリルを楽しみながら、FF談義は際限なくディープになって行く。このままでは やばいかもしれん。ディラックの海に片足を突っ込んでいるような気がする。おれは軽くリセ ットをかけるべく言った。
「君はどういうのが好きなの?」
彼女は日本酒をぐびりとあおり、やはり王道系の作品と、そしてLAK作品をあげた。
「女の子って、なんでかLAKが好きだよな」
あやうく「うちに来る女の子」と言いそうになった。 彼女は笑顔でうなずき、また日本酒をあおった。というかごくごくと飲んだ。そしておかわ りを頼む。大丈夫なのか?
「Bさん、秘密、守れるタイプですか?」 「おれ、口は堅いよ」
彼女を見る。酔いで頬がほんのり染まっていてなかなか可愛い。
「あたし、投稿してるんですよね。綾幸に」
なんだとー!?
おれは思い切りのけぞった。パワーショベルがどうとかいうような気のきいた比喩も思いつ かない。まさかこんな事態が訪れるとは。感想メールどころじゃない。投稿者だ。
誰だ誰だいったい誰だ。 他のサイトがどうかは知らないが、うちのサイトには女の子が結構いる。自分から明らかに しているケースもあればメールのやり取りで判明した子もいる。たぶん女の子だろうと想像で きる子もいる。むろん明らかに男だという奴もいる。会ったことのある奴もいるし。だが大部 分は性別不明だ。だから面倒なので全員十四歳の貧乳美少女処女などというふざけた設定にし ているのだ。つまり会ったことのない奴には全員その可能性があるということだ。
それにしても酔った勢いとはいえとんでもないことを口にする女の子だ。自分は廃人ですと 言ってるようなものではないか。
「……誰?」 「秘密」
彼女はそう言って、少しだけ舌を出して笑った。
実際、これはフェアではない。おれはそう思った。おれもカミングアウトするべきではない のか。自分こそがtambであると。 だがそんなことをしてもいいのか。投稿者と主宰者では重みが違う。クライアントのデスク の女の子にわたしがtambですと告白したとして、おれのこれからの人生はいったいどうなる? 終わったプロジェクトとはいえ、今後の付き合いは絶対にないとはいえない。むしろ今後も 仕事をいただきたい会社だ。 彼女から仕事の電話がかかってくる度に、枕詞か季節の挨拶のように更新が遅いだのちゃん と書いてるのかだのもっと頻繁に掲示板に登場しろなどと言われ続けることになるのだ。閉鎖 などしようものなら何を言われるかわからない。そんなことで仕事がもらえなくなることはな いとは思うが、やりにくいことおびただしい。対応に苦慮してるうちに彼女から投稿があった りするのだ。ダメ出しにも苦悩することになる。 いっそサイトトップに書くか? 投稿者にリアルな知り合いがいるということが判明しまし たのでサイトを閉鎖いたします。長い間ありがとうございました。Aさん、tambの中の人の名 前はBといいます。仕事回してください。それからメールください。Bとtambに。 ダメだダメだ全然ダメだ。なんら事態は好転しない。というより悪化させる。なんでそんな ことでサイト閉鎖なのよと罵倒されるだけだ。 覚悟を決めるしかない。彼女も告白したのだ。秘密は共有すべきだ。
「Aさん、さ」 「はい」 「Aさんは、秘密は守れる?」 「あたしも口は堅いです」 「……おれ、tambなんだよね」
彼女は丸い瞳をさらにまん丸にした。 それから笑顔でこう言った。
「えっち」
しまった! おれはエロ小説も書いてたんだった!
「それは認めよう」
もう開き直るしかない。事実は事実だ。こうなったら行き着くところまで行くしかないのだ。 エヴァで人生を棒に振るのも一興だ。
「で、君は誰なの?」
彼女は驚くべき人物の名前を口にした。 だが彼女との約束でその名前をここに書くことはできない。
てなことでAさん、こんな感じでいいすか? てゆーか、勘弁してください(泣)。
---------- 作者注:当たり前ですがフィクションです。
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