[535] One of Senses 100606
|
- 日時: 2010/06/06 02:30
- 名前: aba-m.a-kkv
ひんやりとした細い指が頬をなぞる感触にシンジの意識が浮上する。
それと共に意識する、お腹の上に感じる重み。
溶け合いそうで溶け合わない、そんな重み。
優しい雰囲気が耳元へ近づいた気がした。
そして――
「……碇くんの……味がする」
One of Senses 100606 aba-m.a-kkv
夏の入り口、昼の世界に和やかな暖かさが入り込んできて久しくなった夕方。
薄暗い部屋の中でブランケットに丸まってうつらうつら昼寝をしていたシンジの上に跨がって、レイはその頬を舐めてそう言った。
「ん……えっ?」
その声に、その感触に、シンジの思考は覚醒する。
開いた瞳に一番最初に映るのは、変わることのない綺麗な紅い眸。
そして肩に掛かるくらいまで伸びた蒼銀の髪。
それらを纏った愛しい人の姿。
自分の上に跨がるその姿は旧世紀と新世紀との間にあった、あの幻想の時の姿を一瞬掠めさせた。
あの時と違うのは、ちゃんと境界があるということ、心地いい重みが確かに存在しているということ。
目をぱちくりさせながら数瞬、シンジは現状を理解した。
いままで隣で寄り添い丸くなっていたはずのレイが、今は自分の上に跨がっている。
でも、何をされたのか何を言われたのか、それは驚きと一緒に朧の中を漂っていた。
「おはよう……碇くん」
そんなシンジを見下ろして、レイは何食わぬ静かで穏やかな表情で目覚めの挨拶をする。
「お、おはよう、綾波」
目覚めの時の言葉を返しながら、シンジは考えていた。
な、舐められた、のかな……?
味がするって……?
指先を頬にあててなぞる。
触れるそこには、微かに濡れた感触が。
「えっと……綾波、いま何ていったの?」
「……碇くんの味がする、そう言ったのよ」
何の抵抗もなく、何の飾りもなく帰ってくる声。
聞き違いでも、感違いでもない事実だったようだった。
でも、彼女と共に生きる日々の中でこういうことは時々ある、幾ら触れても慣れることはないけれど。
逆に言えばいつも新鮮ともいえる。
頬を掌で押さえながらシンジがうろたえるように聞く。
「あ、綾波ってときどき不思議なこと言うよね?」
レイは目を天井に向けて一瞬考えると、そうかしら? そう呟いてシンジの顔のすぐ側まで近づいた。
視界いっぱいに互いの顔がうつる。
シンジの息が止まる。
「そんなことないわ……碇くんの味が、確かにするもの……」
静謐を纏っていうレイに、シンジは頬を染めた。
口唇に感じるレイの息に鼓動が跳ねる。
妖艶とは違う神々しい色、そんな魅了の神眼に引き込まれるようだった。
「そ、それっておいしいとか、そういうこと?」
蛇に睨まれた蛙、狼を前にした小鹿さながら。
自分は美味しいのかと聞いてしまっているかのようなシンジに、レイは頭を振った。
そして凛とした声と眸で紡ぐ。
「いいえ……それは魂の味よ。
自我を孤立させ自己を確立する、欠けた心から滲む味。
だから、甘いとか苦いとか、美味しいとか不味いとか、そういうものではないの。
ただただ純粋に、愛しいのよ」
「……綾波」
そういって微笑むレイにシンジは目と心を奪われ、抱き寄せた。
いままで何度も繰り返し重ねてきた愛しさがこみ上げる。
そしてレイの洋服のボタンを上から三つ弾いて襟を引っ張ると、顕になったその白磁の首筋に顔を埋めた。
「い、いかりくん?」
今度はレイが驚きの声とその後にくぐもった声を滲ませて頬を染める。
「綾波の匂いがする」
「えっ?」
シンジの頭に手を回しながら目を見開くレイに、シンジは囁いた。
「僕には魂の味とか分からないけれど」
そう言ってシンジはレイの首筋を舐める、レイが声を漏らす。
「でも、綾波の匂いはわかる」
そして深く息を吸って言う。
「エヴァの中で感じた綾波の匂い。
誰でもない君の、孤立し確立した、欠けた心から滲む匂い。
それは、ただただ純粋に愛しいよ」
そう囁いて、シンジは熱くその首筋に口づけをした。
そんなシンジの言葉とぬくもりに、レイは想いが溢れその頭を抱き締める。
溶けあってしまうほどに強く。
でも、溶け合わない幸せを知っている。
だからシンジは数回軽くレイの背中を叩いた。
「苦しいよ、綾波」
「ご、ごめんなさい」
あわてて腕を解こうとするレイをシンジが捕まえる。
溶け合えないことを感じるほど強くなく、でも決して離れることのない距離を保ちながら。
互いのぬくもりを、互いの鼓動を、感じれるほどの距離を保ちながら。
「いいんだ、幸せなことだよ、ね」
二人顔を付き合わせて頷きあい、どちらともなく笑い出す。
その身体が溶け合うことはない。
その心も溶け合うことはない。
でも、互いの想いと思考が、互いの欠けた心がぴったり嵌まり合っているかのように、感じあう二人は唯一つのものへとたどり着いていく。
魂の味も。
魂の匂いも。
二人が感じるのはどちらも同じ。
そしてそれを顕すように、それを確かめるように、二人交互に言葉が零れだしていく。
「綾波を匂いを感じて……」
シンジがレイの背中に腕を回し。
「碇くんの味を感じて……その魂に触れる。
それもまた――」
レイがシンジに縋り身をゆだねる。
「欠けた心を、存在意義を交わしあった故の幸せで、喜びで、愛しさだ」
互いに伝え合ったぬくもりを抱きしめ。
「あの赤い海の上で、溶けあっていたときには決して望めないもの。
互いであるからこそ、互いがあるからこそ
感じられる、二つで唯一つの大切なもの」
互いに交わしあった欠けた心を抱きしめ。
「そうだね、だから、これでよかったんだ。
これ以上なく、これでよかったんだよ」
「ええ、そうね、碇くん」
互いに感じあう唯一つの愛しさを抱きしめながら。
シンジ君へ、一年間お世話になりました。
また一年、よろしく。

|
|