[650] 碇くん誕生日記念
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- 日時: 2012/06/10 01:47
- 名前: くろねこ
- 紅茶のカップを手に持ったまま、ソファーに身を沈める。
目の前に置かれたテレビを、ぼんやりと見つめながら。ちょっと浮いた両の足を、軽くぱたぱたと動かしながら、はぁ…とひとつ溜息をついた。
今日は6月6日。碇くんの誕生日。 愛する彼の大切な日。彼の喜ぶことをしてあげたい。欲しいものをあげたい。 そう思っていた。のだが……
(…どうしよう……)
現在、3時20分。私はひとり、葛城宅のソファーの上。他のみんなはネルフ。つまり、お留守番中。つまりのつまり、今が準備をする絶好のチャンスなのだ。 しかし、問題があった。一番肝心なこと。 彼が何を望んでいるのかが、分からない。
(碇くんといえば……)
カップをテーブルに置いて、今度は柔らかなクッションを抱え込みながら考える。 去年は音楽プレーヤーをあげた。だからそれはだめ。彼は料理をよくする。ではエプロンは……?
(たしかこの前新しいの買ってた……)
これも却下。 では、男性が喜ぶものは?
(…………)
アスカの話を思い出す。
『男ってほんとにバカよねー!パンツくらいで興奮しちゃってさ。』
おとこのひとは、ぱんつをみたら、よろこぶ。 ぐるぐると頭の中を回転させる。
(…碇くんに、パンツをあげる……)
そして、その場面を想像してみたところ彼が鼻血を吹いてしまったので、これも却下。 鼻血を吹かなくても、きっと怒られる。怒られるのは嫌だった。
(むぅ〜………)
あとで考えよう、思って今度はテレビを見ることにする。 逃げちゃだめだ、と彼はよく言うが、逃げて見つかるものもあると思う。決していい訳じゃ、ないわ。
『え〜、本日は話題の「メイド喫茶」を訪れてみました!!』
「……めいど?」
妙に明るい笑顔を振りまくアナウンサーの高い声に、一気に意識が集中した。 じっと、テレビを凝視する。
『こんにちはー!』
『いらっしゃいませ!ご主人様!!』
「!?」
これは……… 喫茶店の中には、黒と白を基調とした服、メイド服を着た女の子たち。甘ったるい声。笑顔。 みんな可愛い。女の私でもきゅんとなる。
「………決めた。」
私はガタンと勢いよく立ち上がり、財布を片手に急ぎ足で家を出た。
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「ただいまー。」
帰ってきた。碇くん。 私は跳ねる鼓動をぎゅっと押さえつけつつ、服装の最終点検をする。そして頭のなかでシミュレーションを確認した。
トントン、と彼特有の足音が近づいてくる。ドアノブに手をかける音。ドアが開く―――――
「ただいま、あやな…」
「お、おかえりなさいませ、ごしゅじんさま……」
若干噛んでしまったが、許容範囲だ。大丈夫、大丈夫。あとはこのまま彼をもてなして……
「………。」
「………?」
おかしい。反応がない。変だ。 テレビの中だと、男のお客さんは頬を緩ませながら喜んでいたはず。 なのに、どうして彼は唖然とした表情のまま固まっているのだろう。
「…あ、あの……」
「………ご主人さま、なにかお飲みになりますか?」
「えと、あの、その…はぃ……」
このまま固まられても困るので(だって話が進まないもの)、彼のTシャツの裾を軽くつまんでリビングへといざなった。心の中で、自分を励ましながら。
「はい、麦茶でございます。」
「あ、ありがとう……」
コトンと碇くんに麦茶を出す。彼の表情はいまだに固い。なんとなく頬が赤い気もする。
「……。」
「……。」
そして、また沈黙。なんだか嫌な感じ。 どうしよう。きっと私はなにか間違いを犯したんだ。きっと碇くんは困ってるんだ。嬉しくなかったんだ。
「…ごめんなさい……」
焦りと不安と悲しみに押され、声を零す。 今まで茶を凝視していた彼が、驚いた表情でこちらを見た。
「あの…綾波、これは一体……?」
「えっと、碇くんのお誕生日のお祝いに…」
「え?」
「碇くん、喜んでくれると…思って……」
そこまで喋って、ぎゅっと黒いスカートを掴む。 自分がとてもバカなことをしていたのだと分かった。彼の顔を見ればわかる。喜びのかけらもない。 私は頭に結んだリボンをそっと外した。 服も早く着替えないと。そして、またプレゼントを考え直して……
「そっか、誕生日…」
「え…?」
「綾波、ごめんね。」
落としていた視線を、はっと上げる。 さっきまでなかった微笑が、そこにあった。
「綾波は、僕のメイドさんになってくれるの?」
ぽーっとなっていた私は、彼の問いかけに我に返った。そうだ、私は彼のメイドさんなのだ。なんでもしてあげないといけない!
「そうよ、私は碇くんの言うことをなんでも聞くの。」
「そう?」
そうしてまた、彼は優しく笑う。 胸が高鳴るのを感じた。
「じゃあ、こっちにおいで。」
「は、はい…」
イスから立ち上がって、急いで彼の横に行く。 慌てなくていいよ、と笑われた。恥ずかしい。
「じゃあ、座って。」
ぽん、と彼は自分の膝を叩く。 え、ちょっと、これって、まさか、その……
「いかりく…ご主人さま、私は重いので、それは迷惑になります。」
「…言うこと聞いてくれないの?」
彼のさみしそうな顔に、私は降参するしかなかった。 ゆっくりと膝に腰を下ろす。お尻がかたくはないだろうか、とか、重いのではないか、とか。心配と恥ずかしさで、顔に血液が集中するのがわかる。 わたしが軽くパニックになっている中、そっとお腹に彼の細い腕が回った。
「綾波、軽いよ。ちゃんと食べてる?」
「わ、私、太ったわ……」
「そう?」
「ええ。」
「……綾波、いい匂いだ。」
「え……」
ぎゅう、っと背中から抱きしめられる。首筋に彼の吐息を感じた。頭が真っ白になりかける。
「な、なにをいうのよ…」
「本当だよ。こんな可愛い子が僕のメイドさんなんて…嬉しいよ、綾波。」
「嬉しい?ほんとうに?」
「うん。」
よかった。嬉しい、という言葉を聞けた。それだけでもう満足だった。そして、あることを思い出す。 まだ彼に「おめでとう」を言ってない!!
「ご主人さま。」
「…今日は名前で呼んで欲しいな。」
「碇くん。」
「違うよ、綾波。」
「……シンジ。」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう。」
ちゅっ。そっと横を向いて、彼の頬にキスを落とす。一瞬驚いた表情だった彼が、また柔らかく微笑む。それから今度は、顎を捕えられた。
「ありがとう。」
そのまま、唇が近づ―――――
「たっだいまー!!!」
「ただいまーー。」
ガタッという音とともに、聞こえた二人の同居人の声。彼女たち特有の足音。
「はぁーちょっち今日は疲れたわー。」
「本当よ、まったく!今日はシンジの誕生日だっていうのにさ。」
ドアノブに手をかける音。ドアが開く音。 固まった私たちは、動けない。碇くんの膝の上にのったメイド服を着た私と、私を抱きしめた碇くん。あぁ、ダメ。今見ちゃダメ。一生笑いものにされてしまう!
私の心の叫びも虚しく響き、無情にもあっさりと扉は開かれた。

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