[736] gentilmente
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- 日時: 2018/07/08 00:29
- 名前: 史燕
- gentilmente
Written by 史燕
“碇シンジ” かつては人類の希望と言われ、世界に数人しかいないチルドレンとして活躍した彼も、今となっては平々凡々な高校生として日々を送っていた。 変わらない日常。 変わらない景色。 今となっては、突然の警報で呼び出されたり、命を懸けて使徒と戦ったりなどという過去は、遠い昔の出来事だ。 そもそもサードインパクトそのものも人々に認知されず、彼らが人類のために戦ったことさえも知らない者のほうが多いかもしれない。 もし仮に知る者がいたとしても、現在のシンジとそれを結びつけることなど、相当に想像力が逞しいものであっても難しいことだろう。
そんな彼、碇シンジは、かつて切望した平穏な日々の中で、今日も時間を浪費していた。
「逢いたい、なあ」
「誰に」ではない。「みんなに」である。 それを望むことそれ自体が、決してかなわない贅沢なのだが。
かつてNERVという組織があった。 人類をかけて戦う最前線であり、人類の最後の砦であったそれは、今となっては影も形もない。 所属していた人員は恣意的にバラバラにされ、チルドレン同士ですら連絡を取る手段を持たない。 或いはそういった記憶すら完全に薄れさせ、文字通り「無かったこと」にしたいというのがお偉い方々の意向なのかもしれない。 結果として、シンジは実の父親とも、かつての家族とも、日常を共に過ごした友人たちとさえも離れ離れになり、この第二東京で変わりばえのしない平穏な日々を過ごしているのだった。
「さて、今日は何にしようかな」
すっかり主夫業が板についてしまったシンジにとって、夕飯を作ることなど苦でも何でもない。 しいて言えば、姉のような保護者も、勝気な同居人もいない一人の食卓に時折感じるわびしさをいまだにぬぐい切れないことが問題だろうか。
帰宅後、慣れた手つきで夕食の支度を始める。 洗練され、無駄のない手つきは、どこか無機質な作業じみた印象さえ感じさせる。
「焼き加減はばっちり、あとはお皿を、っと。あれ?」
何気なく食器を取り出そうとしたそのとき、一つの缶が目に留まる。
『ピュア・ダージリンお試しセット』
「ああ、そういえばこの間もらったんだっけ」
ただの試供品であるが、試飲してそれなりにおいしかった記憶がある。
「久々に、淹れてみようかな」
食後に、ティーセットを用意してお茶を淹れる。
「蒸らし時間って、これくらいだったっけ」
ややあいまいな記憶を頼りに、ティーカップへ琥珀色のお茶を淹れる。
「うーん、少し蒸らし過ぎたかな」
ひとくち、口に含んでみた紅茶は、想像以上に苦かった。
――でも、あたたかいわ
「えっ」
はっとして辺りを見回す。 もちろんシンジ以外に誰もいる訳がない。 それでも、シンジには確かに、ここにいない少女の声が聞こえた気がした。
忘れたくても、忘れられない。いや、忘れるつもりもない、大切な大切な記憶の1ページ。 紅い瞳の少女と過ごした、数え切れないたくさんの思い出。 今は逢えないけど。 どこにいるのかもわからないけれど。
「また、紅茶を淹れるよ。あやなみ」
〜〜Fin〜〜

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