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[843] バレンタインワインLRS競作企画
日時: 2022/02/14 22:43
名前: 史燕

【バレンタインワインLRS競作企画】
今回はなんとれいさんのデビュー作と拙作の同時投稿です。
れいさんの漫画から文章の翼を広げ、綾波さんと碇さんの視点でお話を書きました。
本文は一度Twitterにも掲載していますが、きれいにまとめて作品の投稿をしたかったので、こちらをお借りしています。
次は私の作品、その次がれいさんの作品です。
お楽しみいただければ幸いに存じます。
メンテ

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Re: バレンタインワインLRS競作企画 ( No.2 )
日時: 2022/02/14 22:55
名前: れい

トマトジュースがお似合い

"Je fais mon vin a Lafite et a Latour, mais mon coeur est a Calon."
『ラフィットとラトゥールを造る我であるが、我が心はカロンにあり』
 印象的なハートマークのエチケットを見下ろしながら栓を開けた。
 途端に広がる果実の香りが鼻をくすぐる。これを僕に贈った相手の顔を思い浮かべた。あの有名なエピソードを知らないわけはないだろうに、わざわざこの銘柄を選んだのは偶然なのか、わざとなのか。
 あまり深く考えないことにして、堂々と彼女との食卓に持ち込む。やましいことは何も無い。それにお酒に罪は無いしね、by葛城ミサト──っと。発言を他人に押し付けながら、一つしかないグラスが赤い液体に満たされていくのを見つめる。
「それ、なあに」
 いつの間にか隣に来ていた彼女が、興味深そうにこちらを伺っていた。
「貰い物のワインだよ。……綾波の口には合わないかもしれないけど」
 加工品含め、肉を全く口にしないことに始まる彼女の好き嫌いの激しさを考慮した言葉だった。しかし動きの少ない表情の中にあからさまにむっとした色が滲むのを目にすると、子供扱いしていると勘違いされたのかもしれない。
「問題無いわ」
「そう?じゃあ試してみる?」
 僕は彼女の向かいに座り、小さな二人掛けのテーブルに頬杖をつく。細い指が透明な脚にかかり、透きとおる真紅がグラスの曲線に沿って形の良い唇に吸い込まれていくのを見ていた。
 吸血鬼みたいだな、なんてとりとめもない考えが浮かぶ。作りもののような青白い肌に、吸い込まれてしまいそうな赤い瞳。長い睫毛が照明の光を遮り、虹彩にゆらゆらと細い影を落としていた。
 いつもと何ら変わりなく見える涼しげな眉に、一瞬だけ皺が寄る。まばたきをした隙に元の澄ました顔に戻っていた。
 あれ、と思った矢先に、僕は単純明快な一つの答えに気づいてしまった。
 ──口の周りに力を入れて、意図して口角を水平に保つ。視線は彼女の上を離れて、机と熱く見つめあいながら押し寄せる波が収まるのを待った。
「美味しかった。ありがとう」
 目を伏せながら彼女が言う。心做しか声のトーンもいつもより低い。ゆっくりと持ち上げられた瞼の奥が、僕の様子に気づいて訝しげに細められる。
「何笑ってるの、碇くん」
「……笑ってないよ」
 笑ったら綾波に悪いし。
「笑ってるでしょう」
「いや、」
 喉が震える。
「碇くん」
 こちらに向けられる目線が険しい。尋問される容疑者はこんな気持ちなのかなあと思考を斜め上に飛ばし必死に気を逸らす。今にもボロが出てしまいそうだ。これ以上、余計な口は開けない。
 綾波が、いつだって大人びた顔を崩さないあの綾波が、こんな小さな子供みたいな強がりを口にするだなんて。こういう背伸びは、いつかの赤髪の少女のやりそうなことだと思っていた。
 意外な一面を覗き見ることが出来た、と緩む頬を抑えちらりと彼女の顔を伺った時、ふと頭の隅をとある考えがよぎる。
 彼女の表情に、どこか寂しさが混じっているのは見間違いじゃないはずだ。てっきりワインの渋味で沈んでいるのだと思い込んでいたが、そうではないとしたら。人からの贈り物を不味いと言ったら、僕の気を悪くするかもしれないとでも考えているのだろうか。
 いいや、もしもらしくない背伸びをした理由が、僕と同じ物を飲み、同じ時間を共有するためだとしたら?彼女の独特な嗜好に合わせてメニューを考えるのが僕の常だった。せっかくだから一緒にいる時くらい綾波と同じものを食べたいなと言う僕に、彼女は度々申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
 ……彼女の気遣いを無駄にしたくなくて、とにかく必死に唇を噛んだ。今、僕が彼女のためにできるのは沈黙を貫くことだけである。
「っ…………ふふ……」
 五秒と保たなかった。もう何をやっても墓穴を掘るだけだ。眉を八の字に寄せて鼻を鳴らす。
 先程とは打って変わって、愛しさから漏れた笑みだった。何を食べるのかなんて気にしなくていいのに。僕は綾波の為を想って──いや、綾波は僕の為を想ってるのか。
 互いに気を遣って意地張り合って、なんだかひどく馬鹿みたいだ。首筋がこそばゆくざわつき、じわりと温度のあるものが胸に広がる。
「……やっぱり笑ってる」
 目の前に彼女の顔があった。テーブルに身を乗り出し、表情を確認するかのように頬を引っぱり顔を覗き込まれる。
 たちまち表情筋の均衡が乱され、堰を切ったように声が流れ出す。
「ち、違……ふふ……あはははは!」
「そんなに、笑うこと、ないわ」
 表情は頑ななままだったが、つられたかのように彼女の声にも引き攣った震えが混じる。
「綾波もっ…あは、笑ってる、じゃないか」
「……笑ってない」
 終わりのない押し問答の最中、顔を見合わせ互いに声をたてる。今この瞬間がたまらなく幸福。

 はぁ、と一息ついて呼吸を整えた。どれくらいそうし続けていたのか。脳が久々の十分な酸素の供給に、少しずつ冷静さを取り戻していく。
 意外と笑い上戸なのね、碇くん──という言葉と共に、今の自分の状況を理解する。
 白い壁と見慣れた天井に囲まれ、呆れたような微笑んでいるような目をした彼女と狭い部屋で二人きり。つい先ほどの失態が思い起こされる。左の頬にまだ彼女につねられたひりひりとした感覚が残っていた。白い指の感触も。
「引っ張りすぎたかも」
 てのひらが再び僕の頬に近づく。あの時はそれどころじゃなくて、全く気にも留めていなかったけれど。少しずつ近づく距離を意識しないように努めたが、触れた瞬間に露骨に肩が強張った。動揺すればするほど、耳朶からじわじわと赤みが差す。嘘をつくのが下手くそなのは、何も彼女だけではないらしい。
 輪郭を定めるように、むき出しになった神経に彼女が触れる。ひんやりとした五指が熱を持った頬を撫でていた。僕は全ての思考が止まり、身動きも取れずされるがままに固まった。
 かろうじて動かした瞳が、傍らにあるガラス瓶に歪んで映る君を見つける。赤く染まっているのは瓶の色だけが理由ではないように思えた。
 こういう雰囲気には慣れていなくて、互いに話し出すタイミングが掴めない。先程の喧騒はどこへやら、照れくささと気まずさを混ぜこぜにした空気の中、口をつぐみ相手の出方を伺う。
 僕らに早かったのはどうやらワインだけではなかったようだ。
 一分経ったのか一時間経ったのか分からぬまま、永遠のように二人して押し黙る。
 ごほん、と一つ咳払いをして不自然に沈黙を破った。やっとのことで、真正面からお互いの瞳に相手の姿を映し合う。
「慣れてないだけだよ、多分。これから美味しいって思えるようになるかも、しれないし」
 ようやく出てきた遅すぎるフォローに、彼女は拗ねたようにふいと顔を逸らすもすぐにこちらを振り返り唇で緩やかな弧を描く。
 いつかの彼女を思い出す微笑みにはっと目が惹かれる。瞬く間に舌の上に芳醇な香りが広がった。血液が甘く沸騰し全身に行き渡る。まだ一口も口にしていないのに、既に酔いが回ったかのような感覚。
Mon coeur est ici.
我が心此処にあり。


 その日の夜は綾波の眷属になる夢を見た。相手に強く想われると夢に出るのは平安時代までだが都合よく解釈しておく。
 薄く曇る空を二人占めして街灯りを眺める。夜の空は煙草と乾ききっていない土の匂いがする。手と手を取り合い、un・deux・troisとリズムを合わせて空中でステップを踏んだ。吸血鬼って、空飛べるんだ。
「一族の血を分け与えましょう」とおどろおどろしく彼女が言い、僕の手に収まるグラスに魅惑の赤い液体を注ぐ。おそるおそる口をつけたところ、口内に広がったのは鉄臭さでもアルコールの香りでもなく、最近彼女が朝食代わりにしているお子様向けのトマトの甘みだった。
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