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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


メンテ

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Re: piece to Peace ( No.27 )
日時: 2013/11/19 00:26
名前: calu

                ▲▽▲▽   ▲▽▲▽



「綾波、大丈夫?」
「うん」
「もう少しだからさ。戻ったら直ぐにご飯の準備するから」
「うん」

 両手いっぱいの荷物を抱えたシンジは、後ろのレイを見返った時にバランスを崩し、危うく荷
物を落としそうになる。思わずたたらを踏んでしまったシンジの後ろでは、レイが左手に大きな
ビニール袋を提げ、右手に持ったショパンの楽譜を大切そうに胸に添えている。仄暗い通路の前
方へと改めて意識を向けたシンジ。レイの部屋まではあと少しなのだ。 
 それにしても参った。高雄の話が終わったところで、出荷の準備が間に合わないとかで、結局
手伝されるはめになったのだ。それでも忙しい中、時間を割いて色々と教えてくれたんだからと、
差し出されたエプロンを渋々着けたわけだが、いざ山積みされた商品の山を目の当たりにすると、
その物資の多さに眩暈を覚えてしまった。折れそうになる心を立て直し、レイと一緒に作業を始
めたものの、いかんせん慣れていないこともあって、全てを終了するのに2時間もかかってしま
った。もう身体はくたくたお腹はぺこぺこ。だが、しかし助かったのは、そこが購買部という事
実。食料品であろうが何だろうが大概のものは手に入る環境にあり、更には機嫌を良くした高雄
が何でも好きなだけ持ってけ、などと大盤振る舞い発言まで飛び出した。いささか肉体労働との
バーター取引き的ではあるのだけれど。

(…それにしても、調子に乗って貰いすぎたかなぁ)
(…けど、食材だけじゃ意味ないし)
(…綾波の部屋って何にもないんだし)
(…ただの缶詰めじゃ、だめだ。意味が無いんだ)
(…温かいものを食べてもらいたいんだ…たとえ簡単なものでも)

 そう、シンジの抱えている荷物は食材のみにあらず、実際のところ調理のための道具や器具が
その大半を占めていた。腕の中で器具の擦れあう音を聞きながら、シンジは嘗て海洋生態研究所
でレイに飲んでもらえた味噌汁、そして学校で手渡す弁当のメニューを懸命に考えていた時に想
いを馳せた。ここに来てからシンジに提供される食事の内容から考えても、レイに与えられる食
事は恐らくは最低限の栄養摂取だけを目的とした内容になっていることは想像に難くない。だか
らこそ、とシンジは思う。少しでも手を掛けた料理をレイに食べてもらって、昔の記憶を取り戻
すきっかけにならないだろうか……あの頃のことを少しだけでも思い出してもらえないだろうか、
と。奇しくも今日、高雄との出会いによって、全てでは無いものの新たに認識できた14年間。
まるで現実感の湧かないフィクションとも思えるその間の出来事について、もっともっとレイと
話したいことがある。そう、何より、レイはいつ初号機から出てきたのか、何故レイだけが先に
出されたのか、と――。

「…碇くん」

 え? と振り返ると、レイが通路から横穴のように伸びている狭い通路を指さしている。

「水はここで手に入るわ」

 人ひとりが通れる幅の通路だが、いかんせん真っ暗で奥の様子がよく解らない。それでも懐中
電灯を手に中に入ると、すぐ左手が流し台のあるスペースとなっていた。給湯室のようにも見え
るそこに懐中電灯の光をあてるとステンレスのシンクが鈍く光った。さらに注意深く足元を照ら
すと、無数のガラスの破片が壁側に掃き寄せられている。ここを使うレイがそうしたのだろう。
それでも蛇口をひねって実際に水が出るのを確認すると思わず安堵の溜め息が漏れる。ここなら
レイの部屋と目と鼻の先だ。シンジの考える計画に無くてはならないもの。その一つが水の出る
場所、なのだ。

「さてと、これで準備万端整ったよ」

 レイの部屋では、運びいれられた食材が床に敷かれたシートの上に行儀良く並べられ、シンジ
によって手際良く組み立てられた段ボールの上には、既に電気コンロとステン鍋がセットされて
いる。シンジは鍋セットを目を丸くして色んな角度から眺めるレイに思わず笑みを洩らした。

「ところで、綾波はさ…その、いつもどんなのを、食べてんの?」
「これ」

 レイがつまみ上げるようにして見せた処方薬の袋に、シンジは思わず顔をしかめてしまった。
ある程度の予想はしていた。が、しかしこんなもので健康体を維持出来るはずは無い。これでは、
必死に助けたこの少女は……これからも一緒に生きようと誓ったこの少女は……。シンジは目前
で胸に添えた楽譜を離そうとしない少女が本当に心配になってきた。

「…それって、サプリメントだよね。でも、やっぱさ、出来るだけちゃんと食事は採った方がい
いと思うんだ」
「……」
「だからこれからはさ、出来るだけ、僕が食事を、その、作ろうと思うんだけど…いいかな?」
「…うん」

 レイの返事を聞くや、シンジは給湯室に脱兎のごとく駆けだした。準備に取り掛かる為に。
 今夜のメニューは水炊きだ。高雄から特別に奢ってもらった昆布で美味しいダシを取って、
 大根もがりがり卸して、肉抜きでもお野菜をたっぷりポン酢でいただくのだ。締めのおじや
 も忘れてはならない。

 決めた。ネルフやヴィレ、そしてエヴァは、その時に悩めばいい。
 今は、この少女を取り戻すために出来ることをしよう。
 今は、それでいい。
 それでいいんだ。

メンテ

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