◆ Chapter 3 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/04/09 02:06
- 名前: ななし
件名には私の名前が付いていた。
『大丈夫?』
内容はその一言。 その言葉にどう返事をすればいいか悩んだ。 難しい。 おかしい。 いつもなら「大丈夫」と答えるだけでいいのに。 私は何を伝えたいの? 大丈夫、心配しないで、構わないで、いえ違う。 逆なの。 そう、逆。 私は自分が願っている事を4文字の言葉にして文字を打った。
『助けて』
この言葉を叫べば碇君が動いてくれるなんで思ってもいない。 そもそも合わせる顔がない。結果を出せなくて。惨めで悔しくて。 惨め、悔しさ、初めての感情。彼を思って生まれた感情。
ごめんなさい、一緒に戦えないかもしれない。
私はメールを送信せず、テーブルに携帯を置くとそのまま外に出た。少し肌寒かった。 行き先は決まっている、その場所まで私は歩みを止めない。
空を見上げると、夕焼け色に染まって綺麗だった。
着いた、と心で思った。黄色い機体、私が辿りついたのは エヴァ零号機の前。 数週間前の事故で零号機はベークライトで封印されている。
『大丈夫か?』
あの時は素直に頷けたのに。 碇司令じゃないから素直になれない? いえ、違う。赤木博士の言葉にも、葛城二佐の言葉にも答える事ができる。 碇君だけ、彼に対しての返答だけは気持ちが高ぶり上手く言葉にできない。
零号機の前に来れば何かが分かるかもしれないと思った。 けど、何も分からない。 この場所は、私の原点、私の絆がある場所。私の命はこのエヴァと共にある。 運命共同体であるはずのエヴァが、怖い。 問いかければ答えてくれるだろうか、教えて欲しい。
私は貴女に乗るべきなの?
二十二日前 ネルフ本部・第二実験場
「エントリープラグ、注水」
操縦席に水溶液が満たされる。私の足元からどんどんと水が攻めてくる。 膝元、手首、胸、首、そして口から頭、私は赤い水の中に溺れた。 赤木博士がテスト前に言っていた事を思い出し、肺から息を吐き出した。 少し気持ち悪かった。
「レイ、大丈夫?」 「……はい」 「実験を続けるわ」 「起動開始」 「主電源、全回路接続」 「主電源接続。フライホイール、回転開始」
何かが回る音がする。 目の前の視覚エフェクトが様々変わる、色も変わる。
「フライホイール、スタート。稼動電圧、臨界点に達します」 「エヴァ零号機、起動しました」
モニターの画面が安定した。 白い部屋、そして大きなガラス。ガラスの向こうの部屋には碇司令が立っている。 いつもと変わらないその姿を見て、ほっとした。 それからだ。 いきなりモニターの画面が荒れだした。アナウンスが途絶え、耳鳴りがした。 赤い画面、青い画面、黄色い画面、それぞれが生き物のように蠢いていた。 本能的に襲われる、殺される、そう思った。 そして強い衝撃。二度、三度、頭や体に痛みが走る。頭から何かが流れ落ちた。 水の中で流れ落ちるもの?と考えた時、もう一度、衝撃が来た。共に声がした。 自分の中にない記憶、でも私は確かにこの声を知っている。
――アンタナンカ、アンタナンカシンデモカワリハイルノヨ
これが起動実験の私の記憶。
「綾波……」
誰かが私の名を呼んだ。静かに声がした方へ振り向く。
「碇君」
彼がいた。
「どうして、ここに」 「……綾波がここにいるような気がして」
碇君は私に近づいてきた。一歩、二歩、三歩。あと二歩で私の隣に立つ、ところで彼は歩みを止めた。碇君はガラス越しの零号機を見た。
「僕もね、何かに迷った時、初号機の前に行くんだ」
そして、私を見た。碇君の茶色い瞳が私の赤い瞳と合わさる。
「だから綾波も一緒かなと思ったんだ」
笑った。それは照れ隠しのような笑顔に見えた。 その笑顔と言葉で私は安心した。 碇君と私は一緒、一緒なら分かるかもしれない。 私の今の思いを彼も経験した事があるかもしれない。
「……碇君はエヴァに乗ることは怖いと思う?」
自分の不安を言葉にした質問。 確かに私の代わりはいる。 私という個体がいなくなっても他の「綾波レイ」という個体が零号機に乗るだろう。 運命の歯車は変わらない。変わらず「計画」は実行されるだろう。 私が死んでも何も変わらない。 のに、私は――――
「綾波はエヴァが怖いの?」 「多分」 「僕はエヴァに驚いたりびっくりはしたけど恐怖はあんまりないんだ」 「怖くないの?」 「乗る事は。僕が怖いのは……必要とされない事かな」 「必要と、されない?」 「エヴァに乗れなくなる事が怖い。父さんやミサトさんに『いらない』と言われる事が怖い」
必要とされない事が怖い彼と死ぬ事で自分が消える事が怖い私。 碇君と私の恐怖は言葉にすると違うけど、根本は同じなのかもしれない。 碇君は自分の右手を見た。
「今もまだ不安だけど、うん、大丈夫」
見つめた右手をぎゅっと握り締めて、自分に暗示をかけるかのように大丈夫だと言った。 碇君は恐怖に打ち勝つ強さを手に入れているようだった。
「綾波がエヴァに乗る事が怖いなら無理して乗らなくてもいいよ」
その言葉は私への拒絶の意だと思った。 一瞬、胸が痛んだ。
「僕が守るから」
でも、違った。 痛みは消えて、何かがこみ上げてきた。温かい何かが。
「大丈夫」
もう、大丈夫。
「碇君がいるから、私乗れる」
碇君が入れば、私は私で居られる。 私の存在意義は、彼の中にある。
「うん、僕も綾波がいたからエヴァに乗れた」
碇君は笑った。さっきの照れ隠しとは違った笑い方だった。
「碇君、ひとつお願いしていい?」 「何かな」 「……手を握って欲しいの」
碇君は戸惑っていたけど「僕で、よければ」と真っ赤な顔で右手を差し出してくれた。 恐る恐るその右手に、私の右手を近づける。 触れた。 握った。 温かい。
碇君の右手に宿る恐怖に打ち勝つ力。 ほんの少し貰った気がする。
大丈夫、私はまだエヴァに乗れる。
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