[702] 悪魔の魅力
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- 日時: 2014/11/24 22:31
- 名前: JUN
- 炬燵は、人を堕落させるために悪魔が人類に送り込んだ兵器なのよ――
口の端を皮肉っぽく釣り上げていうミサトの言葉を、レイは当初軽く受け流していた。 エアコンがない自分の部屋の寒さを当面和らげるだけの暖房器具。レイの認識はその程度 だった。しかしいざ蓋を開けてみれば、レイはまさしく悪魔の誘惑に飲まれてしまうこと になった――
「あったかい……」
なんて気持ちがいいのだろう。不快感を伴わない程度の熱。ふわふわとお腹から下半身 にかけて体を包む布団。テーブルにおかれた甘い蜜柑。そのすべてが混然一体になって、 レイを呑み込んでしまった。 セカンドインパクト前の人類が石油資源を枯渇させてしまったのは、よもや炬燵のエネ ルギー源とするためではないだろうか。そんなことを半ば本気で思ってしまう。もしそう ならば、先人を責める気にはなれない。
炬燵に胸まで埋まりながら、レイはそんなことを思った。昨日までは、シンジの肩の上 に頭を乗せて撫でられる時間が何より尊いものだと考えていたが、これは持論を訂正する 必要があるかもしれない。 だが、弱点が一つある。出られないことだ。買い物からシンジが返ってきたとき、炬燵 に入りっぱなしだと怒られるに違いない。シンジは自分に食器やお米の準備を頼んで出て 行ったのだ。もうすぐ帰ってくる、気がする。 「ふ……!」 身体を引っ張り出そうと、布団の中でもがいてみる。だけど出られなかった。おのれ悪 魔。むしろ暴れるほど熱が対流して、いい感じに頭がぼやけてきた。 「碇くん、ごめんなさい……」 悪いのは炬燵の悪魔だ。そう結論付けて、レイは抵抗をやめた。
かちゃ、かちゃ……
遠くから給食を運ぶような音が聞こえてくる。いい匂いもする。レイが好きな野菜炒め の匂いだ。
――碇くん、帰ってきた……
なのに、なぜ起こしてくれないのだろう。不審に思うが、どうももうシンジは夕食を食 べ始めているように思える。食事は二人で摂ると決めていたのに。とにかく、猶予がない。 準備をせずに眠ってしまったことを謝罪もしなければいけない。レイはがばりと起き上っ た。 「碇くん、おか――」 「ごちそーさま」 「えっ」
素っ頓狂な声が上がった。わたしも昔とは随分変わったものだ、などとのんきな感慨に 浸っている場合ではない。動揺する間にもシンジは食器を片づけ始めている。
「い、碇くん……」 「…………」
かちゃかちゃと洗い物をする音がやけに冷たく響く。ぶるっと身震いしてしまったのは、 炬燵の中でかいた寝汗だけが原因ではない。
「お、おかえりなさい」 じろりと、シンジがレイに視線をやる。今までに見たことの無い表情だった。怒ってい る。さすがのレイも、それが分からないほど鈍感ではなかった。 ――共同生活だし、役割分担はしっかりしようね 同居を始める前、シンジが言っていたことをレイは思い出した。事実、シンジは一度も それを破ったことはなかった。一緒に暮らすなら、お互いの信頼を裏切ってはいけないの だということに、レイは改めて気づいた。 怒っているならすることは一つ。謝罪し、許してもらうことだ。そう結論付け、レイは おそるおそるシンジのもとへ歩み寄った。 「いか――」 「綾波」 「……はい」 「僕、家を出るときなんて言ったっけ」 「……『今日の食事は僕が作るから、買い出しに行ってる間、綾波はお風呂掃除とお米研いでおいてね』って、言われました……」 「で、綾波はどうしてたの」 「炬燵で、寝てました……」 はあ、とシンジが深いため息をつく。失望が混じった表情に、レイも身を縮ませる。 「……ご、ごめんなさい……」 「綾波は、ミサトさんとは違うと思ってたんだけどな……」 ぐさりと重い言葉が刺さる。アレと同じにされた……。これから一緒に生活しようとい うのに、生活能力がない女だと思われるのは嫌だった。 「碇くん、私次からちゃんとするから、だから……」 「……本当に?」 じっと黒曜石の眸が、レイを見つめた。優しい眼、だけど意志のこもった眼差しでもあ った。レイの大好きな眸だった。できるならもう、それを怒りや悲しみや、失望に染めた くはない。確かな決意のもと、レイはしっかりと頷いた。 「――うん」 「……そっか、じゃあ次から気を付けてね」 一転、優しいいつもの表情に戻ったシンジに、レイは安堵の笑みを浮かべた。 「実際、そんなに怒ってたわけじゃないよ。ちょっとびっくりさせようと思って。綾波の 分、ラップしておいてあるから、後であっためて食べてね」 「もう」 口をとがらせながらも、やっぱり優しい碇くんの方がいい。レイはそんなことを思った。
「……それにしても、なんで起きれなかったの?」 からかうような視線を送ってくるシンジに、レイはもごもごと反論する。 「炬燵があったかすぎて……悪魔だったの」 ぷっとシンジが吹き出す。綾波もそんなこと言うようになったんだ、とどこか嬉しそう に笑った。依然笑みをこぼしながら、突然レイの手を取る。
「……じゃあ、僕とどっちがあったかかった?」 まっすぐに見つめられ、頬が上気する。視線をそらしたかったが、シンジの眸はそれを 許してはくれなかった。 「……炬燵の方が、ほんの少しだけ、暖かかった」 「悔しいな。じゃあ――」 眸を閉じる暇すら与えず、シンジはレイの唇を奪った。瞬間、レイの身体が弛緩する。 空いた方の手で、レイの腰を優しく撫でまわした。 「ん……ちゅ……」 いつの間にかがっちりと身体を抱きかかえられ、レイの逃げ場をシンジが塞いでいく。 レイは背中を撫でられるたびに細かく震え、切なげに身体をくねらせた。 「あ……ふぁ……」
たっぷり数十秒唇を味わった後、シンジはレイの身体を離した。紅い双眸は熱に浮かさ れたように焦点が合わず、口の端からはうっすらと涎が垂れ、どこまでも扇情的だった。 「――今夜は、綾波の身体を、炬燵なんか比べ物にならないぐらい、あたためてあげる」 「……はい」 そのまましなだれかかったレイをシンジは抱き留め、もう一度甘く口づけた。レイを射 止めるその視線は、まさしく、彼女を掴んで離さない魔性のそれだった。
――やっぱり、碇くんの方が悪魔だった。
蕩ける意識の端で、レイはそう思った。
――FIN――

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