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[744] go.
日時: 2018/11/22 15:09
名前: のの

味のない、混じり気のない音だった。

鈴が鳴るような音だった。

突き動かされる声だった。


go.



 ねえねえ、と声をかけられた。わたしが勉強をしている最中なのは、誰の目にも明らかだった。ここは図書館で、私は教科書を開いて数学の宿題を解いている。中学生のわたしは、中学生としての役割を全うしているその最中なので、それを妨げる行為に正当性がある可能性は低いと判断して、一度はその声を無視していると、向かいに座る彼女は、ねえってば、と食い下がるばかりかノートの上に参考書を載せてきたので、無視する事ができなくなった。
「なに」
「この主人公の名前、なんて読むの?」
「ひょうじゅう」
「ああ、そうなの。ヘイジュードじゃないかとまで思ったっつの」
「ヘイ……?」
「ビートルズ。ママが好きだったから聞いてたんだけど、私は後期はあんまり好きじゃなかった」
 彼女の言っているいみがわからないのでじっと彼女を見ていると、彼女は一時視線を外し、
「ビートルズは初期の勢いある頃の方が好きだったの」
「ビートルズって、なに?」
「アンタ、まじ?キャプテン・アメリカじゃないんだから、それくらいはわかってなさいよ」
「それも知らない」
「アメコミ・ヒーローよ」
「漫画は読まないから」
「ビートルズも聞かないんでしょ。まあ今時珍しいって自覚はあるけど、名前くらい聞いたことあるでしょ」
「いいえ」
「あっそ。じゃあひとつ賢くなったってことで、お互い様じゃん。ひょうじゅう、ね。こいつ、キレやすいわねしかし」
「当時、薪は貴重な燃料資源だから、それを使わせないようにするごんの悪戯は怒り心頭になるのも当然だって、博士が言ってた」
「誰よ、ハカセって」
「赤木博士」
「マジ、あのひとそこ詳しいとこなんだ」
 彼女の頭に浮かぶ赤木博士が違う人物であることが何故かわかった。わたしは彼女の頭の中をのぞいたわけじゃないのに。でもそれを訂正する気持ちにはならなかった。わたしはそれより自分の勉強を進めたかった。彼女がようやくわたしの前の前に於いた参考書らしきものを下げるときに表紙が見えた。わたしが小学生の頃に使っていた教科書と同じ表紙だった。市販の参考書ではないことに気づいて表紙に視線を送ると、名前の欄に、苗字だけが大きく書かれた、良く知る名前が書いてあった。
 わたしがじっと見ていることに気がついて、彼女はつまらなさそうに頷いた。
「借りたの、この間あいつ宛に送られてきた段ボールの中に入ってたから」
「そう」
「そう」
 わたしと彼女の頭の中に、同じ人間が思い浮かんでいることはわかっていた。でもそれが同じであって同じでない感じもしたので、普段の思考にない想像がわたしの頭を駆け巡った。
 それからまた、図書館に相応しい沈黙が続いた。
 時々窓の外の風の音が聞こえる程度には風が強く、出る頃には肌寒くなりそうだった。学校の図書館とは違い、夜8時まで開いているここを出る頃には、もちろん夜になっている。平等に訪れる夜の時間は、今はすっかり早くなった。気温はともかく日が昇り、そして沈む時間は15年前と変わらない。もう外は夕暮れ時で、昼の空と夜の空が混じり合う時間になっていた。
「ねえ」
 沈黙が破られる時間は思いのほか早く来た。
「今日って、何日だっけ」
「11月22日」
「そう」
 会話が短く途切れた。だから私は尋ねてみた。
「なに」
「なんだっていいじゃん」
 なんだっていいので、頷いて勉強に戻った。ちょっと、と呼び止められたので、あげた顔の筋肉に、少し力が入っていた。
「なに」
「そこは理由聞くでしょうよ」
「そうなの」
「そうでしょ、普通」
「なぜ聞いたの」
「今日が何日か思い出せなかったから」
「そう」
「何曜日かも教えてくれなきゃ意味なかったわ、そういや」
「木曜日」
「そう、それ、それが知りたかったんだった」
やおら、彼女はテキパキと、というには少し雑すぎる手つきで読んでいた彼の教科書をしまいだした。
「じゃ、行こ」
「なぜ」
「いいから来なってば。勉強なんて家でもできんじゃん」
家にきちんとした机と椅子がない私の部屋では、読書と聞き取りの勉強以外は捗らないので、ここを離れたくなかった。
「あんたに用があるんだってば」
一段低くなった彼女の声を聞いた。風の音には似ていない。目を見た。青い瞳が燃焼反応を起こしていた。それが尽きるより先に化学反応が起きて、本を閉じて立ち上がった。
私達は古い図書館の古い匂いを纏ったまま外に出た。でも、止まない風がじきに消してしまうに違いない。
駅前でも、人気はない。行き交う人もほとんどないまま、私達が話をするはずもないまま半歩先を歩く彼女についていく。踵を擦りながら歩く時は、彼女が考え事をしている時だということを、以前、彼から聞いた。だからその時は、あんまり話しかけないほうがいいんだ、とも。
高架を潜り、駅の反対側にあるいくつかの飲食店の中で、ひとつだけ橙色の明かりを灯すお店があって、彼女は声とも呻きとも呟きとも、なんとも言えない音を喉から鳴らしながら指差した。
「あれ、食べてこ」
アイスクリーム屋、ということは、店の前の看板に書かれた絵で分かった。
「ここ、第3木曜はトッピングひとつタダだから」
いらっしゃい、と出迎えた、葛城3佐に少し似た店員が、よくある作り笑いとは少し違う、あまり表情を変えない顔で微笑んでいた。彼女はおそらくほとんど無表情のまま、ピスタチオとパッションフルーツ、シトロンのマカロントッピングで、と、メニューを見ずに、とても早口で言った。
彼女の注文を復唱した店員が、私の顔を見た。
私はメニューをじっと見る。どれくらい考えたかわからないけれど、よくわからないので、知ってるものにしようと決めた。
「チョコレートと、苺をください」
「無難ー、もちっとこういうところならではのもの頼みゃいいのに」
「よくわからないから」
「んじゃ、おんなじのにしよ。美味しいから。すいません、今のナシで、あたしとおんなじのにしてください。あ、トッピングのマカロンはヘーゼルナッツで」
「はい、お会計は別々ですか?」
「一緒で」
と言い、彼女は千円札を出した。
「払うわ」
「ここ現金だけだから」
ネルフのカードしか持っていないことを、彼女は知っているらしかった。出しかけたカードケースをしまって、アイスを受け取った。
「ここで食べてこ」
脇のベンチに座って、私達は緑とオレンジのアイスを食べた。ジェラートと、彼女が呼ぶそれは、確かに美味しかった。
「アイツがさあ、なんかのパンフ貰ってきたのに乗ってたの、ココ」
「そう」
「男子と行ってもつまんないから、ヒカリと行ったんだけどね」
そう、とわたしはもう一度言おうとした。
でも、ジェラートを口に運ぶ。香ばしさと甘さが同時に口に広がる。パッションフルーツのジェラートからは、甘さと酸っぱさが同時にやってきた。交替にではなく同時だった。
「どう?」
「色々な味がする」
「でしょ。美味しいんだよ、ココ」
なにかを噛み潰すような声だった。
「そう、幸い、クソみたいな負け方しても、あたしはこうやってジェラート食ってるわけなんだよ。両腕も首もすっ飛ばされたのにさ」
「わたしも、そう」
「そーね」
爆発と閃光が脳裏によぎって、何度か瞬きをした。顔面に受けた痛みも昨日のことのように思い出せる。そもそも、おれからまだ3週間しかたっていない。
「どうなの、顔面まっぷたつにされるって」
「痛かった」
「それ以外あんでしょうが、語彙語彙語彙」
「意識を失った」
「なるほどね」
「あなたは」
「神経カットされたからねー。されてなきゃショック死してたと思うけど。だっさい死に方になるとこだったから、まあ、助かったかな」
アイスが溶けかかっていることに気がついて、彼女は急いでそれをかきこんだ。わたしもそれを真似したら、冷たすぎて喉が痛くなって、何度も咳き込んでしまった。
「慣れてなさすぎ、アンタ。アイスくらい食べなってば」
「必要なかったから」
「はぁ?甘いもんは必要でしょうが、人生に。こんなクソみたいな人生で、クソみたいな街で命がけで戦って、訓練して、生き延びる、それだけが生存証明でしょ、あたしも、あんたも」
わたしはいつものように、喋らなかった。返事をしなかった。いつものように、いや、わからない。
「だから私たちは、甘いもの食べて、そのクソみたいな生活も人生も、自分の力で甘くしてくの。そうでなきゃ、やってらんないでしょ。アイツみたいなフツーの奴に、何度も何度も助けられるようなクソみたいな情けない人生だから、アイス食べて元気出して、あいつが、帰ってきたら、もう、二度と、」
そこで彼女は、カップの底に残っていた、ジュースになったジェラートを飲み干した。私はそれも真似して、カップをゴミ箱に捨てた。彼女に手を伸ばし、カップを受け取り、それも捨てた。勢いよく捨てたカップがカラカラと音を立てていった。
振り返ると彼女はすでに歩いていた、歩き出していた。
なんて速いんだろう。
「行くわよ、レイ」
太陽が沈む間際の空の下で、彼女の声が凛と響いた。
帰るのでなく、行くと言う。
頷き、立ち上がる。
彼を待つ私たちは、また今日を費やして、明日へ向かって歩き出した。

メンテ

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Re: go. ( No.3 )
日時: 2021/05/11 23:06
名前: tamb

 高校を出て、浪人していた。同じく浪人していた、もうとっくに死んでしまった友人と図書館通いをしていた。受験に特化したクソくだらない勉強など一人ではできない。図書館に着いて30分もすると友人はカセットテープの爪を折り始める(時代)。私は彼を促してロビーに行き、一緒に煙草を吸った。一人でできないものは二人でもできない。野菜が足りないとか言いながらコンビニで買ったサラダを食い、適当な時間になると就職した友人が帰ってくるのを、時には地下鉄のホームで待った。当時は地下鉄のホームでも煙草が吸えた。友人を捕捉し、彼は免許を持っていたので車で出かけ、ファミレスで飯を食い、その辺の駐車場に車を止めて、朝っぱらから爪を折っていたカセットテープのロックをカーステで、紫煙をくゆらせながら聴くのである。毎日こんな事をしていたはずはないが(金が続かない)、毎日こんなことをしていた気がする。第一志望に合格などするわけがない。私は滑り止めに受けていた大学へ行き、友人は二浪目に突入した。

 図書館で誰かと一緒に勉強をするというのはそういうことで、アスカも、そしてレイにしても、それが意識に上っていなかったとしても、自分以外の誰かと一緒にいたかったのだと思う。だからアスカは話しかけるしレイも尋ねてみたり「あなたは」と問い返したりする。
 そうやって誰かと一緒に、甘いものでも食べて、そうでなきゃやってらんないのだ。クソくだらない、勉強も、人生も、死と隣り合わせの戦いも。だからレイもカップを勢いよく捨てて、行くしかない。帰るのではなく。

 タイトル、良いねぇ。大文字でないのが良い。というか好み。
 前文。ののさんの前文はいつも詩的で、ある意味では捉えどころが難しくて、それがまたいいんだけど、この話ではわかりやすくラストで受けてる。音が声になるのもいい。さすが。

 こういう話はシンエヴァとか関係なく成立してるし、アスカはアスカらしいし(語彙語彙語彙)、そっけなく、でも真面目に正面から答えるレイもレイらしい。声が聞こえる。素晴らしい。静かな話だけど、熱いね。

 幼きレイはナオコに勉強を見てもらっていたのか。うむ。それを覚えているのも意味深ではある。

 この作品が投下された日に注意。

 キャプテンアメリカ。どんだけアメリカ好きなんだよと昔から思っていたのだが、wikiによると「彼が忠誠を誓うのはあくまで「自由・平等・博愛」の三原則が守られるアメリカ」であって「アメリカ政府であってもその道に反すれば幾度となく対立してきている」のだそうだ。なるほど。
メンテ

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