[775] ありがとうを、あなたに
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- 日時: 2021/05/09 14:23
- 名前: 史燕
- ありがとうを、あなたに
Written by 史燕
「あなたが逝ってしまって、もう五年も経つのね」
私は「碇シンジ」と書かれた簡素な墓標の前で、そうつぶやく。 第三村に居を落ち着けて、気がつけば五十年以上の月日が流れていました。 「君と一緒に居られて、ほんとに幸せだった」あの人はそう言って、安らかに旅立っていきました。 遺された私としては、押し寄せる哀しみをなんとか受け入れながら、故人が笑って旅立てたことを胸に、終わりなく続く日々を次へ次へとつなげていくばかりです。
「あの子もとうとう、小学生よ」
あの子というのは、私たちの息子の娘、孫娘の話です。 あなたが旅立つ一年前に生まれたあの子が、もう入学式を迎えるとなると、早いような長いような、そんな気がしてきます。 少なくとも、私にとっては、時の流れというのは残酷でありながら、優しいものなのかもしれないと思えてきます。
あなたと、この村にやってきて、いろいろなことがありました。 私は小母さんたちと一緒に農作業をし、あなたは相田君や鈴原君、加持君と電気や水道の再整備に尽力しましたね。 今となっては、村という表現は適切ではない規模になってしまいましたが、あの頃を知る私たちにとっては、いつまで経っても「第三村」であることは間違いありません。 あんなに小さかったヒカリさんのところのツバメちゃんが、小学生になり、高校生になり、大人になっていって、自分が年を重ねること以上に、未来に向かって進んでいるという実感が湧いたものです。 お互いにいい大人になった今でも「レイお姉ちゃん」と呼んで慕ってくれるのは、うれしいような恥ずかしいような、そんな感じを受けます。
「息子が生まれたときは、もしかしたら、私たち夫婦以上に喜んでくれたのではないでしょうか?」
第三村で、ツバメちゃんの次の世代としては、最初の子供だったということもあって「ツバメおばちゃんだよ」と、あなたと同じくらい病室に顔を出してくれました。
村のみなさんが「碇君と綾波さんの息子ってどんな顔なの?」と、引っ切り無しに顔を出していたから、正確なところはわかりませんが。
ああ、そういえば、私たちの孫娘ですが、相田君のお孫さんと鈴原君のお孫さんと同じクラスになるみたいです。 先日ヒカリさんとアスカと三人で「奇妙な縁もあるものね」と話し合ったところです。 あの頃、同じ世界を共有した私たちにとって、あの子たちは希望の象徴だと思うのです。
「あなたはどう思いますか?」
きっと、「懐かしいね」と同意をしてくれるのでしょう。 あるいは「あの頃の僕は、ちょっと情けなくて、恥ずかしいよ」なんて言うのかもしれません。
「私にとっては、あの頃のあなたも、とてもかっこよかったのですけれど」
そう言えば、私たちが結婚して間もなく、二人で南極へ行きましたね。 まだまだ大変な時期だということで、行ってもいいか、みんなに恐る恐る確認しましたっけ。
「行って来いよ、碇」 「せやせや、それが二人の落としまえっちゅうもんやろ」 「村のことは、心配しなくても大丈夫よ」 「君たちが選んだ道を進んだらいいよ。でも、こうして確認してくれるあたり二人とも、好意に値するね」 「バカシンジ、バカレイ。ちゃんと、報告してくるのよ」 「よかったら、僕の分も、父さんと母さんに花束を届けてくれませんか」
温かく送り出してくるみんなに、不思議と涙が止まらなかったわね。 そうして、加持君の加持さんやミサトさんへの花束と一緒に、私たちは南極へといったわ。
南極とはいっても、そこは何もない廃墟だったわね。 実際、あの戦いの後は、その廃墟の中には初めて足を踏み入れたのだけど。 本当に、特筆するべき物体は、何もなかったわ。 真っ白い大地とも、氷ともつかない世界の中に、ポツンと大きな穴が開いて、十字架の上半分が突然突き出ていたの。 あなたは「ゴルゴダオブジェクト」と息をのんでいたけれど、その中には、誰も、何も、いなかった。
「期待していたのは、分かっていたわ」
碇司令、お父さんの遺品のような痕跡を残すものが無いか。 あるいは、ミサトさんの最後を示すものは無いか。
結局、私たちは、オブジェクトの残骸の上を探し回ったけど、何一つ見つけられなかった。 だから私たち二人は、十字架の上に私たちの分と、加持君の分の花束を置いて、手を合わせたの。
「父さん、僕たち結婚するんだ。子供はまだだけど、いつか必ず」 「碇司令、冬月副司令。私は、碇君と結婚します。二人がそれを聞いてどう思われるかは、わかりませんけど」 「ミサトさん、加持さん。リョウジ君も子供ができたんだ。びっくりしたでしょ、二人ともおじいちゃんとおばあちゃんだよ」 「サードインパクトやアディショナルインパクトを越えたその先で、私たちは、生きていきます」 「僕と綾波の二人だけじゃなくて、アスカやケンスケ、トウジやカヲル君にリョウジ君も含めて、みんなで一緒に、生きていきます」 「予想外かもしれませんが、祝福してくださいますか?」 「申し訳ありませんが、僕たちはしばらく、会いには来れません」 「今日もかなりみんなに負担をかけて、わがままを言ってここに来ましたから」 「でも、生きている間、どんなに時間が経っても、僕たちは忘れないから」 「その上で、私たちは、前に進んでいきます」
目的は何だったのかと聞かれると言葉にできない旅でしたけれど、これから二人で一緒に生きていくことを、あの時にあの人たちの前でしっかりと約束してきた。そんな旅でした。
私も最近、すっかり体力も落ちて、ここまで歩いてくるのもとても難しくなってきました。 もうしばらくしたら、私自身がそちら側に旅立つことになるかもしれません。
「その前に、これから南極に行こうと思うの」
あの人たちに、もう一度報告をするために。
あなたを、今まで、ずいぶんと長い間この呼び方で呼んでいなかったけれど、今だけはこの呼び方で呼ばせてください。 ――ありがとう、碇君。 ――愛しているわ、今までも、これからも、ずっと。

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