[824] 銃声没ネタ
|
- 日時: 2021/08/21 01:36
- 名前: 史燕
- 勝者の権利(Written by 史燕)
室内に、乾いた音が響き渡る。 鼻腔をくすぐる焦げ臭い匂いは、独特の硝煙の香り。
「今回は、私の勝ち」 「また、負けちゃった」
NERV本部の射撃訓練場。 僕と綾波は、どちらが多く的を落とせるか、いつも競っていた。 今回も、僕が負けたわけだけど。
「今日の訓練は終わりでいいわよ」
ミサトさんが、解散を宣言する。 エヴァがなくなった今でも、こうして戦闘技術を学ぶ必要があるのか、疑問がないといえばうそになる。 かつては、エヴァでの動きをスムーズにするためにと身が入った訓練も、少しやる気が出ない。 そんな僕たちの間でモチベーションを保つための約束が、訓練に負けた方がなんでも言うことを聞くというもの。 ちなみにアスカはカヲル君と対人格闘の訓練を競い、先ほど勝利報告がメールで届いた。
「カヲルがアタシに勝とうなんて100年早いのよ」 「A.T.フィールドを使えれば僕だって……」 「バカ、それじゃ訓練にならないじゃないの」
なんだかんだで仲がいいのは見ているこちらとしてもほほえましい。
「行きましょう」 「はい」
僕たちは揃って、綾波の部屋へと向かった。
コンクリートの色が目に痛い綾波の部屋。 ここでいつも、僕は綾波へのご褒美を求められる。
「それじゃあ、碇くん」 「はい」 「ご褒美、お願い」 「はい」
ここからは僕にとって苦難の時間だ。 なにせ、勝者の要求は「私がいいと言うまでぎゅっとして」というもの。 これを避けるために毎回必死なのに、どういうわけか勝てたためしがない。
ベッドの上で、後ろから彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。 正面からではないのが、僕が頼み込んで通した最大限の譲歩だ。
「私は正面からがいいのに」 「ダメです」 「どうしても」 「どうしてもです」
彼女の肩越しに手を回し、膝の上に彼女を乗せる。
「綾波、ちゃんと食べてる?」 「ええ、どうして?」 「いつも思うけど、軽すぎると思うんだ」 「そんなこと言う悪い口は、塞いじゃうから」
身をよじって口づけをする彼女に、この時間はされるがままだ。 正面からだと、それこそ引っ切り無しにキスをされてしまう。 早く満足してくれないかな、と思う心はたぶん伝わっていない。 煩悩に支配されそうになる心の中で、お釈迦様が一緒に「去れ、マーラよ」と言ってくれる。 ごめんなさい。悟りは開けそうにありません。
「綾波」 「なに?」 「もう、いいんじゃないかな」 「ダメ」
時折確認しても、めったにOKは出ない。 腕がしびれようが足が攣ろうが、彼女の許しなしには身じろぎもできないのだ。
「綾波さん」 「なに?」 「1時間経過しましたよ」 「そう」 「お手洗いに行かせてください」 「じゃあ、行ったあとでまたぎゅっとしてね」 「はい、わかりました」
こんな確認をしていること自体が悲しいことなのだけど、解放されるのはまだまだ先だ。 別に、綾波を抱きしめること自体が嫌なわけじゃない。 いい匂いがするし、やわらかいし、この時間は綾波を独り占めできるし。 ただ、僕の理性というものが常に限界を迎えないか耐え続けなければいけないだけで。
そんな僕の苦悩など知ってか知らずか、腕の中の彼女は自由に動く。 身をよじったり、「碇くんの匂いがする」なんて言ってみたり、不意を突いてキスしてみたりと、堪ったものではない。
「碇くん」 「なに?」 「大好き」
こんなことを言われてしまうと、文句を言う気も失せてしまった。
「今度は横になりたい」
彼女がそう言えば、僕たちはベッドに身体を横たわらせる。 ただし、抱きしめ続けるのは変わらない。
「碇くんの顔が見たい」
そう請われれば、最初の約束もどこへやら、正面から抱きしめなおすことになる。 自分でも学習しないと思うが、最初から最後まで同じというのも確かにつらいので、結局彼女の要求はすべて受け入れてしまう。
無言で向き合うと、今度はお互いどちらからともなく自然と、また唇を重ねる。 口づけが終わると、そっと彼女の頭に手を伸ばし、その髪を梳くように撫で続ける。 目を細めてくすぐったそうにしているけれど、身を任せてくれているあたり、嫌ではなさそうだ。
綾波は、しばらくすると「すぅ、すぅ」と寝息を立て始めた。 こうなれば、ようやく僕も解放される。それが僕たちの約束だ。 だけど、もうしばらくこうしていたい。 腕の中で眠る彼女を、しっかりと感じていたいから。

|
|