[631] 僕とアイツと、ご主人様。
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- 日時: 2012/02/04 23:27
- 名前: くろねこ
“ガチャッ……”
「ただいまー。」
ご主人の声が、玄関から聞こえて僕は目を覚ました。 パタパタと近づいてくるスリッパの音。
「チビー。」
僕の名前が優しく呼ばれる。だから僕は、“おかえり”とご主人にすり寄る。
「ニャー…」
「遅くなってごめんね。お腹すいたでしょ。」
なでなで。白くてほっそりした、でも柔らかい手で頭を撫でられる。 でも、ご主人。僕は『お腹すいた』じゃなくて『おかえり』って言ったんだよ。
左肩にかけていた鞄をソファーに置いて、右手に持った白いビニール袋はそのままに、ご主人はキッチンへと向かった。 僕も、もちろんついていく。
「チビ、はい。どーぞ。」
コトン……
マットの上に置かれたごはん。あぁ、いいニオイ。 いただきます、と言って僕はごはんを食べる。
「今日はね、碇くんが来てくれるんだよ。」
「だから、お利口にしててね。」
もぐもぐと口を動かしながら、ご主人の声を耳に入れる。 どうやら今日はお客様が来るみたい。『碇くん』という人は、よくこの家に来る。僕は、実はあんまり好きじゃないんだ。これは、ご主人には内緒。 だって他の友達とは違う、なにやら特別な人らしい。僕には違いが分からないけど。
とりあえず、お利口にしておけ、ということだ。
「じゃあ、ちょっとシャワー……」
独り言のようにつぶやいて、ご主人は今度はお風呂場へと行ってしまった。 ぽつり、なんだか取り残された気持ち。僕は半分になったごはんを一瞥して、リビングへと向かうことにした。 窓から、ちょうど綺麗な夕日が見えて、僕はさよなら、と太陽さんにあいさつをした。
“ガチャッ……”
「お邪魔します。」
また、玄関から声。 トントンと、乾いた足音。僕に、近づいてくる。
「綾波ー?勝手に上がっちゃったよー?」
ご主人とは違う、力強くドアを開ける音に僕はたまらず飛び上がる。 もう少し、静かにしてよ。
「あ、こんばんは、チビ。」
ソファーで丸くなっていた僕に気づいた『碇くん』が、あいさつをしてきた。 チラッと睨んで、目を閉じた。 さっき驚かせた仕返しさ。
「あいかわらず、冷たいなー。」
ははは、と柔らかく笑う、『碇くん』。 横で、軽くソファーが沈む。僕に無断で座りやがったな、この。
「綾波はお風呂かな?」
そうだよ、ご主人は今シャワー中。 僕はシャワーが嫌いだけど、ご主人は好きみたい。人間って不思議。
「じゃあ、ちょっと待ってる間遊ぼうよ。」
見てみて、と。 目の前に出された、猫じゃらし。フリふり、僕を誘惑する。 やだよ、お前となんか遊びたくないもん。ご主人じゃなきゃやだ。
「ほれほれ……」
フリふり……揺れる猫じゃらし。 からだがムズムズしてきた。 我慢できずに、僕はそれに飛び掛かる。 ひょいっと、寸でのところでかわされる。ムカつく〜〜……
「あはは、可愛いなぁ……」
右手に猫じゃらしを持ったまま、『碇くん』が笑った。 そして、僕の喉を撫でた。 ご主人とは違った、大きくてゴツゴツした手。 あったかくて、気持ちいい。
こいつの事はあんまり好きじゃない。だって、こいつが来るとご主人が僕を見てくれないから。 でも僕は、こいつの手が大好き。もしかしてご主人も、こいつの手が気に入ったのかな。
「碇くん。」
「あ、綾波、お邪魔してるよ。」
「ごめんなさい、私シャワー浴びてて……」
「いいよいいよ、僕もちょっとコイツと遊んでてさ。」
僕のことをコイツと呼ぶな。偉そうなヤツだな……。
「あ、そうなの……。チビ、よかったわね。」
よくなんかないけど。ご主人が優しく撫でてくれたから、僕は“うん”と返事をした。
それから、ご主人と『碇くん』はご飯を食べて、リビングでくつろいでいた。 二人とも、お喋りとかテレビに夢中で、僕にかまってくれない。 仕方ないさ、だって僕、猫だから。たまには気を使ってあげないとね。
カーテンを頭で押し上げて、窓の外を見てみる。ベランダの柵の向こうに、街の光が鮮やかに見えた。 ちょっと上を見てみると、綺麗なお月さまが見えたから、僕は“こんばんは”と挨拶をする。 星が、キラキラしてて、綺麗だった。
「じ、じゃあ、もう寝ようか……」
「うん……」
なぜか、『碇くん』はこの家に泊まる。 ご主人は、男の人を泊めないのに。変なの。特別な人だからかな。
もう僕も眠くなってたから、ちょうど良かった。 寝室に向かう二人に、ついていく。なぜかいつも追い出されちゃうから、今日はこっそりと。
“パタン……”
ご主人の部屋。リビングより、ちょっと物が多い。 僕は床に置いてある本やクッションをよけながら歩く。
“チュ……”
不意に聞こえた、微かな音。 僕は目を上げる。 ご主人と『碇くん』が、鼻をくっつけていた。何やってんだろ。 そっと、『碇くん』の腕がご主人の腰にまわる。ぎょっとした。 おい、僕のご主人だぞ!
「あ……」
小さく漏れたご主人の声に反応するように、またヤツは腕に力を加えた。 ご主人は、それに応えるようにヤツの首に腕をまわした。 幸せそう、だと思った。 人間の気持ちなんて、よく分かんないんだけど。なんとなく、幸せなんだろうな、っと思った。
“ドサッ……”
不意にベッドに倒れこむ二人。僕は急な音にびっくり。なんだなんだ?
「ん……」
「あやなみ……」
耳に届くご主人の声。そして今まで聞いたことのない、『碇くん』の低く、かすれた声。 おい、ご主人が苦しがってるんじゃないか!どいてやれよ、アホ!
僕は思いっきり『碇くん』を睨みつけた。 ……と。 目があった。やばい、付いて来たの、ばれちゃった。
「…………」
びっくりしたような、ヤツの顔。ざまあ見ろ。 ふふん、と僕はひげを動かす。ヤツは動かない。 今度はご主人も僕に気づいたみたい。 “一緒に寝ようよ”と鳴いてみる。だって、いつもいっしょに寝てるから。 ご主人はいい匂いがして、大好き。 『碇くん』にはもったいない。
「あ……チビ……なんで……?」
「ついて来ちゃったのかな。」
「いつも、一緒に寝てるから……ぁっ……」
「今日は僕と、だから。」
「や……シンジ……」
僕を無視して、しかもご主人に咬みつきやがった。許さない。 僕はひたすら『碇くん』を睨む。 ……『シンジ』っていうのが、本当の名前なんだろうか?よく分からない。
「…………。」
「…? どうしたの、シンジ……」
「なんか…見られてるみたいでさ……」
「…………。」
『碇くん』か『シンジ』知らないけど、“みたい”じゃない。僕は“見てる”んだ。 睨んでるんだよ、お前の事!
少し鬱陶しそうに僕を見る目。こんな目をされたのは初めてだった。ますますムカつく。
「ちょっと待ってて……」
「?」
のそのそと起き上がる『シンジ』に、僕も、そしてご主人も不思議に思った。
「ニャッ……」
「お前はこっちで寝なさい。」
不意に持ち上げられて、そのままリビングへ連れて行かれる。 おい、放せよ! バタバタ暴れてみるけど、効果はなかった。
「今日はレイを僕にちょうだい。」
ドアを閉められる直前、聞こえた小さな声。
トントンと足音が遠ざかって。
バタンと、ご主人の部屋のドアが閉まる音がした。
呆気にとられる、僕。
――――――今日は、レイを僕にちょうだい。
さっきのヤツの言葉を思い返す。ぐるぐるグルグル頭を回って。 理解するのに、少し時間がかかった。 次にこみあげて来たのは、怒り。そして嫉妬というやつ。
あげないよ、僕のご主人様なのに!
こうしてまた、ヤツが嫌いな理由が一つ、増えた。

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