[649] またも誕生日
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- 日時: 2012/06/08 22:09
- 名前: tamb
- もうすぐ碇くんの誕生日ということで、わたしは困っていた。彼に何をプレゼントしたらい
いのか。 お弁当を済ませたお昼休みだった。 おでこにリボンを巻いてわたしをプレゼントー! というのは周囲に幾多の玉砕例を見てい たし、実はわたしもかつて決行直前に思いとどまったことがある。手料理は前にやったし。
彼は物欲が薄いというのも困難性に拍車をかけていた。さりげなく――などという高等話術 を駆使して――何か欲しい物はないか探りを入れてみたが、別にないなぁ、というそっけない 答えが帰ってきただけだった。もっともその後で、みんなが元気で幸せでいてくれるのが一番 だよ、それから綾波がぼくのそばにいてくれたらね、などと言ってわたしをきゅんとさせたの だけれど。 でもそれは誕生日プレゼントとは違う話だ。
クラスの女の子たちが、たまに男の子の性欲について話している。水泳の時間にこっちを見 ていていやらしい、とか。碇くんといえども男の子なのだから性欲くらいあるだろう。キスも してくれないけれど。 ならば。 わたしは思わず立ち上がった。
――碇くん、誕生日おめでとう。おっぱい触ってもいいよ。
だめだ。考えただけで顔が赤くなる。おでこにリボンより恥ずかしい。そもそもわたしのお っぱいにそんな価値はない。アスカくらいたぷたぷのふわふわならいいのかもしれないけれど。 わたしは自分の胸を見下ろしてため息をついた。 それに、前に一度思いっきり掴まれてるし。
「おっぱいチェック!」
いきなり真希波さんが後ろからわたしの胸を鷲掴みにする。いつものことだけれど、わたし は棒立ちになってしまう。 彼女が転校してきてから、クラスでおっぱいチェックが大流行した。もちろん女子の間だけ で。今はさすがに少し下火になったけれど。わたしがアスカのおっぱいはたぷたぷのふわふわ のふるふるだと知っているのは、彼女のおっぱいをチェックしたからだ。チェックしたからど うということもないと思っていたけれど、わたしのおっぱいよりアスカのおっぱいの方がたぷ たぷのふわふわのふるふるのふにふにで素敵ということはわかった。でも、それがわかったか らといってどうすることも出来ない。 たぷたぷのふわふわのふるふるのふにふに。 あこがれる。 棒立ちになりながらそんなことを考えていると、真希波さんがわたしの身体を引き寄せ、耳 元に甘い吐息を漏らしながらささやく。
「レイちゃん、ワンコくんの誕生日におっぱい触らせようとしてるの?」
わたしは驚愕した。この人は超能力者か。
「ど、どうしてわかったの!?」 「だって、さっきからずっとブツブツ言ってたよ? 碇くん、誕生日、リボン、性欲、おっぱ い、ふわふわのふにふにって。誰にでもわかるわよ」
しまった。思ったことをつい口に出すというのはわたしの悪い癖だけれど、こんな局面で、 しかもこんなところで出てしまうとは。 わたしは赤面した。
「いいんじゃない? 触らせてあげれば? おっぱいくらい。減るもんじゃなし」
真希波さんはわたしのおっぱいを優しく揉みながらささやき続ける。
「わ、わたしのおっぱいに、碇くんの誕生日プレゼントにするような価値は――」 「男の子にとってはね、好きな女の子のおっぱいだっていうところに価値があるのよ。大きさ とかはどうでもいの。そりゃあレイちゃんのおっぱいはあたしのおっぱいより小さいけれど、 形は素敵だし柔らかくっていいと思うよ。ワンコくん、きっと鼻血吹くよ?」 「で、でも……」 「大丈夫。ほんのちょっとだけ勇気を出せばいいのよ。こうしてみんな大人になっていくの。 おっぱいを触ってもらったら、その次は――」 「真希波さん?」 「はいっ!」
唐突にヒカリに声をかけられ、彼女は直立不動の姿勢を取った。わたしもつられて気をつけ をする。真希波さんはなぜかヒカリには弱い。あのアスカに対してでさえも強気で押しまくれ るのに。
「あたしたち、まだ中学生なのよ? していいことと悪いことがあるわ」 「はい……。でもあの……」 「周囲を巻き込むのはやめて。わかった?」 「わかりました……」
ヒカリが行ってしまうと、真希波さんはがっくりと腰を落とし、深くため息をついた。 わたしも椅子に座る。
「なんか弱いのよね、委員長には。権力には逆らうっていうのがあたしの主義なんだけど」 「……」 「じゃあさ、おっぱいがだめなら、あられもない姿を写真に撮って――」 「真希波さん?」
ヒカリがまたまた現れた。
真希波さんがこんこんとお説教を受けているその隣でわたしは考え続ける。 わたしは碇くんが好きだ。碇くんもわたしを好きだと言ってくれる。なのにキスもしてくれ ない。 最初の一歩というのは何だろうか。数々の漫画小説を参考にする限り、やはりそれはキスだ ろう。わたしたちはキスもまだなのにおっぱいは触られてしまっている。最初から間違ってい たのだ。でもそれはある意味で不器用なわたしたちにとてもふさわしいスタートだったのかも しれない。わたしもかつてはヒトという存在ではなかった。スタートはヒトではなかったのだ。 でも今は彼の願いによってヒトになれた。それと同じようにやり直せばいい。わたし達の関係 を最初からやり直すには、誕生日というのはとてもいい機会だ。 そして、わたしが守りに守ってきた――というような危機を迎えたことはないけれど。碇く んが初恋の人だし――このわたしのバージンを碇くんに奪ってもらうのだ。それは来年か再来 年の誕生日でもいい。ヒカリに怒られるから。初恋の人にバージンを捧げるなんてまるで小説 みたい。でもそれ以外考えられない。事実は小説より奇なり。 わたしがやり直すために結果としてサードインパクトが必要だったように、彼とやり直すた めには単にキスをすればいいというものではない。それにファーストキスというのは奪われる ものであって奪うものではない。つまり奪ってくれるように差し向けなければならない。そし てそれはキスより前の段階でなければならない。スタートより前だ。手を繋ぐ? それでは生 ぬるい。日常的に手は繋いでいるし。
――ほっぺにキスだ。それしかない。うなじや耳より扇情的でないし、手とかだと意味不明 だ。ほっぺにちゅ。そんな歌もあったような気がする。二の腕にさりげなく胸でも押しつけれ ばより効果的かもしれない。これだ。これしかない。ほっぺにちゅうだ。
――ほっぺにちゅ。
思い立ったが吉日。
「ほっぺにちゅ」
レイがそう言いながら立ち上がった。ヒカリがお説教を中断してレイを見る。クラス全体が お喋りをやめてレイに注目した。教室内が沈黙に支配される。
「ほっぺにちゅ。ほっぺにちゅ」
レイだけが一人そうつぶやきながらシンジに向かって歩く。
「碇くん」 「あ、あやなみ……」
レイの笑顔は鬼気迫り、シンジの笑顔は引きつっている。
「碇くん、横を向いて」 「ま、待って綾波。ちょっと落ち着いて。どうせなら人気のないところで、雰囲気とかも――」
彼の切実な言葉はレイの耳に入らない。 業を煮やした彼女はシンジのあごを掴んでぐいと横を向かせる。 ヒカリが立ちふさがる間もなかった。
数秒後、固唾を飲んでいた教室内が大きくどよめいた。

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