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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


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Re: piece to Peace ( No.40 )
日時: 2014/01/05 23:27
名前: calu

                 ▲▽▲▽   ▲▽▲▽



 久しぶりに口にする温かい食べ物だった。決して手を掛けた料理では無かったのだけれど、それ
でもいまだ14年の眠りから覚めやらぬ堅く氷結した心の一部が徐々に溶けだしていく、そんな感覚
を覚える。こんなふうにして食事をするのはいつ以来のことだろう……そう、コンフォート、ミサト
さんのマンションにアスカと居候してて、ジャンケンに弱い僕がいつも料理当番を担当してたっけ。
そのうちアスカまで料理を作りはじめて…綾波なんて、僕と父さんの為に食事会まで企画してくれて
……僕は、綾波の作る料理が心配で、それでいて楽しみで…そう、とても楽しみにしてたんだ。
 そうなんだ、綾波は、温かい食べものが人の心を温かくするのを知っている、そんな女の子なんだ。
そうなんだ…だから…。

 ポン酢を入れた小皿から思い詰めた顔をあげたシンジ。鍋から湧き立つ湯気越しに真正面から視界
に飛び込んできた滑らかな岩肌にも似たスキンヘッドに、ディラックの海で平和に揺られていたシンジの
魂は現実に引き戻された。

 そうなんだ。今のこの状況は、わざわざポン酢を届けてくれた高雄の帰り際に僕が声を掛けたから。
良ければ一緒に、なんて僕が言っちゃったもんだから、おぅそうかい、それじゃあ御相伴にあずかろう
かなってなっちゃったわけで…。何を隠そう…綾波とツーショットで食事する機会をつぶしちゃったのは、
誰あろう僕自身、なんだ。
 シンジは改めて、目の前でどっかと腰をおろし、一升瓶を抱えるようにぐい飲みをあおる高雄を凝
視した。それにしても…、

(…よく飲むなぁ)
(…この体なんで、食べる方は想像ついてたんだけど)
(…浴びるように飲んでんのは日本酒なのかなぁ。…ミサトさんもよく飲んでたけど)
(…でも、お酒を持ってたってことは、最初っからここで食べてく積りだったってことか)

 自分を凝視するシンジに気付いたのか、いつしか高雄が不審げな表情でシンジを見つめている。
眉を顰めた表情はてらてら光るスキンヘッドとの相乗効果も手伝い相当に恐ろしく、諜報部の怖い
オジサン達とも十分張りあうことのできるレベルである。
 その天衣無縫のスキンヘッドが、ふと表情を緩めニカッと脂の乗った中年独特の笑みを浮かべた。

「なんでえなんでえ、飲みてえんなら言ってくれりゃあいいのに、シンジ君よぉ」
「へ…いや、僕はその、お酒は全然ダメなんで」
「なんでえ、面白くねえの。折角ミサトも気に入ってた獺祭なのによ」
「…す、すいません」
「いいよいいよ。酒ってのは無理強いされるもんじゃあねぇ。楽しく飲まねえと。なぁ、レイちゃんよ」
「…?…」
「一杯どうだい? いつもあの髭の暗い司令やらエルダー副司令と一緒じゃ大変だろう。ストレス
溜まっちゃうよなー。これグーと空けてスカーと全部忘れりゃ――」
「だだダメですよ、高雄さん! 綾波にお酒なんて飲ませちゃ!」
「ちぇっ、松の内だってのに堅えんだもんなー。ま、カノジョなんだもんな。心配すんのも無理はねえ」

 い、いやだから、カノジョってのは、その、と口籠るシンジは出鱈目にバケツの氷水をかき混ぜ
ながらもペットボトルを取り出し、紙コップと一緒にレイに差し出した。が、首まで赤くなった顔では
レイを直視できない。

「…?…」
「あ綾波、これ飲んでよ。お水だからさ、安心していいからね」
「うん」
「あと、このあたりのお野菜ももう食べれるからね」
「うん」
「綾波、どうかな? …その、口に合う、かな?」
「うん…おいしい、碇くん」

 初めての鍋料理を前にして戸惑いがちのレイに甲斐甲斐しく世話を焼くシンジ。そんな様子を
高雄は平和そうな笑みを浮かべながら見つめている。

「…やっぱ似合ってるよ、お前さんたち」
「な、た高雄さん、ままた―」
「何、信号機みたくいちいち反応してんだよ? それより悪いけどよ、バケツん中でとっておきの
酒を冷やしてんだけど、取ってくれんか?」
「あ、はい。お酒、ですか?」
「おう、正月用に取っておいた大吟醸だからな。ちゃんと冷やしとかねえとな」

 既に五合ほど酒が入っている高雄は上機嫌この上なし。ここにきてシンジという肴を前に、眷顧
の美酒をもって更なる酩酊にその身を委ねるつもりか。だがしかし、シンジにだってミサトから学習
した過去の経験則が頭の片隅に残っているのだ。殆ど条件反射のように、シンジはバケツの氷水
をかき混ぜながら以後の対処法に想いを馳せた。

「これ…ですか、高雄さん?」
「ん? おおソレだソレ」

 シンジからペットボトルを受け取るや、高雄は歓喜の声をあげた後、ぐい飲みに慎重に注いで
キューと一気にあおる。シンジには理解できないが、この瞬間が酒飲みにとっては堪らない瞬間で
あるというのは、これまたミサトから客観的に学習したこと。が、しかし何故か高雄の顔一面に貼り
付いていた恍惚の表情は、雲高き秋空が如く突如としてその様相を変えた。眼はくわと見開かれ、
狭隘な室内に灯るランプの光に照らされたスキンヘッドの紅潮が臨界点に達したかに見えた瞬間、
熊のような筐体から喜悦とは程遠い奇声が絞られた。

「……シンジ君よ……こりゃ、酢だ」
「えうっ? お、お酢、ですか?」
「チ、チクショオ…な、なんで酢がこんなとこに有りやがんだ…悪いけどよ、別のがバケツに残って
ねえか?」
「ちょ、ちょっと待ってください……いや、見当たりません、けど」
「そんな筈無えんだけどなー。くそっ、どこに行っちまったんだ、俺の大吟醸はよぉ」

 そんな二人のやり取りを横目に、レイが一気に空けたコップをテーブルに置いた音がタムと響いた。
 初めていただくポン酢に喉が渇いていたのだ。
 レイはシンジから与えられたペットボトルから二杯目を紙コップになみなみと注ぐと、こくこくと可愛
 いい喉を鳴らしながら一気に飲み干した。 

  
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