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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


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Re: piece to Peace ( No.46 )
日時: 2014/03/08 15:20
名前: calu

  

                     ▲▽▲▽   ▲▽▲▽



「あ、綾波…どうしたの? 気分でも悪いの?」
「………」

 思わず心配そうにレイの顔を覗き込むシンジ。二杯目の紙コップを飲み干したレイは、右手に
コップを握りしめたまま俯いてしまっている。レイの白い手の中で、紙コップはややモディファイ
されていた。

「…あ、綾波ぃ」
「………」

(…ど、どうしたんだろう)
(…やっぱ口に合わなかったのかな)
(…それとも、お腹が痛くなった、とか)
(だ、だったら、どうしよう…)

 だ、大丈夫? とレイに身体を寄せ、その背中をそっと擦ったシンジは、この世のものと思えな
い程の柔かさにおののいた。

「………たの」
「へ?」
「………」
「どどうしたの、綾波ぃ?」
「…無くなってしまったの」

「…………はい?」

 シンジの間の抜けた言葉に呼応するように顔をあげたレイ。朱を溶いた水面がごとく頬を染め、
瑞々しくも潤んだ深紅の眸をやや上目がちにシンジに向けている。近い、とても近い。
 そのまま覆い被さってしまいたい衝動を鋼鉄の意思で抑えたシンジは辛うじて視線を逸らせる。
 
「…な何、その、無くなったって」
「碇くん、はい、これ」
 
 これって、お水が欲しいの? とレイからペットボトルを受け取ったシンジは、小さく書かれた
『大吟醸』の文字に瞠目した。

「あ、綾波、いま飲んでるの……」
「……にほんしゅ。米とこおじを主げんりょうとしたアルコールがんゆういんりょう」
「ど、どの位飲んだの?」
「……分からない…たぶん三ばいめ」
「だ、だめだよ、綾波。僕たちは中学生なんだから…と、14年経ってたんだっけ? …いずれに
してもマズイよ」
「……そお? よくわからない」
「ちょ、ちょっと、高雄さんっ!」

 シンジが視線を向けた先で、高雄はその巨体をリノリウムの床に預け、シンジの問いかけに高鼾で
応えた。一升瓶を虎の子のように抱きかかえ背を丸めた姿は水揚げされたばかりの珍種の哺乳動物
に見えなくもない。まなじりに薄っすら付いた涙の痕は、拭いきれない大吟醸への想いの証か。
 
 と、とにかく、とふたたびレイへと向き直ったシンジは、触れ合うほどに身体をにじり寄せるレイに
忽ちの内に石化した。

「…あや、あやあや」
「碇くんと一緒に……の」
「…い、いや、だから」
「碇くん…嫌?」
「い、いや…そうじゃあ無くて…あ」

 少し視線を下げたシンジの目の縁にショパンの楽譜がかかった。食事中も離そうとしない楽譜を
レイは胸に添えるようにして持っていた。

「あ綾波、食べにくいからさ、楽譜はどこかに置いとこうよ」
「嫌」  
「で、でも、汚れちゃっても、そのイケナイからさ」
「…これは、二度と手離してはいけないものなの…だから、持ってるの」
「そ、そうかな…そうなのかな?」
「…約束だから……時が来れば…一緒に弾くって約束したから…」
「へ、約束?」
「…そう……今度こそ…」
「そ、その……だ誰との、なの?」
「…碇くん」
「えっ、ぼ僕!?」

 コクリと頷く所作を示したレイは、しな垂れかかるようにシンジにその身を預けた。慌ててレイの上体
を半ば抱きかかえるようにしてレイを支えるシンジ。例えようのないほどに柔かな感触に、そして実体を
感じられないほどの軽さに、爆裂寸前にまで高まる動悸の向こうに遠い過去の記憶が甦る。抱きしめて
しまいたい衝動を辛うじて堪えたシンジは、腕の中で静かな寝息を立て始めたレイを静かに見つめた。
そして、薄っすらと眦に浮かんだ涙の意味の糸口さえ見い出せないままに、愛おしさというコトバでは
表現し尽くせない感情のままに、その唇へと顔を寄せていく。
 無機質な音が小さく木霊した。慌てて我に返ったシンジはあたりを見渡したが、何ら異変を見い出す
ことは出来ない。いつの間にかシンジのポケットから床へと転がり落ちていたS-DATを除いては。

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