Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.6 ) |
- 日時: 2011/08/22 23:24
- 名前: aba-m.a-kkv
目を落とせば、幻のように赤くも、現実のように青くもない海。
磨かれた漆黒の大理石のように漣一つなく、硬質ともいえる感触と光沢を持つ。
時節、硬質な表層の下に鈍い輝きをもつ光の流れが走る。
そんな黒い海が世界の半分に広がっている。
目を上げれば、現のように青くも、幻想のように赤くもない空。
雲一つなく何処までも高い空は、空と宙の境目さえない。
とてつもなく濃い青闇色が溶け込み、月も星もないのにどこか明るく、夜のようで昼、昼のようで夜の下。
そんな黒い空が世界の半分に広がっていた。
この物語は、私にはまだまだ足りません aba-m.a-kkv
「ここは……私の世界じゃない」
世界を見回した彼女はそう呟いた。
気が付けばこの世界の中心に立っていた。
瞼を閉じ、そして開いた瞬間には世界が変わっていた。
この場所は彼女の現実の世界でも、そして彼女の欠けた心が生み出す世界でもない。
どちらと言われれば欠けた心が生み出す世界に似ている、けれど彼女のそれは紅く、穏やかではあるけれど漣を生まないわけでもない。
これはまるで最初であり最後のような凪ぎをたたえた世界だ。
でも彼女はこの世界の雰囲気を知っていた、覚えていた。
それは彼女の使徒としての核に刻まれた記憶。
その権威の始まり。
彼女が扉を開ける前に立っていた場所。
『ひさしぶりだね、綾波レイ』
背中に投げ掛けられた声、それは懐かしさを覚える声だった。
けれど時の経過を感じさせない声でもあった。
深海を沈みに沈みきったような落ち着きと空と海を支えるような重みのある声。
彼女は振り返り“作者”を見とめた。
変わらない姿がそこにあった。
「私を、リリスと呼ばないのですね」
以前のこと、始まりの前のことを思い出す。
でも、変わらない雰囲気の中にある小さな差違。
“作者”は小気味いいことを笑うような苦い笑みを浮かべる。
『あいかわらず、きついことを言うね』
それを聞いて彼女は力を抜いた。
ここが“作者”の世界で、相対するのが“作者”なら、気構える必要などない、意味さえもないだろう。
彼女は向き直り、小さく頭を下げる。
「おひさしぶりです。見にこられたのですか? 私が編み著した物語を」
“作者”がやわらかく頷く。
『君が私の前から出ていってから時が過ぎた。
それは私にとっては短く、君にとっては長いものだったかもしれない』
“作者”の視線が彼女を撫でる。
『君は大きくなった』
「貴方にとってはつかの間かもしれませんが、私が大人になるには十分な時間ですから」
確かに彼女は成長した。
視線を落として見つめる自分の身体。
始まりの時の少女の雰囲気は消えて久しく、髪も長くなり、体つきも丸みを帯び、身長も伸びた。
でも彼女の答えに“作者”は頭を振る。
『否、外見の話じゃない。その器がだよ』
彼女は、はっと視線をあげる。
慈愛に満ちた深い色の眸がそこにあった。
『始まりにおいて君は独りだった。
だが今では多くのものが君の周りにいる。
それはただの人間ではない。
想いを分けたもの、血を分けたもの、心を分けたもの、魂を分けたものだ』
彼女は聞きながら瞼を閉じる。
その裏側に思い浮かぶのは欠け換えのない人たちの笑顔。
家族と呼べる人たち、友と呼べる人たち、そしてかたく結び合い繋ぎあった人。
彼女の口唇が自然に綻びる。
『始まりにおいて君は何も持っていなかった。
だが今は多くのものを君は持っている。
それはただの物質ではない。
感情、経験、知識、知恵、思い出、意思、希望、未来。
私では備えることの出来なかったあらゆるものだ』
彼女は聞きながら胸に手を当てる。
井戸水が溢れ出るように、身体の内側に満ちるもの、あたたかいものを感じる。
それと共に“作者”が見つめていたものの意味を知る。
『君は本当に大きくなった。
もはや私の作り出した名であるリリスとは呼べない。
私が君を君の名で呼んだ理由はそれだ』
彼女は瞼を開き、顔を上げ“作者”を見る。
真摯な表情がそこにあった。
『だから尋ねてみたい、君は、幸せかね?』
別れ際に向けられた言葉がよみがえる。
手向けの言葉、願いの言葉が。
彼女は視線を落とし、全てが書き記された本を持って扉を開けたあの時から今に至るまでの出来事を巡らせる。
「私は、私には、辛いときも、悲しいときも、寂しいときもたくさんありました。
けれど今、貴方に産み出されたことを感謝しないときはありません。
でも……」
顔をあげる。
真っ直ぐな視線、意思の光をたたえる紅い眸が“作者”に向く。
「私の幸せは、この物語は、私にとってまだまだ足りません。
私はもっと物語を紡ぐでしょう。
もっともっと幸せになりたいですから。
私にはまだまだ十分ではありません」
清々しいほどに毅然と言いはなった彼女に、“作者”は目を見開いた。
『貪欲だな』
「いいえ、ただ純粋な願いです。
欠けた心が求めてやまない、無垢な想いです」
微笑みを浮かべる彼女を“作者”は幾許か見つめて頷いた。
『そうか』
噛み締めるように呟いた“作者”は少しうつむいた。
その影の下には込み上げる歓喜を隠しながらも抑えきれないような笑みがあった。
伝わる喜びに、彼女の心もあたたかく深まる。
暫くの静寂が世界を包んでいた。
幾許かの時を過ぎて、いままで大理石のように硬く光沢を持っていた黒い海に波紋が広がった。
彼女も“作者”も同時に波紋の生まれる場所に視線を落とす。
見ると彼女の足元を中心にして漣が、時を追うごとに強く広がっていく。
本来、波うつことなどないはずの世界に。
そしてその振動はまるで声のようだった。
彼女の名を呼ぶ声のように、波が広がっていく。
「……碇くん」
漣の向こう、波紋の奥、それを生み出しているだろう欠け換えのない存在、かたく結び合い繋ぎあったものの名を彼女が呟いた。
“作者”も感嘆の声を漏らす。
『すごいな、彼の存在は。
本来干渉できないはずのこの世界にも、君がいれば彼の手は届くのか。
流石は四番目の扉を超えたものたちというわけだね』
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私の自慢の半心なんです。
……もういかないと、彼が呼んでいますから」
“作者”は頷いた。
それにあわせて黒の世界が霞み始める、それはまるで夜明けのように。
『良いものを最後に見せてもらった。
さあ、これを持っていくといい。
新しいペンと新しいインク瓶、そして新しい本だ』
気が付くと彼女の手には本があった。
あの時と同じ、でも開いてみたそれは最初から最後まで真っ白だった。
彼女は驚いて顔を上げる。
『書き続けてくれ、君の物語を。
楽しみにしている。
“作者”てしてだけでなく“読者”としても』
慈愛に溢れる“作者”の表情を見て、そして新しい本に触れて、彼女の中に込み上げてくるものがある。
ここから先は編集でも編著でもないのだ。
彼女が描き綴る物語が始まる。
すべては彼女の意思の基に。
『その本が描き満ちたら、また会おう。
代わりの新しい本を用意して待っているよ』
笑みとともに“作者”が別れの手を上げる。
黒の世界が白に染まって消えていく。
境界が彼女を越えて過ぎていき、彼女が生きる現実の世界へと移り変わっていく。
“作者”の部屋である黒い世界が消える瞬間、彼女の耳に“作者”の声が響いた。
『幸せに、綾波レイ』
彼女はその願いの声に深く深く頭を下げた。
改めて、綾幸十周年、おめでとうございます!!
いままでたくさんお世話になりました。
今後ともよろしくお願い致します。
そして、さらにLRS&LAKの素敵な作品が集まる場として発展していくことを願っています。
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