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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


メンテ

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Re: piece to Peace ( No.63 )
日時: 2016/03/30 22:38
名前: calu

                     ▲▽▲▽ ▲▽▲▽


 白色蛍光灯が影を産まない無機質な部屋。そこに据えられた簡易ベッドの上で、シンジは凍えるように
その背を丸めている。両耳をS-DATから伸びたイヤホンと両手で塞ぎ、世界中の一切の情報を拒否する
ように。今シンジの中を大きく何度も何度も流れ巡っている『現実』、たった今目の当たりにしたばかりの
世界の状態と真実にシンジの魂は大きく揺さぶられていた。

 ここに来てどれだけの日が経過したのだろう。僕はただ14年の間の変化にずっと戸惑っていて、訳が
わかんなくて、そうなんだ、何が何だか解んなかったんだ。それでも綾波がいてくれて、あの時、助け出して
いたことが嬉しくて、それで少しづつだけど昔の綾波を取り戻せているような気がして……それが嬉しくて。

 でもずっと気になってたんだ。高雄さんのあの話を聞いた時から、ずっと気持ちの中に不安の影を作ってきた
んだ。でも、僕は他に本を探したりピアノをやったりやるべき事が色々とあったんで…それに目を向けることが
出来なかったんだ。そうなんだ、そんな余裕なんて無かったんだ。でも、あの日、新しいシャツが支給されて、
トウジの名前が入ってたんだ。それでその時、解ったんだ………綾波や渚君との楽しい時間の狭間でときおり
顔を出す不安が途轍もなく大きくなっていたってことに。

 あそこにいた皆がどうなってしまったのか、それを知るのが、とても怖い。怖かったんだ。



 『…な…なんだこれ?』

 カヲルの導きにより初めてネルフ本部施設から足を踏み出したシンジは、雲の切れ間から眼前に広がった
外界の状況を目の当たりにし、言葉を喪った。
 サードインパクトに見舞われた世界は、シンジの想像を遥かに凌駕し、その形状を異質なものに変えていた。
紅く変質した大地は嘗て科学の粋を集めて構築された文明社会もろともに引き裂かれている。遺骸として其処
彼処に散在する見たこともない巨人達に蹂躙の限りを尽くされたかのような眼前の世界。一面が緋色に沈んだ
外界の大地。そのどこにも生体の息吹は感じられない。まるで天空から突きおろされた巨大な十字架を見上げ
ようとしたシンジの視界に、不吉に血を滲ませる月が浮遊していた。

 僕、僕が初号機と同化していたって? その間に起こったサードインパクトの結果だって?
 サードインパクトのきっかけが僕だって…ただ綾波を助けようとした僕のせいでサードインパクトが起こったって!?
 そ、そんなこと言われても! 突然そんなこと言われても!!
 人類補完計画…大量絶滅だって? 街の皆を、皆を…この、僕が…この手で!?

 反芻される事実と外界の現実、そして受けとめきれない感情のせめぎ合いは、シンジの内奥でその魂を激しく
揺さぶりその情緒をずたずたに引き裂いた。呼吸は乱れ、辛うじて倒れ込んだベッドの上で、全てを遮断し体躯を
膠着させるほかなかった。

(…なんでだよ…)
(…こんなことになってるなんて…)
(……僕の罪、だなんて…)
(………)
(…そうだ、綾波を助けたんだ。…それでいいじゃないか)

 永遠とも思える思考の反芻の中で唯一の出口を見出したシンジは、ベットから辛うじて身体を起こした。汗で
シャツが上半身に貼りついている。まるで夢遊病者のような足取りで部屋を抜けると、思わぬ人物をそこに見た。

「…冬月、副司令?」
「第3の少年。少し話したい事があるのだが、時間はあるか?」
「あ、はい」
「結構だ。それでは付き合いたまえ」





「…碇くん?」

 実験を終えたレイが待機場に戻ってくると、シンジがいた。積み上げられた本の脇で膝を抱えながら
顔をうずめていた。レイが近づくと、ゆっくり上げられたシンジの顔はひどく憔悴している。

「…昨日はゴメン…ピアノの練習に行けなくて」
「…構わないわ」

 積み上げられた何冊の本から一冊を手にしたシンジは薄く笑った。入口から覗いているレイの寝袋の
傍に、読みかけらしい本が置かれている。

「…綾波、少しづつ…本…読んでくれてるんだね」
「綾波レイなら…そうした、から」
「……」
「……」
「…ねぇ…君は…綾波だよね?」
「そう、アヤナミレイ」
「だったら…だったら、あの時助けたよね?」

 レイに不安めいた表情がうまれた。しばしの逡巡の後、蚊の鳴くような声をレイは絞り出した。

「……知らない」
「!?」
「…知らないの…ごめんなさい」

 シンジは腰を上げることも出来ずに頭を抱え込んでしまった。しばらくの間、肩で息をした後に
苦悶に顔を歪ませながら壁に手をつき辛うじて立ち上がる。

「碇くん」

 レイと目を合わせようともせず打ちひしがれたようにその場を後にしたシンジ。その座っていた
床には、レイからもらった楽譜が残されていた。
 不安の色を色濃く浮かべるレイは、立ち去って行くシンジの後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった。

「…助けてなかったんだ……綾波…」




 セントラルドグマ内大深度地下施設。仄暗い空間の中で、ある種異様な雰囲気を醸し出す施設は、
微かな振動と不整脈にも似た作動音を産みだし、そのエリアの中を漂わせている。そして、その中心部
に据えられた円錐状のガラスチューブ。そこに満たされたLCLの海でレイはたゆたう。

 ここはわたしの存在の根拠。
 わたしはここで構成されて、ここに還っていくの。
 ここにいれば苦痛は無いの。
 ここにいればどんな傷も癒されるの。
 ……でも。

「…ここでの措置も今日が最後だな、碇?」
「ああ…第13号機による執行はもう目前に迫っているからな」
「初期ロットもいよいよもって、その役目を終える、か」
「…その通りだ…ユイの情報だけが受け継がれれば、それでいい……後期ロットで事は足りる」

 控えめなブザー音が鳴った後、そびえ立つ巨大な設備から断続的にデータが吐き出され始めた。
待ち侘びる冬月は苛立たしげにデータシートを手に取ると、とたんに眉間のしわを深くした。
 少しの静寂の後、これは良くないな、と呻くような声が霧散する。

「……」
「ふむ…果たして、最期の任務までもつものか…」
「…レイの事なら心配は無い。命令は問題無く遂行される。その為に引き継がせてきたのだからな」
「確かに…ここに来てもなお生体維持に最低限必要なA.T.フィールドを維持できている…他の複製体と
相違するところか、だが、しかし…」
「どうした、まだ何かあるのか?」
「…うむ…いや、これまで見たこともないノイズが出てきているでな。…まあ、無視できるレベルと言えるか」
「………そうか」

 ガラスチューブからLCLが排出されると、いつものようにゲンドウはバスローブをレイに手渡す。

「レイ」
「はい」
「この後の司令室への出頭は省略して構わん。待機場で休むがいい」
「はい」
  
 勤務解除を言い渡されたレイは更衣室へと急いだ。歪んだロッカーを開け放つと、ごわついた
バスタオルで身体にふいた。手際良く、それでも丁寧に身体の隅々にまで纏わりついたLCLを
拭い取る。清楚な下着をつけたところで、斜め前方の鏡に向き直ってみる。

(………)

 いつからだろう。自らの姿をこうして鏡に映しだしてみるようになったのは。何故、こんなことをして
いるのか。こんな意味の無いことをどうしてするようになったのか。

(……わからない)

 その時だった。突然、レイは激しい頭痛と眩暈に襲われた。手をついたロッカーから金属が軋んだ
嫌な音が響いた。だが、そんな異音を聞き咎め、異変に気付く人間は、少なくともこの部屋には存在
しなかった。誰もいない薄暗い空間の中心で、冷たいロッカーにその身体を寄せるレイは、ただひたすら
に耐えた。

 …行かなくてはダメ。もう時間が無い…だから行かなくてはダメ。

 全身が分裂し、崩壊しそうなまでの苦痛に襲われながらも、やっとの思いで制服を身に付けたレイは、
楽譜を鞄から取り出すと、覚束ない足取りでケージへと足を向けた。


 漆黒に覆われたケージの底では、まるで忘れ去られたようにピアノが佇んでいる。夜を薄める満天の
星空の下、毎日のように様々な旋律を産みだしてきたヤマハCF�Vは、その天板に蒼い光を溜め、息を
潜めている。
 そのピアノの前で、恐らくはもう二度と音を通わせることの叶わない少年がやってくるのを、レイはただ
ひたすらに待ち続けた。おとなしく揃えられた手は膝の上に置かれた二冊の楽譜に添えられている。

(…そう。もう間に合わないのね)

 おもむろにピアノを奏ではじめるレイ。荘厳なヴォイシングに切なげな旋律が絡んでは闇に溶けこんで
いく。それほど時間をかけることは出来なかったけれど、シンジと一緒に完成寸前にまで高めていった
ショパンの夜想曲。そのシンジとの連弾のイメージを、シンジのタッチをレイは追う。その解釈の一音
たりとも逃さないように。鍵盤に落ちた雫を見て、レイは自分が泣いていることに気がついた。

 およそ属性を異にする音が、ふたりの旋律を引き裂いた。携帯端末からの非常招集だった。

メンテ

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