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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


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Re: piece to Peace ( No.72 )
日時: 2016/05/14 11:02
名前: calu

         
      ■□■□ ■□■□




 ネルフ本部のかつての正面玄関だったメインゲート。その崩落した外観からは以前の面影を見る
ことのできないそのメインゲートからジオフロントへと一歩足を踏み出すと、容赦なく降りそそぐ陽射し
が肌を刺した。囲われたジオフロントの中だけに僅かに残された緑に敷かれた小路をレイは歩いている。
その細い身体を制服に包み、やや俯き加減に、厳しい陽射しだけが降りそそぐ音のない世界を歩いて
いた。なだらかな緑の丘陵を進むと、やがて小高い丘の頂上に出た。ここから中央病院が一望できる。

(…あのとき、ストライカーが現れたところ)

 丘の上で静かに足を止めた少女の足元で、白い靴に当たった小さな石が転がった。レイは眼前に
広がる光景を緋色の眸に映した。
 記憶通りの場所に中央病院はその姿を残している。しかし、かつての外観を留めてはいなかった。
激しい戦闘の傷跡も生々しい建物は半ば崩れ、白い壁面だけが以前と同じように陽光を反射させて
いる。桟が拉げた窓のガラスの多くは失われ、病院とは趣を異にする瀟洒な正面玄関は無残なまでに
破壊され、かつての面影を残していない。

(…………)

 そして違和感を感じる最たるもの。中央病院の正面玄関からレイが今立っている高台の間が、まるで
巨大な爪に抉り取られたように大きく陥没していた。正面玄関前に位置する駐車場は悲惨なまでに粉砕
され、抉られた大地は黒々とした大地を不吉に剥き出している。

「…A.T.フィールドで、ここまでの…」

 丘の上に立ち尽くすレイのスカートの裾が風に揺れている。しばらくしてふたたび歩きだしたレイは
迂回して中央病院へと歩を進めた。あの日シンジが眠っていたあの集中治療室へと。



 誰もいない病院内は狂気にも似た明るい光に満ち溢れていた。銃撃跡が著しい壁面そしてリノリウム
の床面は激しく損傷し、いやがうえにもあの日の記憶をレイに蘇らせる。息苦しい、胸が締めつけられ
るように感じる。それでも、レイはココに帰ってこない訳にいかなかった。終わっていない。そう、レイの
中ではあの日はまだ終わってはいない。

(…そう、ここが)

 加賀にとって最期の場所。レイを庇って無数の銃弾を受けた加賀は即死だった。それでも、死して尚、
盾となり敵の銃弾からレイを庇い続けた。そして、もう一人の衣笠に至っては、その最期さえレイは
知らないのだ。たったひとりでSBCT機械化歩兵部隊と対峙した衣笠は、自らの一命を賭して会敵した
に違いない。そして、大地を揺るがす爆発。恐らくは、あの時に衣笠の命は潰えた。

 柔かな陽射しが銃撃によるスパイダーネットだらけのガラス越しに差し込しこんでは、無機質な室内に
様々な模様を描いている。その中の一角、加賀の最期の場所に、誰が手向けたのかワインと花が
添えられている。レイは膝を折り祈りを捧げた。

(…加賀一尉、衣笠一尉……わたしは)

 別れの言葉さえ。
 
(…わたしを助けるために志願したという本当の理由)

 それさえも。

(……このわたしの為に)

 …なぜ?





 何かが祈りを捧げるレイの耳朶をついた。顔を上げたレイは耳を澄ませると、腰を上げた。

「…ピアノ?」

 間違いない。ピアノの音だった。この病棟が閉鎖された事、そして入院患者の別棟への移管が
終了したこともユキから知らされている。だから、今この病棟には誰もいない筈だった。

(…ショパン?) 

 それでも柔かなタッチで醸し出される哀しげな旋律に惹かれるように、その音の源へと足を進
めるレイ。
 
(…千代田婦長? ……いえ、違うわ)

 シンジがいた集中治療室に面した小さなパティオ。くり抜かれたような中庭に、天蓋から色とりどりの
間接光が織り込まれた陽射しが降りそそいでいる。どことなく地中海の昼さがりを思わせるそのパティオ
に据えられた白いアップライトピアノを演奏しているのは若い女性だった。

(………)

 降りたつ陽光が白いピアノの鏡面、そしてオフホワイトのブラウスを身に纏う女性を天使のように輝か
せている。初めて耳にするなめらかなタッチと複雑なリハーモナイズから生まれる優しい旋律に、パティオ
の入口でレイはただその美しい音階に耳を傾けた。

「…ショパン…ショパンの別れの曲」

 旋律の終りにそっと被せたヴォイシングが静かに尾を引いている。
 
「加賀さん、そして衣笠君はこの曲が好きだったわ…」

 パティオの床一面に貼られたテラコッタタイルにヒールの音がコツリと響いた。ピアノの椅子を引き、その
入口に佇むレイを見返った女性に面識は無い。それでもコバルトブルーのフレアスカートに白いブラウス
を合わせた、どこかいたいけな少女の面影を残すその女性とは、どこかで会った事があるような気がする
のはどうしてなのだろう。

「…あなた、誰? …どうして、加賀一尉と衣笠一尉のことを」
「仲間だったから。あたしの大切な」

 ニコッとレイに向けられた暖かな笑顔。それは、短かったけれど関わり合った時間の中で、加賀そして
衣笠から感じ得たものと同質のものだった。上手く言葉では言い表せないけれど。

「…仲間…総務局の?」

 首を横に振った女性はその黒目がちな眸をまっすぐレイに向けた。 

「ううん、総務局ではないわ」
「加賀一尉は、かつて諜報二課にいたと言ったわ」  
「…そっかぁ…加賀さん、レイちゃんには話したんだね」
「………」
「あたし達は、諜報二課のメンバー」
「? …今は存在しない組織だわ」
「そう、表向きはね」
「………」
「…十四年前のニア・サードインパクトの後に発令されたA-801。ネルフの指揮権がゼーレに移譲されて
からの戦自の動きは早かった」
「………」
「…あの戦いで、真っ先に標的にされたのが、警備局そして保安諜報部だった。そして、諜報二課も例外
ではなかったの。…でも」
「………」
「…最後にあたし達を守ってくれたのが、同じ二課の別働班と言われるもう一つのメンバーのみんなだった。
それまでは彼らとは反目ばかりしてたけど、最後はエヴァを動かすことのできる適格者の守護を生業とする
あたし達を生かすために、自らが盾になって戦自に立ち向かったの。そして、全滅した。その圧倒的な
火力によって、彼らは諜報二課の名とともにこの世から抹殺されたの」
「あなた達は…」
「…二課ガード班。適格者の為だけに生かされたガーディアン。だから、レイちゃん…あなたのことも、ずっと
昔から知っているわ」
「……でも、解らない。あなた達がどうしてわたしを助けるのかが」
「…レイちゃん」
「わたしはあなた達にとっては敵だったゼーレによって仕組まれた子供のひとり。…なのに」
「あなたは死ぬわけにはいかないの。今、話すことはできないけど、理由があるの。…だから、あたし達は
あなたを守りぬく必要があるの」
「でも、わたしに残された時間は多くはないわ。そして、今はただ排除されるのを待つだけの存在…わたしに
そんな価値は無――」

 白い羽衣がふわりとそよ風になびいた。次の瞬間、レイはその女性の胸のなかにいた。保安諜報部の生き残り
という壮絶な経歴からは想像できない華奢な腕にしっかりと抱かれたレイ。その暖かさはブラウス越しに感じる
体温だけではなかった。 

「…加賀さんと衣笠くんのこと、辛かったね」
「………」
「受けとめれないよね…だから、またここに戻ってきたんだよね」
「………」
「…でも、レイちゃんにしか出来ない事があるの」 
「………」
「…シンジくん、よ」
「……わたしは…わたしは、碇くんを絶望させるだけの存在」
「それは…それは違うわ」
「………」
「…いつか解る…そう、解るときが必ず来るわ」










 小さなパティオに、天蓋から夕間暮れの光が差しこんでいる。冷え切ったテラコッタに据えられた
白いアップライトピアノから流れる旋律は天蓋から天空へと吸い込まれていく。

(…彼女はなにも変わっていなかった)
(…レイちゃんに会って、あなたの想いを改めて理解したわ)

 忍び寄る夜が世界を覆いつつある。迫りくる闇が真っ赤に燃える夕陽を浸食するにつれ、白い湖
そのままのピアノの鏡面を染めていた朱が深くなっていく。

(あたし達は既にプロセスに入っている)
(そして次なるマイルストーンはすぐそこにまで迫っている)
(あなたとの約束は、成し遂げてみせるわ……この一命にかえてでも…)
(……でも、レイちゃんにとっては、辛く永い旅がはじまるわ)

 奇跡のように降りそそいだ希望
 またひとり、エヴァの呪縛を背負いし少女 
 その過酷な運命へ

(…それでも)

 そして、かけがえのない仲間達へのレクイエム
 白亜のピアノから綴られるのは永遠とも思える旋律

(…渚くん…これでいいのよね)


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