このスレッドはロックされています。記事の閲覧のみとなります。
ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[509] 部屋とワイシャツと綾波
日時: 2010/04/11 20:16
名前: タン塩

猫みたいに丸まっていた。僕のベッドの上だというのに。
「あの……何してるの、綾波さん?」
「別に」
「別にって、それ僕のベッドなんだけど」
「知っているわ」
「……せめて、着替えたらどうかと思うな」
「気が済んだら着替える」
「気が済むってなんの気さ」
「……別に」
下校して自分の部屋に帰って来たら、ドアの鍵が開いていた。部屋に入ると、や
っぱり綾波。高校の制服のまま僕のベッドで丸まって、頑として動く気はないら
しい。
「……いいけど」
こういう時の綾波は梃子でも動かないのは知っている。諦めた僕は、とりあえず
自分が着替えることにして、ワイシャツと制服ズボンを脱ぎ捨て、Tシャツとジ
ーンズに着替えた。
着替えを終えて振り返るといつの間にか綾波が起き上がっていて、僕をジーと見
つめていた。
「き、気は済んだの?」
「……着替えるわ」
「って、ちょっと!」
止める間もなく制服を脱ぎ出す綾波。僕はやむなく綾波に背を向ける。いまさら
な気もするけれど、親しき仲にも礼儀有り。
「いいわ」
振り返ると、下着の上に大き目の男物のワイシャツを着ただけの綾波。
「……その格好が好きだね、綾波」
「楽だから」
そう言いながら、自分の制服をハンガーに掛ける綾波。僕も自分の脱いだ制服を
片付けようとして気付く。
「……綾波、僕のワイシャツは?」
「返さないわ」
「だ、ダメだよそんな」
「明日洗って返すから問題ないわ」
「そうじゃなくて、今日は汗かいたからさ」
「すぐわかったわ。いつもより匂いが濃いもの」
「な、なら早く脱いでよ」
「イヤ」
「で、でも」
「イヤ」
「……最初から狙ってたね、綾波」
「そんなことないわ」
絶対嘘だ。そのニヤリは何?
「そんなことより、お茶にしましょう」
そう言ってヤカンに水を汲んで火に掛ける綾波。ティーポットにリーフをスプー
ン三杯。手慣れた動き。和らいだ空気。
やがてチンチンと音を立てて沸騰するヤカン。火を止めてヤカンを取り上げ、テ
ィーポットに軽くお湯を注いで蒸らすこと十秒。茶葉が開いたのを見計らって、
ゆっくりと湯を注ぎ込む。
そして待つこと一分半。二つのティーカップに、交互に均等に紅茶を注ぐ。
「…お待たせ」
「ありがとう」
レモンも砂糖も使わない。ただアールグレイの香りを楽しむ。
「おいしい」
「…よかった」
微笑み。和やかさ。あの頃なかったものが、今ここにある。
「で綾波、シャツ返してくれない?」
「しつこいわ」
「で、でもさ、ここんとこ洗濯してなくて、洗わないと替えがないんだ」
「洗ったわ」
「へ?」
おりしも脱衣所から軽やかな電子音。超法規的組織から総合電機メーカーに衣更
えしたNERVの最新ヒット商品、静音洗濯機だ。反回転トルクドラムによる逆位相
振動がどうのとかリツコさんが講釈していたけど、とにかく静かなことは間違い
ない。
立ち上がった綾波は、やがて洗濯物を抱えて戻って来た。
「碇くん、ベランダ、開けて」
「あ、あの」
「開けて」
「…はい」
僕が開けたベランダに出て、洗濯物を干し始める綾波。
「大丈夫、天気がいいから夕方には乾くわ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「って、ダメだよ綾波!そんな格好でベランダに出ちゃ」
「構わないわ」
「僕が構うの!シャツ一枚の女の子なんて近所の人に見られたら誤解されるよ!」
「誤解なの?」
「へ?」
「誤解、なの?」
紅い瞳が僕を見つめる。いや、むしろ睨む。
「いや、その、あの…」
「誤解なの?」
「いやその……誤解じゃないけど」
「お代わりは?」
「え?」
いつの間にか干し終わった綾波が、紅茶のポットを手に取った。慌ててカップを
差し出す。
「も、もらいます」
「はい」
二杯目の紅茶。気まずい雰囲気。
「私は碇くんの、何?」
「え、いやその、こ、こい……」
「聞こえないわ」
「こ、ここ、こいび」
「はっきり言って」
「こ、恋人だよ!」
「いいわ、許してあげる」
柔らかい微笑み。これだから僕は君にかなわない。


「で、何で僕のシャツを着たがるの?」
「うるさい」

【終わり】
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Summer Time Blues ( No.8 )
日時: 2013/09/01 18:32
名前: タン塩

「事故のないようにな。新学期に会おう。ではここまで!」
「起立、礼!」

一学期も終わり、いよいよ夏休みだ。高校に入って初めての夏休み。

「あんたら何か予定あるの?海に行きましょうよ海」
「うーん特に予定もないし、海もいいなあ。綾波は?」
「泳ぐの、好きだわ」
「決まりね!行き先はあたしに任せなさい。ヒカリも来なさいよ!」
「ええ」
「ワシもええんかいの?」
「アンタが来なくてどうすんのよ!ヒカリを一人で行かせる気?」
「海に行って何をするんだい?漁でもするのかな」
「あんたは黙ってなさいカヲル!後でみっちり教えてあげるから」
「あ、でも私、水着がスクールしかないわ」
「ダメよヒカリ、スクール水着なんて。海の前に水着を買いに行かなきゃね。
 レイもどうせスクール水着しかないんでしょ?」
「ええ。スクールではいけないの?」
「ダメよ、絶対ダメ!高校最初の夏休みなのよ。ビシッと決めなきゃ」
「何を決めるの…?」
「いいからあんたも来なさいよ!あたしがビシッと選んであげるから」
「アスカ、そろそろ行かないか。僕の服を見てくれるんだろう?」
「そうよ。私服持ってないなんて、ありえないじゃない!
 あたしがばっちりコーディネートしてあげるからね、カヲル」
「私たちも帰りましょう、鈴原」
「おお、そやな」
「後でメールするからヒカリ!待ちなさいよカヲル!」
「どうしたの?綾波さん」
「…ビシッとした水着ってどんなのかしら、洞木さん」
「大丈夫、きっとアスカがかわいい水着を選んでくれるから」
「そう。それを着たら、私もかわいくなれるかしら…」
「今でも十分かわいいわ、綾波さんは」
「ワシも後でメールするわセンセ。ほな」
「うん。妹さんによろしくね、トウジ」


「後で行くわ」
「うん」
綾波とマンションの廊下で別れて、それぞれの部屋に戻った。

夏休みかぁ。夏休みを迎えてこんなに浮き浮きした気分になるのは初めてかもし
れない。昔は、夏休みになるとホッとした。人に会わずにすむから。今はトウジ
やカヲル君や、アスカや委員長がいてくれる。何より綾波がいる。あの頃は、こ
んな日が来るって言われても信じなかったろうな。

ピンポーン
「はい、いらっしゃい綾波……どうしたの、そのバッグ」
「…あの、重いの、これ」
「あ、ごめん、僕が持つよ。…って、ホントに重いねこれ」
綾波は、大きなバッグをぶら下げてやって来た。ズッシリと重たいバッグを。
「お茶、入れたわ」
「あ、ありがとう」
「さっきアスカからメールが来て、明日水着を見に行くことになったの」
「アスカらしいな。思いついたら即実行か」
「どうしてスクール水着ではいけないのかしら」
「アスカには『女の子のプライド』があるらしいよ」
「よく、わからないわ」
ピロリンピロリン
「あ、メールだ。トウジか…『花火大会に盆踊り、今年はガッツリ遊ぶで!』
 やれやれ、今年の夏休みは予定がいっぱいだね」
「碇くん、楽しそうだわ」
「そうかなぁ」
「とても楽しそう」クスッ
「まだ早いけど、夕飯はどうしようか?食べに行く?」
「あ、いけない」
そう言うと綾波は大きなバッグをごそごそ開けた。中からコンビニ袋を取り出す。
「冷蔵庫に入れておかないと」
「買い物してきたの?」
「昨日買っておいたの。今日は私が夕飯作りたい」
「じゃ、任せていいかな」
「ええ」
そう言うと、またバッグをごそごそと。
「それ、夏休みの宿題?」
「ええ。早めに終わらせておかないと落ち着かないから」
「すごいね、初日から宿題に手を付けるんだ、綾波って」
「いずれやらなければいけないことだもの」
「そういえば、そのバッグはどうしたの?すごく重たかったけど」
「必要なものを考えたら、とても多くなってしまったの」
「必要って?旅行にでも行くの?」
「どこにも行かないわ。私はここにいる」
「え、じゃあ、必要なものって…」
「宿題、着替え、下着、パジャマ、歯ブラシ、化粧水、リップクリーム、
 ノートPC、財布、携帯、生理用品、避妊具…」
「え、いや、その」
「いけない、携帯の充電器を忘れたわ。貸してくれる?」
「いや、だって、綾波の部屋は隣じゃないか」
「大丈夫、ガスの元栓も閉めてきたし、コンセントも抜いてきたわ」
「もしかして、ずっと僕の部屋に泊まるの?夏休み中?」
「ええ」ニッコリ
まさかそう来るとは思わなかった。綾波はいつもマイウェイ。byシドヴィシャス。
「で、でも」
「いつも週末は泊まっているわ。ずっと休みだからずっと泊まるの」
「だ、だけど…」
「夕飯を作るわ」
僕の困惑を顧みず、キッチンに立つ綾波。強行突破の構えを崩さず。
いいんだろうか。構いやしねーよ!という内なる声も聞こえるけど、委員長あた
りにバレたら、私達まだ高校生なのよ、と糾弾されそうな予感。
とは言え、綾波が驀進モードに入ったら止めるのは不可能だし。ああどうしよう。
「今日は和風にしてみたの」
「へえ、マグロの照り焼きにトマトと玉葱のサラダに茄子のみそ汁か。
 料理が上手くなったね綾波」
「練習したもの」
やばい、おいしい。
「お、おいしいね」
「夏休み中は、ずっと私が料理をしたいの。いい?」
「も、もちろん」
「よかった」
小さく微笑む綾波。押されっぱなし。


明るい。朝か。綾波の残り香。甘い香り。女の子っていい匂い。
「おはよう、碇くん」
「あ、お、おはよう。早いね」
「顔を洗ってきて。朝ご飯にするわ」
「ご、ごめん」
「なぜ謝るの?」
驚いた。綾波が僕より早く起きるなんて。
「は、早いね」
「赤木博士に教わったの。朝シャワーを浴びて血圧を上げれば目が覚めるって」
「そこまでしなくても」
「だめ。食事は全部作るって決めたから」
「たまには僕も作るよ」
「だめ」
断固たる決意表明。
「で、でもさ、大変じゃない毎日は」
「私、何もできないから。一つずつ、できることを増やしていこうと思って」
「最初が料理なの?」
「ええ。私、碇くんの料理を食べて、とても幸せな気持ちになったから。
 だから私も料理がしたかったの」
あ、まずい、キュンとした。抱きしめたくなった。
「いけない、こんな時間。出かけないと」
「水着だっけ?」
「ええ。支度しないと」
髪を整え、リップクリームを塗る綾波。
「大変だね、支度が」
「アスカに怒られるから。女の子ならちゃんとしなさいって」
「アスカのこと、好き?」
「ええ。洞木さんも好き。友達だもの」
「そっか。安心した」
「行ってくるわ。碇くんは出かけないの?」
「多分トウジあたりが誘ってくる気がする。委員長が出かけて暇だろうし」
「そう。私は多分一日かかるわ。アスカが水着だけで終わるはずないし」
「楽しそうだね、綾波」
「そうかしら」
「とても楽しそうだよ」
「行くわ。遅刻するとアスカがうるさいから」
「いってらっしゃい」
綾波の後ろ姿。青い空。白い雲。今日は暑くなりそう。夏休みだ。最初から波乱
含みだけど、思い出がいっぱい出来そうな、高校初めての夏休み。
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成