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[628] You really got a hold on me
日時: 2012/01/15 22:40
名前: タン塩

イライラする。

イライラするのは好きじゃない。好きな奴はいないか。
あたしだって、できれば毎日穏やかに過ごしたい。パリで見た鈴蘭祭のように、
派手ではないけれどなんとなく華やかな、そんな気分でいられたらどんなに素敵
だろう。なのに、あたしはイライラしてる。
窓の外は、まるで五月のパリみたいな爽やかな天気。なのにここはパリじゃない。
第二新東京市の高校の窓からは、マロニエの並木道もシテ島の橋も、鈴蘭の花売
り娘も見えない。

「あ、あの、アスカ」
「何?」
「ぼ、僕らの班の課題だけどさ、一応まとめておいたから目を通してくれない?」
何をおどおどしてるのよバカシンジ。いえ、わかってる。今のあたしはイライラ
オーラを全身から発散してるにちがいない。
「碇、くん」
シンジの後ろからあの女が顔を出す。ポーカーフェースのようでいて、どことな
く柔らかい空気を漂わせて。ああイライラする。
「はいはい、見とけばいいんでしょ」
シンジの差し出すUSBメモリを引ったくり、あたしは尋ねた。
「…あいつはどこに行ったの」
「あいつって?」
「やっぱりいい」
「あ、カ、カヲル君!?カヲル君なら昼休みに帰っちゃったよ、鞄持って」
やっぱり。あたしのイライラはもう頂点。
「碇くん」
「あ、ゴ、ゴメン綾波」
「あんたら、これからデート?」
「デ、デートなんてそんな。ただ一緒に本屋に寄って、それからお茶…」
「帰る」

なんてザマだろう。この眩しい陽射し、爽やかな風に吹かれながら、あたしは一
人トボトボと下校中。こんな気持ちのいい日に、こんな気分でいなきゃいけない
なんてバカみたい。バカシンジとあの女はますます人をイライラさせるし。

違う。あたしは嫉妬していたんだ。あの女に。あの柔らかい雰囲気に。あれは、
好きな人がそばにいる安心感。


「やあ」
いた。人の部屋に上がり込んで、勝手にシャワーを浴びたのか、上半身裸でタオ
ルを首に掛けて、しかも人のジンジャーエールを勝手に飲んで。
「上がらないの?」
「……何してんのよ」
「午後の授業は気が乗らないから、ここで少し昼寝してシャワーを浴びたのさ」
見れば、朝きっちりメイクしたベッドが寝乱れてグチャグチャ。
「…せいっ!」
「おっと、危ないなぁ。君の左ハイキックは凶器だよ」
「姿が見えないと思ったら人の部屋に上がり込んで勝手放題、キックぐらい当然よ!」
「僕の部屋よりここの方が学校から近いしね」
「だからって、ちょっとは遠慮とかないの!?」
「鍵をくれたのは君じゃないか」
「ぐっ」
「それに、自分の部屋よりアスカの部屋の方が落ち着くのさ。アスカの匂いが染
み付いているからかな」
「え」
「自分の部屋は好きじゃない。だって自分しかいないからね。この部屋にはアス
カがいる。ベッドもソファーもアスカの匂いがする。君は香水なんかつけなくて
も、とてもいい匂いがするからね」
「な、何言ってるのよ」
「ほら、こんなに」
そう言って人を勝手に抱きしめる。裸の胸に頬が埋まる。
「いい匂いで、軽くて、柔らかくて。君は本当に魅力的だ」
「……なら」
「え?」
「なら一人ぼっちにしないでよ!いつも一緒にいてよ!」
「…アスカ」
「あんたはいつもそう!フラッとどこかに行ったまま帰って来ないで。残されて
一人でいるのは嫌なのよ!」
「ごめん」
抱きしめる腕に力がこもる。裸の胸に顔が埋まる。
「そうだったね。僕は君の心を見るのを忘れていたよ。そんなに寂しかったなん
て気付かなかった。ごめん」
「……」
「僕はもうリリンになったんだ。それは自分で選んだことなのに、未だにリリン
の生き方に慣れない。君にそんな思いをさせるつもりじゃなかったんだ」
そうだ。初めて会った時、こいつは虫が好かなかった。多分、嫉妬していたんだ。
あたしはずっと束縛されていた。ママが死んでから、最後の戦いまで。飛び級で
大学を卒業して、訓練を受けて、エヴァに乗って。最大の目標だったエヴァへの
搭乗。それさえもが多分、どこかのずるい大人に誘導されたものだった。全てが
終わった時、あたしはそれを悟った。
そこにこいつが現れた。達観したような醒めた目つきで飄々と。あたしはほとん
ど生理的な嫌悪感すら感じた。面と向かって『あんた、いけ好かないのよ!』っ
て言ってやったっけ。それなのにこいつと来たらキョトンとして、それから嬉し
そうな顔をして『それが怒りという感情かい?初めて見た』なんて言うからます
ますムカついて、ひっぱたいてやった。今思えば、こいつが漂わせてた『自由の
匂い』に反発してたのかも知れない。
だけど、こいつを知るにつれて、そういう感情は薄れていった。こいつには演技
も芝居もない。根っからそういう変な奴なんだとわかってバカバカしくなった。

いつからだろう。こいつを束縛してやりたいと思うようになったのは。小鳥のよ
うに気ままに飛び回るこいつを、あたしの傍に縛り付けてやりたいと思うように
なったのは。こいつを束縛できる、世界で唯一の存在になりたいと思ったのは。
だけど、結局は逆。こいつは相変わらず自由で、あたしはこいつに身も心も搦め
捕られて身動き取れない。悔しい。悔しい。
「…えい!」
「痛っ!足を踏むなんてひどいよアスカ」
「さっさとシャツを着なさいよ!風邪引くわよ」
「大丈夫さ。アスカはあったかいから」
「……一つ聞いていい?カヲルはいつ、あたしを好きになったの?」
「さあね。強いて言うなら、初対面で君に叩かれた時かな」
「…あんたマゾ!?」
「初めてだったんだ。叩かれたのも、他人に怒りを向けられたのも。そして、激
しい感情を見せた君に興味を持った。もっと君を知りたいと思った。
結果は予想以上だったね。君の表情はクルクル変わる。笑い、泣き、怒る。豊か
で激しい感情。それこそ僕の欲しかったものだった。それを持った君はとてつも
なく魅力的で、独り占めにしたいと感じた。だから、そうした。それだけさ」
「…ふーん」
「それに、今日もまた一つ、アスカの新しい面を知った。意外とかわいいものが
好きってことさ」
「かわいいものって、なんかあんたに見せたっけ?」
「スカートでハイキックはやめた方がいいね。でないと、かわいいクマちゃんの
パンツが見えてしまうよ」
「……ていっ!」
「ぐはぁっ!裏拳は…反…則……」

【終わり】
メンテ

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Empty Rooms ( No.8 )
日時: 2014/04/16 06:27
名前: タン塩

「コンビニに寄っていってもいいかい」
「あんたがコンビニって珍しいじゃない」
「電池が欲しいのさ」
最近のコンビニは油断がならない。スイーツの新作が並んでいたりするからだ。
うっ、やっぱりあった。イチゴの赤が、生クリームの白があたしを誘惑する。ダ
メよアスカ、ここで負けてはダメ…
「買えばいいじゃないか」
「ばっ、な、何のことよ!?」
「鬼みたいな顔をしてお菓子を睨みつけてるじゃないか」
「ふ、不覚!」
「我慢は身体に悪いよ」
「ほ、ほっといてよ!」
「金を出せ!」
店内に響く声。レジを見ると男の背中。手にサバイバルナイフのようなもの。
「コンビニ強盗!?」
まさか強盗に出くわすなんて。こうしちゃいられない。そんなふざけた奴は…
顔を上げると、男の隣に見慣れた銀髪。
「いけないなぁ。やめた方がいいよ、そういうことは」
「なっ、何だてめえは!?」
ナイフを突き出す男。その先にはもう誰もいない。
「やれやれ、聞き分けのない子は嫌いだよ」
スニーカーの爪先が男の顎にめり込む。一件落着。

「……あんたって、つくづくいけ好かないやつよね」
「いきなりそれかい」
「なんであんなことするのよ!? 危ないじゃない!」
「だって、僕が行かなきゃ君が行ってたろう?」
「……」
「姫君はそんな手の汚れる仕事はしちゃいけないよ」
「…ホンっトにいけ好かないわ」
警察が駆け付けて、事情聴取だなんだと手間取り買い物しそびれたので、別のコ
ンビニでカヲルは電池を、あたしは『新発売!フルーツどっさりプリンアラモー
ド』を買った。結局、負けてしまった。
「寄って行くんでしょ?」
「もちろんさ。電池も買ったしね」
「電池って?」
「君の部屋のテレビのリモコンの電池が切れかかってたろう?」
「わざわざ、そのために…?」
「僕の部屋にはテレビなんかないからね」
そうだ。こいつの部屋は殺風景で、ほとんど何もない。ベッドがポツンとあるだ
けで、あたしが選んだ私服も部屋の片隅の段ボール箱に突っ込んでいたので、一
発蹴りを入れてから、クローゼットに掛けてやったっけ。

「電池、換えたよ」
「ありがとう。紅茶にする?コーヒー?」
「日本茶がいいね」
「…あんた、自分の部屋、もう少し何とかしなさいよ」
「なんとかって?」
「家具を買うとか、インテリアを考えるとか…」
「興味ないよ。一人でいるのは嫌いなんだ」
「嫌いって」
「分かってるだろう。僕は、空っぽなんだ。僕の中には何もない」
「空っぽって!」
「使徒タブリスだった僕の中には、アダムに帰ること以外何もなかった。使徒で
なくなってしまった今、もう何もない。空っぽなんだよ」
「そんなこと!」
「いや、そんなに悪い気分ではないよ、空っぽなのは。これから、いろんなもの
で自分を満たしていけるからね」
「……」
「とりあえず、今はアスカで満たしたいな」
「ど、どこ触ってるのよ」
「触れたいのさ、アスカに」
ああ、まただ。また甘い誘惑に負けてしまう。悔しい。悔しい。身も心も蕩ける
誘惑に、負けてしまう。


「アスカが甘いものが好きな理由が分かったよ」
「な、何よ」
「だって、アスカ自身がこんなに甘いからね」
「ちょ、舐めないでよ、そんなとこ」
「泊まっていっていいかい?」
「帰れって言っても帰らないくせに」
「一緒にいたいんだよ」
「し、仕方ないわね」
「アスカはやっぱり優しいね。だから好きなのさ」
「ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ!」
「僕の居場所はここだよ。アスカが僕の居場所なんだ」
「……」
「特にここだな。この中にずっといたい」
「指を入れるなーっ!」バキッ
「グハァッ!」

  【終】
メンテ

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