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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


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Re: piece to Peace ( No.98 )
日時: 2021/06/06 12:17
名前: calu


      ■□■□ piece to Peace  ▲▽▲▽



「…いや……いやぁ」

 ミキの名を呼ぶレイの声が爆音の残響にかき消される。

「…長門三佐…」

 天地が割れるまでの爆音の残響は広大な空間に吸い込まれ、やがてあたり一体は静寂に包まれた。
いまだ思うように動かない身体をやっとの思いで岩場の上へと這いあがらせたレイ。そこに倒れ臥す
ミキを視界に捉えると瞠目した。

「…長門三佐!」

 覚束ない足取りで駆け寄りミキをその胸に抱いた。
 声のかぎりをあげてミキの名を呼ぶ。何度も何度も繰り返し繰り返し。

「長門三佐!?」

 レイの腕の中で微かに身体が震えたような気がした。ややあって、う…んと眉根を寄せた後、
 ミキは眩しそうに瞳を開いた。

「……あ、れレイちゃん? だダメよ。早く、レアセ―」
「長門三佐…怪我、怪我は?」
「…あたしは大丈夫。でも…何? 撃った瞬間…何かがどかーん、て」

 戦闘のあった現場は夥しい硝煙に包まれている。敵戦闘員が集結していた付近の損傷は激しく、深く抉られた
通路はもはや原型をとどめていなかった。其処彼処にはまだ小さな火がくすぶっている。

「おーい」

 その時どこからともなく牧歌的な呼び声が響いた。よろめきつつも機械のような動作でハンドガンを構え直すミキ。
撃つな撃つなと濛々たる硝煙を割ってスキンヘッドが現れた。

「高雄一尉!?」
「おうよ、俺だよ!」

 で、でたあーとミキがドン引くとレイは目をぱちくりさせた。

「バカ、生きてるよ。ちゃんと足も付いてんだろ、ったく」とぱんぱん埃をはたきながらのっしのっしと歩いてきた。
「…高雄さん、良かった。あたし、てっきりやられちゃったのかと…」
「…ああ、まったくもって危なかったよ。俺も入口んとこで踏ん張ってたんだけどよぉ。すげえ弾幕張られたとこに
RPGが見えたんでな、ダッシュで後退した途端に成形炸薬弾ぶちこんできやがったんで、なりふり構わずお堀んなかに
飛び込んだわけさ。糞みたいなLCLん中で命拾いしたって勘定さ…ああまだ臭え…トホホ…」
「それじゃあ、敵は…」
「連中は俺が吹っ飛ばされたって思っただろうからな。LCLから這い上がった俺が、今後は後ろから連中が残してった
RPGを担いでひたひた追っかけてったわけさ」
「…そう、だったの…良かった」
「全くさ、なんてったって連中に追いついたらよ、長門一人で会敵してんだからよぉ。敵のレーザーサイト受けまくってんだから、
慌ててぶっ放したのさ。どうでぇ、組んでたんが俺で良かったろ!?」
「うーん、杉さんならもっと良かったかなぁ」
「ちぇっ、相棒殿は今頃シンジ君とこだろ…と、そろそろ起動の時間だな。第13号機のよ」

 いっそう重くなった鳴動が思い出したようにとぐろを巻き広大な空間を震わせ始めた。

「レイちゃん」

 レイは小さく頷くとぎこちなくミキの背に手を回しその胸に頬を当てた。

「…いってくるわ」
「レイちゃんの希望が叶うこと、祈ってる」

 レイを激励するひときわ大きな高雄の声が木霊した。
 ふたりが見守る中、地底湖へとゆっくり足を進めるレイ。
 岸から湖の中に延びる階段を一歩、また一歩としっかり歩を進める。
 どこから差し込んでいるのか湖上からの光彩を織り交ぜLCLが煌めいている。
 ややあってその姿を露わにしたレアセールのトビラは朧な光に包まれていた。

 限られた命。偽りの魂を持つただの複製品だった私。
 碇司令の命令をただ待つだけの存在だった私。
 その命令に殉じ無に帰ることだけが望みだった私。
 そして、この世界で碇くんを絶望させるだけの存在だった私。

 排除されるべき宿命だったゼーレの子供たち。
 その最期の生き残りとして今その役割を終えようとしていた私たち。
 そして古から定められし約定が発動したかのように、かつてゼーレ直轄下の司令だった
 渚カヲルにより下された命令。
 それは、この世界で何もかも喪いその存在を消去するだけだったレイにとって新たな道標になった。

(…わたしに与えられた新たな命令)
 
 第3新東京市のある、みんながいるかつての世界…そして綾波レイのいる世界。

(…それを碇くんに取り戻してもらうこと)

 渚カヲルの命令は、この世界で自分が失敗したときに、レアセールの先の世界で
 碇シンジが望む世界を取り戻すことができるように彼を導くこと。

(…それは、ない…渚君が失敗することは無いもの)
(…) 
(…) 
(……) 
(………碇くん) 

 温かな陽だまりのようなシンジのイメージがレイの中いっぱいに膨らんだ。
 さまざまなヒトとの関わり合いの中で育まれ、日に日にレイの胸の中で色づきを見せてきたもの。
 まるで命の息吹を与えられたかのように。
 レイ自らが持つ本能としての無への回帰。それと正対するもの、その萌芽を理解するまでには
 今はまだ至ってはいない。
 
(…) 
(…) 
(……) 
(………これは何?) 
(…) 
(…) 
(……) 
(………分からない) 
(……) 
(………でも…とても温かな気がする) 
(……) 
(……わたし) 
(……この気持ち…嫌じゃない)

 幽けき光に包まれたトビラに手をかけた時、レイに中に様々な想いが流れ込んできた気がした。
 渚カヲルが世界の底でその漆黒のピアノから希望の旋律を生み出している。
 千代田ユキは幼いレイを壊れ物のように抱きしめその体温を分け与えていた。
 長門ミキはどこまでも慈悲深く、高雄とともにレイにとっての永遠のガーディアンだった。
 そしてその向こうでは加賀と衣笠が優しく微笑んでいた。
 そうなのだ。皆がその先の世界へとレイの背を押しているのだ。
 今レイは明確にその意味を理解した。
 トビラの先の世界。未だ見ぬミライというものに初めて想いを馳せた時、レイは頬に温かなものを感じた。

(……) 
(………これが…涙?) 
(…) 
(……わたし) 

 春の柔らかな日差しにも似た光がレイを包み込んでいた。
 しっかりとその胸に夜想曲を抱いた一人の少女。
 白亜のトビラをゆっくり開くと、その向こうへとその背を消していった。
 

  fin

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