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[672] piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。


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Re: piece to Peace ( No.99 )
日時: 2021/06/06 12:19
名前: calu

            ▲▽▲▽ piece to Peace  ◆◇◆◇


 声を押し殺しレイは泣いている。とめどなく溢れる涙がぽろぽろと頬を伝う。
 これまで経験したことの無い感情に襲われている。押し潰されそうなまでに胸が苦しい。
 本当に短かったけれどシンジと過ごした束の間の時間。それを思い起こすと暖かいもので
 胸が満たされた気がした。そして今、別離の刻をむかえ、かつて無い程にその胸は悲鳴をあげているのだ。
 レイは別離ごとに苦しくなる自分自身が理解できなかった。
 行かなくてはならない。先に進まなくてはならない。今度こそ目前のこの少年に望む世界を取り戻してもらう為に。
 あなたの望んだ世界で、満たされた時を紡いでもらうの。あなたの幸せ、それがわたしの願い。宿願だから。
 あなたが求める「綾波レイ」だったらそう願う、と思う。だからそうするの。
 そのためにこの命は使う。それがわたしの願いだから。だから大丈夫。……大丈夫なの。
 だから、レアセールのトビラを開いたわたしは…次の世界でふたたび巡り合う「あなた」に、わたしは……。
 この世界での出来事も、一緒に過ごした時間も、何もかも巻き戻された、わたしは……。

「………」

 とうとう足を止めてしまったレイ。俯き静かに背を震わせている。 

「…代わりなんて…いないよ」
「……」
「…綾波は綾波しかいない……綾波じゃないとダメなんだ」
「…いかり…くん」

 レイを抱きしめその髪を優しく撫でるシンジ。今この腕の中にいる少女と離れることなど出来ない。
できる筈もなかった。いま自分にできることはただ一つ。自分が今の気持ちに正直になること。
自分自身で進むべき道を決めること。後悔しないように。決して後悔しないように。そう、十四年前の
あの日のような後悔は二度としたくはない。
 今いちどレイの眸を覗きこんだシンジ。レイの涙に濡れた眸はぎりぎりの狭間で揺れている。

「僕もいっしょに行くよ」
「いかり…くん?」
「全てを理解できた訳じゃないけど、綾波と一緒に行きたい。…カヲル君とは槍と第13号機を使って
世界を修復するって約束したけど…このまま綾波を一人で別の世界に行かせることなんて出来ないよ。
ここでお別れなんて絶対に嫌だよ。…僕もレアセールとやらをくぐって綾波を助けたい。一緒に僕たちが
望む世界を取り戻したいんだ」
「碇くん、それはダメ。とても危険」
「どうしてさ!? 綾波の話からすると、僕がそこをくぐった時に僕の複製がこの世界に送り出されるん
じゃないのか?」
「それは、そう。…でもレアセールをくぐる事が出来るのは、そこまで歩んできた道に悔恨の想いを抱いて
いるヒトだけ。あの時上手くできていたら…もう一度やり直すことが出来るのだったら…、そんな気持ちを
持っているヒトだけなの。レアセールはそんな想いの累積が創り上げた伝説のトビラだと言われているわ」
「……」
「碇くんは渚くんの計画に希望を見出し、未来を描いているわ。そんな碇くんにはレアセールをくぐる事は
できないの。例えくぐれたとしても、時空に欺瞞と捉えられどんな作用が起こるか解らない。
碇くんをそんな危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」

 首を横にふったシンジ。十四年前のあの日、既に後悔はし尽くしている。

「構わない。このタイミングで綾波から真実を聞き出したのも僕。そしてそのトビラをくぐると決めたのも
僕なんだ。何が待ち受けていようが僕は受け入れるよ。…だから、だから綾波と一緒に行きたい」
「…いかり、くん」
「…綾波」

 地底を巡る風がレイの髪を梳いた。
 大地を揺らしていた鳴動はいつしか息をひそめ、あたり一面は静寂に包みこまれてる。
 しばらくしてレイは小さく頷いた。

「…でも、どんな事があっても、あなたはわたしが守るから」
「ぼくが綾波を守るよ。ずっと守っていくよ」

 ふたたび涙で頬を濡らしはじめたレイに、真新しいショパンの楽譜を掲げたシンジ。
 泣きやんだレイを促すように、その手を差し伸べる。
 しっかりと手を握りあったふたりは、広大な空間の深部へと歩を進めていった。
 一歩また一歩と。
 ふと、何かしら囁きにも似た音がレイの耳をくすぐった。
 振り返った先には、いつシンジのポケットからこぼれおちたのか、S−DATが鈍色の光沢を放ちながら
 ふたりの背を見送っている。しかしレイはそれをふたたび手に取ろうとはしなかった。しばらく留めていた
 視線を切り前方に向き直る。もう振り返ったりはしない。シンジとともに一歩一歩噛み締めるようにレイは
 歩を進めた。やがてふたりの前方に地底湖がその姿を現した。白っぽく光る湖岸からは湖の中に乳白色の
 トビラが淡く輝いているのが見て取れた。
 しっかりと手を繋ぎあった二人は、湖に続く小径を前に静かに顔を見合わせた。
 レイに向けられたシンジの眼差しはどこまでも穏やかで優しい。
 
「行こうよ、綾波」
「うん」

 今まさにはち切れんばかりに膨れ上がるレイの胸の内。
 ただのイレモノだったわたし。
 偽りの魂によってもたらされたこの胸の内に棲むココロというもの。
 トビラの向こうの世界での行く末に想いを馳せたとき、幾層かのイメージがレイの脳裏にその姿を現し、ふたたび涙がレイの頬を濡らしはじめた。
 


 碇くん

 綾波、どうしたの?

 やっと…やっと見つけたの

 何を?



 広大な空間の中で再び尾を曳き出した鳴動は、

 千夜一夜を紡ぐ旋律となり、 

 ふたりにとっての夜想曲になった。

 乳白色の光に満ち満ちたトビラを前にその影を淡くしていく二人のシルエット。

 寄り添う二人の影はやがてひとつになった。

 そして、二人の希望へのトビラをゆっくりと開いていった。



fin

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