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サイト開設十周年カウントダウン企画・九月
日時: 2010/09/02 05:15
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・ごはんがおいしすぎて
・空の高さは
・Higher

です。
八月の企画、1111111ヒット記念企画も鋭意継続中、十月中には、インフォシークiswebライト
のサービス終了に伴う雑談掲示板「新・「綾波レイの幸せ」掲示板 二人目」移転記念企画も
ありますので(あるのか?)そちらもよろしくお願いします。

では、どうぞ。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.3 )
日時: 2010/09/05 10:55
名前: JUN

「やっと、会えたね……」
 そう言った碇くんの声は、なんだかとても久しぶりだった。


higher vol.1




「いかり、くん……?」
「そうだよ」
 碇くんの笑顔は、昔と全く変わらず、暖かかった。しかしそれはどこか捉えどころがなくて、私の
心を不安定に揺らした。
「ここは……?」
 私が訊くと、碇くんは困ったような表情をした。私の頬を抱き締めたままそっと撫でて言う。
「ここは……なんだろうな、すごくすごく、高い所だよ」
「たかい、ところ」
「うん」
 それだけ言って、碇くんは黙り込んだ。私の――あるかどうかも分からない――後ろ髪を梳いて、
額にキスをした。
「ずっと、待ってたんだ……」
「いかりくん、わたし、どうなったの?」
「どうなったと、思う?」
 逆に碇くんは聞き返した。それは多分、私がその答えを理解していることを、知っていたからだと
思う。確信をこめた視線が、私に向けられた。
「私、死んだの」
「…………」
 それは質問というより、確認だった。碇くんは黙ったまま、私の頭を撫でていた。
「僕はここで、綾波が来るのを待ってた。僕と綾波は、夫婦だったんだよ」
 碇くんの言葉は私のとても深いところに潜り込んで、無くなった記憶をつつく。水墨画のように薄
ぼんやりと、しかし確かに想い出は掘り返されていった。

 私と碇くんは結婚して、一緒の会社に入社して、子供がいて、それから――

「碇くんも、死んだ……」

 憶えてる。とても悲しくて、碇くんの後を追おうとも思ったけど、碇くんはずっと、死んじゃだめ
と言ってくれてたから、私は頑張ってこらえた。子供は自立していて、孫もいた。でも、碇くんだけ
いなくて……

「とても、寂しかったよ……」

 碇くんの腕は、わたしのそれと見紛う程に真っ白だった。もっとも、その腕が本当にあるそれなの
か、私には確信がもてない。そんなに重要なことでもないと思う。今、碇くんに抱かれている。それ
だけは確かなのだから。

「私も、寂しかった。碇くんがいなくて。でも――」
「これからは、一緒にいるからね、綾波……」
「どれ、くらい?」
「分からない。でも、永遠じゃない」
「なんで……?」
 私が死んだのだとしたら、ここはきっと天国というやつなのだろう。いっそ地獄でも構わない。碇
くんがここにいるなら、そこが私の理想郷だ。
 でもその理想郷すら、永遠じゃなくて。
「人は……生まれ変わるんだ。新しいヒトとして。僕も……綾波も」
「…………」
「だから、いずれまた、ここを離れなきゃいけない。僕の方が先にここに来た。だから、僕の方が先にここを離れると思う」
「いや……」
 私は力の限り碇くんにしがみついた。しかしその手ごたえはあまりに小さく、かえって私を不安に
する。碇くんのいない世界で独りきり。耐えられないと思った。
「でもその時が来るまでは、ずっと一緒だよ、綾波」
「…………」
 答えられなかった。永遠じゃない。生まれ変わるということは、恐らく記憶もなくなる。もう一度
碇くんに逢える確証もない。仮に逢ったとしても、私が気づける保証もない。
「目を閉じて」
 私の沈黙をどう受け取ったか、碇くんは言った。私は言われたとおりにした。

 そっと、碇くんの唇と私のそれが触れ合った。曖昧な感覚ではあったけれど、それでも嬉しかった。
飽きることはなかった。碇くんが旅立つその時まで、私はこうしていたい。










 そして、一瞬の永遠が過ぎた。





















 碇くんが、そっと私を放す。寂しそうな、切なそうな、そんな表情を湛えて。
「もう、行かなきゃ……」
 眸の奥から涙がこぼれる。碇くんが教えてくれた嬉しい涙とは程遠くて、胸の奥が痛くて――
「まだ、行って欲しくない……少ししか、経ってない…………」
「ごめん、綾波……」
 碇くんが私を抱きすくめる。でもその腕はどんどん色を失って、感覚はぼやけていた。
「生まれ変わったら、今度こそ誰にも邪魔されない幸せな生活をしよう。エヴァなんてない、平和な
世界で。お店をしてもいい。僕の料理、みんなに食べてもらって。綾波みたいにかわいい子がウエイ
トレスさんをすれば、きっと一杯のお客が来るよ。たまには休暇をとって、二人で旅行に行こう。温
泉とか、外国とか。混浴とか入って、美味しいもの沢山食べて、それから、それから――」
 不意に、碇くんの声が詰まる。私がここに来てはじめて見せた、碇くんの涙だった。
「いかり、くん……」
 もう、碇くんの腕はほとんど色を失っていた。私の身体を――魂を――抱く力は弱くて、自ずとこ
れから起こることへの予感を感じさせた。
「次、生まれてくるときは、名前も、顔も、国籍すら違うかもしれないけど、綾波がもう一回、僕と
一緒になりたいと思ってくれるなら、きっと、逢えると思うから、だから――」
「わかってる……」
 そっと抱き締め返す。もう、感触はほとんどなかった。
「わたし、いつまでだって待ってるもの…………」
「ありがとう、綾波――」

 そして、碇くんはいなくなった。










 そして、永遠の一瞬が過ぎた。


















 私の身体もぼやけてきた。永い永い時間が、ようやく過ぎたのだと思った。碇くんの一年後に、私
はここにきた。だから碇くんがここからいなくなってから、一年しか経っていない。
 でもその一年は、私にとって碇くんとの百年より永い一年だった。

 でもそれも、もうすぐ終わる。

 あの時の碇くんの言葉は、今でもはっきり憶えている。二人でお店をしたい。温泉にだって行きた
い。私の初めては次も、碇くんにもらって欲しい。
 体が透ける。怖くはなかった。喜びだけだった。私が消えるその瞬間まで、私は碇くんのこと想っ
てる。

 ――今、行くから…………!

 そして、レイはいなくなった。
























「お母さん、新しい家庭教師の人ってどんなひと?」
「大学生だって。イケメンらしいわよ?」
「顔はどうでもいい。興味ないもの」
「またまた、リンも年頃なんだから、彼氏の一人くらい居てもいいんじゃない?」
「恋人なんて、作る気しない。どうしてか、分からないけど……」
「…………そう。まあいいわ。家庭教師の人、リンの一つ上なんだって」
「一つ!?大丈夫なのそれ?」
「飛び級で、もうすぐ大学卒業すんのよ。すごいじゃない」
「ちょっと待って。それ、日本人?」
「そうよ。でも国籍はアメリカ。色々複雑らしいわ」
「ふぅん。でさ、名前はなんていうの?」
「えっと、確か、あれ、なんていったっけ」
「ちょっと、しっかりしてよ」
「ええっと…………そう!」
 母さんはぱちんと手をたたき、
「六分儀――」

 変わった名前だな、とその時私はそんなことしか思わなかった。


            おしまい

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダ ( No.4 )
日時: 2010/09/07 02:32
名前: 何処

「しっかし…」

玄関を開けた私の目前には朱金の髪を靡かせる女がいる。

ハイヒール分高い視線からその蒼い瞳を見開き、しげしげと私を眺める彼女は世間一般から見て美女と言って間違い無い。

数年振りに再会したその美女は開口一番こう言ってのけた。



「…肥えたわね…」




【幸せのかたち】




相変わらず遠慮無い直接的な物言い。私は変わらぬ友人に微笑んだ。

「…五ヶ月…未だこれから大きくなる…」

「いゃいゃ、アタシん時はそんなにならなかった。」


真顔で否定する彼女に昔の記憶が重なる。


「…悪阻酷かったものね…」

「酷かった。確かに酷かった。」

「ご飯は匂いで駄目、肉も魚も脂身が駄目、野菜も生以外駄目、味噌も醤油もバターもチーズもマヨネーズもケチャップも…」

「ウップ、言わないでよレイ、思い出しちゃうじゃない…。」

「…って立ち話もあれね、入って。」



彼女を招き入れ、四重の鍵をロック、ダイニングのソファーに腰を据えた彼女はお茶の用意をしている私に嘆息混じりの感想を述べた。


「…ここの治安は未だ悪いのね…」

「日本と較べたら駄目よ、セキュリティは入ってるし、ここら辺はこの国では普通よりマシな方。それに来年は日本に戻る予定…」

「でもねぇ…」

「仕方無いわ。シンジさんの都合だから。」

「ま、レイがそれで良いなら構わないけど…しっかしあんた、今ん所は悪阻の心配無さそうね…」

「ええ、それどころかご飯が美味しすぎてつい…」

「家の可愛い阿呆娘と同じ台詞言わないでよ…」

「ライちゃん、大きくなったでしょ?」

「四つ。こないだ帰国したら『おかーたん、ライチェはねー、もーおむちゅいらないのよえっへん』って…」


「か…っ…可愛い…」


栗色の髪に黒い瞳の幼女が母親そっくりなポーズで宣言する姿を思い描き、私はその可愛いらしさに感動した。


「全く四つで漸くだからねぇ。なぁにがおむちゅいらないのよだか…」


その口調と裏腹に碧眼を輝かせ溢れる感情丸判りな彼女の微笑みに、私もなんだか可笑しくて吊られて笑っていた。


「クスクス…」

「でも…もー女の子最高!いいわぁ、ベビーシッターの娘もライセにメロメロなの!『ライチェちゃん、お花の絵書いてくれたんですよ!“お花あげたいけど、摘んだら痛そうだから絵をあげる”って!』な〜んて…」

「可愛い!ライちゃん可愛い!シンジさん、ライちゃんの話になるといつも言うのよ、何で話してくれなかったのかって。」

「まーねー、シンジには悪い事したと思うわー。あたしもまさか離婚してから懐妊に気付くとは思わなかったわよ。大体同じ相手に三回も離婚てどれだけあたしもシンジも馬鹿だったんだか…」

「仕方無いわ。あれはシンジさんが悪い。貴女と結婚したらいきなり月基地に一年とか、反省したかと思えば今度は南極に一年、挙げ句は静止軌道で火星探索船建造でしょ?」

「何よ、あんたもシンジに含む所有る訳?」

「大有り。大体二月前から先週まで私を置いて南極よ!?全く碇君は…」

「プッ!レイ、あんた感情的になると『碇君』になる癖未だ直らないの?」

「え?あ!私又言っちゃった!?」



――――――――――――――――――――――――



「あら、もうこんな時間。アタシこれから国連本部に顔ださなきゃいけないのよね。」


暫しの歓談の後、壁の時計を見て彼女は腰を上げた。


「?何、もう行くの?もうじきシンジさん帰って来るわよ?」

「あのね、元妻が現妻と仲良く元旦那迎えるってのはどーなのよ?」

「?何か問題ある?」

「あんたは良くても世間体って物もあるのよ。」

「?良く解らない。人の数だけ幸せのかたちはある…」

「人の数だけ幸せのかたちは…か。それの解らない連中の多い事…」

「?解らない?」

「…片親って事は不幸だって言い寄ってくる馬鹿や再婚して家庭を大切にしろってお節介焼きや英才教育を薦めに来る自称教育専門家やら…」


仕事と家庭を両立させ、女の魅力を忘れず自信と愛情と優しさとユーモアに溢れた彼女の陰りのある表情は事態の深刻さを物語っていた。


「それはおかしい。貴女は家庭を大切にしてるし経済的にも家庭的にも問題は無い筈。」

「…なんだけどね…私母親には向いてないらしいから…」


…時々アスカが解らないのは、こう言う突拍子も無い事を平気で言う所だ。
私の知る限り、彼女の母親としての有り様は完璧だと思う。
思わず私は聞き返した。


「?どこが?」


私は余程意外そうな顔をしていたのだろう。苦笑しながら彼女は説明した。


「未だ日本じゃ今の私は世間一般からすれば育児放棄してるって言われても仕方無いの。週に3日は家に帰れないし、年に数回は月単位で出張や講演、会議に研究…育児の大半はベビーシッターと施設頼り。言いたい人には言わせてるけど色々有るのよ…」

「?それはおかしい。私は父も母もいないけれど決して不幸ではなかった。不遇かも知れなかったけれど、私は幸せだった。」

「レイ…」

「自信を持ってアスカ、貴女は私の知る限り最高の母親よ。」


…暫く彼女は泣いていた。
携帯が鳴るまで。


「え、時間!?やっばー遅刻しちゃう!」


慌てて彼女が化粧を直し、部屋を出る時には既に迎えのリムジンがこのアパートメント前に止まっていた。


「今日は有り難うレイ、何だか順番が逆になっちゃったけど、おめでとう。母親仲間が増えて嬉しいわ。」

「次はライちゃんも連れて来てね、碇・アスカ・ツェッペリンさん。」

「…あんたさ、何で“碇”姓にしなかったの?」


「…“綾波”は私の名前…私は綾波レイであって、碇レイになるつもりは無いわ。」


そう、これは私の矜持。


これは私だけの絆。


そしてこれは



私の唯一つの我儘。


私は私。誰の人形でも無く、誰の道具でも無く、他の誰でも無い。

それを教えてくれたのは貴女よ、アスカ。


そんな私の思いを知ってか知らずか、彼女は私の返答をごくあっさり流した。


「あ、そ。じゃ、お邪魔したわね。あんた逹も早く日本に帰って来なさいよ、ライセと待ってるわ。」

「アスカ、あのね…ここだけの話…実はこの子…女の子。」

「イヤッハー!!おめでとうレイ!ライセに妹が出来たって報告しなきゃ!」

「…名前はね、実は…」


【終わり】
YouTube 動画ポップアップ再生
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.5 )
日時: 2010/09/16 05:07
名前: tamb

■ごはんがおいしすぎて/JUN

 通常投稿、あるいは通常投下であれば、タイトルの後出しと共に緊迫感のあるいい書き出し
ということになるのであろうが、お題に「ごはんがおいしすぎて」があるだけに、ああ太った
のねと誰もが思ってしまう書き出しと化してしまうのである(笑)。実に小説は難しき(この場
合の「実に」は「げに」と読むのです)。ちなみに

> 綾波レイは全裸の状態で

 が既にネタっぽくなっている事に注目。どうすればネタっぽくならないのかは難しいけど。

 話としてはど真ん中ストレートで、ちゃんとしてるというか書けてる。新婚妻が張り切って
料理作りまくって、あげく旦那が太ったと文句を言うような話、ではない。ついでに禁煙を強
要したりすれば完璧。これで太るなと言う方がどうかしてる。

> 太ってもいい、碇くんは、ありのままのわたしを見てくれる――

 限度はある(爆)。まぁ三十何キロなら問題はないけれども。

 なんか前にも体重の話があったな。何センチで何キロなんて、私に対する挑戦ですかー! 
みたいな十四歳微乳美少女処女の乙女ちっくな反応があったような気が(笑)。


■空の高さはvol.1/JUN

 バカップルである(笑)。
 他に特になんだということはないけれど(笑)、こういうのは見つけた瞬間に「なにやってん
だよお前らー」と普通に出て行ければいいんだけど、あ、とか思って引っ込むと出て行くタイ
ミングがないんだよな。で、後ろから人が来て「なにやってんの」「いやあいつらが」「あ」
ということになって後ろに次々と人が溜まってゆくと(笑)。
 そしてタイトルがvol.1ということはvol.2があると?


■higher vol.1/JUN

 higherでこう来たか! とびっくり。

> そして、一瞬の永遠が過ぎた。
> そして、永遠の一瞬が過ぎた。

 同じ時間でも二人でいると短く一人でいると長い、ということを表そうとしたのであれば、
なかなか美しい。

 でも、エヴァなんだからこの手の話ならガフの部屋ってフレーズはあっても良かったかな。
ショートショートだし。ついでにスズメのさえずりなんて言葉もあったりすると。なくてもい
いけど。

 そして、なぜこの歳になるまで出会えなかったのかが問題になる(笑)。

 さらにタイトルがvol.1ということは以下略


■幸せのかたち/何処

 これもなかなか難しい話だが、シンジはアスカと結婚離婚を三回繰り返してレイと結婚した
のか? バカか?(爆) しかしこれは形を変えた一夫多妻制とも読める(笑)。

 子の親であるというのは難しい。女性は子供を産むと妻ではなく母親になってしまう、とい
うのは日本人だかアジア人だかにありがちなケースらしいけど(妻を貫くのがアメリカ人だっ
たかもしれん。よく憶えてない)、よき母でありよき妻であり、そしてよき社会人(なんて書
くと母親は社会人じゃないみたいだけど、でもなんて呼んだらいいのかわからん。企業人じゃ
ないだろうし)であり続けることは、やはり困難ではあるけれども不可能ではないとは思う。
 さてシンジ君はよき夫でありよき父であった(ある)のだろうか、とこういう読み方をどう
してもしてしまう。

> 「…名前はね、実は…」

 アスカ?

 さて今回のエンディングテーマ。よく探してくる(笑)。今回、曲はあんまり好みではなかっ
たけれど、CGはやや素人っぽい部分があるとはいえかなりちゃんとしてる。なんか安くていい
ソフトかフリーウェアがあるんだろうけど、脅威だ。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.6 )
日時: 2010/09/17 14:07
名前: のの

悪ふざけ!悪ふざけ!悪ふざけ!

叫ぼうか!叫んだら!叫ぶとき!

そうそうそうだ、和を以って、尊しと成す!


Day Tripper!!

出張版第3話


「Higher!!」



 スティックの砂糖を入れてかき混ぜた紅茶にポーションミルクを垂らした時のように教室に同級生たち
の声が渦巻いていた。6限目の授業が終わってから先生が来るまでの数分間。必殺のビームを撃たずに決
着をつけようとする変身ヒーローを彷彿とさせるぜ、と相田君が呟いた。わたしにはよく分からない。

「どういう意味?」
 わたしが訊ねると、相田君は肩を竦めて「綾波にはわかんないよ」と、確信に満ちた諦観を吐き出した。
そういうものかしら、とわたしはなんとなく腑に落ちて、対角線上の、騒々しい教室の中でも一際騒々し
いはずの塊が、今日に限っては静寂を保っている様子を窺った。この騒々しい声も、スラップスティック
がお似合いの集団の異変をかき消さんとするためのように見えなくもない。わたしは日誌を書き終えてそ
の塊に足を運んだ。

「では昨日、調子こいた私渚カヲルの『スベ・テ・セミーマル』がもたらした災禍を償うべく、これより
反転の儀を執り行います。皆さん、くれぐれも本日家賃を振り込むために早退するという偉業を成した霧
島様には「渚カヲルは自腹で買ってきた」と吹聴していただき、私の庶民性と気配りを流布していただけ
ればと思います」

 最終的には顰蹙を買う言い回しにも、皆黙って見守っている。さっき言ったようにマナは早退している
し、アスカは体育で跳び箱を飛んだ際に足を挫いて病院に寄っている。クラスの女王様と騎士がいないと
あれば、昨日の不思議は素直にもう一度見てみたいものよ、という好奇心を優先させた山岸さんの提案に
より、不肖の義兄の愚兄が、表情に一切の波風を立てずに百人一首(だった一人一首×100)を両手に
包み込んだ。

「ハァー、フゥー、ハァー……」

「なんや、エロ本記事にある呼吸みたいやなあ……」
 もう一人の本能の奴隷関西人が益体もない冗談で委員長に睨まれた。無様ね、という赤木博士の言葉が
頭の中で再生された。ちらりと見ると、碇くんも同じことを考えているらしい顔をしている。わたしには
わかるんです、不思議と。フフフ、ウフフフフ。

「ハイヤーーーーッ!」

 閉じた眼を大げさなほどに見開いてカルタの束を握りこむ。すると百枚分の紙を握りこむ手がどんどん
縮こまり、最終的に指を組めるまでになっていった。

「「「「「おおおおおお!?」」」」」

「んんん…………ハーーーイアーーー!!!」

 力いっぱい握りこんだ両手を大きく掲げ、同時に百枚のかるたが天井を舞った。騒いでいた皆も集まっ
て百枚分のかるたを拾うと、芥子色の着物を着たおじいさんは一人に戻り、確かに色とりどりのかるたに戻っていた。

「ふはは、見たかい僕の奇術を!これが秘奥義『デウス・エクス・マキナ』さ!!」
「今度はかっこいい名前なんだな、名前は……おーすげ、ほんとに戻ってるんじゃね?」
 実はわたしたちの中で最も冷静な相田君がカメラをぶらさないよう気をつけながらファインダーから視
線を外して覗き込んだ。

「でも、元に戻りきらないのもあったりして」
 碇くんは拾い上げながら、首をかしげて笑っている。それとなくこっそり優しくないご意見に、愚兄は
露骨に肩を落とした。
「そんなはずないよ、完璧さ。シンジ君、君は僕を信じてくれないのかい?」
「そ、そういうわけじゃないよ、カヲル君」
「そんなに近づかないで」
 わたしは素早く彼に近づけまいと手を振る。

「碇くんの言うとおりだわ、あなたのことだから実は戻りきってないかもしれない」
「そんなはずがあるもんか。大体元に戻した事についてもっと賞賛してしかるべきじゃないのかな」
「わたしには確かめようもないわ、知らないから。だから永久に疑わしいの」
 渚カヲルは大げさに顔に手を当て、困惑と悲哀を同居させたわざとらしい顔を作った。

「あの……全部合ってましたよ、綾波さん」
 極細ポッキーのような声だったので聞き逃すところだったけど、うっかり耳に飛び込んできた声にびっ
くりしたと同時に、大きな口をこれでもかと横に広げた渚カヲルが眼に入った。

「山岸さん、わかるの?」
 碇くんの質問に遠慮しながら頷く。
「いま全部チェックしましたけど、確かにどれも戻ってました」
「この僅かな時間でこれだけの量をか。山岸、バッチリ収めさせてもらったぜ」
「いやぁ、恥ずかしいです……」
 わいわいわい、と山岸さんを絶賛する風が吹いた。

「いやいやいや、世の中は厳しいね。人の上に立つ英雄は常に俗人に打ち倒されるということか」
「握りつぶされたじゃない、あなた」

「はぁ……いやあ…………風が寒いねぇ……」
 吹いてもいない風を感じた彼は、そそくさと席に戻っていった。肩をすぼませすぎてお箸みたいな後ろ
姿に、誰かが呟いた。

「いや〜、平和だねえ」

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.7 )
日時: 2010/09/17 14:08
名前: のの

 ヤバヤバです。賭けても良いです。

 じゃばじゃばとお酢、かけてもいいです?

 中華には必須、欠かせないです。

 これが夢です。「あなたに必ず食べさせます」。



Day Tripper!!

出張版第4話

「おいしいご飯、その秘訣」



 碇くんには敵わないけど、これでも自炊はきちんとする方だ。
 まだまだ残暑が厳しいので、暑気払いの意味でマーボーナスを作ろうと思い立ったわた
しはご飯を研いで、スーパーに出掛けた。歩いて12分の大型スーパーか、歩いて五分の
個人経営のスーパーか。面倒臭いので近場で済ませる事にしようと思ってサンダルに足を
入れた。台所へ出るだけでも十分暑いので、ドアを開けたら吹き込む熱風は予測できてい
た。実際には熱風とまでは言えない風だったので、まあいいかなと思って階段を下りる。
わたしはよくよく四階に縁のある人間らしく、エレベーターのないアパートの最上階はま
たしても四階だった。おかげで毎日階段の上り下りを強いられている。
 オートロックの入り口をくぐると目の前は公園で、学校帰りの子供たちが遊んでいる。
本当はわたしも皆と遊ぶ予定だったけど、あいにく皆都合が悪くて解散となった。わたし
たちは受験生の身なので、そろそろいよいよ本腰を入れなくてはならない。いつもはふざ
けてばかりいるけど、真面目に考えなければならない時もある。真面目に考えた結果、山
岸さんは市内の看護学科がある女子高、相田君は工業系の専門学校へと進路を決めている。
困った事に、わたしたちは中学でバラバラになってしまう。だから真面目にふざけている
んだ、と思うと夕陽が目に染みた。

 そういえば金曜日は特売日だったことを思い出して進路変更、大型スーパーまで足を伸
ばしてみる事にした。
 携帯電話を開けてみると、気づかない間にメールが入っていた。マナからだった。写真
が添付されていて、開いてみると「ぱちんこ」の文字がひと文字電気が消えていて「ぱん
こ」になっている写真だった。わざわざ丁寧に(使いかけの)パン粉を手にして、行くた
びに見かける部屋着に着替えたマナが看板を指さしている。なんだか気が抜ける。それが
ちょうど良かった。

 スーパーは思っていたより混雑していた。やっぱり特売の力はすごい。しかも飲み物も
大安売りらしくて、レジ近くには色々な種類のペットボトルが並んでいて、二桁で売られ
ているものもあった。
 わたしは、なんとなく気勢をそがれてしまった買い物欲を取り戻そうと茄子を選び、精
肉コーナーへ足を運んだ。未だに得意な分野ではないけれど、ひき肉なら平気。ずらりと
ピンク色が並んでいるのはそれでもあまり気分のいいものではなかった。素早く一番小さ
いサイズの挽肉を選んで立ち去ろうとした。

「あれ、レイ?」
 後ろから声をかけられたので振り返ると、洞木さんが立っていた。わたしと違う点があ
るとすれば、彼女は制服姿だったこと。彼女が鞄の紐を掛け直す仕草に力が入っていたの
を見つけて、わたしは納得した。
「勉強?」
「うん。こんな時間になっちゃったけど」
 わたしにとってはこんな時間、というほど遅くない。それでも彼女にとっては遅くなっ
てしまったのなら、それは彼女が家に帰った後も仕事がある事を意味していることだと理
解し、わたしはひどく曖昧に頷いた。家で誰かの世話を焼く、という感覚はわからない。

「一人暮らしだと大変ね、全部自分でやらなきゃいけないんだから」
「いくらでも手を抜けるもの……きっと、そっちの方が大変」
「まあ、そうかなあ……さすがにお姉ちゃんも色々やってくれるから楽よ。私は、今日は
買い物だけ」
 役割分担、という感覚もわからない。

「……なに作るの?」
「麻婆豆腐だって。ノゾミがいるから、うちのは辛くないのよ、全然」
 どこでも考えることは似たようなものなのかな、と少し笑ってから言った。
「うちは、麻婆茄子」
 わたししかいない家だけど、と口の中で皮肉が出てきそうだったので言葉少なに言うと、
いいわねえ、と彼女は言った。
「山椒を少しだけ入れると、本格的よ」
「そうなの?」
「うん、本場っぽい感じ。行ったことないけど」
 以前、仕事で二時間だけ碇司令に同行して行った上海のことを思い出す。別になにも食
べなかったから、わたしも同じだ。
「……別に、いい。どのみち、使い切れないから」
 それきり、並んで物色するわたしたちの会話は極端に減ってしまった。なんとかしたい
と思うけれど、その気になれない。わたしと彼女では、何を言っても多勢に無勢というか、
帰った家に誰がいるか、という話になってしまいそうだった。

最後に、なんとなく1リットルのパイナップルジュースをかごに入れてみた。洞木さん
は気遣ってくれたのか、いいなあ、と言ってその隣のりんごジュースを籠に入れた。結
構重くなるよね。そうね。やっぱり短いセンテンス。
洞木さんの鞄はいかにも重そうだった。受験勉強用の参考書が入ってるのかな、と思っ
た時、頭の後ろで閃きが起きて思わず声に出していた。

「鈴原君と勉強してたの?」
「え、えぇ!?」
 あ、やっぱり。
「な、なんで?」
「それは承認した、ということでいいの?」
「うぁー…………まだ、皆には言わないでよ?」
「もちろん。口はかたいから大丈夫」
 二人きりで話したことは、なんとなく皆には言いづらい。
「鈴原が……やっぱり皆と同じ学校行けるだけの努力するって言うから、協力することに
なっちゃって……」
「それは協力を要請されたの?それとも申し出たの?」
 後学のために是非知りたいの、とまではさすがに言えない。今日のわたしはミステリア
スなんです。
「う、うーん……まあそんな細部は、いいじゃない!」
 と言ってレジに並んでしまった洞木さんを慌てて追いかけようとしたけど、なにしろ混
雑しているので先に入られてしまい、別のレジに並んで会計を済ませた。一足早く袋詰め
をせっせと行う洞木さんの隣に籠を置く。
「ねえ、どうなの?」
「だから、そんな細かいところ、憶えてないよ」
「嘘ね」
 ディティールこそ萌え、もとい肝要なところなのだから気になるのは当然のこと。
「最初に言ったのは……私から、だけど」
 やるなお主!
 今度是非詳細を聞かせてね、という話を一方的にして、ちっとも首を振らない洞木さん
と別れた。夕陽はすっかり自己主張を弱めて、青い空が暗さをもち始めていた。
「……帰らなくちゃ」
 誰も待っていない家路を急ぎたくなかった。友達と話していた私でなくなってしまう。
気がつけば下を向いて歩いていた。家の目の前の公園から子供の声は聞こえなくなってい
た。誰もいない公園なんて一番見たくないものだと思って、意図的に眼を伏せ続けている
と、ブランコを漕ぐ音だけは聞こえていた。おかしいなと思った瞬間だった。
「おーい、レイー!」
 今度こそ声をかけられてびっくりして、公園を振り向くと、ブランコを凄い角度になる
まで漕いでいるマナと、柵に腰をかけている「無駄に足の長い男」渚カヲルのシルエット
を見つけた。
 思わず小走りに寄ると、立ち漕ぎのブランコを飛び出したマナが両手の親指を立てて、
「遊びにきました!いただきます!」
「お腹空いたよ、妹よ」
「……なにがどうなってるの?」
「いや、マナから連絡を受けてね、外食に飽きたからたまにはレイの家でご飯を食べよう
という話になったんだよ」
 「いつでもどこでも解説役」渚カヲルが肩を竦めながら寄ってきた。大きなビニール袋
を下げている。
「レイのご飯はおいしいからねえ……今日の晩御飯は?」
「……麻婆茄子。一人分の」
「なるほどね……じゃあ良し!」
「なんでそうなるの」
「そりゃ呑むに決まってるからじゃないか。いつからそんなに回転の悪い妹になってしま
ったんだい。なんてことだ、残念至極だ。ちなみに僕は麻婆茄子より味噌炒めが好きだ。
あれにお酢をかけて食べると、他にはお酒しか要らなくなる」
 がしゃりとビニール袋を軽く上げてみせる。よく見るとビールとワインが満載だった。
「……でも、ご飯の準備しちゃったわ」
「シメにいただきやすよお、大丈夫っすよ」
 すでにヨッパライにしか聞こえないマナはわたしのポケットを勝手にまさぐって鍵を出
し、さっさとアパートに向かってしまった。苦笑を浮かべた渚カヲルに、思わず訊ねた。
「いきなり、なに?」
「さあ……まあ正直僕もいきなり呼ばれた身でね。いや、呼ばれた瞬間酒屋が頭に浮かん
だ自分を否定はしないが」
 彼はまた肩を竦めた。彼もマナの後を追って歩き出すので、突然騒乱確定になった戸惑
いを処理するのに精一杯のわたしは一歩遅れて歩く格好になった。
 下げかけた顔を上げると、暖かそうな赤い眼がわたしを見つめていた。
「いつもはすぐにメールを返すのに返さなかった、帰り際に淋しそうな顔をした女の子で
もいたんじゃないかな」
 何度かまばたきをして、早くも外階段を小走りで駆け上がっているマナを見上げた。
「……味噌炒めでいいのね」
「話がわかる妹を持って幸せだよ。
ま、固いことを言うところが玉に瑕だけど、と言い、彼がわたしの肩を叩いた。
 四階に辿り着いたマナの呼ぶ声が聞こえて、柵から顔を出して四階を見上げると、同じ
く顔を出していたマナと目があった。彼女は満面の笑みで親指を立てて見せたので、わた
しの眼はまた夕陽に沁みてしまった。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.8 )
日時: 2010/09/17 14:26
名前: のの

やっぱりちゃんとkns書かないとね。

■JUNさんの2つ

・ごはんがおいしすぎて

まずね、JUNさんは最近飛躍的にうまくなった。腹立つくらい文章が上手になっていますよ(笑)
んで、まあこう、ツボを抑えた話になっております。僕にはこれくらいの甘さが限界だったりします。

ちなみにtambさんが言う「昔した体重の話」は、僕が短編を投下した時の話だったと思う。
160センチで42kg、というレイの設定に「痩せすぎでは」という声をいただいた。
いや「なめとんのか」みたいに言われた気がする(爆)

・空の高さは
バカ二人(爆)

・higher
うむ、意外。
こういう超訳で脳内補完があまり必要ないのは良くできてる証だと思います。
ただ(自戒も込みで)三点リーダーが多いかも。

■何処さん
えー、副題は『種馬野郎とその妻たち』でいいでしょうか(爆)
いや、失礼仕り候、冗談です(^^;

アスカとレイの二人が喋るだけの話ってあんまりなかったりしますね。
そういう意味で実は貴重な話だと思いました。

■自分語り
どっちもDay Tripper!!で納めてしまいました。
後者は様子違うやんけ、というのはまあ、いいじゃないか。
後者は前置き四行でなんとなく韻を踏んだ。
話と関係あるかというと、実に微妙に関係ない。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.9 )
日時: 2010/09/20 00:23
名前: ななし

伊吹マヤは1通の手紙を読んでいた。

《赤木リツコ博士江》

差出人は綾波レイ。零号機パイロットであり1番目の子供。
その手紙を読みながら彼女はため息をついた。

「今日はついてないよな。予定してた食事会だったのに」

青葉シゲルがマヤに声をかけた。マヤは青葉が差し出した紙コップを「ありがとうです」と言いながら受け取った。中には熱いコーヒーが入っていた。

「仕方ないですよ、仕事ですから」

今日はレイが主催する食事会の日。呼ばれていたのは赤木リツコ、葛城ミサト、碇ゲンドウ、そして碇シンジと式波・アスカ・ラングレーの5名。
しかしエヴァ3号機の起動実験日が運悪く食事会と日時が被ってしまう。
リツコとミサト、パイロットに選ばれたアスカは今、松代でその実験を行っている最中である。
リツコ宛て食事会の招待状が何故マヤの手元にあるかと言うと……

「代わりに行ってもいいってこの手紙渡されましたけど、場違いですよね」
「そんな事はないと思うな」
「でも……」

レイとシンジ、そしてゲンドウと食事する風景を思い浮かべてマヤは再び思う。

「いえ、やっぱ場違いですよ」

マヤは苦笑いをしながらコーヒーを飲んだ。
司令部のドアが開き日向が入ってきた。青葉は日向に声をかけ松代の起動実験の状況を聞いた。起動実験は今のところ問題なく進んでいるとのことだった。

「赤木博士達が松代の実験に行ったのならやっぱり食事会は3人?」
「葛城さんがギリギリ帰ってくるって言ってました。実験次第ですけど」
「間に合うといいですね」



マヤが口にした願い、それは青葉と日向の願いでもあった。
しかし、それは叶わぬ願いとなる。




◇ 命の選択を  ななし



数十分後、ネルフ本部発令所は大騒ぎになった。
3号機起動実験中の松代で事故が起きたのだ。
事故の原因を確かめるべく司令部は総員挙げて調査する。
所内にアラームがいくつも鳴り響きモニターにランプが点灯していく。

「被害状況は?」
「不明です!仮説ケイジが爆心地の模様。地上管理施設の倒壊を確認!」
「救助、及び第3部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全て処置しろ」
「了解!」
「事故現場南西に未確認移動物体を発見。パターンオレンジ、使徒とは確認できません」
「第一種戦闘配置」

碇司令の声が聞こえた。確か司令は外出中の筈――――冬月や青葉達の考えを裏切るように碇ゲンドウはその場に現れた。

「碇――」
「総員、第一種戦闘配置だ。修復中の零号機は待機。初号機はダミープラグに換装後、直ちに出撃させろ」

総司令の席にゲンドウは座った。いつもと変わらない姿勢で戦闘準備を指示する。

「第一種戦闘配置っ!」

一人のオペレーターが無線を通して全フロアに指令を通達する。
ゲンドウの指示通り初号機にダミープラグが換装が行われた。碇シンジが到着した連絡を受けた日向は直ぐに彼に搭乗命令を下す。
そんな中、宇宙衛星の画像がマヤと青葉と日向のモニターに届いた。
最初に赤い空と高圧線が映し出された。直ぐに画像が切り替わり山間の民家沿いの道を行く戦車と装甲車が走る姿が映る。再び映像が切り替わり、山並みに生える夕日の中、こちらに向かって歩いている巨大物体の映像で画面が固定された。

「これ……」

伊吹マヤは驚きの声を上げた。巨大物体の形はあまりにもアレに似ていたから。

「監視対象物は佐久防衛線を突破。現在千曲川を沿り南下中」
「到着も時間の問題か……」

冬月は苦い顔で呟いた。




電源車が群集している背後に初号機はしゃがみ待機している。初号機に搭乗しているシンジは全ての事態を把握できていなかった。

「あの、すいません……ミサトさんやアスカたちは?」
「現在、全力を挙げて救出作業中だ。心配ない」
「でも……」

ミサト、リツコ、アスカが無事である報告はまだ入っていない。青葉はシンジの心配を和らげようと「大丈夫」の言葉を繰り返した。
そんなやり取りに日向が割り込む。

「作戦系統に問題はない。今は碇指令が直接指揮を取っているよ」
「――父さんが」

意外な言葉にシンジは目をパチクリさせる。
青葉は初号機に通じるマイクを一度切ると日向に「すまん」と礼を言う。日向もマイクを切ると「対したことじゃない」と労う。そして、2人は同時にマイクをスイッチを入れた。

「遠見付近で目標を捉えました。主モニターに回します」

主モニターに目標が映し出される。司令部はどよめいた。

零号機や初号機に似た形をした巨人

松代からやってきた巨人の正体はエヴァ3号機だった。

「やはりこれか……」
「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」

ゲンドウの指示に素早く対応するマヤ。キーボードを打ち活動停止信号を目標へと送る。3号機の背中パーツが破壊されハッチが吹き飛んだ。しかし、そこからエントリープラグは射出されない。3号機は歩き続ける。

「だめです、停止信号及びプラグ排出コード認識しません!」
「エントリープラグ周辺にコアらしき侵食部位を確認」

破壊された背中パッチから見えるエントリープラグの先端を筆頭に次々出てくる画面、そうして最後に出てきた画面は青葉が一番見たくなかった画面でもあった。

「分析パターン出ました……青です」
「エヴァンゲリオン三号機は現時刻をもって破棄。監視対象物を第9使徒と識別する」

ゲンドウの言葉、それは悲劇が始まる告知

オペレーター達はマニュアル通りアナウンスをする。

「目標接近」
「地対地迎撃戦、用意」
「阻止部隊、攻撃開始」

下を向いて考えていたシンジはオペレーター達の声で目線をあげた。
自分の足元で戦車隊が一斉に攻撃を開始している。シンジは攻撃している先を見た。

「――これが、これが使徒!?」
「そうだ、目標だ」

シンジは驚愕した。だってこれは、どう見たって――――

「――目標ってこれはエヴァじゃないか!」

夕日をバックに歩く3号機、砲撃が命中するが全く効いていない。

――――もうすぐ、3号機と初号機が接触する

「目標は接近中だ。シンジ、お前が倒すんだ」
「でも、目標って言ったって」

田んぼの中をゆっくりと着実にこちらに向かって歩いていく3号機。

「……アスカが乗ってるんじゃないの?」

司令部にはアスカが救助された報告はまだ入ってこない。
起動実験の最中に起こった事故、エントリープラグは射出されていない現状、あの中にアスカが乗っている可能性が極めて高い。
シンジは自分の呟きに誰も否定をしてくれない事に動揺した。


「……アスカが」

司令部のモニターに映し出されたのは高圧線越しに対峙する2体のエヴァの姿。
夕日が綺麗で今からそれを背景に戦場が起きるとは信じられない、美しい光景だった。
初号機はパレットガンを構えたまま、ただただ立つ。
3号機は初号機の様子を伺うようにゆらりゆらりと動いている。
シンジはこの接近でトリガーを引くことを躊躇っていた。
シンジは待った、アスカの安否の報告を。願わくばアスカは救助されあの3号機に乗っていない事を。

ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!

突然3号機が大きく吼えた。

それは戦闘の合図

3号機は吼えながら四つん這いに沈み込んで空高くジャンプした。体を大きく捻りながら初号機目掛け飛ぶ。
初号機はライフルを盾にし身構えた。三号機は落下しながら初号機目掛け両脚スクリューキック、その攻撃は盾にしたライフルに当たった。ライフルは折れ曲がり初号機は山へ吹っ飛ぶ。
3号機は体を捻り田んぼの中に四つん這いで着地した。

その姿は獣そのものであった

初号機の頭が山に突き刺さる。衝撃でモニターが揺らき一時的にブラックアウトした。モニターはすぐに起動し、映像は地上を映し出す。その時、シンジの目に映ったのは3号機のとある部分だった。

「……エントリープラグ」

3号機の背中――粘着状のモノに覆われたプラグがはっきりと見えた。

(やっぱり乗っているんだ!)

シンジは怖くなった。レバーが引けない。恐怖が身体を支配した。

3号機は口を大きく開け右腕を振りまわした。そして、手前にギュンと伸ばす。3号機本来の起動にはない稼動能力。使徒により生まれた新しい能力は初号機を捕らえ、首を捕らえた。初号機はそれに対抗する為に起き上がろうとする。しかし、3号機は左腕も伸ばし両腕で初号機を首を絞めその行動を阻止する。
山の坂道に初号機の頭部が再び激突した。山腹に倒れこんでいる初号機に跨り首を絞め続ける3号機。初号機の首に針状の跡が生まれる。シンジの首にも手跡が浮かび、いくつもの気泡が沸き立った。
自分の生命の危機にシンジは恐怖を跳ね除け一気にレバーを押し込む。
渾身の力で3号機の腕を引き離す初号機。
その時、3号機に異変が生まれた。
バキンッと背中の拘束具が剥がれる。剥がれた所から生えてきたのは第2の両腕。第2の両腕は蠢きながら、そして勢いをつけて初号機の首を押さえ込んだ。
初号機の両腕は元からある第1の両腕に押さえられ、生えた第2の腕に首を絞められる。再び初号機の首に針状の跡が浮かび上がった。

「装甲部顎椎付近に侵食発生!」

絞められて首の跡部分が変化し赤い部分が増えていくシンジ。その姿が主モニターに写った。

「第6200層までの汚染を確認!」
「やはり侵食タイプか……やっかいだな」
「初号機A.T.フィールド不安定」
「生命維持に支障発生」

マヤのモニターに表示されていた初号機の神経接続が次々と途切れていく。全ての神経接続が途切れるのも時間の問題。

「これ以上はパイロットが危険です!!」
「いかん!神経接続を28%にカットだ!」
「待て」
「しかし碇!このままではお前の息子が死ぬぞ!」

ゲンドウは冬月の言葉に答えなかった。巨大スクリーンに映し出される自分の息子の苦しい表情を見つめながら彼は問いかけた。

「――シンジ、何故戦わない?」

シンジは父親の言葉に反応し、苦しさの中で自分の答えを述べた。

「だって……アスカが乗ってるんだよ、父さん!」
「構わん、そいつは使徒だ。我々の敵だ」
「でも……出来ないよ!人殺しなんて出来ないよ!!」

シンジの首の跡はどんどん赤く染まっていく。初号機の首も針状の侵食部がどんどん広がる。
今まで冷静だったゲンドウは初めて声を荒げた。

「お前が死ぬぞ!」
「いいよ!アスカを殺すよりは!!」

息子の覚悟に父は決意した。

「構わん。パイロットと初号機の――――」
「だめ」

ゲンドウの指示を否定する声が聞こえた。
何処から、誰が、声を?オペレーター達は辺りを見回した。

「死ぬのは駄目……」

冬月は驚いていた。この声に聞き覚えがある。そうこの声は――――

「死んじゃ駄目……」
「マヤちゃん!36番ゲートの外部音声を初号機に!」
「え?」
「レイちゃんの声をシンジ君に、早く!!」

声の主とその場所をいち早く捕らえた青葉は指示する。
発令所の下方、36番ゲートにいるレイは主モニターを見つめながら声を出していた。
小さくてか細い声の彼女が目に涙を浮かべ必死に訴えている。叫ぼうとしている。

――――レイの声がシンジを救うかもしれない

伊吹は意を決しコンソールへ向き直るとキーボードを打ちレイの声を初号機へ繋いだ。
それに合わせるかのようにレイは叫んだ。

「――――碇君、死んじゃ駄目っ!生きてっ!!」







「おはよう、アスカ」
『おはようじゃないわよ、もう昼間よ』
「ごめんね、仕事でちょっち遅くなったわ」
『どうせ、寝坊したんでしょ』
「バレバレ?」
『バレバレよ』

ガラス越しに挟まれた部屋でアスカとミサトが対話をしている。
ミサト右手にギブスを嵌めて包帯で固定されていた。ミサトの右手は松代の事故で負傷したもので全治1ヶ月のもの。
アスカは白いパジャマ姿でベットに座りながらガラスの向こうのミサトに話しかけていた。アスカの姿で一番痛々しかったのは包帯に巻かれていた左目だった。

『私の左目って、治るのかしら』
「えぇ、今は一時的に視力低下してるけど治療受ければ」
『この施設からも?』
「もちろん」

使徒に侵食されたアスカは部屋に隔離されていた。
リツコの話によれば侵食の影響は検査の結果0に等しく問題ないとの事だった。
しかし、毎日続く検査とテスト――リツコや他の医師は口にしなかったが使徒の侵食を受けて生き残った彼女は『実験サンプル』と言う呼び名が相応しい扱いを受けていた。
アスカはその事を肌で感じていたが黙って耐えていた。
検査の解析データに異常がなければ普段の生活に戻れる、再びエヴァに乗れると信じて。
ミサトは部屋の片隅に置かれた机を見た。そこには綺麗なコスモスの花が花瓶に生けられていた。ミサトは直ぐに分かった。

「シンジ君、来たみたいね」
『……泣きながら謝ってきて、それがウザくて、まったくガラス越しじゃなかったら一発蹴り入れてたわ』
「そっか」
『……泣く必要なんてないのに』

何故ならあれは『戦い』だったから


あの時、レイの声を聞いたシンジは死ぬ事を止めて生きる選択をした。
初号機は3号機の攻撃に耐えながら自身の右手を犠牲にして3号機の背中からエントリープラグを引き抜いた。そのエントリープラグを守りながら3号機の攻撃を耐えきり、戦自の一斉砲撃で体制が崩れた時、初号機は3号機に襲い掛かりプログ・ナイフでコアを破壊、鎮圧した。
アスカは3号機に取り込まれていた時の事をミサトから一部始終聞いた時、女の声でやる気を出したなんて全く情けない奴だと思った。
だけど、その声がなければ今の私はいない。
こうしてミサトと話している自分はいない。
心の奥底ではアスカはシンジに感謝していた。

「アスカ、これ一緒に食べよっか」

ミサトは紙袋をアスカに見せた。その紙袋が何なのか直ぐに分からなかったが、ミサトは風呂敷に包まれたモノを取り出すとなんとなくそれが『お弁当』であることが分かった。

『病院食も飽きたし、いいわね』

アスカはミサトが持ってきたお弁当を食べる事にした。
ミサトはアスカの部屋に入る事ができなかったので弁当の中身の半分を別の容器に移し替えると専属の看護士に運んでもらった。
アスカは防護服を着た看護士が運んだ食事を見た。歪なおにぎり2つと沢庵2切れ、それから紙コップに入った味噌汁。

『カッコ悪いおにぎりね』
「沢庵は美味しいわよ」
『それ、市販でしょ?』
「細かい事は気にしない」

細かい事ねぇ……と思いながらアスカは味噌汁をすすった。

『これ、しょっぱい!』
「まぁ、初めての料理だし仕方ないわよ」
『…………ミサトが作ったのじゃないの?』
「レイが持たせてくれたの。食べて欲しいって」

ミサトは親指に付いた米粒を丁寧に食しながら言葉を続けた。

「あの時流れたお食事会を今日やるんだけど、気にしてね」
『……知ってる』

今日見舞いに来たシンジは泣きながらあの時の事を謝り今日の予定を話してくれた。

[父さんと予定が合うのが今日しかなくて……ごめん]

なんで謝るのよ、私はそもそもそういう集まりは苦手だからいいの。謝られたら変な気持ちになるじゃない!とっとと食事会でもハイキングでもデートでも行きなさいっつうの!

そう言いながらアスカはシンジを部屋から追い出した。

『ミサトは行かないの?』
「私は仕事あるし、アスカ一人は寂しいでしょ」
『寂しくないわ』
「強がり言っちゃって、こういう時くらい甘えなさい」

ミサトはしょっぱい味噌汁をすする。

「ここから出られたら今度こそみんなで食事会開きましょ」

回復祝いになるかしら?とミサトは続けて言った。
その言葉にアスカは顔を背けて口を尖らしたが直ぐに表情を緩め小さく頷いたのだった。
しょっぱい味噌汁を一気にすすり食事を終えたアスカは考えた。

『……この味であの親子仲直りできるのかしら』
「できるわよ、レイがいるから。それにシンジ君なら『おいしい』って言いながら食べきると思うわよ。おいしすぎるっていっぱい食べてきて、苦しくて寝込んで。でも笑顔なんでしょうね」

シンジのその姿が直ぐに思い浮かぶ事ができたアスカは「そうね」と笑い、その笑い顔にミサトもつられて笑った。笑っているミサトを見つめ、アスカはミサトと目が合う。
2人はお互いの顔を見合わせて、また笑ったのだった。




お題:ごはんがおいしくて


何かお題の方向性を間違えた小説の気がします。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.10 )
日時: 2010/09/20 17:20
名前: JUN

 中学三年生になると、私も少しずつ高校受験を考えるようになった。私は勉強が得意なほうだし、
分野によっては大卒のセカンドを抜くことも可能だったりする。優等生なのだ、ふふん。
 碇くんは苦手でない、という程度。しかし音楽や家庭科、特に家庭科はクラスの中で群を抜いてい
て、張り合えるのは洞木さんくらい。本人はあまり嬉しそうではなかったけれど、碇くんの作るご飯
はおいしい。それでいいと思う。でも、男の子が料理上手を褒められるのは複雑なのかもしれない。
私も、凛としてて格好なんて言われると、少し複雑。それこそ碇くんに言って欲しい。でも、きっと
他の女の子がそんなことを碇くんに言っていたら嫉妬してしまうだろう。……言わないでいい。
 話がそれた。つまり受験の話。優等生な私は(セカンドの皮肉もあながち的外れはなかった)碇く
んに勉強を教えることになった。葛城さんとの話し合いの末手に入れた至高のポジションだ。

 碇くんに勉強を教えて、同じ高校に行って、ついでに私も――

「何かを教わってしまうの…………(ぽぽぽんっ)」
「あの……綾波さん?早く教えて欲しいっていうか」


 ……いけない。またトリップしていたようだ。


ごはんがおいしすぎてvol.2



毎日こんな調子だから、進行はよくない。時間はたっぷりあるという私たちの間にある共通の慢心も
少なからず影響しているのだろう。でも努力はしてるのだ。
「えっと、だからx軸とy軸の切片を出すわけで……」
「二つを同時に出そうとしてはいけない。まずy切片を出して、そこからさっき出した傾きを利用し
て……」
「あ、そうか。傾きが2でy切片が−6だから、x切片は……3か」
「そう。三角形の底辺の長さがそれで求められるから……」
「あ!分かったよ綾波、そういうことか」
 そう、こんな感じで巧く進むのだ。……最初の方は。

「ありがとう綾波。お陰で分かったよ」
 碇くんが微笑みながら言う。顔が紅潮しているのが自分でも分かる。褒められると嬉しい。でもち
ょっと恥ずかしい。

 そんな恥ずかしさを誤魔化すために、私がいつもすること。
「じゃ……ご褒美」
 目を閉じて、顎を突き出す。葛城さんから教わった、おねだりのポーズ。碇くんはこうするといつ
もお願いを聞いてくれる。
 躊躇う時間がしばし続いた後、碇くんはその細い腕で優しく私を抱き寄せてくれた。

「んぅ……」

 優しく触れ合うだけのキス。しっとりと濡れていたのは碇くんの唇か私のか、それとも両方か、そ
んなことは分からない。どうでもいいとも思う。受験勉強のことは今となっては忘却の彼方。さっき
まで解いていた一次関数も、次に解く連立方程式のことも、どうでもよくなる。
 キスをするとき、私が目を瞑らないことはない。視界を遮った方が、より沢山碇くんを感じること
が出来るから。
 部屋の中で二人きり。葛城さんは暫く帰ってこない。だからこうして唇を重ねる時、私はほんの少
しだけ不安になる。碇くんとそうなるのが嫌なんじゃない。ただ、僅かに怖いだけ。
 でも、碇くんが望むなら、私はいつでもいい。――それは私の願いでもあるのだから。そのために
碇くんが辛くなるくらいなら、碇くんの好きにして欲しかった。

 碇くんが唇を離す。それが終わってから、私も目を開く。碇くんは切なげに眸を潤ませて私を見て
いた。多分、私も同じような顔をしているのだろう。
「綾波」
 碇くんはそっと微笑んで、私の名を呼んだ。私の肩に回した腕はそのままに。
「いかりくん……」
 腕に力を込める。碇くんが苦しくない程度に。どこにも行かないように。
「大好き、だよ」
 耳元でそんなことを囁かれると、私はいよいよどうしようもなくなる。家庭教師のことなんか忘れ
て、碇くんの肩口に顔を埋める。碇くんの匂い、碇くんの温もり、碇くんの――
「大好き、碇くん…………!」
 碇くんがくすりと私の耳元で笑い、
「ごはんに、しよっか」
「うんっ……」


 碇くんが料理を作ってくれる。未来のお嫁さんたる私としてはちょっと悔しい。でも碇くんの方が
上手なのだから、私はお手伝いをするだけ。その内私も作れるようになりたい。お味噌汁は作れる。それでも碇くんのお味噌汁の方がおいしいし、私もわざわざしょっぱいお味噌汁を食べようとは思わ
ない。
「なんにしよう。炒飯、とかでいいかな」
「うん」

 私の意見を確認すると、碇くんは早くも卵を溶き始める。流石に手際がいい。あれよあれよという
間に、美味しそうな炒飯が出来上がった。そこらの中華料理屋で食べるよりよっぽど美味しいだろう。
贔屓目なしでそう思う。

「……いただきます」
「召し上がれ」
 卵で黄金色に輝く炒飯をスプーンですくって一口。碇くんは微笑みながら私が食べるのを見ている。
「美味しい」
「よかった」
 碇くんは嬉しそうに笑って、自分の分を食べ始める。何も言わなかったけれど、ゆっくりと咀嚼す
るその表情は満足げだ。
 無言の食事。でも暖かいその雰囲気は、私が知らなかった新しいもの。――碇くんが教えてくれたこと。
 そんな暖かい時間は、一秒でも多く共有していたい。そのためにいつか二人だけで暮らせる時を、
私はずっと待っている。


 食事が終わると、私は碇くんの隣に座る。碇くんは何も言わずに髪を梳いてくれた。

「甘えんぼさんだね、綾波は」
「ん……」



 また、黙り込む。頭の中がどんどん霞んでいって、何も考えられなくなる。碇くんの匂いがすぐ側
にあって、ここで永遠にこうしていられたら、どんなに素敵なことだろう。

 時計を見てみる。四時半。いつの間にそんなに時間が過ぎていたのだろうかと、少し驚く。碇くん
は気づいているのだろうか。――言わないでおこう。

 そんな静かな空間を、扉の開く音が無粋にも破壊した。


「ただいまあ」




 ぴく、と碇くんの方が動き、玄関の方を顧みる。どうやら少しうとうとしていたらしい。
「あ、おかえりなさいミサトさん」
「ん、ただいま。あれ、遅い昼食ね」
「え、あ、もうこんな時間ですか。済みません、お風呂入れます」
「んーん、大丈夫よ。相変わらずラブラブねえ。二人でうたた寝、ってとこかしら?」
「え、いや、別にそんなでも……」



 碇くんが慌てながら否定する。気持ちは分かるけど、少し不愉快。だから、
「あの、ちょっとうとうとしちゃって、その――――いたたたたたたたたた!!ちょ、綾波……」
「誤解じゃないです」

 わき腹をつねると、碇くんは泣きそうな顔をする。でも私はやめない。からかわれるのは恥ずかし
いけど、決して嫌なわけじゃない。
 葛城さんはくすくすと笑って、私のほうを見る。微笑ましいような、見守るような、そんな表情を
湛えていた。
「ほんと、いいカップルよ、あなたたち。仲良くやんなさい」
「え、あ……はい」
「………………はい」

 葛城さんは満足げに微笑むと、シャワーへ向かう。私たちのほうを一度だけ振り返って、
「そういえば一日中ここにいたらしいけど、勉強は進んだ?」

「……………………」
「………………………………あ」

「あんたら、ねぇ…………」

 葛城さんの額に青筋が浮かんだ。あ、怒られる。








「いーい?一応は家庭教師って名目で来てんだから、そこちゃんとしてもらうわよ」
「……はい」
「いちゃつくなとは言いません。けど、今日一日かかって解いた問題がたったの三問じゃあ、お話にならないわ」
「……はい」
「今後その職務をまっとうできないなら、マヤちゃんに来てもらうわよ。あの子、学歴高いんだから」
「…………それは駄目です」
「じゃ、ちゃんとやること。分かったわね?」
「……はい」
「シンジ君も、分かったわね?」
「はい。済みません」
「はい、よろしい」
 そこで収めておけばよかったと、私はつくづく思う。
「……でも、あれは碇くんがいけないと思うわ」
 私の言葉に、碇くんはむっとした様子で言葉を返した。
「なんでだよ」
「碇くんの作るごはんがおいしすぎるせいで、あんなことになる」
「そんなのないだろ。綾波が誘惑するからいけないんだ!」
「誘惑したって、碇くん最後までしてくれないじゃない!」
「僕なりに我慢してるんだよ!あんなに可愛い綾波見せられて、僕が何もしないとでも思ってる
の!?」
「思ってないわ!押し倒されたって、碇くんが相手ならいいと思ってるのに」
「そんなこといわれるといよいよ我慢できなくなっちゃって――」

「いー加減にしなさい!!」

 葛城さんの鶴の一声に、私たちは我に返った。

「あんたらの痴話喧嘩なんて聞かされるこっちの身にもなりなさい!このバカップルが!黙って勉
強!嫌ならレイは帰りなさい!!」



 しゅん、そんな形容が今の私ほど相応しい女の子はいないだろう。しおしおと碇くんの部屋に入っ
て仲直り。
「……ごめんね綾波。ついむきになって」
「私のほうこそ、ごめんなさい……」
「僕、明日から真面目に勉強するから」
「私も、明日から真面目に教えるから」

 ふんわりと、碇くんは私を抱き締めてくれた。仲直りのしるし。

「明日から、よろしくお願いします、先生」
「……はい」


 何かを教わってしまうのも、そう遠い話ではないかもしれない――


  おしまい




 あとがきという名の言い訳

意味不明です。今まで書いた中でも中々群を抜くぞw

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.11 )
日時: 2010/09/21 03:32
名前: naibao

■JUNさん

通りすがりにとりあえずJUNさんの感想だけ…
ひとつひとつの感想じゃなく全体のだけですすみません。
お久し振りです、naibaoです。

とりあえず、ですよ。
あまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまい、やっぱりあまいです。
解ってたけど甘かった。
でもこの甘さがJUNさんの良さだと思っています。何度も言っちゃいますが。

あとみなさん書かれてますが、最近文章の組み立てが変わったような印象を受けます。
相変わらずの創作欲、羨ましい限りです。


それと、綾波さん30kg台ですって?一言物申す!

14歳の平均身長が155cmくらいのはず、
で、JUNさんとこの綾波さんは小柄設定が多い気がするので仮に150cmとします。
んで、増量体重が38kgと仮定。
BMI(体重÷身長÷身長)は…16.89
ちなみに標準体型は22(これとは別の美容体型はも少し低い値のはず。


何年か前パリコレだかミラノだかのスーパーモデルに痩せすぎ規制かかった時が
BMI18未満アウトだったはずなんで

綾波さんがんばれ!
JUNさんとこのシンジくん超がんばれ!
『ごはんが異常に美味しすぎて』って言ってもらえるくらい頑張って!

いやいや、待てよ?セカンドインパクトで重力加速度が変わって…
そもそも、創作物に現実社会の数字を出すのがナンセンス…
とかいろいろ電波まで出てくる始末です。

と、14歳美少女処女保健係が物申させていただきました。
ともあれ、次作も楽しみにしてます。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.12 )
日時: 2010/09/21 23:22
名前: JUN

■naibaoさん
どうもです。いや、細すぎたなと自分も思いましたがw
まあ僕のBMIが17だったりするので(^^:)
文章の組み立て方はあまり意識していませんが、みなさん仰るのでそうかもしれませんね。何はともあれ、精進あるのみです。
メンテ

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