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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX
日時: 2012/11/17 08:41
名前: tamb

いよいよ公開。というわけで、この掲示板はネタバレ掲示板なので当然ネタバレありです。
がっつりやって下さい。ネタバレされたくてうずうずしてる私のためにw
ネタバレされたくない人は見ないように。
私はちょっといつ行けるかわからない状況です。


そしてこんな記事が。

http://neweva.blog103.fc2.com/blog-entry-1916.html

なんだってー!!

Hoffnungさん、ネタバレ&解説よろしくw
メンテ

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Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.7 )
日時: 2012/11/19 23:33
名前: Hoffnung

こちらの板には初めて来てみましたが、ネタ振りされてしまったので(忘年会で上司に指名されたみたいだ)、初めて書き込みます。

...が、「論」にするのは苦手なのよね。断片を連ねるくらいしかできないです。手始めに、1行だけ、マルチポストさせてください(mixiにも書いたので)。あれは、

超時空機動戦艦エヴァンゲリオンSEED

であったと。観てる途中からときどき口元が緩んで、劇場を出た時は、なんとなく意地の悪い薄笑いを浮かべてましたわ。もう、いつマクロスアタックするんだよと。スケルトン風味の入ったデザインはディスカバリー号も何となく連想。でも、この「薄笑い」を誘発というのは、作り手の狙い通りかもしれないし、こちらとしても否定的なものではなくて、「よっしゃ受け止めた(にへら)」という気持ちでもあり。

ののさんの考察ともかぶるけど、劇中時間で約30年も妄執にとりつかれたままのゲンドウ&冬月は、前世紀からの「オタたち」の象徴かなという感じはしました。

語学ネタでいうと、ヴンダーWunderは英語のwonderと同じ「素晴らしいこと、驚異」、ヴィレWilleは英語のwillと同じ「意志」ですね。そのうちHoffnung「希望」でも出てくるんじゃないかと妙なところに気をまわしてしまいました(苦笑)。ゼーレ「魂」やネルフ「神経」(ついでにゲヒルン「脳」)が何か「動きのないもの」という印象をもつのに比べて、ミサトの率いる部隊が「生きる意志・能動的な動き」を強く感じさせるネーミングなのは、たぶん意味のあることなんだと思います。

でも、「破」で並みいるLRS系二次創作を凌駕してしまったので、もう書かなくていいか、と思ったりもしたしたが、「Q」を観て、あ、これなら旧シリーズ準拠のしみじみorほのぼのしたLRSものや、「失われた14年」を妄想する作品やら、SSを書く余地はまだあるかもなーと思いました。

画像のクオリティについては、ブラッシュアップがほしい部分もありました。ある人が書いてましたけど、今回からシネスコサイズになったので、作画スタッフの工程が違ったのかも。予告でも放映された冒頭部分の宇宙の広がりは、確かに違いを感じます。

製作期間の長さと上映時間(予想よりやや短い)を考えると、相当の部分を編集で切ってるはずなので、円盤で出るときにはかなり違うものになっていると予想します。そういえば、今回は「破」の予告映像も全く使われてなかったですね。

やっぱ、単なるループというより、並行世界かなー(SF的には表裏一体だけど)。不完全なサードインパクトの発動によって、本来ならば相互干渉しない並行世界が破綻し、時間の経過まで歪んでしまったとか。アスカのアイパッチや、ガムテープで補修したみたいなプラグスーツ、14年経ってるのに補修したてのようなエヴァなど、何かを封印しているのかもしれないし、世界観そのものの破綻を象徴しているのかもしれません。

しかし、世界の「調律」というとラーゼフォンだし、並行世界の淘汰というとぼくらのだったり、ループだとまどマギとかシュタインズゲートとか、出来のいい作品も増えてしまったので、(SF好きを説得する形では)話を畳みにくくなっているという一面もあるかもしれません。

ま、最後の手段はイデオンですが。

メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.8 )
日時: 2012/11/20 14:30
名前:

ご無沙汰しております(平伏)

皆様の御感想を拝見し、別の所に別ハンドルで乗せたものを賑やかし?に置かせて頂きます。ご容赦の程(汗)

タイトル「例のアレ」

・・・いや、なんつーか確かに見事に起承転結の「転」だけどね。

が、それに乗じて「伏線回収」ブン投げようとかしてねーか?密かに(苦笑)

急はQでも、「ウルトラ・・・」じゃなくってマイティ・ジャックの方のQだった訳ですね(笑)果たして、どっちがQでどっちがMJなのかはさて置いて。(やると思ってたんだよ。少なくともノーチラス・シリーズかヱクセリヲンかそのモトネタかのどれか一つは絶対に 汗 幾らなんでもあれだけマンマとは思わんかったけど。)

旧作から見ての・・・と言うオールド腐れヲタとしてのスタンスに立つならば総評としては「成程。在る意味妥当だね。」と言えるでしょう。

旧作で決定的だった「社会的視点の欠落」とか、所詮「19世紀レベルの安直な人文主義=人間中心主義」とか、そう言う面に関しては序・破に続いて見事に克服はされました。

そりゃね。世界崩壊起こした男は生き残った人類全部から「アンチ・救世主」として怨念を一身に受けます(苦笑)生存した連中は難民となっていきなり放り出された訳ですから。そう言う「シャカイ」ってもんに対する観点が旧作には完全に欠けてて思いっきり「引き籠り全開」になってたんですが・・・今度は在る意味直球でベタな「生存者が難民=海賊=武装抵抗組織作ってゲリラ戦みたいな事をやってるらしい」って「かなり妥当な展開」になってる事は評価しましょう。

又「十年以上の時間経過」と言うのも「アリだな・・・」と思ってたら本当にやりましたね(苦笑)在る意味、二次創作における「アフター」=「EOE後の世界を丁寧に描写したらどうなるか」ってのを、オリジナル作者が「こーゆー形」で回答を持ってきた(苦笑)

まあ、「何だ。大体こっちの予想通りなんだな。それに関しては」と言う感じですけど。



しかしまあ、ほめる?のは此処まで(苦笑)



『確かに旧版に関する問題点を克服したことは認めよう・・・だが、何で今更なんだ?これは寧ろ・・・「15年前にやっておくべきこと」じゃあなかったのかい?』

まあ、酷な言い方ですけどね(苦笑)でもあえて言いましょう。これは「新版のストーリー展開」と言うよりも、「折角新版で敷き直した基本設定の意味を喪失させて、単なる旧版後日談と言ってもいいような展開に繋いだ」だけなんじゃないの?と。

EOE後日談的な世界観に繋ぐんだったら「最初から海を赤くしておく」=「世界の土台自体が違うんですよ」とアピールする必要自体が無かった事にならない?と。

物語のベクトルを反転させる事で「新しいものを作る」試みかと思いきや、「単に、旧版の失速・墜落地点に戻って仕切りなおしただけだった」ってのはちと「残念」な気もするんですがね。

幾らでも「旧作のはるかに上を行く」事もできたであろうに・・・態々「其処にもどるのかい?」と(苦笑)

その上で、時間経過をいい事に一気に色々「状況で押し流して無かった事にしようとしてない?」と(苦笑)

『大風呂敷広げた挙句の伏線回収の大失敗』こそ、旧版の「最大の反省点」だったと思うわけですが・・・今度はそれを「さらっと流す」つもりですかしら?もしや(苦笑)

既に、現時点で色々つじつま合わなくなってきてるっしょ?まあ・・・「液体で満たされている筈の空間の中で普通に涙が流れる」ことにくらべりゃあ・・・全て些細な事かもしれませんが、ね?(笑)

まあ、しかし・・・より「酷な」話にはなってますよねえ(苦笑)

「根性無しがヘタレて結果サイアクに」=「しかし誰にも今更せめられる事も無い(だって人類滅びてるし)」から「やれること一生懸命やったら大惨事になってて、それでも良かれと思って何とかしようとしたら更に悲惨な事に」ってんですもの。

まあ、それがより「現実的」な物語だとは思いますが・・・今回に関してはシンジ君、何一つ悪く無い訳でして、むしろ「無理からぬ」事とは言えある意味周りのエゴや勝手な言い草に振り回されている感じですね(苦笑)

旧では「未必の故意と不作為の罪により有罪」

今度は「不可抗力により無罪・善意の第三者は罰せられてはならない」、

とするのが「妥当な判決」では?(汗)


…以下追記ですが、

EOEの頃にメンタルを拗らせた方々が「破」において「僕の気持ちを裏切ったな!!」と「置き去りにされた、シンジが勝手に成長しても俺達はあの頃のままだ」とネット等で延々と怨嗟を延べていらっしっゃた訳ですが、そう言う方たちにとっては「Q」は小躍りするほどに嬉しかったようです(苦笑)

「ざまーみろバカシンジ!オマエも俺達と同じ駄目人間にしかなれねーんだよ!身の程を知れ身の程を!」と言う感じで「大勝利」なのだとか(苦笑)

まあ、最早庵野氏としては「そんな奴等の事は知らないよ」と言う事だとは思いますが…いやはや、なんと言うか一抹の哀愁を感じるのは私だけなんでしょうか?(苦笑)

どっとはらい。
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.9 )
日時: 2012/11/20 18:57
名前: くろねこ

追記……というか気になったこと。

「新劇場版」では「ヱヴァンゲリヲン」という名前で出していたけれど、最後は「エヴァンゲリオン」に変えて終わらせることには、やっぱり意味があるのだろうか。戻してどうするんだ、と。

リピート記号(?)を使うことにも、エヴァを繰り返しの物語にしてほしくはないなぁと私は思ったり。
EOEで一度終わらせて、新劇で新しいエヴァを創っていくのだろうと思っていたのに、ここでまた昔に戻ろうとするのはちょっとどうかなー、と。
10年以上の月日を経て、監督もその他スタッフも成長してきた面もあるのでしょうし…。

まぁ、どういう意図があるのかは製作者の方々にしか分からないんで、何とも言いようがないのだけれど。

「戻る」のではなく、「進んで」ほしい。

あと、伏線回収しなかったら死にきれないですw
Qはごちゃごちゃしてるけれど、予定通りに進んでる感じだと勝手に思ってるんで、大丈夫だとは思うんですが。「あ、いけね、わすれてた。」とかないか心配w
もういつまでも待つから、「ちゃんと」終わってほしい(笑)

メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.10 )
日時: 2012/11/25 00:17
名前: calu


今日、『Q』を観てきました。
率直な感想ですが、『新劇エヴァ』を観ているという気がしませんでした。
ヴンダーとかヴィレとか幾多の新キャラとかが怒涛の如く溢れ出した設定云々以前のものとして、
これまでの新劇とは何か本質的に異なった作品を観ているような感じを私個人としては受けました。

唐突に宇宙空間で始まった戦闘シーンから「何だ、何だ??」の状態で、画面と音声からの情報を拾い集め、
必死にストーリーを追い続けた95分…。こちらは『破』のエンディングが焼きついた脳内神経回路のまま。
14年経ったのよって言われても…殆ど作中のシンちゃんと同じ状態に(笑)。
というわけで、出来ればもう一度観ようかなと。(こういう時に話せる仲間がいればいいのですが)

ストーリーは、その展開がいささか乱暴(不親切)に感じたわけですが、何よりシンちゃんの扱いが酷すぎる
ような…。みんなに冷たくされ、黒いレイちゃんに知らないと言われ、カヲル君にあれは君がやったんだと言
われ、ポジティブに槍を抜きにいったらカヲル君を失ったりと、破のエンディングからの落差は半端なもので
はありません。
感情移入されている役者さんの疲弊は推して知るべしですね。(緒方さん、本当にお疲れ様です)

自立歩行さえままならない状態の主人公の姿はEOEでのそれを彷彿とさせるもので、不吉な暗喩が頭を擡げ
てきました…。
『破』の最後に出てきた幾つかの予告編のシーンが出てこなかったのも、何かを意味しているんだろうか?
あれだけ引っ張ったMARK6(破で本当の神だと言われていたような気がするけど)の扱いも不自然だし、
なによりカヲル君の扱いもあれでいいのかと。

結局、庵野氏は終局に何を描こうとしているのでしょう?
確かに新劇エヴァは「変わらないといけない」ものとして着手され、『序』と『破』では人間的成長といった形
で『変化』が見られたと思います。それが、今回のQです。
『破』の後、同氏に何かの変化があったのだろうか? それとも、当初よりQ以降は庵野さんがフリーハンドで
物語を描かれる事になっていたとどこかの雑誌で読んだ記憶がありますが、Qと次の最終話こそが実は同氏が描
くつもりだった新劇エヴァそのものなのか?
そう考えると、最終話を迎えるにあたり不安が募ります。EOEに重なる主人公の落ち込み様に。
若しかすると、同氏は97年と同じことをやろうとしているのではないのかと。
(故に最終話はヱヴァンゲリヲンからエヴァンゲリオン戻すのか、とか)

それでもひとりのLRS人として希望を持ちたい。
ラストシーンでシンジ君の手からこぼれ落ちたSDATに視線を向けるレイちゃん。
メタフォリカルな描写に相違ないと。

calu

メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.11 )
日時: 2012/11/25 03:31
名前: ゴースト部員Y

あれから二度目を見に行った訳でもないのではありますが。

自分でも
> で、登山ゲンドウと冬月は?(笑)
と言及した破での予告なのですが、先日友人から「あの予告が破とQの間にあった出来事じゃね?」と聞かされて、「もしかしたらそういうことなのかもしれない」と思ったのでここに垂れ流しに。

勿論8号機の人相が違うとか転校生制服の綾波はどこへとか細かいツッコミは尽きないんですが、それはご都合的に「予告だし・・・」ですっ飛ばすとします。
あの後初号機が封印されて本部が廃棄されてNERV関係者が幽閉されて……はさもありなんという感じ。
ドグマに投下される6号機についてはQ劇中で(自律型として)投下されたと言及されている。

とかなんとか思うと、そう的外れでもない解釈じゃないかなぁと思っています。

#仮にそれが正しかったとして、メタ的に破の製作段階でそこまで意図していたのか、それとも破の段階では本当にあの話をQでやるつもりだったのかというところはまぁありますが・・・

#2 だとしても登山ゲンドウと冬月がなんだったのかの謎は解けない(笑)
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.12 )
日時: 2012/11/26 03:20
名前: みどりガメ

初めまして。
「破」を見て以来、皆様の素敵な作品を楽しませてもらっています。
まずはそのことにお礼を。
今回のQ公開、そして皆様の感想を見て、なんだか自分も映画を見た気持ちを形にしてみたくなったので、厚かましくもここへ書かせてもらいました。ひとつ、お付き合いいただければ嬉しい限りです。

今回Qを第一回目に鑑賞した時は、あまりの衝撃に、今まで私の中にあったヱヴァ観というものと折り合いを付きかねているうちに95分が過ぎて行ったという感じでした。
やはり、 14年という年月は曲者で、加えて破の“予告”というものも厄介な代物だったように思います。私もそのせいで初見では大きく出鼻をくじかれた感があります。
しかし、好意的な観方や14年という時間の経過をのみこんでの二度目の鑑賞ではジワジワとした面白さが広がるようで、最初は買う気も失せていたパンフレットも買ってしまいました。私個人としては面白いなと思える作品になってくれたと思います。

ののさんの仰っていたメタ的な視点を真似て改めて観ると、ヴンダー発進シーンは若いスタッフたちがベテランスタッフたちに叱咤されながらも今回の新劇場版を力を合わせて創っている姿が透けて見えてくるようで、何だか微笑ましさすら感じてしまいました。
若干狭いコクピットの中で新旧スタッフが奮闘するヴンダーはやはり、船出したばかりの制作会社カラーというわけなのでしょう。対して、ミサトたちメインスタッフが去り、「ネルフのエヴァはすべて倒さなくてはならない」というミサトのセリフ、ボロボロになりながらも過去の遺産を使って異形のエヴァを造り続けるネルフというものがなんなのかというと……さすがにこれ以上はあまりにも悪意ある解釈に過ぎるのでやめておきますが。

14年というギミックは確かに厄介ではありますが、なんとなく、キャラクターの位置のようなものを整理するための物なのかなとも思っています。破の公開時、トウジやケンスケは友達として健在だし、加持やマリはまだまだこれから、さすがに次回はアスカを活躍させなくてはまずかろう、おまけにカヲルや他のレイたちまで控えている。しかも、ここへきて新キャラのオンパレードとなると、とてもじゃないがキャラがだぶついて役割をちゃんと振れるんだろうかと要らない心配をしておりました。まあ、観る側の後付的な観方ではありますが、こうしてニアサードインパクトから14年とすること、また思い切って加持を登場させないことでQでのキャラの立ち位置みたいなものが個人的には分かりやすいものになったように思います。

カラーであるヴィレのトップ、ミサトを庵野さんとするなら、エヴァの呪縛、「14年の怒りと悲しみの累積」なんていささか、らしくないセリフを言うアスカ、マリ(彼女はまだちょっと、分からない面もまだありますが)は当時エヴァを見ていた14歳、かつてエヴァを見ていた人々ということなのかもしれません。とりあえず、私はそういう風に解釈いたしました。言葉をそのまま絵にかいてみたアダルトチルドレン? ということなのでしょうか(まあ、文字の意味とは全然違って、大人にならざるを得なかった子供たちということかな?)。
なんだかんだ言って結局はシンジ君を見捨てられないし、今更憎悪をぶつけるでもない。インタビューにあった様に、もう大人であり、プロなんだということなのでしょう。今回の映画を見ていて、感情移入をするのはシンジ君なんですが、アスカの登場するシーンでは、なんとなく彼女の位置で観ていたように思います。
そして、心も体も14歳で浦島太郎なシンジ君は今を生きる14歳であり、かつての14歳だった人々の心でもあるのでしょう。もしかしたら、庵野さん流のかつての子供たちへの贖罪の意味もあるのかも……というのは好意的に過ぎますか(個人的な意見としてEOEはすごい映画だが良くない映画であったという感情込みの意見です)。

もしかしたら、変則的には、ですがレイもシンジ君の位置に立っているのかもしれません。結局、序、破、Qと俯瞰的に見てみて、変わりたい、変われるかも知れない、でもやっぱりなかなか変わらない、という作劇の葛藤の中に(あくまで変則的にですが)彼女も組み込まれているように思われたので。他のキャラたちはすでに変化して、その過程がすっ飛ばされていますし。まあ、身びいきに過ぎないと言われればそうでしょうけれど。

いずれにせよ、結局は次を待つしかないのでしょうね。今現在の少年少女に言いたいこと、かつて言えなかったことを庵野さんがどう作品に込めるのか。なんか怖いですけど、楽しみでもあるかな、と今は思うようになっています。

なんだか身勝手な裏読みが先行してしまったので、Qそのものへの感想を。

やはり、どうも盛り上がりに欠ける点は否めないように思います。いわゆるエヴァっぽさも冒頭六分半ほどの部分が一番で、後の14年後というものも含め、ここのみを称賛する意見が出ても仕方ない……のかな? 後半につれて特撮的なエッセンスが分かり辛くなっているというという点もあるのかもしれません。
それから、精神世界の(いわゆるエヴァ電車的な)描写が全くなかったのも、分かりやすい形でエヴァ的なものの喪失として機能したのかもしれませんね。モノローグも少ないし。しかし、これについては、個人的には好ましいと思っています。TVの後半や特にEOEでは精神世界を多用することで、とにかく、自分のことを分かってくれ! 分かってくれさえすればいい、といういささか安直な(もちろん監督の必死の叫びとは理解しているんですが)展開になっていました。今回、精神世界を排することで、シンジ君は閉じこもることなく、とりあえず他者と会って話そうとする能動的な演出にベクトルが向き、下手は下手なりにあくまで物語に落とし込んで、なんとか語ろうとする姿には、初見時にも好感を持ちました。ようやくこうしてくれたか、という思いです。
それから、二度目観た感想だと、シンジとカヲル、シンジとレイといったドラマが、インパクトではなく細かくじっくりと描かれていて、その点も良かったかなと。まあ、それゆえ、辛く重たいのですけれど。
今回のカヲル君はシンジ君の喪失感を埋めるようにして、ふと横を向いたら現れている存在ではありません。心を閉ざして待っていれば向こうから来てくれるわけでもない。シンジ君は自分から彼に興味を持ち、会いに行く。そういう意味でも、パンフレットのインタビュー通り、彼らの関係は対等なんでしょう。
だからこそ、きっとシンジ君はこの悲しみを乗り越えて立ち上がれる。なんだかんだで、素直にシンジ君に頑張れ少年って言えるような映画でした。確かに、EOEほどのスペクタクルも衝撃も足りないのかもしれませんが、私としては最終的に自分の中では、ずっと好ましい映画になったかなと思います。辛いは辛いですけど。

あ、あと、これまで「破」ではカレカノ、「Q」ではナディアと過去の庵野監督のアニメ監督作品の楽曲が、遡るようにして劇中楽曲として使用されていました。破のラブコメ、Qの空中戦艦と各作品の内容とリンクする形の要素が出てきたので、次回はきっとヴンダーの七番ハッチが開いて「あの音楽」とともに腕組みした初号機(もちろん二人乗り)がせり出してくるはず……鷺巣氏の音楽じゃないことがネックだが……なんてしょうもない妄想までしてます。浦島太郎な感じも期待をあおります。ホント、次回が楽しみですね。

なんだか勢い込んでえらく長ったらしくなってしまいました。すみません。このへんでそろそろ失礼させていただきます。
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.13 )
日時: 2012/11/29 03:39
名前: tamb

 見てきた。

 上映が終わった時の館内の異常な静けさが印象的だった。普通はもう少しざわめきとか、
「あー」とも「おぉ」とも「うー」ともつかぬ溜息が聞こえるものだけれど。
 で、とりあえず面白かったかどうかというと、まあ半々というか、面白くもあり面白くもな
し、といった感じ。

 面白かったと思うのは、やっぱりそれがエヴァだから。これはもう仕方がない。そういう意
味では呪縛とも言える。
 面白くなかったと思うのは、いくらなんでもストーリーが把握できなかったから。本当に何
かを設定してるのか、と思うくらい。

 あらかじめ数々のネタバレに触れ予習した段階での予想としては、やっぱりこれはEOEの焼
き直しなのかな、と思ってた。いわゆる黒レイってのはヤシマ作戰以前あるいは三人目のレイ
と思えたし、服を着てよ、のシーンは押し倒しのシーンそのものに思えた。
 それはそうなのかもしれないし、違うかもしれない。でもそれはあまり重要ではないような
気もする。

 とりあえずレイのことを書こう。
 レイの肉体はユイのそれの複製であるということははっきりした(これはさして重大なこと
ではない)。クローン、あるいはサルベージという言葉は使われなかったと思う。アスカの言
うところの初期ロットというのは、ストレートに解釈すれば他のロットがあるということにな
るし、見ただけで「破」のレイとは異なることがわかるということになる。
 シンジが助けたはずのレイはどこに行ったのか。
 シリンダーの中にいたレイではないかという話があるけれど、仮にあれが現実のシーンだと
しても(私にはそうは思えなかったけれど)、ネルフにいるのでは筋が通らないと思う。
 S-DATと化した、という話もある。解釈としてはストレートだけれど、やはり厳しいと思う。
 だとすれば、助けられず消滅した、と解釈するしかない。
 これは二人目から三人目への移行に重なる。


 今日はもう時間もないし、他に思ったことをざっと。

 ミサトは「行きなさいシンジ君。誰かのためじゃない、あなた自身の願いのために」と叫ん
だ。その責任は取らねばなるまい。

 少なくともあのような兵器及び軍隊を運用できるだけの社会は成立している。従って人類は
滅亡などしていない。ニアサードインパクトというのはどの程度の被害だったのだろうか。

 碇くんがもう、エヴァに乗らなくてもいいようにする、とレイは言った。ある意味ではその
通りになったわけだ。

 いくらなんでも謎な単語が多すぎる。

 ファンネルみたいなのが出てた。衛星軌道上というか重力圏というか、つまり減速すると地
球に落下するという空間での戦闘もそうだし、ガンダム意識しすぎかもしれん。UCは良く出来
てる。上を行くのはなかなか難しいと思う。エヴァってそういう場所にはいないと思うし。

 エヴァだかヱヴァだかの呪縛で、アスカは少なくとも肉体的には年を取っていない。でも14
年という歳月は経過してる。かつてのミサトとほぼ同い年。シンジがガキなのは当たり前。

 加持はどうした。新キャラに「加持に聞いてたより面白い」というセリフがあったけど。

 前後の文脈的にユイと言ってるはずの部分のセリフがレイと聞こえた場所があった。解釈を
間違えたか。

 402の表札(というのか)を持ち込んでるのは何なのか。メガネあるいはS-DATのアナロジーか。

 というか、あの小屋は何だ?


 お初の方、超久しぶりの方、そこそこ久しぶりの方、いらっしゃいませ。
 各種レスや書き残したことなど、後日ちょっとづつ書いていきます。
 本日これにて。
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.14 )
日時: 2012/12/06 00:02
名前: Hoffnung

tambどの。

>というか、あの小屋は何だ?

答え:ガフの部屋ですってば。

でわっ(ピンポンダッシュ)。
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.15 )
日時: 2012/12/18 21:06
名前: tomo

 お久しぶりです。
 tomoです。
 今更ながら、Qをみてきました。

 すごいことになっているという情報通り、すごいことになっていましたね。
 私はこの新劇版をエヴァだとは思っていないので、そういうつもりで今回も視ていましたが・・・まあ、ちょっと情報不足すぎますよね。

 でも、私は当初始まったとき「おお! 異世界に飛んだか!?」 って期待したで、実は単に14年経っただけとしってがっかりしました(何)

 新劇版は、本職の人が二次創作作品を本気で作ったらこうなりますよというものだと思っています。そう考えると、破はすごいおもしろかったですね。エンターティメントしていて。
 Qはちょっとエンターティメント性が薄れた幹事がします。
 でも。
 私はアスカがとっても輝いていてすごくうれしかったです。
 前回、全然物語に関われないまま退場したアスカですが、今回はものすごく主人公(ヒロインではなく)をやっていたと思います。
 序ではシンジ、破ではレイ(とシンジ)、Qではアスカにそれぞれポイントが移っていてそういう意味ではすごく楽しかったです。
 ラスト、アスカがシンジをいったんは置き去りにしつつ、逡巡して連れ戻すシーンなんか本当にかわいくて抱きしめてあげたくなりましたw

 まあ、でも、やっぱり、私は新劇はエヴァだとは思えませんね。ただの二次創作作品だと思って、最後まで楽しむことにします。
メンテ
Re: ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/カラー・GAINAX ( No.16 )
日時: 2013/05/20 23:14
名前: みれあ

二人目のtambさんの書き込みにあった、
http://neweva.blog103.fc2.com/blog-entry-2313.html
このリンクのお話。

読んでの感想は「よく気付いたな・・・」という感じ。
あの予告とあのシーンがそれぞれ意味のあるシーンだったとするならば、リンク先のような解釈になるのは自然な解釈だと思います。

僕が劇場で見ていたときは、マリの言うレイの「オリジナル」が「もっと愛想があった」というのは、対ゼルエル吶喊時の会話あたりの
ことを指しているのかと思っていましたが、よく考えるとあのシーンは「愛想がある」という描写ではないよなぁとか。

そういうことを踏まえると、(破の時のQ予告が「空白の14年」を描いていたと仮定して)、「空白の14年」の間に、愛想のあるいわゆるリナレイな「オリジナル」とマリの遭遇があったと考えるのは自然なんじゃないでしょうか。


ただ、「愛想がある」が、所謂「リナレイ」的性格とイコールだという解釈には、個人的に名状しがたい違和感を覚えるところではあります。
リナレイは「あの」26話の印象的なキャラであって、つまり旧世紀版のある種gdgdで行き詰まった終盤をアイコン的に象徴する存在の
一つだと思っているので、(単なるレイの衣装バリエーション以上の意味を持って)ストーリーの重要部分に絡むところに
登場させるのだろうか、という感覚もあるんですよね。
序破の「旧エヴァとは変わったんだ!」からQで(話の筋は旧エヴァからぶっ飛んだけど本質的に)旧エヴァ的な位置に戻ってきたことを
考えると、それを踏まえてあえて、みたいな可能性もありますが多分これは深読みのしすぎ。


というとりとめのないお話でした。
メンテ

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