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piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。



メンテ

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Re: piece to Peace ( No.82 )
日時: 2016/07/03 19:54
名前: タン塩

いよいよ佳境!次回天堂編を刮目して待て!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.83 )
日時: 2017/05/13 18:17
名前: calu

タン塩さん

有難うございます。
天堂編、行きます!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.84 )
日時: 2017/05/13 18:19
名前: calu

         
      ■□■□ ■□■□



 凄まじい轟音に続いた地響きが司令室を大きく揺るがした。

「始まったな。ネーメズィスシリーズは露払いにもならんかったか」
「それも全て計算通りだ」
「それにしてもヴンダーの空対地攻撃は想定外だな。葛城大佐も地獄を見てきただけはある」
「………」
「それでも侵入者たちが第13号機に辿り着くことは無いがな」
「………」

 雷鳴が如く鳴り響く轟音の狭間で、警報がネルフ本部の空間を埋めている。
 第一層を縦横に駆け抜けるUN分隊員の足音が通路に降りそそぐ。セミオートで掃射される
銃声は間断無く其処彼処で炸裂音をあげている。
 悲鳴のようなブレーキ音にレイが振り返ると保安局員の制服を身に付けた青年がマウンテンバイクの上で
息を切らせていた。全力で漕いできたのだろう必死に息を整えると、思い出したように背にかけたSCARを手
に取り通路の前方を見遣った。今、レイが立哨しているその三叉路は第二層への入口でもある。第一層に
侵入した敵が最初に目指すポイントでもある。用心深く前方を確認したその青年はやや安堵の溜め息をついた。

「良かった。こっちは未だのようですね…」
「…あなたは?」
「あ、すすみません。保安二部の吾妻です。D区画から来たんですけど、敵がこちらに向かっているという情報
が入ったんで慌てて来ました。なんせ無線が使用できない――」

 鋭く鳴り響いた異音が会話を遮断した。緊急招集命令。胸に固定した端末を手に取り、レイはその画面に目を走らせた。

「…そう。なら後退するわ」
「はい。僕はここの隔壁を閉めてから行きます。敵を第二層よりも下に入れると厄介ですからね」
「解ったわ。それでは先に行くわ。でも、気をつけて」

 保安部員の青年は人懐っこい笑顔と敬礼でレイに応えた。



「これでヨシと」

 手動で隔壁を閉鎖する作業は想像していた以上に手強かった。
 幾つものロックを解除し、重いハンドルを回し隔壁本体を壁面から出すまでにそこそこ時間を要してしまった。
迫りくる敵の襲来に意識を通路の前方に持っていかれながらも、逃げ出したい気持ちと戦いながら何とか左右
からせり出した隔壁をあと少しで閉じるところまで作業は進めることができた。通路の奥にふたたび視線を送った。
よしよし未だ来てないぞ。間に合ったぞ。あとはピシャリと閉じてロックを掛ければ、マウンテンバイクに跨って下層に
一直線だ。そこで、リーダーに合流しよう。長門さんと一緒に。
 
 ?

 狭まる隔壁の間、ほんの20センチ程の隙間から覗き見ることができた通路の奥で、何かがチカリと光ったように
見えた。次の瞬間、青年の意識は霧散していた。二度と戻る事の出来ない漆黒の世界へと飛ばされていた。
ささやかなその想いと共に。



 緊急招集を受けたレイは、司令室でゲンドウから新たな命令として、Mark09での出撃命令を受けた後、更衣室へと
足を向けた。
 
「やあ」

 着替えを終えたレイが更衣室から出たところでプラグスーツ姿のカヲルが腕を組んで待っていた。レイの身体は
制服につつまれている。

「…あなたの言った通りだった」

 レイの視線の先で、どこか儚げな笑みを浮かべたカヲル。
 
「…第12使徒の解放と第13号機による殲滅。それで、リリスの復活への露払いは完了する。そして、その先、
鬼が出るか蛇が出るか…」
「………」
「………」
「レアセール。その先の世界に、あなたは行かないの?」
「この世界でシンジ君に二つの槍で世界を取り戻そうと誘ったのは僕だからね。僕にはシンジ君を見守る責任が
あるからね」
「…罠であっても」
「そう…間違いなく何かある。でも簡単には思い通りにはさせないよ。シンジ君の幸せを実現させる為にも、
僕はこの世界で全力を尽くすよ」
「………」
「そう、希望は残っているんだ…どんな時でもね」

 新たな非常サイレンが鳴り響く。第一種戦闘配備へのアナウンスが本部内を駆け巡る。

「…レイちゃん、これ」
「これは?」

 目を丸くしたレイにカヲルが差し出したのは、ショパン夜想曲の譜面。夜ごとカヲルがレイに弾いて
聴かせた夜想曲。そのカヲルの楽譜だった。

「これから先の世界で役に立つと思う。音楽にはそれだけの力があると思うからね」
「………」
「さあ時間が無い。急いだ方がいい」
「…うん……渚君」
「…また会える。きっと会えるよ。僕たちの時の輪の巡り合う、その世界でね」

 とろけそうな笑顔を浮かべたカヲルに、夜想曲の楽譜を両の手で胸に抱いたレイ。
伏せた顔をあげた次の瞬間、脱兎のごとく駆けだした。逡巡のかけらさえ見て取れない
決然とした表情で。走る。一直線に。エヴァ素体の廃棄場に向かって。


メンテ
Re: piece to Peace ( No.85 )
日時: 2017/05/25 23:15
名前: calu



            ▲▽▲▽   ▲▽▲▽  

 レイから放たれた消え入るような言葉、それでも至上の明確さを伴った最後通牒に、シンジは
続ける言葉を喪った。レイの言葉の端に一縷の望みをかけて積みあげたいささか楽観的な想い。
それは陽炎のように消失した。分かっていたことだった。あのときレイはシンジの問いに、はっきりと
『知らない』と言ったのだ。それでも、それでも、そんな筈ないよね、と言いたくなる程の疑問が
幾つもある。そして、なにより今シンジの腕の中にいるレイに感じる一体感――まるで、どこかで
繋がっているような――は、綾波レイその人以外に考えられないものだ。

「…いかり、くん」
「…綾波」

 顔を上げたレイの頬をぽろぽろと涙が零れる。

「…わたし、わたし――」

 遠雷にも似た轟音が広大な空間を揺るがした。地底の底で鳴動が、不吉にとぐろを巻いた。

「いけない。レアセールが閉じる」
「え?」

 涙を両の手でごしごし拭ったレイは、シンジを促すように傍らの鉄梯子に目を向けた。その梯子は
溝渠の底から通路へと伸びている。

「碇くん」
「…うん。で、でもいろいろと聞きたいことがあるんだ。それに何なんだよ、そのレアセールって―」
「碇くん。もう時間が無いわ。第13号機が完成する。だから、先ずは上に」
「…あ、うん」

 鉄梯子に手を掛け澱んだLCLから身体を引き揚げたところで、LCLに浮かぶ制服がシンジの視界
に入った。シンジはその小さな制服がレイのものではない事を直感で理解した。

「…綾波、あれって」
「…わたしの姉だったひとのモノ…彼女が最期に残した意識の残滓、よ」

 ややもするとLCLに濡れた手を鉄梯子から滑らせそうになるが、その都度シンジは意識を集中
させた。ときおり後から付いてくるレイに心配そうな目を向ける。先に登ったシンジがレイに手を伸ばすと、
レイはその白い手でしっかりとシンジの手を掴んだ。
 通路まで登り切ったところで、シンジは弾かれたようにシャツを脱ぐとレイに差し出した。

「?」
「…その、着てよ。濡れちゃってるし、気持ち悪いと思うけどさ」
「…そんなこと、無い」

 シンジのシャツはレイには少し大きかった。ひとつひとつボタンを几帳面にとめるレイ。

「…ありがと」
「いや、そのままだと、その、僕の方が困っちゃうからさ」
「?」
「い、いや、なんでもないんだ。それよりも、早く戻ろうよ。父さんたちも待ってると思うからさ」
「…わたしは…わたしは戻れないわ」
「…え、何でだよ? 第13号機が出撃するんだったら、綾波のエヴァも出動するんだろ? だったら
一緒に戻ろうよ」
「ここに来る前に、司令からは第13号機の警護、そしてもう一つの命令を受けたわ」
「だったら行こうよ。こないだカヲル君と約束したんだ。二つの槍で世界を元に戻すんだって。
だからさ、綾波にも手伝って欲しいんだ」
「…わたしは、碇くんと一緒に行けない、行けないの」
「…え? そ、それって何でさ? …それじゃあ一体何処に行くんだよ?」
「……」
「…さっき、綾波はさ、違うって言ったよね。…何が違うのか、僕には解らないんだけど、その、
それと関係があるのか?」
「……」
「…碇くん」
「……」
「…わたしは…違うの」
「……」
「…わたしは碇くんが探している綾波―」
「嘘だ」
「…碇、くん」
「…嘘だ嘘だ嘘だ。信じないよ、綾波! そんなの信じるなんて出来ないよ!」
「……」
「それじゃあ、何でヤシマ作戦の時のこと覚えてんだよ?」
「……」
「…や約束したよね? あの夜、一緒に生きていこうねって、さ」

 少し頷いたレイをシンジはふたたびその腕の中にしっかり抱きしめた。そして、その空色の髪に
顔を埋めた。

「…碇、くん」
「…やっぱり綾波。綾波だよ。確かにあの時、助け出していたんだよ(そうだ、この匂いも、間違いないんだ)」
「…碇くん、わたしは…14年前に碇くんが助けようとした『綾波レイ』ではないの…」
「だ、だから−」
「四人目、だから」
「!?」 
「……碇、くん」
「…え…そん、な…なんだよ、綾波。四人目って何なんだよ? 綾波が何言ってんだか全然解んないよっ!」
「14年前の戦いで碇くんが助け出した綾波レイは、まだ初号機の中にいるの」
「…そ、そんな初号機の中から僕がサルベージされた後は空っぽだったって、綾波はいなかったって、ミサトさんが」
「今でも、彼女はソコにいるわ。副司令が話したことは真実なの」
「…そ、そんな…それじゃあ君は一体」
「…アヤナミレイ……副司令が碇くんに話したオリジナルの複製のひとつ」
「……そ、そんなバカな…だったら何故、綾波の記憶が…」
「…わたしたちは造られたモノ。そして、生体の維持と成長を目的としないわたしたちのカラダはとても脆弱なの。
だから、体組成を維持する目的でLCLを介した身体の補修とメンテナンスを定期的に検診という形で受けて
いるの。…そして、それは碇くんの記憶の中にいる綾波レイも同じ。検診の度にあらゆる体組成のデータと
併せて、脳内の電気信号についてもバックアップが施され、綾波レイの記憶としてマギに蓄積されてきたの」
「…それで、その検診のときに君は綾波の記憶を!?」

 コクリと頷くレイ。でも…と蚊の鳴くような声で言葉を続ける。

「…記憶の複製は複製に過ぎないわ。碇くんと綾波レイとの出来事を『知っている』だけなの。…だから…」
「…そう、なのか…だから、君はあの戦いで僕が助けようとしたのを覚えていないんだ」
「…そう。…でも、わたしは今それ以前のことは『覚えている』わ。まるで自分自身のことのように」

 どうして? と縋るようなシンジの目の前に、レイは通路の上に落ちていた銀色のラップトップを拾い上げ
視線を落とす。

「…それは君が楽譜と一緒にここに残していた…そうだ、一緒にネルフネットに繋いだあのラップトップPCだ」

 それが、と続くシンジの言葉を遮るように、その銀色の筐体からゆっくりと顔を上げたレイ。淡い緋色の
眸にシンジが大写しになる。

「…碇くん」
「………」
「碇くんの記憶にいる綾波レイも、基本的にはわたしと同じオリジナルの複製。…でも、決定的に異なっている
点があるの。…彼女には魂が宿っている。でも……」
「………」

「わたしにとっては、コレが魂なの」



メンテ
Re: piece to Peace ( No.86 )
日時: 2017/09/24 16:22
名前: タン塩

目の前のレイは四人目!?真のレイは何処に?小さな制服は?
次回煉獄編を待て!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.87 )
日時: 2018/08/16 18:37
名前: calu

タン塩さん

有難うございます。
煉獄編、行きます!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.88 )
日時: 2018/08/16 18:40
名前: calu

      ■□■□ ■□■□



 鼓動のように鳴り響く警報。通路を駆け抜けるレイの靴音が反響している。ヴンダーの艦砲射撃に
よるものか、轟音に続く激震がレイから平衡感覚を奪った。

「!?」

 曲り角を駆け抜けようとして慌てて足を止めたレイ。通路の角に身を隠し注意深く様子を伺った
その先をアサルトライフルを手にした幾人もの戦闘員が足早に通過した。

(旧UN軍!?)

 別ルートから第二層に進入したとみられる旧UN軍だった。

(エヴァ建造現場への最短ルートを取っている……情報が漏れている?)

 踵を返したレイはその足を居住エリアに向けた。非常階段を使って一気に最深部まで下りようと
考えたからだ。万が一に備え、途中購買部に立ち寄ったが、第一種戦闘配置が発令されている状況下、
既に購買部全体が特殊合金の隔壁で覆われている。物資や武器をネルフ本部内の各部署に送るLCLシューター
がフル稼働する音、そして購買部職員達の怒号らしきものが隔壁越しに聞いてとれた。弾薬の調達を諦めた
レイは再び駆け出すや一気に階段を駆け下りた。
 最下層で少し息を整えた後、まるで鉄板のようなドアを慎重に開けたレイは通路の行き止まりにある廃棄場
への入口を確認した。素早い身のこなしで通路へ身体を踊りだしたその時、背後で無数の乾いた連射音が響いた。
銃撃の衝撃波をモロに受けフロアに倒れ臥すレイ。視界の隅で複数の戦闘員が散開したのが見て取れた。

(わたし、わたしはここで死ぬわけにはいかな―)

 後方通路を埋めた敵戦闘員。そのレーザーサイトが体勢を整えようとしたレイを捉えようとしたまさにその時、
非常階段の鋼鉄のドアが激しく開け放たれた。中から吐き出された人影が豹のようにレイに飛びかかるや、
次の瞬間レイの身体は大きく跳んでいた。

「!?」

 敵戦闘員の一斉掃射が床面を砕き、其処彼処に兆弾が跋扈した。ほとんど同じタイミングで開け放たれた
非常階段の入口から半身を乗り出した大男がSCARのフルオートで敵戦闘員に応射し、レイを片手で抱く戦闘員
の女は恐ろしく正確な射撃で勢いのままに前進した敵を次々に無力化していった。

「レイちゃん、大丈夫?」
「…あなたは」

 想定外の会敵に刹那怯んだ様子を見せた敵戦闘員だが、続々と到着した新手が通路の角から僅かな隙をついて
弾丸を送り込んでくる。それでも魁偉の戦闘員は弾幕を張りながらレイと女性戦闘員の前に立ち塞がるように
移動した。

「レアセールね。いくわよ」
「え?」
「あなたのガード引き受けたわ」

 レイを抱きながら暇なく応射する戦闘員の女は、先日病院で一人ピアノを奏でていた女性だった。魁偉の男
に目配し敵の前線により一層激しい弾幕を張らせると、レイの手を曳き廃棄場の入口に向かって駆け出した。


メンテ
Re: piece to Peace ( No.89 )
日時: 2018/08/18 11:46
名前: calu


            ▲▽▲▽   ▲▽▲▽  


「………え?」 

 ごうと地底から突き上げた鳴動が大地を揺るがした。

「…わたしたちはオリジナルの複製。そして、最初の複製に宿された魂は引き継がれていくの。この身体が
その体組成を維持限界の14年間を超えて崩壊したら、代わりの複製がその魂を受け継ぐの。碇くんが探
し求める綾波レイも一人目からそうして受け継いだわ。でも、彼女はその魂を宿したまま今なお初号機の中
にいる。…だから偽りの魂を人工的に造りだすしかなかったの。そして、マギで造られたその魂を複製の
生体に埋め込む鍵になるのがこのラップトップPC。そう、これの本来の役割は、鍵、なの」
「…か鍵?」
「…そう、鍵。でもその鍵が機能するのはこのPCを引き継いだ特定の複製にだけ。それ以外の複製には
機能しない。だからその魂を定着させることが出来るのもたったひとつの複製にだけ。…それでもゼーレは
第11使徒そして第12使徒戦に向けて複製を量産しようとしたわ。でも量産したなかで急速培養が成功した
のは三体のみだった。あとは廃棄されたわ」

 レイは哀しげな眼差しを広大な空間に広がる無数の廃棄場に向けた。

「そして、ゼーレの子供たちとして産み出された幼い彼女たちはパイロットとして従事することになった」
「……」
「…でも、彼女たちは偽りの魂さえ持たないただの複製。容れモノにさえなれなかったただの人形。だから、
何の思念も作り出せない彼女たちは生体維持のための最低限のA.T.フィールドさえ身に纏う事は出来なかった。
…その結果が体組織の崩壊。使徒との戦いの負荷に耐えられなくなって、幼い彼女たちの身体は崩壊したの。
造りモノでも魂を定着させた三人目を除いては」
「……」
「…でも、その三人目もサードインパクトを止める代償としてドグマに消えた。そう、消滅したの」
「…それじゃあ、さっきここで僕が見たのは」
「そう、容れモノにさえなれなかった三人の虚ろな意識体の残滓、そして三人目のトルパとが混ざり合ったもの。
彼女たちもまた培養チューブの中で綾波レイと碇くんとの関わり合いを、結果としてまるで自身の記憶として
埋め込まれることになった。…だから、碇くんを求めてきたのは必然だったの」
「…ご、ごめん。まだとてもじゃないけど、ちゃんと理解できそうにないよ…」

 …そう、と消え入るような声で顔を俯かせたレイは、でもこれが真実なの、と言葉を繋げた。

「…理解できないことも多いけど…だったらでもなんで、綾波はさ、貰いものの記憶にしか存在しない僕を助けたんだよ? 
自分を犠牲にしてまでさ。自分だって死んじゃうところだったじゃないか!?」

「…碇、くん」

 俯かせていた顔をシンジに向けたレイ。零れんばかりに涙をためた淡い深紅の眸の意味を、シンジは予見する。
 いまだ知りえない真実の存在を予見する。  

「…碇くんは、決して貰いものの世界の人ではなかったの…ずっと…ずっと一緒に過ごしてきたの」


メンテ
Re: piece to Peace ( No.90 )
日時: 2020/04/12 17:30
名前: calu

      ■□■□ ■□■□


「作戦発動まであと10分。レイはまだ来ていないのか?」

 冬月が誰に聞くとも無く呟いた。

「レイは必ず来る。Mark6による最後の命令を与えている」
「しかし、ヴィレの戦闘員が既に第三層に進入しているのだぞ」
「…問題無い。どれほど情報をもっていようが連中がここに辿り着くことは無い」

 不敵な笑みを微かに浮かべたカヲルを真っすぐに見据えるゲンドウ。
 その眸が緋色を一層深くしたように思えた。

「…まあ、そうだな」 

 冬月の言葉が天井に霧散した。



 ネルフ本部最深部。廃棄場ではいよいよ銃撃戦が激しさを増していた。
 入口を抜け廃棄場の奥に向かった二人を援護し扉の前で立ちはだかるように応戦していた魁偉の戦闘員は、
殺到する敵戦闘員に廃棄場内部への後退を余儀なくされた。入口から半身を出しSCARのフルオートで応射するも
多勢に無勢、どれほど弾幕を張ろうが、弾倉を取り替える僅かな隙を突かれ豪雨のごとき一斉掃射に晒された。
身を隠す出入口付近はフルメタルジャケット弾により扉は飛ばされ、壁面はズタズタに損壊された。
 休みなく銃弾を撃ち込みながらも、大男は襟元の無線機に声を張り上げた。

「こりゃ埒が明かねえな…急かして悪いが、ここももってあと5分てとこだからよ。焦らず急いでお願い出来っかな?
 なあ、長門三佐さんよお」

 了解と返そうとしたミキを無線越しに大きな炸裂音がつんざいた。二人の足元を異質な地響きが揺るがした。

「…高雄さん?……高雄さんっ!?」

 反射的に見返った入口の方角に湧き上がる噴煙を確認したミキは、刹那表情を沈ませたが直ぐに顔をあげると、
さ、行きましょ、と再びレイの手を引き駆け出した。

 どれほど走ったのだろうか。溝渠はとうに途絶えた先、更に奥へと進んだところで行き止まりになっていた。
 円錐型の小さな丘の向こうから淡い光が漏れている。

(…次元の結節点で現れるという…これが…)

 目前に広がったのは、人工的な地底湖。その水辺から鉄道の無限軌道にも似た小径が湖へと延びている。
 そしてその先、湖の中で何か淡白い光が点っているのが見てとれた。

「あった」
「…これが、レアセール」

 小径をLCLのさざ波が泡立つ水辺まで歩を進めた二人。
 乳白色のトビラにも似たものが水中で淡い光を発し波に揺れている。

「さあ、レイちゃん。すぐに敵がやって来るわ。行くのよ」
「…あなたは?」
「アレが消えるまでここを守るわ。連中を中に入れるわけにはいかないものね」
「…それはダメ。危険過ぎる。一緒に行った方がいいと思う」
「あは、レイちゃん、優しいんだ。…ありがと。でもね、あたし一人じゃ行けないんだ。相棒がいるの」

 ミキは切なげな表情で天を仰ぎ見た。

「その人ね、あたしにとってとても大切な人なの。ずっと一緒にいたいの。…レイちゃんには、この気持ち分かるよね?」
「……うん」
「…だから、あたしは行けないの」
「…でも。大勢の敵が押し寄せてくるわ」
「大丈夫。その相棒が必ず助けに来てくれるから。だから大丈夫。だから、あたしに構わずに行くのよ」
「…解ったわ――」

 逡巡の色を消せずにいたレイ。小径に足を向けようとしたまさにその時、鋭利な衝撃がミキを襲った。
 蹌踉めきながらも倒れ伏すのを必死に堪えるミキ。その左腕はみるみる朱に染まっていった。

「長門三佐!?」
「…っ…ダメ! 来ちゃダメ!」
 
 超遠距離からのスナイパーライフルによる銃撃。上腕部とはいえ着弾の衝撃はミキに深刻なダメージを与えた。
 間髪入れずにふたりを襲う第二の銃撃。初弾よりも照準が修正されたスナイパーライフルから秒速2035フィートで
送り込まれたNATOフルメタルジャケット弾。一直線にそこにいる華奢なふたりを貫くまさにその瞬間、空間がゆらりと歪んだ。
瞬時に拡散したネーブルの彩。何人たりとも蹂躙する事のできない最強のイージス。ふたりに着弾したかに見えた弾丸は、
夥しいエネルギーを放出し、そして蒸発した。

「…レイちゃん、あなた」

 辛うじて岩場の陰に身体を滑り込ませた二人。レイは胸を押さえ苦しげにあえいでいる。

「…え、A.T.フィールド。あ、あなたが?」
「……解らない…ただ撃たれる訳にはいかないと、思った。だから…」

 目の前のレイの消耗は激しく、胸を押さえ続けるレイの背に手をそっとあてた。

「レイちゃん、解ったわ。あまり喋らない方がいい」
「…見たく、ない」
「え?」
「…見たくないの。わたしのために皆が傷ついていくのを」
「…レイちゃん…」
「…わたしは…偽りの魂を持った複製品。ヒトではないの。そして…碇くんを絶望させるだけの存在。そんなわたしのために―」
「レイちゃん、違う! 絶対違う。カヲル君に聞いたことがあるわ。A.T.フィールドはヒトの心が造り出す壁だって。だけど多くは
他者への拒絶から自分の為に使うんだって。でもレイちゃんのは違う。他者を思いやる心が造り出す盾だもの。今のだって、そう」
「…長門三佐」
「…そして、それこそが、ヒトが持つ思いやり、なのよ。どこから見ても立派なヒトなの。レイちゃんは…」

 ミキはレイをギュッと抱きしめる。まるで寒さに凍える魂ごと包み込むように。そして、我が子に語りかけるように言葉を紡ぐ。

「…そんなレイちゃんがレアセールをくぐるって決めたんだもの。それは、誰かに取り戻して欲しいものがあるからだと思うの。
だったら行かなくちゃ。レイちゃんのその希望が叶う為なら、あたしはどんな役でも引き受けるわ」

 静かに抱擁を解いたミキは、愛おしげにレイの顔をながめた。

「…ここでお別れよ。あたしが連中を引きつけるから。その隙をついて行くのよ」
「…長門三佐」
「…いってらっしゃい」

 天使のような笑みを浮かべると、レイを振り切り岩場の上に踊り出た。
 アサルトライフルを手にした夥しい敵戦闘員は、唐突に姿を現したミキに一同ギョッとし動きを止めたが直ぐに散開した。
 様子を伺うように距離を詰め、レーザーサイトを光らせた。
 一人向き合う長門ミキ。左腕を真っ赤に染め、デザートイーグルを敵戦闘員に片腕で照準を合わせた。

 待たせたわね、とニコリと微笑んだ。


 激しい銃撃戦の音に続いて、凄まじい爆音が広大な空間に響きわたった。


メンテ
Re: piece to Peace ( No.91 )
日時: 2021/03/06 21:11
名前: あーん

エヴァすき
メンテ

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