Re: さらば初恋 ( No.1 ) |
- 日時: 2009/05/31 00:00
- 名前: D・T
- 【タイトル】さらば初恋
【記事番号】-2147482732 (2147483647) 【 日時 】05/09/28 21:54 【 発言者 】D・T
さらば初恋
「……ふぅ」レイは溜息をついた。
夜。月の光がサラサラと窓から差し込んでいる。レイは自室のベッドの上にうつ伏せて物思いに耽っていた。ブラウス一枚しか着ていないのはいつもの寝るときの格好だ。
(……碇くん)
半分眠りながらの頭でうつらうつらと考えるのは一人の少年のことだけ。 ここ最近のレイは、寝ても覚めてもその境目でも、シンジのことが頭から離れなかった。
……どうして?
シンジの控え目な笑顔。照れたときに見せるはにかみの表情。いつか部屋に来たときに見せた、ひどく慌てた顔。目覚めたときに流していた涙。痛みに耐える必死の形相。どれを思い返してみてもレイの心はゆらゆらと揺れた。
この気持ちは……何?
胸の奥をキュッと締め付けられるような切ない気持ち。上昇する体温。テンポを速める鼓動。
病気かもしれない。レイはそう思った。体が異常を訴えているのだと思った。だって、こんなにも胸が苦しいのだもの。
(明日、博士に相談してみよう)
そう結論付けて、レイは目を閉じた。
「なるほど」とリツコは言った。「大体の症状は把握したわ。そしてその異常の正体も」
レイはリツコの実験室にいた。朝目覚めてからシャワーを浴びて、二時間ほどぼんやりとしてから昨日の夜に考えていたことを思い出し、テクテクと歩いてネルフにやってきたのだ。学校は休んだ。
「……致命的な病気ですか?」とレイは尋ねた。恐怖やその他の感情は抱いていなかった。
「致命的と言えなくも無いわね。むしろ不治の病と言った所かしら」
そう言ってリツコはふいにひどく優しい表情をした。そこに浮かび上がった物は、あるいは母性と呼びうる物かもしれなかった。
「あなたはシンジ君に恋をしている」運命を伝える占い師のような口調でリツコは言った。
「恋?」とレイは繰り返した。本で読んだ覚えのある単語だった。
レイは恋について考えてみた。そんなことは今まで一度だって考えてみたことはなかった。
私が、碇くんに、恋をしている?
「レイ、あなたは幸せになっても良いのかもしれない」
恋について考えるレイをみてリツコは言った。リツコの表情は輝いて見えた。夜明け前に歌われる賛美歌のように神聖不可侵な、高潔な魂が宿ったように見えた。
「これをあなたにあげるわ」
レイはリツコが差し出したものを受け取った。それは黒革で作られた首輪だった。
「昔飼っていた子につけていたものなの。その子には少し大きめだったけれど、でもその首輪をはめてから何日かして、可愛いお婿さんを連れてきたわ。恋に効くお守りよ」そう言ってリツコは机の上に置いてある、三毛猫の形をした小さな置物をそっと撫でた。
レイは不思議そうな顔でリツコの顔と手の中の首輪を交互に見た。胸の奥が暖かかった。
「あ、ありがとう、ございます」とレイは言った。
リツコは優しく微笑んだ。
(2に続く)
「……博士」 「あら、レイ。どうしたの? シンジ君とはうまくいったの?」 「はい」
「……」
「ご覧の通り、全て滞りなく完了しました。碇くんは私の虜です」 「……レイ」 「はい?」 「その首輪は、持っているだけでよかったのに……」 「あっ……、そんなに強くひっぱらないで……、綾波ぃ」
ジャラジャラジャラジャラ鎖を鳴らして、碇シンジは泣いて請う。首が絞まって苦しい苦しい。泣けば泣くほど愉悦は深く、請えば請うほどいぢめてみたい。 さらばさらば私の初恋。これにてめでたし一件落着大嘘の巻。
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Re: さらば初恋 ( No.2 ) |
- 日時: 2009/05/31 00:00
- 名前: D・T
- 【タイトル】さらば初恋
【記事番号】-2147482732 (2147483647) 【 日時 】05/10/16 10:59 【 発言者 】D・T
さらば初恋
「……ふぅ」レイは溜息をついた。
夜。月の光がサラサラと窓から差し込んでいる。レイは自室のベッドの上にうつ伏せて物思いに耽っていた。ブラウス一枚しか着ていないのはいつもの寝るときの格好だ。
(……碇くん)
半分眠りながらの頭でうつらうつらと考えるのは一人の少年のことだけ。 ここ最近のレイは、寝ても覚めてもその境目でも、シンジのことが頭から離れなかった。
……どうして?
シンジの控え目な笑顔。照れたときに見せるはにかみの表情。いつか部屋に来たときに見せた、ひどく慌てた顔。目覚めたときに流していた涙。痛みに耐える必死の形相。どれを思い返してみてもレイの心はゆらゆらと揺れた。
この気持ちは……何?
胸の奥をキュッと締め付けられるような切ない気持ち。上昇する体温。テンポを速める鼓動。
病気かもしれない。レイはそう思った。体が異常を訴えているのだと思った。だって、こんなにも胸が苦しいのだもの。
(明日、博士に相談してみよう)
そう結論付けて、レイは目を閉じた。
「なるほど」とリツコは言った。「大体の症状は把握したわ。そしてその異常の正体も」
レイはリツコの実験室にいた。朝目覚めてからシャワーを浴びて、二時間ほどぼんやりとしてから昨日の夜に考えていたことを思い出し、テクテクと歩いてネルフにやってきたのだ。学校は休んだ。
「……致命的な病気ですか?」とレイは尋ねた。恐怖やその他の感情は抱いていなかった。
「致命的と言えなくも無いわね。むしろ不治の病と言った所かしら」
そう言ってリツコはふいにひどく優しい表情をした。そこに浮かび上がった物は、あるいは母性と呼びうる物かもしれなかった。
「あなたはシンジ君に恋をしている」運命を伝える占い師のような口調でリツコは言った。
「恋?」とレイは繰り返した。本で読んだ覚えのある単語だった。
レイは恋について考えてみた。そんなことは今まで一度だって考えてみたことはなかった。
私が、碇くんに、恋をしている?
「レイ、あなたは幸せになっても良いのかもしれない」
恋について考えるレイをみてリツコは言った。リツコの表情は輝いて見えた。夜明け前に歌われる賛美歌のように神聖不可侵な、高潔な魂が宿ったように見えた。
「これをあなたにあげるわ」
レイはリツコが差し出したものを受け取った。それは黒革で作られた首輪だった。
「昔飼っていた子につけていたものなの。その子には少し大きめだったけれど、でもその首輪をはめてから何日かして、可愛いお婿さんを連れてきたわ。恋に効くお守りよ」そう言ってリツコは机の上に置いてある、三毛猫の形をした小さな置物をそっと撫でた。
レイは不思議そうな顔でリツコの顔と手の中の首輪を交互に見た。胸の奥が暖かかった。
「あ、ありがとう、ございます」とレイは言った。
リツコは優しく微笑んだ。
朝。目が覚めたとき、体が重いことにレイは気付いた。ホンの少し考えて、あっさりと学校を休むことに決めた。そのまま二度寝に入る。
ベッドに寝転がりながら、枕元においてある首輪に触れる。昨日手に入れた艶やかな黒革は、ひんやりと冷たく心地よかった。それは恋の心地よさと同義だった。
体は重いのに、心は軽かった。それが恋なのだとレイは思った。
私は、碇くんに、恋をしている。
安らいだ気持ちでレイは目を閉じて、しばらく眠った。
しばらく眠って、レイはドアをノックする音で目覚めた。窓から差し込む光量で今の時刻が午後三時前後だと見当をつける。ドアはゴンゴンと鳴っている。ベッドから起き上がり、少し早足でドアにむかった。鍵のかかっていないドアを開ける。
「あ、寝てたんだ、ごめん、起こしちゃった?」
ドアの向こうにはシンジが立っていた。学校の制服姿。外は暑かったので、少し汗をかいている。
「……なに」 「あの、昨日と、今日……、休んだから、体の調子が悪いのかな、と思って」 「……そう」
会話が途切れる。カコーン、カコーンと地面にシャフトを打ち込む音が沈黙に響く。レイは寝起きの頭でフラフラしている。シンジは沈黙に押しつぶされそう。
「あの、えっと」
シンジは少し泣きそうになった。頭は静かに混乱を始める。暑さで朦朧としたところに二人きりでの沈黙。神経に緊張が走る。吸い込まれる、紅い瞳。
(綾波、沈黙、紅い眼、綾波、何か喋らなきゃ、でも何を話せば、シャツだけだ、綾波、パジャマ持ってないのかな、何を話せば、綾波、足、見るな、綾波、白い足、柔らかそう、見ちゃダメだ、綾波、見るな、ダメだ……)
レイの頭はここに来てやっと覚醒の兆しを見せる。あれ、碇くん。どうしてここにいるのだろう。とレイは思った。そしてすぐに思い出す。私を心配してくれたのね。暖かな気持ちが胸に広がっていった。
シンジはレイの目を見つめている。レイもシンジを見つめ返す。シンジの黒い瞳は何故か少し濡れている。男の子にしては長めの睫毛に微量の水分が付着して、淫靡で、倒錯的な輝きを与えていた。
(なに、この気持ち。碇君の目を見ていると、変な気持ちになる。例えるのなら、雨の降る夕方、高速道路の高架下に置かれた段ボール箱の中に震える子猫を見つけたときのような気持ち。赤木博士に見せれば引き取ってくれるかしら? いいえ、それはいけないわ。この子は私の手元に置いておきたい。私の所有物だと周囲に知らしめたい。私だけの、そう、私だけの碇君)
レイの脳裏に鮮烈なイメージが沸き起こった。シンジとレイは並んで立っている。二人ともお互いに微笑んで見詰め合っている。レイの手には鈍い輝きを放つ銀色の鎖。ジャラジャラと音が鳴る。その鎖は地面に垂れ、シンジの足元からグルグルと巻きついていって首もとに収まる。シンジの首にはあの革の首輪。艶やかな輝き。
「……少し、あがっていったら?」レイは言った。紅い瞳が妖しく輝いた。
「う、うん」とシンジは言った。断ることはできなかった。
ガチャン、とドアが閉まった。それは運命の扉が閉じる音と少し似ていた。
部屋の中は薄暗い。電力は供給されているが、電灯が切れている。レイは窓にかかっていたカーテンを引こうかと思ったが、やはりやめた。外の光は強すぎると思ったからだった。
「そこ、座ったら」とレイは言った。そことはベッドの上を指している。 「あ、うん」とシンジは言った。何も考え無いようにしてベッドの上に腰を下ろした。
レイは部屋の入り口に突っ立って、シンジを見た。暗い部屋の中で、自分が眠っていたベッドの上に座る少年を見た。見慣れない景色で、どうすれば良いのか少し途方に暮れる。
レイは踵を返し、キッチンに立った。紅茶を淹れてみようと思い立ったからだった。
棚を探って、いつから置いてあるのか分からない、紅茶の葉っぱが入った缶を取り出す。手で払って埃を落とす。やかんに水を溜め、ガスコンロの上に置く。 ガスコンロのスイッチを捻る。ガチンと音を立てる。火はつかない。ガスの元栓を開けていないからだった。ガチンガチン。だから、何度捻っても火はつかない。
シンジの手が伸びて、ガスの元栓を開け、スイッチを捻って火をつけた。レイは物凄くビックリして振り返った。
「あ、……ごめん」とシンジは言った。 「べつに……」とレイは言った。 「紅茶、飲むの?」とシンジは聞いた。 「……ええ」とレイは答えた。
シンジは、レイに気を使いながら紅茶を淹れる準備を進めた。レイは、シンジの作業を見て、紅茶を淹れる手順を久しぶりに目の当たりにした。 出来上がった紅茶は地獄のように熱く戦争のように苦い。氷を入れようと思ったが、冷蔵庫の中には何も入っていなかった。
レイはベッドの上に座り、冷ましながら飲むことにした。シンジはカップを持ったまま、部屋の入り口に突っ立ったままだ。シンジの位置からは、スラリと伸びた綾波レイの白い脚が見えていた。
「座ったら」とレイは言った。 「え、あ、うん」とシンジは思わず答えてしまった。
レイの横にシンジが座る。ベッドのスプリングがキシリと軋む。その音はシンジに、シーツの白と脚の白を意識させる。
シンジは白を見ないようにした。ベッドのシーツも、綾波レイの細い脚も、それらは危険な色だった。 見ないようにしたが、それは難しかった。その色は視線を引き付ける白だった。綾波レイの脚に思わず目をやり、そっと視線を外す。ベッドのシーツは淡く光っている。枕元に不吉な黒い染みを見つける。それはあの首輪だった。
「首輪?」とシンジは思わず呟いてしまった。
綾波レイは瞼を開ける。瞳が光る。
「赤木博士に、貰ったの」とレイは言った。
レイはシンジの方へ顔を向ける。シンジはレイの顔を見る。思わず黒い瞳に吸い寄せられる。
「……恋に、効くお守りだと言って」近い距離でレイが呟いた。吐息が耳にかかる近さだった。「私が、あなたに恋をしていると」
「え、え、あ、あ」シンジは暖かな息と言葉に驚いて、手に持っていたカップを落とす。
シンジは慌てて床に這い蹲った。カップは割れて、中身がこぼれている。 レイはシンジを見下ろしている。見下ろして、黒髪の間から覗く白いうなじに視線を固定する。白。
「ご、ごめん」とシンジは破片を集めながら謝った。 「……べつに」とレイは言って、シンジの後ろに立った。シンジの首に手を置いた。 「え?」シンジは驚いてレイを見上げた。
首に置いた手の反対側に、黒い首輪を持った綾波レイが見下ろしていた。
「な、なに?」とシンジは言った。しゃがんだ姿勢で、首だけを後ろに向けて見上げている。首を押さえられているので、立ち上がることは難しそうだった。
「細い首をしているのね」とレイは言った。右手でシンジの首を掴んでいる。左手には首輪を持って、チャラチャラと金具を鳴らしている。
見上げるシンジの目の前には、白い脚、シャツの裾、ウエスト、胸の盛り上がり、鎖骨のくぼみ、白い顔と紅い瞳が見えた。
「これだけ細ければ、この首輪も入るかしら」とレイは言ってみた。
シンジは耳を疑い、レイの左手にある不吉な黒を眺めた。
「どう思う?」とレイは命令した。 「どう、ってそんな……」シドロとモドロが二人がかりでシンジの口を動かした。
レイはシンジの首を掴んでいた手に力を込めた。シンジはギクリと体を硬くした。レイの手は冷たくて気持ちよいと思ってしまう。 シンジに迫る黒。シンジは緊張と心地よさに動けない。
「あ、あっ」とレイは声を出し始める。左手をシンジに近づけていく。「あ、あ、ああ」
首輪の黒とシンジの白が触れた。
「……ぁ」とレイは最後に呟くと、もう何も言わず、カチャカチャカチャカチャ大急ぎで首輪の金具を外し、シンジの首を絞めにかかった。焦りすぎて勢い余ってシンジにのしかかった。
シンジは床に押し付けられる。うつ伏せの背には、レイが馬乗りになってカチャカチャ言わせている。
「だめ、やめて!」とシンジは言った。
レイには何も聞こえない。既に首輪はシンジの喉を絞めている。そのままの勢いで首輪の金具をはめた。
「……あ」とレイは言った。自分の下でうつ伏せになっているシンジの背中が見えていた。
レイの脚は白。シンジのシャツも白。うなじも白。髪の毛と首輪だけが黒い。
「あっあっあっあっ」
腰の奥にどろりと濁った熱が生まれた。その色は絶対に黒だと思った。 ずるりずるりと、熱が背骨を這い上がってくる。ゆっくり確実に、お腹を通り、胸をかすめ、喉を焼き、脳髄に達した。
「……!」
声にならない悦びの声を上げて、レイは満面の笑みを浮かべた。その表情に浮かび上がった物を恋と呼ぶのなら、そうすれば良いだろう。
恋。これが恋。私が碇くんに恋をしている。
泣いているシンジの背に乗りながら、レイは静かに笑い続けた。
終わり。
「博士に報告するから、碇くん、これ」 「だ、駄目だよ。人に見せるなんて」 「付けなさい」 「あ……っ!」
「……博士」 「あら、レイ。どうしたの? シンジ君とはうまくいったの?」 「はい」
「……」
「ご覧の通り、全て滞りなく完了しました。碇くんは私の虜です」 「……レイ」 「はい?」 「その首輪は、持っているだけでよかったのに……」 「あっ……、そんなに強くひっぱらないで……、綾波ぃ」
ジャラジャラジャラジャラ鎖を鳴らして、碇シンジは泣いて請う。首が絞まって苦しい苦しい。泣けば泣くほど愉悦は深く、請えば請うほどいぢめてみたい。 さらばさらば私の初恋。これにてめでたし一件落着大嘘の巻。
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