追憶の味 |
- 日時: 2009/05/31 00:00
- 名前: クロミツ
- 【タイトル】追憶の味
【記事番号】-2147481968 (2147483647) 【 日時 】06/04/26 06:17 【 発言者 】クロミツ
NERV最上階にある司令室は、この組織の長である碇ゲンドウの私室でもある。 私室と呼ぶには広大過ぎるこの部屋の真ん中で、彼は今日もひとり、激務をこなしていた。
山のように積み重ねられたスケジュールは、一ミリの隙間もない。 人一倍体力のある彼だが、さすがにやや疲れを感じたのか、休息をいれようと席を立った。 一見すると机と椅子しか無い、だだっ広い部屋の片隅には、専用の給湯所が慎ましく設けられている。 ゲンドウはそこに立つと、水を注いだ銀のケトルをコンロに置いた。 充分に沸かしたケトルから吹笛が響く。彼は極上のアッサムの新芽を、沸騰した水の中に入れた。 腕時計を眺めて紅茶の葉が開く時間を待つ。頃合いを見計らって弱火にゆるめた。 たっぷりのミルクを加え、今度は沸騰しないよう火加減に気を配りながら煮立たせる。 火を止めて、蒸らすこと4分弱。これもきっちり時間を計ってから、特製のティーポットに紅茶を移し変えた。 トレイを手に自席に戻る。腰を落ち着けると、ポットから紅茶を注ぎ、砂糖を二さじ加えた。 愛用のミントンのティーカップから、乳白色の甘い香気が立ち昇る。芳しい香りを味わうようにひと口啜った。 かつて彼の妻が淹れてくれたあの味には、未だ及ばない。が、今のこの味を出せる者も、そうはいないだろう。 少なくとも、これほど美味しい紅茶を淹れることが出来るのは、NERV内ではゲンドウただ一人だ。 この思い出のミルクティーを傾けるひと時が、張り詰めた日常での、唯一のくつろぎ。 いまは傍に居ない彼の妻、碇ユイを身近に感じ取れる、かけがえの無い時間だった。
以前、どういう風の吹き回しか、彼は妻の好きだった紅茶を綾波レイに贈ってみたことがあった。 その後一緒に食事をした時、さり気なく話題を振ってみたが、レイは無表情に「飲んでません」と答えた。 彼は一言、「そうか」と呟いただけだった。それ以降、紅茶を贈ったことはない。 所詮、彼女は綾波レイであって、碇ユイではない。その程度の分別は持っていた。 ゆっくりとティーカップを傾けながら、あの妻の面影をサングラスの奥に映し、遠く甘い記憶に思いを馳せた。
****
追憶に浸ろうとしたゲンドウだが、部屋のドアが音も無く開いたのに気付き、カップを置いた。 姿をあらわした綾波レイが無言のまま近づいてくるのを見たゲンドウは、サングラスの下でわずかに片眉を上げた。 彼女が「失礼します」と断りもいれず部屋へ入ってきたことは、一度もない。 無表情な白い顔は普段と変らないが、まさか、気が動転しているのか・・・などと思考を巡らす。
「司令、ご相談があります。」
机の前で立ち止まったレイは、おもむろにそう切り出した。 彼女が相談などと言うのも初めてだ。ゲンドウは素早く腕時計に目を移した。数分なら割けないことはない。
「なんだ、言ってみろ。」 「先日、私の部屋に碇くんが来ました。」 「ふむ?それがどうした。」 「以前、司令に戴いた紅茶でもてなそうと試みたのですが、失敗に終りました。」
その言葉で気が変わったのか、ゲンドウは背もたれから身を起こすと、鼻の下で両手を組んだ。
「・・・聞こう。詳しく話せ。」
レイの話を要約すると、学校のプリントを届けにきたシンジを、彼女は部屋に招きいれた。ここまでは順調だった。 だが、紅茶の淹れ方が分からず、まごついているうちに、うっかり手を火傷してしまった。 結局、見かねたシンジが火傷の手当てから紅茶を入れるまで、全部やってくれたらしい。
「そうか・・・で、相談とは?」 「・・・今度は、成功させてみせます。」
普通に紅茶の淹れ方を教わるだけなら、何もわざわざ、彼に頼む必要はない。 だがゲンドウは、静かなレイの瞳の奥に、リベンジに燃える真紅の炎を見た。
「決意はあるようだな。」 「はい。」 「だが、私が指導する以上、完璧に仕上がるまで妥協は有り得ない。ついてくる覚悟があるか?」 「勿論です。」 「そうか・・・なら、容赦せん。」
不敵な笑みですっとサングラスを外し、机上のインターホンを押した。
「冬月か?これからしばらく訓練に入る。当分の間、誰もこの部屋に近づけるな。」 『なに馬鹿なことを言ってるんだ碇!?この忙しいときに・・・。』 「ユイのあの紅茶を再現させる。・・・私と、レイとでな。」 『・・・・・・分かった。定期的に食事は持っていかせる。他に必要なものがあれば、遠慮なく云ってくれ。』
通話を切ると、アルマーニの上着を脱ぎ棄て立ち上がった。
「特訓だ!レイ!」 「はい、司令。」
不眠不休の訓練は、それから三日三晩続いた。
****
「レイ・・・わずかの間に、よくぞここまで上達した。」 「恐れ入ります。」
目の下のくまをサングラスで隠したゲンドウは、それでも普段と変わらぬ声で、ねぎらいの言葉を掛けた。 レイも無表情な声色は変わらないが、その白い顔はどこかやつれていた。
「疲れているようだな。少し仮眠を取ったらどうだ?」 「結構です。帰宅してから早速作戦に移りたいと思います。」 「そうか・・・だが、ミスは許されんぞ。」 「承知しています。」
サングラスに隠れたゲンドウの瞳から視線を外さず、気丈に答えたレイに、彼は満足げに唇を歪めた。
「レイ、帰る前に冬月のところへ寄っていけ。必要なものは既に用意させてある。」 「了解しました。」 「急遽注文させたが、間に合って良かった。」 「司令・・・ありがとうございます。」
珍しく感謝の言葉を口にしたレイに、彼も微笑みを返した。 が、口元を歪めただけの不器用な笑みが、彼女にどう映ったかは分からない。
****
その日の夕方、レイから呼び出しを受けたシンジは、学校が終わるとまっすぐ彼女のマンションへと向かった。
(何の用だろう、綾波・・・。このところ学校にも来てなかったし・・・)
彼女から電話が来るなんて初めてだった。そもそも、シンジの携帯の番号を知ってたことすら驚きだ。 レイの部屋の前に立つと少し息を整えて、ノックをした。
「綾波、僕だけど。」 「・・・入って。」
無表情な声に促され扉を開けたシンジは、目の前の光景に絶句した。
濃紺の生地に純白のフリル、ぴらりと広がったスカートを縁どる水色のリボン、控えめに胸を飾るネクタイ。 頭のてっぺんのカチューシャからつま先の黒い靴まで、メイド姿で完全武装したレイが立っていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
固まったままのシンジに深々と頭を下げると、スカートの裾をつまみ、ゆっくりと顔を上げた。 広げたスカートから覗く素足のひざ頭と、小首をかしげ上目遣いで微笑んだ愛らしい笑みが、シンジの目に焼き付いた。
「お帰りなさいませ、御主人様。どうぞごゆっくり、お寛ぎ下さい。」
****
同じ頃、ゲンドウはNERV司令室で、一仕事終えた満足感を味わっていた。 手に持ったティーカップから漂う香気を嗅ぎながら、彼は、妻と初めて出遇ったときのことを思い出していた。 メイド喫茶がまだ、ごく限られた者だけが知る存在だった当時、学生だった彼女は、そこでアルバイトをしていた。 結婚した後も、帰りが遅くなったときなど、妻はメイド服に着替えて出迎えてくれることがあった。
『いまでもまだ、通用するかしら?』
やや照れくさそうにはにかんだ彼女の笑顔が、仕事の疲れを癒してくれた。 爽やかな薫りが、疲労の残る身体に甘く浸み込む。今日のこのミルクティーは、格別美味い。
(ユイ・・・・・・いつもより、君を身近に感じるよ・・・・・・)
思い出のメイド服に身を包んだままのゲンドウは、思い出の紅茶を味わいながら、いつまでも余韻に浸っていた。
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481967 (-2147481968) 【 日時 】06/04/26 06:18 【 発言者 】クロミツ
最近時間が無くてムシャクシャしていた。 メイド綾波が書ければ他はどうでも良かった。 でも、やっぱり書くんじゃなかったと後悔している。
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481966 (-2147481968) 【 日時 】06/04/26 12:16 【 発言者 】D・T
うわははは。 これはすごい(笑)。
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481965 (-2147481968) 【 日時 】06/04/27 01:36 【 発言者 】のの
ひゃっひゃっひゃ、なんだいきなりこれは、サイコーです(笑)
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481961 (-2147481968) 【 日時 】06/04/27 21:09 【 発言者 】あいだ
どうみてもメイド綾波です。ほんとうにあr(ry
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481960 (-2147481968) 【 日時 】06/04/27 22:20 【 発言者 】なお。
臭いの残りやすいミルクを入れたケトルでストレートティーなんて、とても作れたもんじゃないから、直接ミルクを入れる方法は、ケトルをミルクティ−専用にしているからこそできる芸当だろう。おいしそうなんで試してみたいんだけど、ケトルの代わりに小さめの片手鍋でもいけるかな?
特訓だ。特訓ですよ。ゲンちゃん直々にですよ。容赦なしですよ。特訓つけられてる間、メイド服姿のゲンちゃん見なきゃならないんですよ。そりゃ容赦なしですね。食事を運んできた職員なんて、いい被害者ですよ。
上司に恵まれなかったら、オーシンジ、オーシンジ(ちょっと違う)
しかも、それだけじゃないんだよな……
> 「お帰りなさいませ、御主人様。どうぞごゆっくり、お寛ぎ下さい。」
レイがこのセリフを言えたって事は、当然ゲンちゃんも同じセリフを言ったんだよな。この格好で……
うわー想像しちゃイカン。逃げなきゃダメだ……逃げなきゃダメだ……
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481958 (-2147481968) 【 日時 】06/04/28 13:56 【 発言者 】Cooper
この1週間ほどでたまりまくっていた仕事のストレスが、 最後の1行でキレイに消えました。 どうもありがとうございます。いいもの読ませていただきました(涙) メイド綾波も、いい!
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481957 (-2147481968) 【 日時 】06/04/28 19:52 【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
最近はメイド喫茶の逆バージョンみたいなのがあるらしい。つまり執事が迎えるわけ。「おかえりなさいませ、お嬢様」 で、一定の時間が経つと、「お嬢様、お出かけの時間でございます」なんだそうだ。商売としてはこっちの方が健全なような気がするわな。
しかしユイさん、メイド喫茶でバイトを(^^;)。
>思い出のメイド服に身を包んだままのゲンドウ
想像しないようにしたいと思います……(^^;)。
mailto:tamb○cube-web.net
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481946 (-2147481968) 【 日時 】06/05/01 21:30 【 発言者 】牙丸
最初の辺りは、ゲンドウの思い出のいい感じの話だと思いきや……
ラストで思いっきり笑っちゃったじゃないですか! 疲れていた中でのささやかな癒しになりました。 ありがとうございます。
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481943 (-2147481968) 【 日時 】06/05/03 22:06 【 発言者 】クロミツ
■ D・Tさん、ののさん
喜んでいただけましたでしょうか(笑)。 こーゆうストレートな感想がいちばん嬉しい。
■ あいださん
>どうみてもメイド綾波です。ほんとうにあr(ry > メイド服を着たゲンドウは、どうみてもただの変態オヤジです。ほんとうにあr(ry
■ なお。さん
今回のミルクティーはロイヤルミルクティー、いわゆるチャイですが、普通は片手鍋で作るみたいですよ。 銀のケトルにしたのは、単純に絵的にさまになるかと思ったからです。 作り方の参考にしたサイトをみると(http://www.verygoodtea.com/recipe2.html)、低温殺菌のミルクを 使うと牛乳臭くなく、味も良いそうです。
> レイがこのセリフを言えたって事は、当然ゲンちゃんも同じセリフを言ったんだよな。この格好で…… > うわー想像しちゃイカン。逃げなきゃダメだ……逃げなきゃダメだ…… > 観念してゲンちゃんに萌えてください(N2爆)。
■ Cooperさん
> どうもありがとうございます。いいもの読ませていただきました(涙) > とんでもございません。感涙されるほどのモノ、つーか、ロクな話では・・・^^;)。 いや、こちらこそ、ありがとうございます。
■ tambさん
> 最近はメイド喫茶の逆バージョンみたいなのがあるらしい。つまり執事が迎えるわけ。 > へぇ〜、そんなものがあるのですか。さすが事情通(何の?)のtambさん。 でも、もし執事カフェでシンジくんが働いたとした場合、
「お嬢様がた、あの・・・そろそろ、お出かけの時間でございますが・・・。」 「ん・・・なによぉ、まだ早いわよ。」 「そうね。あと30分ほど、寛いでいたいわ。」 「・・・5時間も粘ってれば、十分だと思うけど・・・。」 「あん?アンタ、せっかく足を運んでやってるアタシたちに、さっさと出てけ、って言いたいわけ?」 「い、いや、そういう意味じゃありませんが、ほら、夜も遅いし・・・。」 「碇くん・・・私が居ると、迷惑?」 「ちがっ・・・いっ、いえ!でもあの、もうすぐ閉店のお時間ですので・・・。」 「バッカねぇ〜。だからこーして待ってやってんじゃん。」 「碇くんを残して、帰れないわ。」 「・・・・・・やれやれ、毎日来てくれるのは嬉しいけど、今日もこの二人にかかりっきりだよ・・・・・・。」
なんて図が浮かびました。 むろん、この二人はシンジが他の女の子を担当しないように見張りに来てるのです。
■ 牙丸さん
>疲れていた中でのささやかな癒しになりました。 > 綾幸初、癒し系ゲンドウ!
【タイトル】Re: 追憶の味 【記事番号】-2147481934 (-2147481968) 【 日時 】06/05/05 20:04 【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
この手のネタは全部新聞なんです(爆)。これはたぶん朝日新聞です(笑)。
mailto:tamb○cube-web.net
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