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Waiting For You
日時: 2009/05/31 00:00
名前: のの

【タイトル】Waiting For You
【記事番号】-2147481385 (2147483647)
【 日時 】06/12/25 23:28
【 発言者 】のの

 部屋に入って窓を開け、するりと風は通り抜ける。

 彼からの電話を受けて、窓を開けて待ってみる。馬鹿らしくなって閉じてしまう。

 そんなことを思っていた。


Waiting For You


 口から心臓が飛び出しそうなくらい緊張したのはいつ以来だろう。最近あまりないことだった。ゆっくり鍵をまわした。ばちん、という音。泥棒みたいにその音を気にして、安堵のため息をついた。

 抜いた鍵を財布にしまう。慣れてるはずのドアの重さも、いつもよりちがう感じがした。軽いのか、重いのか。たぶん、両方。

 開ける。真っ暗。当たり前だから驚かないけど、さすがに照れる。

「おじゃまします」

 ゆっくり足を踏み入れ、部屋をのぞく。黒いキャップとオールスターを同時に脱いで、部屋の電気をつける。蒸し暑いので冷房を入れると、ベッドの上で反り返って寝ている先客がわたしに気づいた。

「ンナーァ」

 わたしのこともすっかり慣れて、反応はそれだけで終わった。あとは両足をぐーっと伸ばして、再び眼を閉じた。その落ち着きを羨ましく思ってしまう。

「お前はずっとここにいるんだね」

 大学の勉強道具が入ったカバンを部屋の隅に置いて、冷蔵庫のお茶を飲む。エアコンの効きはじめた部屋に座る。

 落ち着かない。

 思わず財布の鍵を取り出してみた。当たり前だけど、夢じゃない。そんな大げさではないかもしれないけど、誰かと暮らしたことのないわたしにとって、この現状は異常事態とも言うべきことだった。

「ラクでいいね」

 彼の同居人に声をかけた。答えがないどころか、耳を動かすこともない。なついてくれてるけど、どうも暑さにとても弱いらしく、ずっと冷凍サバみたいな格好で寝ている。

 彼は夕方に帰ってくるので、それまで特別することがない。晩ご飯はそれから考えればいい。
 テレビをつけてザッピングしてみる。ドラマの再放送でリモコンを動かす手を止めて、コマーシャルが入るまで見ていた。

 やっぱり落ち着かない。

 この部屋はわたしの家じゃない。でも、わたししかいない。それが許されているという意味が、よくわからない。

 と、わたしと同じく赤い眼をした友人に言うと、彼はおおげさな身振りで驚いた。

『なにを言っているのやら!僕には君の言っていることこそよくわからないね』

『どういう意味?』

『教えない』

『意地悪ね』

『いやあ、なにしろ乙女の自覚というやつを見ているのは、リリンとして、というか男として面白いもんだ。まあ、そんな相談は同性にしたほうがいいんじゃないかい?』

『そうだけど……』

 恥ずかしくて言えない、そんなこと。彼から鍵をもらったことで、なにがどうなるのかなんて。

 テレビを消して立ち上がる。全然落ち着きのない自分に苦笑いを浮かべ、ようやくすこし落ち着いたかな、と思った。けれど、その嘘くさい落ち着きは一瞬で消えた。電話が鳴ったからだった。

 どうしよう、彼からかもしれない。出たほうがいいのか。

 でも、全然関係ない電話の確率の方が高い。それでも居留守を使ってしまうというのは、わたしがいる意味がない気がして、ちょっと癪だった。

 ぶつ、という音がした。留守番電話に切り替わる音だ。その瞬間に電話をとった。


「い……碇、です…………」


 上ずった。大失敗。


『もしもし、碇さんのお宅でしょうか?』

「はい……」

『私、ウトキテ株式会社第二東京本社の浦部と申しますが、ご本人様でしょうか?』

「いえ……夕方には……」

『左様でございますか、それではもう一度お電話させていただきますので、よろしくお伝えください。失礼いたしました』


 受話器を置く。心拍数は三桁を遥か後方に置き去りにして、頭の中身はサンダーバードでオゾン層を突破してしまった。

(セールスの電話で良かった……)

 しばらく自粛しよう。これで、もしも――それこそ葛城さんからだったりしたら、一生笑いのタネにされかねない。
 ベッドに倒れこんで、彼の匂いのする枕を抱えた。
 いつか電話に出るのも慣れるんだろうか。
 彼をここで待つのも当たり前になって、一人だと近づくのもはばかられる窓に顔を近づけて、秋には紅葉を、冬には雪を眺めてたりする自分なんて、とても想像がつかない。

 とにかく、電話はやめよう。もしくはしばらく「もしもし」だけにしておこう。

 たぶん、冬には慣れている。そのことに期待しよう。

 料理ももっとうまくなろう。彼を迎えるときに、おいしいごはんを用意したい。

 わたしは「家庭の味」を知らないけれど、それを彼と作っていけたらいい。

 その味がわかりはじめるのは、いつだろう。

 わかりかけてきた家庭の味を、ちゃんと自分のものにするために、ベッドの毛布を足にかけ、料理の本をめくる。

 夜更けすぎに雪へと変わった窓の外の景色を眺める。

 冬ごろには、そんな日常をすごせたらな、と思った。

 でも、そんな理想はひとまずおいておこう。わたしには、どんな振る舞いが良いかどうかもわからない。

 いま考えるべきなのは、一番身近な問題。そうやって、順番に進めていこう。まずは――


 彼が帰ってきたとき、どんな仕草で待っていようかな……。


【タイトル】Re: Waiting For You
【記事番号】-2147481384 (-2147481385)
【 日時 】06/12/25 23:32
【 発言者 】のの

tamaさんの絵『You'd Be So Nice to Come Home To』を見て書いたSSです。

あの絵より前の話で、こんなふうになれたらいい、と思ってるレイ。
最初は絵の通り、雪が降ってて、彼を待っていて、という話を書いたんですが、
どうもしっくりこないので、最初のイメージを優先させました。
「碇です」って名乗るのに照れる、というシーンだけ書きたかったと、素直に
言ったほうがいいかもしれないけど(爆)


【タイトル】Re: Waiting For You
【記事番号】-2147481383 (-2147481385)
【 日時 】06/12/26 03:12
【 発言者 】aba-m.a-kkv

さすがののさん、素晴らしいSSです。
わくわく、とか、どきどき、とは違う、レイの初々しさを見つめて、心がくるくる鳴く感じがしました。
(なんかすごく意味分からなくて恥ずかしい表現ですが(笑))

tamaさんの絵を時間軸上の向こうに据えて、素晴らしく表現しているのが凄いです。
こういう風なリンクの仕方があるのかと、驚きました。
絵の中の膝の上で丸くなる猫との触れあいの密度も、時を巻き戻したような表現で。
シンジを待つレイのそわそわした感じとか、その想いとか、すごく良いです。
特に、「い……碇、です…………」の部分は、もう机に突っ伏してしまいました(笑)

このストーリーが時を経て、シンジの家でtamaさんが描いたようなシーンに繋がっていく。
最後のモノローグで緻密にtamaさんの絵を追っているのも、絵を引き立てていますし、
そんなレイの希望がなんとも幸せで、嬉しくて、この物語と絵との繋がりを心地よく暖かく感じさせてもらいました。

素敵なSSを見せてくださってありがとうございます。


【タイトル】Re: Waiting For You
【記事番号】-2147481375 (-2147481385)
【 日時 】06/12/26 21:05
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>

 ショートショートの見本のような作品。ポイントを彼の部屋に入ることとそれに付随した電話に出ることの緊張感に絞り、そして時間軸を絵よりも前に設定したことが成功のポイントと思われる。皆さんも参考にするように。時間軸をずらすのは、そうそう思いつかないと思うけど。ポイントは絞る。描写は過不足なく。

 前世紀の話。詳しいいきさつは忘れたけど、当時付き合っていた彼女を部屋で待たせたことがあった。連絡を取る必要があって、部屋に電話をした。確か十回くらい鳴らして一回切って、やっぱり出ないよなと思いながらもう一回コールしたら、三回くらいで出た。「はい。tambです」すごく硬い声でハッキリと、でも少し照れ笑いみたいな感じで。今にして思えば、あれは萌えだったんだろうと思う。当時はそんな言葉はなかったか、あっても知らなかったけど。

 サードインパクトを乗り越えたレイなら、この作品のように上ずった感じで出てくれるかなと思う。アスカならもっと屈託なく「はいはーい」って出るかなと思って、そういうのを書いたこともある。電話をするのはモロに「私」なのがあれなんだけど(『Running On Empty』 宣伝)。
 ただ、今こういう話を書こうとした場合、携帯の存在をどう考えるかが難しくなる。シンジがレイに用事がある場合なら携帯を鳴らすだろうし、シンジの友人がシンジに用があった場合でもそう。この話の場合、

> わたしがいる意味がない気がして

 レイのこういう気持ちを出したのは上手い。


> 「ンナーァ」

 しつこくわんこを主張(笑)。

mailto:tamb○cube-web.net

メンテ

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