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『You'd be so nice to come home to』
日時: 2009/05/31 00:00
名前: aba-m.a-kkv

【タイトル】『You'd be so nice to come home to』
【記事番号】-2147481386 (2147483647)
【 日時 】06/12/26 03:40
【 発言者 】aba-m.a-kkv

You'd be so nice to come home to……

You'd be all that I could desire……

You'd be so nice, you'd be paradise to come home to and love……


『You'd be so nice to come home to』  aba-m.a-kkv


眼球の奥を流れる血液が溢れ出したかのような、そんな赤が、瞼を開いた視界いっぱいに広がっていた。

それは、まるであの時のような赤。

足元は血が象徴する命が溶け込んだ赤い海。

でもその海は、その上に立ち自重を支える足を飲み込むことはせず、微かな窪みを作って僕の存在を水面へと立たせていた。

海面に漣はなく、水準器のように平面な大海原が眼前の水平線の彼方まで広がっている。

空気に澱みはなく、風になるまで強くない流動が、常に新しい空気を鼻腔に送り込んでいた。

でも、その空気はあの最後の場所のように血の臭いはしなかった。

空間には静寂が満ち、あるいは音を飲み込んでしまうんじゃないかとも思えるものが満ちている。

それは、ただただ静かで、思考の海に沈む道標にぴったりなものでもあった。

海の色を映す空は雲ひとつなく見事に開け、絆の象徴であるかのように真ん円の真っ白な月が微笑むように輝いている。

そんな下で、僕は歩き出した。

瞼を開いた先が、こんな光景だったにもかかわらず、何故だか混乱することも恐怖に沈むこともない。

あの赤い世界に堕ちこんだ時には恐怖と諦観、惑いと絶望が喉の奥に上ったというのに。

胸に手を当てる。

一定の刻で鼓動する心音に、自分の冷静さが読み取れた。

ここは、あの赤い世界の風景にだけは似てる、でも、本質は違う。

そんな風に感じて、僕は赤い海を歩き出した。

一歩一歩進むたびに、足元の赤い海が小さな波紋を広げる。

でも、それは永遠に広がっていくことはなく、海が波紋を拒絶するように小さな範囲で消えていった。

そんな海の上、何もない海の上を、真っ直ぐに前を見つめて、僕は歩いていく。

嘘のように穏やかな心は、まるでこの歩みを散歩と思ってるような足取りを伝えていた。

そんな風に幾許かの時を歩き進んで、その間を赤い世界を眺めることに費やして、そしてふと足を止める。

世界を見回す。

そして、言葉が零れた。


「ここには、何もない、家すら、ここにはない」


言葉が空間を震わしていくが、それは幾許もしないで落ち着いていった。

足先を前方とする世界からくるっと後ろを向いて、道なき海をいままで歩き進んできた世界に視線を向けた。

そこは赤に二分された何もない世界。

それをスクリーンにして、過去の道がふと視界に流れ出していく。

佇んだまま、瞼を瞑る。


この道に、僕はいろいろな世界を歩き、走ってきた。

時には逃げ、時には駆けて。

前者の方がほとんどだった気もするけれど。

でも、いろいろな世界を越え、いろいろな世界を過ぎてきた。

記憶にとどまらない幼いころの世界。

灰色に満ちた意味を成さない長い世界。

そして、小さくもすべてが凝集され、すべてが仕組まれた世界。

時に残酷に、時に凄惨に、時に無慈悲に、その手に銃を、剣を、無力を握り締めて。

様々な問いが生を掠め、それに答えを付すことを求められてきた。

何を求めるのか、何を望むのか、と。

今は思う。

あの時の自分の行動、あの時までの自分の生き方、それを還元できるところまで突き詰めたところにある目的。

それは、自分の返る場所、自分の家を探すこと、見つけること、掴むことだった。

でも、それを掴むことは最後の最後までできなかった。

いくつもの手がかりを与えられていたのもかかわらず。

それが出来なかった理由を、今僕は知っている。

それは、帰る場所を独りで見つけようとしていたからだった。

帰る場所、家という場所を、人を恐れるが故に、他人を傷つけ他人から傷つけられることを恐れた故に、独りで見つけようとし、それを見失っていた。

帰る場所、家というものは、独りでは見つけることも、掴むことも出来ないのに。

帰るということ自体、誰かが居なければ、待っていてくれる人が居なければ存在し得ないものなのに。

そして、見つけられぬまま、この場所に似た赤い海に居た。


一つ息を吸い込んで、瞼を開ける。

そこには、あの時のような赤い海に覆われた世界の光景が映りこんでくる。

あの時のそれは、先のない道が繋がる扉の前のようなもの。

扉の繋がる先がなければ、それを知らなければ、扉を開くことは出来ない。

でも、僕は知っていたんだ。

本当は帰ってきたことがあった。

この赤い世界を迎える前に。

帰る場所に、家という場所に、帰ってきたことがあった。

「帰ってきて」その言葉に導かれて。


「その言葉で、僕は、あの赤い海からも家へと帰ることが出来たんだったな……」


空を見上げる、燦燦と柔らかく輝く月を見つめる。

自然と微笑が漏れた。


家という場所は帰るための場所。

帰るためには家という場所が必要だということ。

そして、家という存在は、そして、帰るということは、とても素敵なこと。

帰ることを知ったとき、帰ることの出来る存在を見て“よかった”と思った心は奥底から安心したものだった。

それは、そんな言葉にしか表せない、深く大きな想い。

それを、あの赤い世界の上で思い出した。

そして、言葉があった。

だから、帰る場所を求め、家という存在を求め、そこに帰った。

帰ることが出来た。

それは、素敵なことで、冬の凍てつく星の下でも暖かく、燃えるような八月の月の下でも心地よい楽園のようなところだったから。


身体の中心で、求める心が鼓動し始める。

昔に感じた、昔に募った想いが新たにされて、さらに愛しさが増し加わった。

そして、世界がリンクする。

帰る場所へと。


「ここには何もない、ここには家がない。

 だから、そろそろ帰ろう。

 あの時のように、彼女が「帰ってきて」って言ってるから」


苦笑いを浮かべながら、赤い世界の上で瞼を閉じる。

柔らかい白い月光に包まれて、耳に伝わるもの。

それを抱いて、一歩前へ足を進める。

それからゆっくり瞼を開く。


「……んっ」


頬を流れる空気も、お揃いの緑色の毛布に包まれた身体も、心地いい熱を持っている。

耳に伝わる雰囲気は静かだけれど、音のない世界じゃない。

ぬくもりとやさしさが満ちる世界。

そして、見つめた先に、漆黒の瞳に映るのは、愛しい人の姿。

かけがえのない帰ること出来る場所、素敵な家、僕の楽園。

その紅い眸が優しく見つめていた。


「おかえりなさい」


凛とした声が、うれしそうにそう言った。

帰ってきたものを迎える言葉を。

そして、その言葉が、ただの夢から覚めたわけじゃなく、僕の苦笑いが的を射ていたことを教えてくれた。

横になっていた身体を起こして、頭の後ろに手を当てて笑みを浮かべる。

首元まで掛けてくれていた緑の毛布が滑り落ちた。


「……レイ、いたずらしたね」


その言葉に彼女は答えを返さない、驚いた様子も悪びれる様子もまったく見せないで。

ただ、肯定の答えに代わるすごく嬉しそうな微笑を浮かべて。

「貴方の想いが聞きたかったから」そんな風に僕を見つめて。

そんな笑顔が僕の心を暖めてくれる。

「おかえりなさい」そういってくれた言葉も重なって。

だから、僕は彼女に微笑み返して想いを紡ぐ。

家に帰るたびに、帰ることが出来るたびに、想う心を言葉に換えて歌うように。


「君の居る家に帰るって素敵なことだね……

 君の居る家に帰って、君を愛せるなんて素敵なことだね……

 君は僕の全てで、僕の楽園だから……」


その言葉に、彼女は窓の外へと目を逸らして、微笑みながら頬を染めた。


tamaさんの絵『You'd Be So Nice to Come Home To』を見て、ののさんのSSに背中を押されて書いたSSです。
赤い海の世界に頼りすぎなのは私の悪いところですが、『You'd Be So Nice to Come Home To』原詩の背景の戦場に相当する部分だと、
やっぱり赤い海かな、って感じで。
レイの表情と絵のタイトルから、私はこんな風なストーリーを想像してみました。

加えて
ののさん、素敵なSSをありがとうございます。
tamaさん、素敵な絵をありがとうございます。


【タイトル】Re: 『You'd be so nice to come home to』
【記事番号】-2147481377 (-2147481386)
【 日時 】06/12/26 14:38
【 発言者 】のの

グッジョブっす!
綾幸内で韋駄天サイドハーフの座に君臨しているのは伊達ではないですな!!(意味不明)

僕の「Witingu For You」
→『You'd be so nice to come home to』(絵)
→『You'd be so nice to come home to』(SS)
という具合に連なって読める気がします。

aba-m.a-kkvの言葉選びはキラキラしている点が魅力ですね。
満天の星という感じです。それはもう僕には持っていないものなので羨ましくもあり、
発奮させられるものでもあります。
すこし生臭い感じがする(気がする)僕の文章とaba-m.a-kkvさんのきれいな文章。
それをつないでいるのは不動のトップ下tamaさんでございますよ。
本当に感謝です。


【タイトル】Re: 『You'd be so nice to come home to』
【記事番号】-2147481376 (-2147481386)
【 日時 】06/12/26 21:06
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>

 あの絵からの連想で赤い海を持ってこれるところが実にaba-m.a-kkvさん、と思ったら後書きにも書いてありました(笑)。十分に個性ではあります。強引さは感じないので、悪いところってこともないでしょう。

 正直あんまり気にしてなかったんだけど、『You'd Be So Nice to Come Home To』というのは男の方の視点で「あなたの待っている家に帰りたい」ということなんだと聞いたことがある。戦場から。戦場から生きて帰還するには、身辺整理などしないで、思い残すことを作っておくべきだという話がある。例えば借金を残しておくとか、部屋を片付けないとか。好きな女の子を残すのもそうだと思う。ここまで考えると、あの絵にこのタイトルを付けたtamaさんのセンスと、そこから赤い海を引き出したaba-m.a-kkvさんのセンスは驚くに値する。こりゃすごい。


 しかしレイもこういう技を持っていると、この二人、夫婦になっても倦怠期などとは無縁であろう(爆)。

 マジですいません(^^;)。

mailto:tamb○cube-web.net

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