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Drive my Car
日時: 2009/05/31 00:00
名前: のの

【タイトル】Drive my Car
【記事番号】-2147481130 (2147483647)
【 日時 】07/11/09 11:26
【 発言者 】のの

なにしろ貧乏人なので、毎日コンビニでお茶を買う余裕もない。そのため、流し台にひっくり返っているペットボトルは、家でつくったウーロン茶を入れて使う。水筒を毎日持つなんて、登山家じゃあるまいし、これくらいがちょうどいい。
 彼女は懐中時計を首から下げ、水色の花柄の刺繍がしてある水色のキャップにグレープフルーツ色の古着のTシャツを着ていた。ふわふわした服を好む綾波にしては珍しい。
 ポットからお茶を慎重にペットボトルに入れて、カバンにつめる。準備完了。
「ごめん、お待たせ」
 朝のニュース番組で天気をチェックしていた彼女がテレビを消して立ち上がった。「行きましょ」
 彼女は持参していた赤紫のボディ・バッグのベルトを袈裟懸けにし、外にいるときとかわらない速度で玄関に出た。薄ピンク色の古着のシューズを身軽に履き、玄関を出て、扉を開けながら僕を待つ。僕はさっさとニューバランスのスニーカーを履いて出た。
「ありがとう。」
 ドアを開けておいてくれた彼女にひとこと言い、ドアに鍵をかけた。サイフに鍵をしまい、僕はうかれた気分を隠さず口を開いた。
「いこっか」
 アパートの駐輪場に止めてある自転車を引きずり出す。貧乏人なので、自転車ひとつ買うのも決断が要った。ヘンなものを買って一年で壊すようなことは嫌なので、すこし頑丈なものを。かと言ってスポーツタイプのものを買っても、買い物に行くには不便なので、丈夫なママさん自転車を購入。三万八〇〇〇円なり。
「荷物は御自分で」
「ええ。」
 僕は自分の荷物はカゴに入れた。彼女はバッグのベルトをすこしきつくした。胸のふくらみがわずかな間強調されるので、僕は目をそらすために空を見上げた。春の空だった。薄い水色と、輪郭のぼやけた薄雲がところどころ、浮島のように漂っている。風もそこそこ吹いているので、涼しいくらいだった。
 綾波は前に引っ張られてしまったシャツを修正し終えると、とん、とひとつジャンプをした。少しだけ吐いた息が弾んでいた。表情を表に出さない彼女は最近、仕草がわかりやすくなっているような気がする。
 彼女が自転車の後ろにゆっくり座る。準備完了。
「じゃあ、行くよ」
「はい。」
 彼女の返事は笑みを含んだ、甘みと酸味のある声だった。ペダルにぐっと力を入れる。四回、五回めくらいでスピードに乗り出した。
「重くないの?」
「最初だけね。それでも軽いけど」
 たまにトウジを乗せたりした日には、こぎ始めは相当重い。トウジは高校から本格的に砲丸投げをやりはじめて、上半身のボリュームは、僕の倍はありそうなほどになっていた。一方、僕の肩にかかる彼女の両手は細く、弱かった。
「前が見えないって、けっこう怖い。」
 風のなかで呟くような彼女の声は聞き取りづらかった。大通りを避け、住宅街の人気のない道を通る。
「だから横を向いて乗るのかも」
 考えたことがないので、適当な返事をした。
「でも、そうしたら、どこに手をかければいいのかわからない。」
「なるほど」
 納得したフリをして、慣性に任せたスピードでカーブを曲がる。うん、軽い。目的地までのおよそ三十分間、この軽い重さをかみ締めよう。
 戦略自衛隊が使用していた航空施設が予算難のために維持できず、国立公園になった。セカンドインパクト&サードインパクトの歴史資料館も併設されるということで、先月から開園している。
 アミューズメント施設ではないので、最初の数日で「ただの公園」という評判が下されると、平日はのんびりした場所になっていた。植林された桜の木は、もう何年かしたら蕾をつけるようになるとか。逆に言えば、まだ国立公園としての体裁が整ったにすぎない公園ということだったりする。
 一緒に行こうという話になったのは、綾波の提案だった。ただ、どうして二人乗りで行くことになったのかどうかは、今考えてもよくわからない。ひょっとしたら、なにか、よくない騙されかたをしているかもしれない。
 後ろの彼女があくびをした気配が感じ取れた。
「朝方まで映画見てたりするからだよ。」
「……今朝までに返さなきゃいけなかったから。」
「そもそも溜めるからよくないんだと思うけど……」
「そうね。」
 17歳になっても彼女の口数は少なかった。言い訳や、英国人のようなまわりくどい言い回しとは無縁の言語感覚だった。どちらかというと−−というより、圧倒的に僕のほうがもってまわった言いかたをする。ストレートに物事を表現するなんて、おっかなくて僕にはできない。
「でも、眠くなかったもの。」
「まあ、別にいいよ」
 この話は、つづければつづけるほど険悪な雰囲気になる気がするので、早々に切り上げた。今日のためにコンディションを整えなかった彼女を非難したいと思いそうになっていた。
「下り坂があるからね」
 午前中の、往来の少ない大通りを走りぬけながら声をかけた。彼女は僕の後ろにいるくせに、返事を頷いただけで済ませたらしい。
 ゆるやかなのぼり坂にさしかかった。本日最大の難関。いたって平静を装って、下半身に渾身の力をこめてペダルを漕ぐ。白鳥になったつもりで、一定の速度を保ちつつ、上体をブラさずに自転車を漕ぎつづけた。
 ようやく坂をのぼり終え、短いぶん急になった下り坂を、ブレーキをすこしかけつつ駆け抜けていく。
「わあっ」
 興奮して、思わず声をあげた。両足離していたペダルに足をかけ、スピードを出そうと思った瞬間、
「こわい。」
 という声がした。坂を下り終えた慣性に任せながら後ろをわずかに振り向いた。肩を掴む両手は強張っていた
「見えないし、不安定だったから。」
「ああ……」
 それだったら、と言いかけて、やめた。
 公園に着くと、小さな子供の声が聞こえてきた。駐輪場に自転車を止めて、木々に囲まれた遊歩道を抜けると、広大な原っぱで、幼稚園にも入らないような子供が遊ぶ姿が目に入った。
「平和な光景」
 絵に描いたような光景に、思わず僕は呟いた。綾波が僕の言葉からにじむ皮肉に苦笑いし、歩調を早めた。彼女に先導されるように、八分の一歩後ろを歩く僕を、彼女はどう思ってるだろうか。綾波は、原っぱに綿毛になっていたタンポポを摘んで、風を背に、横歩きになりながら、勢いよく、タンポポの綿毛を飛ばした。気流に乗って綿毛が散っていく。一番近い子供が綾波のしたことを見て驚き、真似しようとタンポポを摘んで、ふーっと吹いた。さっきより量は少ないけど、いくつかが風に乗った。歓声をあげたその子は何度もタンポポを吹いて、はしゃぎながら綾波をチラリと見やった。
「トトロの子どもみたい。」
 綾波は、自分の真似をする子どもを、自分が夜中に見たアニメーション映画のキャラクターの名前をあげてたとえた。
 公園は、ゆっくり歩いていたら、一周するのに一時間近くかかった。噴水や、バスケットができる場所、遊具などがそこかしこにあり、遊びにきていた幼稚園児や暇な高校生などがそれらを使っていた。散歩する老夫婦も少なくない。
 最初のところに戻り、資料館脇のベンチで持参してきたお茶とおにぎりを食べた。おにぎりは綾波が持ってくると言っていたものだった。「具は?」「梅干とたらこ」「……で、どっちがなに?」
「……。」
 のりの巻き方などで差別化を図る、といった工夫のなされていないおにぎり四つは、当たりも外れもと罰もないロシアンルーレットだった。それぞれ左端と右端をとり、がぶりとひとくち。
「あ、たらこだ。綾波は?」
「……。」
 口の小さな彼女は、まだ具まで到達していなかった。手を横に振ってそれを伝えようとする綾波の仕草に、おにぎりをのどに詰まらせそうになる。
「わたしも。」
 ふた口目をかじったおにぎりの断面に、焼いたたらこが顔を覗かせていた。
「順番としては正しい。」
 彼女はほっとしたように言って、お茶を飲んだ。綾波は水筒持参だった。僕のものよりはるかに冷えた麦茶を飲んでいる。
「二つ目がたらこだったら、生臭いもの」
 満足気にお茶を飲む綾波に、僕は苦笑で応じる他はなかった。陽気でぬるくなったウーロン茶を飲む。自転車を漕いだ身としては、彼女が飲んでいる冷えた麦茶が欲しいところだった。
「飲む?」
 ステンレスの水筒から小さなカップに注がれた麦茶を差し出し、僕に笑いかける。白昼夢のような光景に目がくらみながら、僕は「いいの?」と訊いた。
「ここまで暑かっただろうから。」
「じゃあ、いただくよ」
 ごくりとひと口。うまい。もうひと口。沁みる。
「坂とか、大変だったのに、ありがとう。」
「いや、いいよべつに、そんなでもないんだから」
 とは言うものの、綾波の、かわかうような、おどけるような仕草と口調から言って、すべてを見通されているらしかった。まったく、かなわない。人の気も知らないで。勝手にそんなことを思った。勝手はまったくのお互い様だから、そういう言い方はよくないだろう。
 春休み中の話を一通りしているだけで、一時間がたった。時計は二時近くになっていた。五時からバイトだという彼女の都合を考えたら、そろそろ出発時だった。
「行こうか」
 綾波は腕時計で時間を確かめ、「そうね。」と頷いた。
 来た道を戻り、再び自転車に跨る。
「じゃ、出発」
 帰り道というのは、どうしていつも来るときより短く感じるのだろう。すぐに大通りに出てしまい、すぐにさっきの急な坂に来てしまう。
「一度下りるわ。」
 後ろにジャンプした彼女は、体操選手のように軽やかに着地した。僕も自転車を下り、ゆっくり坂を上っていく。真昼の太陽は強く、鋭く照りつけてくる。坂の上までくると、すぐに、今度は下り坂に姿を変える緩やかな道がまっすぐのびている。
「どうぞ」
 再び自転車に跨り、彼女を促す。彼女が乗ったことを重みで確認して、ペダルを漕ぎ出す。急ではないけど、着実速度が上がっていく。がたがたと自転車が揺れだすと、彼女が肩にかけていた両手を離した。驚いたのは一瞬、両手はすぐ腰に回された。驚きを遠く彼方へぶっ飛ばして、彼女の結ばれた白い手を見た。背中には彼女の額が当たっているらしく、振り向くこともできなかった。
 ちょっと待ってよ。
 そう思う自分がすこしだけ、いる。けれど、ずっとそれを待ち望んでいたはずだった。この温かさを、もう何年も。
 下り坂でついた勢いで走りつづけて、速度を必死で維持した。白鳥のような体裁も取り繕わずに。それでも、平面を走るようになると彼女の手は再び肩に戻り、そのあとはもう、消しゴムで消したようになにもない、いつもの彼女だった。
 家が見えてくる。
「おつかれさま」
 駐輪場の入り口で自転車を止める。彼女が下りて、後ずさりをするように僕から離れた。自転車を所定の場所に置いて、振り返ると、彼女はすでに階段の前にいた。
「ごめん」
 小走りで階段を上り、アパートの鍵を開けて、彼女を招いた。綾波は靴を脱いで、バッグを隅に置くと、遠慮なくベッドに倒れこんだ。
「どうしたの?」
「眠いの。」
 それはわかってるけど、ここは僕の家で、僕のベッドだよ。そう思う自分の立場に目がくらみそうだった。
 横を向いて、もう目を閉じている彼女は、公園にいた幼い子どものようだった。遊びたいだけ遊んで、寝てしまう。目を閉じる綾波の脇に座って、両手をついて天井を見上げた。綾波と何時間も一緒にいたのは、半年ぶりくらいだろうか。学校の友達としてなら、毎日のように顔を合わせているけれど。
 肩越しに彼女を見る。くせのある髪が顔にかかっていたので、指先で払った。そのときはじめて、かすかに柑橘系の匂いが香った。ああ、そうなんだ−−おれは、こんなことにも気づかないのか。
 追いかけるように、綾波の右手が、彼女の髪を払った僕の手にふれた。すぐに、彼女の口から規則正しい呼吸音が聞こえはじめた。三時半くらいに起こせばいいだろう。それまで同じ姿勢でいるのはすこしつらいけど、変える気にはとてもなれなかった。


【タイトル】Re: Drive my Car
【記事番号】-2147481129 (-2147481130)
【 日時 】07/11/09 11:29
【 発言者 】のの

Tamaさんが描いた落書きだそうで。
これは夏のはじめに僕が書いた(そして公開していない)「ドライブ4」という短編シリーズの最初の一編。
季節は反対側だけど、おおなんだか似てるぞということで投下してみました。
とにかく二人乗りさせたかったということですな(笑)


【タイトル】Re: Drive my Car
【記事番号】-2147481128 (-2147481130)
【 日時 】07/11/09 22:32
【 発言者 】みれあ

おう、なんてこったいママン!

というのはですね。
いつだろう、ちょうど夏ぐらいにハルヒがらみで書いてボツにした原稿にちょうど似たようなのがあったんですね。二人乗りがらみで。
以下わずかに抜粋すると――
***
「いつも悪いね」
 気にするな。佐々木が後ろに腰掛けて俺に手を回す。ぐっと足に力を入れて一歩目をこぎ出せば二歩目からは意外と軽い。
***
まぁ、そんだけといえばそんだけです(笑)
とりあえずこのレイはかわいい。昔私が書いてたショートショートで描きたかった方向性と似ていて、それでいて私なんかとは比較にならないくらい可愛さがよく出てて……
要約しよう。レイが可愛かったです(笑)


【タイトル】Re: Drive my Car
【記事番号】-2147481124 (-2147481130)
【 日時 】07/11/13 02:58
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>

まだ読んでないけど、自転車ものといえばこのふたつ。どっちも俺が書いた(爆)。

http://tamb.cube-web.net/cgi-bin/bbs4c/read.cgi?no=74
http://tamb.cube-web.net/cgi-bin/bbs4c/read.cgi?no=111

つまり宣伝なんだけど(笑)、懐かしいなー。

mailto:tamb○cube-web.net


【タイトル】Re: Drive my Car
【記事番号】-2147481123 (-2147481130)
【 日時 】07/11/13 16:52
【 発言者 】なお。

お久しぶりです。
『登山家』で思わず「トローリィ!」とかけ声を出してしまった『どうバカ』ですw
トロリーバスは危険がいっぱいです。
わからない人はスルーして〜。

シンジの履いたニューバランスは、おそらくののさんの私物とか。
じゃあ薄ピンク色のシューズは、ののさんの彼女の?

バナナ……げっふんごっふん。
いや、なんでも。
ただ『薄ピンク色』ってちょっと語呂悪いよねw

>「じゃあ、行くよ」
>「はい。」
> 彼女の返事は笑みを含んだ、甘みと酸味のある声だった。
うわ。この「はい。」は実際に聞いてみたいねw
こんな声出す女の子がメイド喫茶にいたら、きっと通っちゃうねw
ウチの近くにはないから、その心配もないんだけどさw

「」の句読点。
基本的にレイの言葉には有りでシンジものには無し。
でも、全部じゃない。
よく三点リーダーを使うけど、そんな意味合いかな。
これだと短く言い切る感じで、返事を返された方とすると、「あれ、会話終わり?!」みたいなイメージがあるw
馴れない人だとぶっきらぼうにも思える。かな?
でもそうだと「はい。」が萌えないんだよな。

メンテ

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日時: 2022/07/22 15:29
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日時: 2022/11/22 02:04
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日時: 2022/11/22 02:13
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日時: 2022/11/22 02:19
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こちらの勝手都合を理解してくださり臨機応変な対応していただきました。
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また手書きのお手紙が添えられていて嬉しかったです。メールの文章も機械的なものではなく どこか温もりを感じる文章でした。
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商品も説明通りでした。それ以上にコンディションの良いものでした。
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ありがとうございました。
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日時: 2022/11/22 02:20
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連絡、配送共に迅速にして頂き感謝です。梱包がとても丁寧で、何だか申し訳なくなる思いでした。お店の方が商品をきちんと大切に扱っていらっしゃることがよく分かりました。配送方法ですが、ヤマト運輸さんも扱って頂けたら個人的には嬉しいので、一つだけ☆を控えめにさせて頂きました。またご縁がありますように。
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