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新しい年
日時: 2009/05/31 00:00
名前: tamb


【Date:】 31 Dec 2007 05:20:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 新しい年

 もうすぐ陽が沈もうとしていた。
 彼女は読んでいた本を閉じ、クローゼットの前に立った。
 これからシンジと一緒に買い物をし、除夜の鐘を聞きながらみんなでおそばを食べ、そ
れから初詣に行き、初日の出を見る約束になっている。
 白いダウンは最初から決めていた。これから初めて冬という季節を迎えようという時、
ミサトやリツコに相談しながら買った物だ。

「冬っていうのはね」ミサトは笑顔で言った。「とてつもなく寒いのよ。雪っていう氷の
かけらみたいなのは降るし、全ての物が凍りつくの。まつげには霜が降りるし、髪の毛は
凍って、触ると折れるわ。うかつに外に出ると約80%の確率で凍死するのよ。特に子供や
老人は部屋から一歩も出てはいけないわ」
「ここはシベリアじゃないのよ、ミサト」リツコが冷たく言う。まるで“冬”のようだと
レイは思った。「それに雪は雹とは違うわ。氷のかけらじゃなくて結晶といって欲しいわ
ね」
「いいじゃないの、そんな細かいことは」
「別に細かくはないわよ」
「ひょう、ですか?」

 レイが口をはさんだ。

「そう、雹。これは本当に氷の塊が降ってくるの。車はへこむし農産物は大被害を受ける
わ。頭に当たれば死ぬこともあるわね」

 どこまで信じていいのだろうか、とレイは思った。

 その時にシンジと色違いで買ったダウンが、今日は初めて本当に役に立つだろう。外は
良く晴れている。本当に寒そうだった。
 下はどうしよう。上とのコントラストでミニスカートもいいかもしれない。ミニスカー
ト姿を見るシンジの困ったような笑顔を思い、レイは笑顔になった。だが彼女は寒いと不
機嫌になることを自分でも知っていた。シンジの前では笑顔でいたい。ミニスカートは中
止し、ストッキング二枚の上に更に靴下も履き、ジーンズを着ることにした。少し太って
見えるかもしれないが、しかたがない。D型装備よりはまともだと自分に言い聞かせた。

 ストッキングを履きながら、今夜食べるおそばのことを考える。年越しそばという習慣
には特に疑問はわかなかったが、おそばというのは不思議な食べ物だと思う。
 たぬき。きつね。
 最初に聞いたときは狸や狐の肉が入っているのかと思った。何の予備知識もなく聞けば
誰しもがそう思うだろう。冷やしたぬきなど、そばとは関係なく狸が冷えているとしか思
えない。彼女は冷蔵庫の中で寒さに震えている狸を想像し、かわいそう、と言った。みん
なは不思議そうな顔をしていた。
 そんなことを考えていたら口の中が変な感じになった。アップルジュースを一口飲んで
から行こうと思い、着替えを終えた彼女は冷蔵庫を開いた。
 チョコレートが目に入った。
 今年の、まだ本格的な冬が訪れる前だったバレンタインに、シンジに渡そうと思って買
った物だ。一人でデパートのバレンタインコーナーに行き、真剣に悩んだ。一時間ほどか
かって、小さな白い箱に、シンジがいつも素敵だと言ってくれる自分の髪の色に似たリボ
ンのかかった物を選んだ。自分がシンジにそれを渡しているシーンを想像すると、胸が高
鳴った。
 だが、渡せなかった。
 クラスのみんなは手作りのチョコを持って来ていると知ったからだ。溶かして固め直し
ただけでも、そこには彼女たちの気持ちが込められている。自分はただ店で買っただけだ。
そう思うと渡せなかった。
 その日はずっとうつむいて過ごした。下級生の女の子たちがシンジにチョコを渡しに来
るのを見ないようにして過ごした。一日が長かった。シンジのやつ、ちょっと寂しそうだ
ったわよ、とアスカが心配顔で言っても、レイは黙って首を振るしかなかった。
 彼と普通に話ができるようになるまで、一週間くらいかかったように思う。アスカが、
レイはバレンタインという習慣を知らなかったとシンジに小さな嘘をついたと知ったのは、
ずいぶん後になってからだった。
 店で買った物でも僕は欲しかったな。夏が始まる頃にいきさつを知ったシンジは笑顔で
言った。彼の気持ちに気づけなかった。泣きそうになった彼女をシンジは優しく抱き締め
た。初めてキスを交わしたのは、その時だった。

 レイはチョコレートのリボンを解き、包みを開いた。小さな粒が12個、入っていた。
 ひとつ手にとり、かじってみた。
 ほろ苦く、甘く、切ない味がした。恋の味かな、と彼女は思った。

 早くシンジの所に行こう。

 彼女は冷蔵庫を閉め、部屋の外に出た。
 寒さは予想以上だった。鍵を締め、マンションの外に出る。もう冷たくなった手に息を
吹きかけた。

「や、やあ」

 声が聞こえた。驚いて顔を上げると、シンジが立っていた。

「迎えに来ちゃったよ。なんだか待ちきれなくてさ。すれ違わなくて良かったよ。……ど
うしたの?」

 どうしてこの人は、人の気持ちを読むようなことができるのだろう。なぜ今して欲しい
ことがわかるのだろう。どうして今すぐに会いたいと思っていると、わかるのだろう。

 レイはそっと周囲を見渡し、誰もいない事を確かめた。そして目を閉じた。思った通り、
シンジは少し強く抱き締めてくれた。

 頬が触れ合い、唇が触れた。

「チョコの味がするよ」

 レイがうなずくと、シンジは笑ってくれた。もう寒さは感じなかった。

「さ、行こうか」

 レイの手を取り、シンジはそう言った。

 いろいろな事があったけれど、今年は素敵な一年だった。でも来年はもっと素敵な一年
になる。
 シンジと手を繋ぎ寄り添い歩きながら、レイはそう思った。



【Date:】 31 Dec 2007 05:21:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 Re: 新しい年

 冷蔵庫の中にチョコレートがあった、というアイディアのネタ元(というかそのまんま
パクリですが)は、加藤いづみという人の「セミ・スイート」という曲です。白いダウン
はtamaさんの「morning glow」から。

 というわけで、投稿物を放置してこんなものを書いてしまいました。すいません(^^;)。
と笑ってごまかす。新年、なるべく早いうちに何とかします。




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