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蒼空の髪留め
日時: 2009/05/31 00:00
名前: aba-m.a-kkv


【Date:】 6 Jun 2008 23:20:00
【From:】 "aba-m.a-kkv"
【Subject:】 蒼空の髪留め





外は、見事なまでの大雨だった。

絶え間なく重なり続ける灰色の線の霞の向こうに、それよりも暗い色の雲に覆われた空が見える。

その光景は何処までも重く、どんよりとしていて、纏わりつく湿度の高い空気の感触と相まって、
どこか深い海の底にでも引き込んでいかれそうな雰囲気を醸し出していた。

でも、今日は、なんだか幾千万の雨の雫の先、それを生み出す黒く分厚い雲のその先が見たかった。

何故だか、どうしようもなく見てみたかった。





蒼空の髪留め  aba-m.a-kkv





「最近、雨ばっかりだな」


薄暗い部屋の中、室内照明も付けずに、碇シンジは大きなクッションに背中を預けて横になっていた。

四季の復活に伴って、雨が世界の大半を占める季節を経験するのも片手では数えられなくなった。

最初の頃はそれぞれの季節に驚いたり戸惑ったりしていたものだけれど、今ではすんなり受け入れられるようになって久しい。

でも、この梅雨の季節はどこか気持ちがどんよりとする。

せっかくの休日でも、どこかに出かけよう、という選択肢をするのは憚られる。

だから、青空がいい、というのも一つの思いだが、シンジにはそれ以外の思いもあった。


「すごい雨よね、世界が水に沈んでしまいそう」


そう声がかけられてシンジが振り返った先には、蒼銀の長くなった髪を纏めた綾波レイが二つのマグカップを持ってキッチンから出てくるところだった。

お揃いの深緑のマグカップからは白い湯気とアールグレイの豊かな薫りが上っている。

レイはシンジのすぐ隣までいくと、持っていた一つを手渡す。

「ありがと」小さく呟いて受け取ったシンジは、さっきのレイの比喩に笑みを零し、それを悟られないように紅茶を一つ啜った。

温かい紅茶が身体の中を巡って行き、重くどんよりとした雰囲気が軽くなったような気がした。

でも、それは紅茶のせいだけではないと、シンジは分かっている。

レイがシンジの隣に腰を下ろし、同じクッションに背中を預けて寄りかかる。

そうして、また窓の外を眺める、今度は二人並んで。


「こんなに強い雨じゃなければ、何処かに出かけたかったんだけどね」


軽く苦笑いを浮かべながら、シンジがレイのほうを見つめる。

でも、レイは真っ直ぐ窓の外を見つめながら、まんざらでもないような表情をしていた。


「別に、悪くはないわ。

 こうして、二人一緒に待ったり部屋の中で過ごしているのも、なかなかいいと思うから」

「そういってくれると、嬉しいんだけどね。

 でも……」


レイが不思議そうな表情をたたえてシンジのほうに振り向く。

窓の外に目を移したシンジの横顔はどこか寂しそうな、憂いているような、そんな雰囲気があってレイは首を傾げた。


「でも?」


促すように繰り返したレイに、シンジは幾許かの沈黙を挟んで答える。


「青空が見たいな、ってね」


そう答えてシンジはカップを傾けようとした。

それを、レイの手が阻む、シンジがその先を飲み込んでしまわないように。

シンジの手と一緒に掴んだマグカップをゆっくり促して床に置かせたレイは、そのまま身を乗り出してその瞳を見つめた。

半ばシンジに覆い重なるようになるレイ。

そんなレイに少し驚いたシンジは、はにかんだ様に苦笑いを浮かべた。


「そんな大した理由じゃないんだよ」

「聞かせて」


レイの優しく凛とした声に、シンジは少しだけ瞼を閉じ、それからレイの紅い眸を見つめて言葉を紡ぎだした。


「ほんと、大した理由じゃないんだ。

 子供のころにさ、青空を眺めているのが結構好きだったんだ。

 この空は、その空だけは、僕のもの、みたいな感じでね。

 でも、空は誰のものでもない。

 それに僕は一度、空を赤に落としてしまった。

 それでも、僕は青空を見るのが好きなんだよね。

 だから、雨が続くこの季節に、見たいな、って思って」


子供っぽいよね、そんな風に笑うシンジにレイは考えるように眸を隠した。

まずい言い方だったかな、と、シンジが慌てて言葉を繋ごうとした瞬間、レイが立ち上がる。


「綾波?」


突然のレイの動きに驚くシンジの前で、レイはおもむろに両手を頭の後ろに持って行った。

そして、纏めた髪を固定していたピンを弾き、結わえていた髪を解く。

重力に任せて広がり落ちる蒼銀の長い髪。

その広がりに合わせるように、レイは再びシンジの上に覆いかぶさった。

言葉を失ったシンジの手をレイが掴み、自分の髪へ触れさせながら囁いた。


「碇くん、貴方の蒼空よ。

 みんなのものでもなく、他の誰かのものでもなく、
 
 雲に隠れることも、雨に霞むこともなく、

 日の下に貴方の隣にいて、月の下に貴方の隣にいる、

 貴方だけの蒼空。

 赤も、闇も、この蒼空を覆うことは出来ない。
 
 いつでも、貴方の目の前にある。


 碇くん、見て、蒼空は、ここにあるわ」


目を見開くシンジに、レイは微笑み掛ける。

そんなレイの蒼銀の髪に、青空のように広がるその髪に触れながら、シンジは一瞬泣きそうな表情をたたえて、それから目一杯微笑んだ。

最初の頃に見入った青空を眺めたときよりも、ずっと心からの笑顔で。

長い蒼銀の髪を撫でながら、シンジはレイを抱き寄せる。

それは、まるで青空の中に落ちたかのようだった。


「ずっと見ている、ずっと触れている。

 僕の蒼空。

 ありがとう、綾波……」





梅雨が世界を覆い、空を覆い尽くす中、そこには小さな蒼空があった。

何にも隠されることなく、誰にも消されることなく、広がる小さな蒼空。

求め続けるただ一人のために。

見つめ続けるただ一人のために。

その蒼空は、いつもそこにあり続ける。





シンジ君、この一年お世話になりました。

これからの一年もよろしく。



【Date:】 7 Jun 2008 21:12:00
【From:】 "楓"
【Subject:】 やはりいいと思います。

aba-m.a-kkvさんの書くお話は。

レイの髪の長さと、髪を伸ばす事にしたきっかけとかどうでもいい事ばかりが気になります(苦笑)

シンジが伸ばして欲しいと言ったのか、自分の髪が好きな人に触れられるのをレイが見たいとでも思って伸ばし始めたのか……とかLRS的な妄想がちょっと膨らんでしまいました。


……と、感想じゃない感想を述べて、失礼します。



【Date:】 12 Jun 2008 07:04:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 Re: 蒼空の髪留め

 「蒼空の髪留め」っていうタイトルと「外は、見事なまでの大雨だった。」っていう出
だしで、雨ばっかで青空は見えないけど君の髪はいつも青空だよねとか言うって話だろう
と思った。だとしたらすげえアイディアだなと思いながら読んだら、逆だった。つまり、
私はあなたの蒼空よっていう話で、これは要するに私はあなたのものよって言ってるって
事で、シンジ君を押し倒してしまう姿と相まって、異様に萌えます。

 髪がどのくらい長くて、どんな風にピンで留めてたか、妄想が膨らみます。

 二つ結び、なんてのも、それはそれで萌えなんですが(笑)。



【Date:】 17 Jun 2008 01:08:00
【From:】 "のの"
【Subject:】 Re: 蒼空の髪留め

はい、今日読みました。遅いです。
しかしいいなあ、この雰囲気。
書いたことあるか?ないなー、こんな素敵なお話は。
くっつかせないことに腐心している場合じゃないのかも。

ありがとうございます&ご馳走さまです。
おれに絵心があれば、押し倒すシーンをきっと描いている。
しかしできない、知らんのだ、絵を描くことを!残念。



【Date:】 13 Jul 2008 23:14:00
【From:】 "tama"
【Subject:】 Re: 蒼空の髪留め

・・・では押し倒すシーンは大人である私が描(自粛)

そんなことしなくても良い話です。
女の子が髪を伸ばす理由は、よほど仕事とかに追われていない限り、好きな人のためです。
だから私みたいに髪を短くきる理由が「しばらくこれないから」とかは駄目です。・・・本当。長い髪の毛をシンジくんに見せるために髪留めをほどく仕草がかわいすぎて、自分の乙女度の低さにちょっと反省した私です。
・・・素敵話をありがとうございました!



【Date:】 15 Jul 2008 17:26:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 Re: 蒼空の髪留め

 髪を切るっていうのは劇的な変化だけど、伸びるのはゆっくりだからなぁ。
 昔の女友達に、髪形を変えるたびに「失恋か?」と思われるのが鬱陶しい、と言う人もいたし、失恋のたびに髪を切ってたら数年でスキンヘッドだ、と言ってた人もいた(爆)。
 まぁ色々です。
 私はロンゲですが、切らない理由は金がない(爆)という他に切りに行く時間がないとい
うのもあります。私の事はどうでもいいですが。

> しばらくこれないから

 妄想は広がりますが、ズバリ休みと予想(爆)。正解は書かなくてOK(笑)。




メンテ

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