answer song for “蒼空の髪留め” |
- 日時: 2009/05/31 00:00
- 名前: のの
【Date:】 24 Jun 2008 13:44:00 【From:】 "のの" 【Subject:】 answer song for “蒼空の髪留め”
昔の人が、こう言った。「誰がために鐘は鳴る」
「無邪気さを捨てるな」
青空には程遠く、土砂降りにも届かない空の下で呟いた。
ジュブナイル
なにもそんな難しい話をしたいわけではなかった。 彼は空と同じく曖昧な空気を吐き出して、川沿いの道を肩を落としながら歩いていた。雨は細かく、視界は半透明の膜を一枚張ったかのようにぼやけている。土と川の臭いが混じっていたことだけが、彼の気分を少し上向かせていた。 偽りつづけるためには、他社と自分、どちらを縛りつけていればいいのだろうか。そんなことを考えながら彼は歩いている。どうしていつの間にか、身の丈に合わないテーマが与えられていたのだろうか。そもそも偽っているのだろうか。はじめは、ただ単に、理由もなく青空を見ていたいと思っていただけなのに。何故だか、どうしようもなく。 2015年の日本では、雨は唐突に土砂降りになることが多かった。梅雨の時期は15年前に消え失せて、天井の甕を割ったかのような雨ばかり降る。青空が突如曇るだけでも残念でならないのに、その上に大雨とはまったくいただけない話だった。 今日は珍しく、小雨が朝からつづく天気だった。こういう日は学校に行くこと自体、億劫極まりない。その挙句、この湿気は不快感を限界まで高めてくれるのだからたまらない。今日だけで済めばいいのだけど、どうだろうか。セカンドインパクト以降、天気予報の確率は前世紀に比べて若干低くなっている。暦上の夏の降水確率は、せいぜい半分程度にしか信用ならないものだから、不精たらしく傘を持っていかないために、こうして服を濡らしてしまうこともままある。女子は皆折りたたみ傘を持参していたが、女顔のシンジも男子中学生であり、濡れて帰る羽目になっていた。ただ他の男子とちがう点があるとすれば、鞄を傘代わりにして慌てていないことと、青空を望む理由があるということ。
「あんなに赤い花、咲かせたりして」
上司が言うところの「形象崩壊」し、爆散した使徒の血液が洗われていくという意味では、この雨も悪くない。先日、宇宙から落下してきた使徒を受け止め、殲滅に成功した際の血液の量は、巨体さに比例して凄まじいものであった。今頃ネルフはこの雨を大いに利用して洗浄中だろう。この雨を有難がる人もいる。それなら自分がこんな風にうんざりしている必要もないかもしれない。
青空が好きだということに、大した理由はなかった。 最初は、うんざりした気分の時に雨が降っていると、ますますうんざりするというところから、晴れの日を好むようになったということだけだ。『先生』の奥さんは、雨がつづくと鬱がひどくなり、そういう時期には学校から帰っても碌なことにならない、ということも大きかった気がする。 あの家にいて、良いことはなかった。悪いことも起こらない、ただそこにいるだけの日々。思えば勿体ないことをしたものだ、あの状況をどうにかしようと思わなかった自分が腹立たしい。あの家には自分のものはなにひとつなかった。作ってもらった勉強部屋でさえも。自分のものにできなかった、と言った方が正確かもしれない。自分らしく使っていくということすらできていなかった。 程度の差こそあるものの、綾波レイの部屋はあの勉強部屋に似ている。あそこまで徹底した無機質さはないけれど。そう、あの402号室には匂いがしなかった。部屋から、主の姿を想像する隙を与えない。 綾波も何かを偽っているのだろうか。眼を閉じたまま生きていたような、すこし昔の自分と同じように。そうでもない気がする。シンジは川沿いの道を左に曲がって、大通りに出た。街の東側は、家からは少し離れている格好になる。402号室に学校のプリントを届ける必要があるせいだ。「親とのコミュニケーションのために」という名目から、未だに学校のお知らせは紙を使っている。この行為が無駄だとはわかっていた。彼女がこうしたプリントに目を通さないことくらいは、たった数ヶ月の付き合いでも、さすがにわかる。彼女は関心を示さない、特定の物事以外にはまったくと言っていいほどで、おそらくクラスメートの誰かが目の前で怪我をしたりしても、素知らぬ顔で通り過ぎていくのではないだろうかと思う。それはおそらく、自分やアスカとて例外ではないのだろう。
「僕はとても悲しい」
口にしてみた。その行為の、非の打ち所のない馬鹿馬鹿しさに思わず笑った。
「なに笑ってるの?」
自分の隣に誰かが近づいているとは気づかず、横から声をかけられ、野良猫のように肩を怒らせて目を丸くして飛び退いた。あまりに大きい動作のせいで、声の主も目を丸くしていた。赤い眼を、丸く。
「綾波?」
なんでこんなところに。取り乱して思わず周りを見回していた。目抜き通りと南北の街道の交差点で、地下鉄の駅の出口もある。そこで納得できた。この駅はネルフを行き来する最寄り駅になっている。階段を上ってきた彼女にまったく気づかなかったらしかった。 彼女は制服姿に手ぶらだった。天気予報を見ていなかったのだろうか、という疑問が浮かんだが、シンジが口を開くより彼女のほうが早かった。「どうしたの?」
「え、なにが?」
「……どうしてこんなところに、いるの?」
上目遣いの彼女を直視できず、シンジは頬の熱さを拭うかのように顔についた滴を拭った。 「綾波に、プリント渡すように、って。ああ、そうだ、ここで渡せばいいね」 鞄を開けたが、雨に気づいて、手を止めた。地下鉄の出口の屋根まで戻れば問題ないなと判断し、鞄を閉じる。 「風邪を引くわ、そのままだと」 早く屋根の下へと考えていたせいで、彼女の言葉を理解するのにすこし時間がかかった。 「え、あ、そうだね。さっさと帰るよ」 言われなくてもわかっていた。それもあるから早く渡したかった。言われるまでもない、 「行きましょう」 青信号を指さした彼女の言葉を、今度こそ理解しかねた。彼女の言うことはシンジにとってはあべこべで、筋が通っていない。屋根の下でプリントを取り出しかけていた姿勢のまま固まって、彼女はシンジにかまわず歩き出してしまった。本当に気遣ってくれないとなると、実際には寂しいし、腹立たしさもある。彼女には他人の状態などお構いなしなのだろうか、本当に。 「ちょ、ちょっと、綾波?」 なに、と問い返すレイの歩調はなにも変わらない。家まで、すぐだからとだけ付け加えたレイには見えない角度で、シンジは声をかけられた時と同様の驚きを受けた。どうやら自分の思いちがいらしいことはわかり、急速に安心していく自分に苦笑を浮かべた。 「また笑うのね」 信号を渡りきったレイが言った。通りを横切って1ブロック先は高架下で、そこをくぐればもうマンモス団地になる。 「なにがそんなに可笑しいの?」 最初の問いに答えていないことに気づいたシンジはしかし、ひと口で言えるようなことではないので言いよどんだ。自嘲と苦笑のちがいを説明するのか、自嘲の理由を?眼が勝手に何度か左右に動いた。 「面白くなくても笑っちゃうときがあるんだよ」 「笑うときじゃなくても?」 呟くようなレイの声は景色と溶け合いそうだったが、混じりきらずにシンジの耳に届いた。自分の知識にも経験にもないことを訊ねているらしく、声にはなんの確信も感じられなかった。彼女の声から自信を感じたことはないが、いつもは確信をもって話をしているという印象がある。 うまい答えが見つからずに考えているうちに団地が見えてきた。動きの遅いエレベーターで四階に昇り、402号室へ。二度目の部屋は相変わらずで、早くも廊下が雨漏りしはじめていた。
「お、お邪魔します」
おい、早く渡して帰ればいいだろう、という声が頭に響き、すぐさまそいつをぶん投げた。 彼女はおもむろに濡れた服を脱ぎはじめた。 「あ、あやなみぃ!?」 「なに?」 リボンをほどいて、スカートを脱ぐ手を止めないので、慌てて振り返った。水を含んだスカートが落ちる思い音が背後で聞こえ、風呂場で着替えてくれという言葉は口の中で無効化された。自分が出て行けばいいという選択肢がチラついては消える自分が情けない。それにしても彼女はどうしてこうも平気でいられるのか。 レイが横切って、冷蔵庫を開けた。目の前に、傷一つない細く、長く、白い脚が伸びていた。彼女が着ているのは紺色に白い水玉模様の部屋着で、改めて驚くべき白い肌が両腕も両脚も剥き出しになっていて、その袖丈の短さに驚いた。アスカじゃないんだから、と思うと同時に、アスカの姿にすっかり見慣れた自分がいる。鳴れとは恐ろしいものだ、最初の頃は落ち着かなくて仕方がなかったのに(どうやらあのユニゾン訓練のおかげというか、そのせいか、彼女の肌の露出には今さら驚かなくなってしまっているらしい)。 彼女はペットボトルのウーロン茶を二つのグラスに注いだ。 「前からあったの?」 最初に来たときにはビーカーをコップがわりにしていたように思えたので、思わず訊ねた。 「この間、伊吹二尉からもらったわ、この服も」 喜ぶべきだが迷惑だ、と思いながら受け取ったお茶を飲む。シンジは窓の外を見ると、雨は少し強くなっている気がした。面倒なことになってしまったかもしれない。 「まいったな、早く晴れて欲しいのに」 「そうね」 独り言のつもりが返事があった。ふと隣を見ると、袖のない服が、もぎたての果実を連想させた。ぐらりと揺れる。灰色の気分が、今やどうだ。 息を呑むのを悟られないように頭を振った。先刻の彼女の質問を思い出す。 「なんだか馬鹿馬鹿しかったんだ、色々と。本当は笑えないことでも、考えつづけていると、馬鹿馬鹿しくなって笑ったんだ」 唐突な返事に彼女は頭をひねったが、質問の答えだと理解したらしく、あいまいにうなずいた。「よくわからないわ」 「青空が好きだから、晴れてほしい。だけど、その方法を真剣に考えていても仕方がない。それなのに考える。馬鹿馬鹿しいだろ?そんな風に、どうにもならないことをまじめに考えることが今日は多くて、おかしくなってきてしまったんだ」 首を傾げる彼女に途方に暮れた。意味のない嘘はくたびれる。それでも理由は言えなかった。いつか言える時が来たらいいなと思う。昔話を、寄り添ってできればいいなとは、思うけれども望み薄。 理由もなく、誰のものでもないから、僕のものになりそうな青空は好きだ。それが見えない今日にはうんざりする。やっぱり帰るよ、と言い、彼女は軽く頷いた。 グラスを返す時に、指が触れた。細く、暖かい。この手を掴む日が、いつか来るんだろうか。二人で寄り添う?考えるだけでも罪になりそう。 「じゃあ、また明日、学校で」 「……学校は休むわ」 湿った靴のつま先を叩きつけて脚を埋めた。まったく雨はいいことがない。 湿った彼女の髪は、いつもよりも深い色に染まっていた。雨の時しか見られないんだろう。雨の時にしか、見られない。 「でも、ネルフの訓練があるから」 そうだね。シンジは呟く。 「そう言ってくれると嬉しい」 これは口の中だけで。
帰り道、コンビニでビニール傘を買った。どうして彼女にそれをしてあげられなかったのだろう。舞い上がっていた自分がいたらしい。きっと間違いない。 「僕は子供だ」 ただの餓鬼だ、小難しい考えをしているだけの、手も足も生え揃わない、ひとやまいくらの存在。 かけがえのない存在?地球の平和を守れる人間?それは憧れる、けれど知りようがない、そんな人間になれるかどうかなんて。青空を眺める、それが精一杯。 お茶を飲む時間を、もう少し引き延ばせばよかったと、拙さを嘆いた。 見えない青空をひと睨みし、街中へと埋もれていった。
【Date:】 24 Jun 2008 13:48:00 【From:】 "のの" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
あとがき
えー、ちょいひさ。どもでし。 実は『蒼空の髪留め』のアンサーソングのつもりです。 エッセンスとして入れてあるだけって感じになっちゃったなー。 指に触れただけでどきどきしちゃう未成年を描いただけという気もする。いいのか?いやいやいかんよ。 細かいことは特に言えません。 タイトルもそのまま。
【Date:】 25 Jun 2008 23:53:00 【From:】 "みれ" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
そう、確かにののさんの描くシンジ君がここにいる。
しかし、この話をもって「14歳のシンジきゅんがレイたんの指に触れてドキドキ☆」というニュアンスでとらえるのは僕には難しかったです。 シンジ君が大人ぶって強がっているその強がりが、14歳の少年というディテールのリアリティーを削いでしまうように僕には感じられたのです。
やや、出過ぎたことを申しましたな。
そして定番のこのコーナー!
> 鳴れとは恐ろしいものだ Sound it!
【Date:】 26 Jun 2008 01:26:00 【From:】 "のの" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
うん、誤字はいっぱいありますね(笑) やっぱ在社中に文字ちっちゃくしながら打つと変換がねー。
改めて読み返すと、これはもう14歳ではないですね。 やっぱり書いているときの(見つかってはいかんという)ドキドキ感が こういう感じを作ったんだろうか。 ドキドキ感、ないしね。 単純にちょっとした短編のワンシーンになってしまっているなあ。
というわけでみれあさんのご指摘は正しい。 いつか修正して形にしよう・・・。
【Date:】 1 Jul 2008 04:02:00 【From:】 "tamb" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
行間空けてみた。ご意見その他は二人目の方で。
えーと、
> 指に触れただけでどきどきしちゃう未成年を描いただけという気もする。いいのか?いやいやいかんよ。
別にいかんとは思わんけど(笑)。で、
> 「14歳のシンジきゅんがレイたんの指に触れてドキドキ☆」というニュアンスでとらえるのは僕には難しかったです。
さすがにこれは難しい(^^;)。
ただ、「14歳の少年というディテールのリアリティーを削いでしまうように」とか「こ れはもう14歳ではないですね」とかいう話はなかなか難しい話で、こういう話は、実は 凄く昔にとある投稿作家さんとしたことがあって、その時は結論めいた話にはならなくて、 というか、これはもうしょうがないでしょう、みたいなことになったと記憶してるんだけ ど、私の中で決定的になったのは、狗飼恭子という作家の「冷蔵庫を壊す」という作品を 読んだ時で、この話の主人公は小学校五年生なんだけど、文章だけ読んでると、正直あり えない(笑)。でも心の動きとかは、ああ、とか思うのね。
振り返ってこの話の場合。14歳としてのリアリティーという話題は避けるけど(^^;)、 シンジ君だなぁとは思う。私的には全然アリ。いい話だと思う。
でも作者がダメと言ってるならダメということで(笑)、それはつまり「確かにののさん の描くシンジ君がここにいる」ってことなんだと思う。いつも書いてるこういうシンジ君 が書きたいわけじゃなかったのにやっぱりこうなってしまった、みたいな。
というわけで、道は果てしなく険しいかもしれないけど、
> いつか修正して形にしよう・・・。
期待して待ってます。
【Date:】 13 Jul 2008 23:22:00 【From:】 "tama" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
>風呂場で着替えてくれという言葉は口の中で無効化された。
女子目線だとこれがすごく中2病の温度感があるなって思いました。やっぱり、感性が女子と男子は違うのかなぁ。私だけ? 見たいけど、いけないというジレンマで、エロスが勝ったなみたいな感じがちょっと微笑ましかったです。
ちょっと斜に構えた感も含めて、良い意味でののさんらしい質感というか、なんというか、独特のシンジくんらしさがあって、私は好きですよ。 レイの感じも対比してて。 次のも待ってます(^^)
【Date:】 15 Jul 2008 17:27:00 【From:】 "tamb" 【Subject:】 Re: answer song for “蒼空の髪留め”
> 女子目線だとこれがすごく中2病の温度感があるなって思いました。やっぱり、感性が女子と男子は違うのかなぁ。私だけ? > 見たいけど、いけないというジレンマで、エロスが勝ったなみたいな感じがちょっと微笑ましかったです。
女子の感性は良くわからんけど、風呂場で着替えてくれとも恥ずかしくて言えず、もち ろん直視もできない、みたいな感覚はわかるなぁ。少なくとも真面目に「風呂場で着替え て」とは言えないでしょう。「風呂場で着替えないと見るぜ」とかは言えるかもしれんけ ど、これじゃシンジ君じゃないしな(笑)。
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