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090913 レインマン
日時: 2009/09/13 02:24
名前: aba-m.a-kkv







第三新東京市の防空の要だった兵器システムの高層ビル群。

目的のための手段として作られたそれらは、目的の終焉と共に役割を終え、放置された。

何かにとって変えられるような中身ではなく、かといって取り崩すだけの余裕もない。

再開発のレッテルを貼られたまま、自然に朽ちていくほうが早い住宅群と、同じような道をたどるのかもしれない。

とはいえ、ビルの中に満載された弾薬を回収し終えるまでの間は、ビルの中に電力は通っているし、ある程度のメンテナンスも続けられている。

でも、人が立ち入ることなんて、ほとんどない。


そんな塔婆の群れの上、灰色に満ちた天蓋は、何人隔てることのない日の光と同じ、水の滴を、この星の体液を、降らし続けて、この数日久しい。

その透明な血漿に打たれる高層ビル群でもっとも背の高い一つ、その屋上の展望台、そこに取り付けられたプラスチックのベンチに、渚カヲルは座っていた。

銀色の髪を、透明な血で塗れさせながら、雨霞の街を、その赤い、紅い瞳で見つめていた。






レインマン aba-m.a-kkv





多くの人が忘れることの出来ない傷痕の日、誰もがその日に感傷する、なんらかの感慨を抱く。

彼らにとってそれは自分の目に、耳に、身体に刻まれた記憶だから。

世界が、すべてが変わってしまった日を。

でも、渚カヲルが考えるのは、自分の生まれた、そんな日の感慨などではない。

世界の多くの人が知らない、誰も思い出すことの出来ない、再生の日について、彼は考えている。

その日を直接的に知った、世界数十億の中のたった四人の子供たちの一人だったものとして。

ただ唯一、他の存在として、完全な使徒として、その日を越えた意味を。


雨が、この星の血液が、渚カヲルを濡らしていく。

傘も差さずに、ベンチに座り続ける彼の上に、灰色の天蓋は分け隔てなく満遍なく十分に、彼を染めていく。

それは、夏が少し過ぎて、いまは戻った四季の中の夏と秋の狭間。

かろうじて温かみを持ってはいるけれど、長い針を幾つも刻まぬうちに身体の芯から熱を抉り取っていく。

それでも、彼は立たない、立てない。

高層ビルの、その屋上の展望台の、そのベンチに張り付いたように、根を下ろしたように、彼は動かず、考えている。


「サードインパクトを超えて、リリンは、少しだけ、ぬくもりを取り戻した」


少し、ほんの少しだけ、人という使徒は、唯一群体を選択し、知識の実を喰らった使徒は、ぬくもりを取り戻した。

他者と意思を疎通する術を、分かり合おうという感覚を、取り戻した。

今まで微々たる数字だった恐れのない繋がりに、幾らかの掛け算をした。

二人の、少年少女の願いのもとに。

それで、世界の何が変わったというのだろう。

何も、表面上は、裏面上は、何も変わらない。

でも、人という使徒の奥深いところで、閉塞してしまった可能性、閉ざされてしまった本当の意味での新世紀の扉がほんの僅かとしても開いたのは事実だった。

人は道を手に入れた。

細い道でも、それを広げていく可能性を。


「なら、サードインパクトを超えた僕は、タブリスであり最後のシ者であり、自由を司る使徒である僕は、どうなのかな」


渚カヲル・タブリスという存在、完全な使徒、この星で生き行くために辿りついた、到達した最後の使徒。

生命の実を喰らい、単体の存在として永遠を身の内に刻んだ存在。

単体である彼は、独りで生きられる、独りで生きるように創られた。

それが思惑であれ、何であれ、渚カヲル・タブリスとはそういう存在。

始めからゼロであり、何を掛けてもそれはゼロ以外にない。

そうであるはずだった。

サードインパクトを超えて、人がほんの少しのぬくもりを取り戻しても、渚カヲルに取り戻すものなど何もなかった。


「でも僕は、太陽を手に入れた」


雨が止んだ。

否、渚カヲルの上の天蓋だけ、血の滴りが止んだ。

世界は、目の前の街は、変わらず雨霞に覆われている。

そして、声がする。

この星の血に塗れて、冷たくなった身体の芯を、焼き焦がすように暖める、愛しい声が。


「カヲル」


カヲルが、今まで離さなかった街への視線を切り落として、後ろへと、声のほうへと振り向く。

亜麻色の綺麗な髪、少し怒っているような真っ直ぐな青い眸、火を紡ぐ柔らかな口唇、高貴さを纏う華奢な身体。

赤い色の大きな傘を指し向けた、惣流アスカ・ラングレーの姿がそこにあった。


「あんた、いつの間にかいなくなってると思ったら、またこんな場所に……!

 それに、バカ!!

 ずぶ濡れじゃないの! なに考えてんのよ……」


鼻先に触れるほどにまで人差し指を差し向けて、彼女は半ば怒鳴るように言う。

でも、その言葉の内側には、心配や優しさが繊細に織り込まれていて、カヲルは微笑んだ。


「ごめん、アスカ」


そんなカヲルの言葉に、アスカはわざとらしく舌打ちをしてベンチを回り込み、カヲルの前に立つ。

そんな動きのある中でも、カヲルの天蓋は赤を保ったまま。

そして、アスカは掌を差し出した。


「バカカヲル! さっさと帰るわよ!!」


カヲルは幾許かの間、それでも刹那の時を、アスカを見つめることに費やして、それから、差し伸ばされた彼女の掌を、ゆっくりと握り締めた。

そこにあったのは、扉を超える時まで、知らなかったぬくもり。






身体の片側で、その片手で持つ傘は、一人には空しい。

でも、雨霞が覆うこの世界、灰色の天蓋の下に映える真っ赤な傘の下は満ちていた。

傘の柄の片側に惣流アスカが、もう片側に渚カヲルが収まって、彼らが今生きて住まう家への道を歩いている。

とはいえ、一つの傘が、二人の天蓋を完全に覆うのは難しい。

人一人がゆったりと流血の天蓋を覆うのに十分なのが傘だから。

故に、カヲルとアスカは、その小さな領域の中に寄り添って、小さくなって、納まっていた。

高層ビルの、その屋上の展望台の、そのベンチから引きずり起こした掌は、今はそれぞれの腕と腕とが絡まって二人を繋ぐ。

腕と腕がふれあい、肩と肩が触れあい、身体と身体が触れ合う。

その接触は、その密着は、二人の共有。

カヲルを濡らすこの星の透明な血がアスカに染み渡り、カヲルの奪われた体温が、冷たさが、アスカへと移っていく。

でも、アスカは何も言わない。

カヲルも、そんなアスカに寄り添って歩く。

一つの坂道を越えて、雨霞にぼんやりと浮かぶ彼らの家を内包する建物が見えた時、アスカが、今まで噤んでいた口唇をふと開いた。


「なに、やってたのよ?」


アスカが一つだけ、少しだけ視線を向けて、伺うように尋ねる。

カヲルは紅い瞳を真っ直ぐ向けたまま、呟くように答えた。

組んでいた腕に、少しだけ、いつも隣にいるアスカが分かる程度の力を加えて。

ほんの幾らか増して寄り添って。


「今日の日を、あの日を、考えていたんだ」


カヲルの答えたそれは、雨の日には似つかわしくないほどに晴れた言葉。

隣に寄り添う、彼女の本来の姿に沿うような、そんな声色を彩った言葉だった。


「そう……。

 そっか……。

 カヲル、あたしの家に寄ってきなさい。

 あんたのとこより近いから」


アスカが一つ頷いて、それから視線を上げて言う。

自分たちが住まう家の辺りを見つめながら。

その青い眸の色は変わらないし、その声も揺るぎ一つなく、自然に、自然に。

カヲルが少し驚いたように首を傾げ、アスカのほうに視線を向ける。


「一階の差じゃないか、同じコンフォートなんだから」


そんな疑問の言葉は一蹴された。


「バカ、一刻も早く身体暖めないと風邪引くじゃない。

 あんたに拒否権なんてないのよ」


真っ直ぐ見つめるアスカの眸は一つも揺らいでいなかった。

中心点で動くことのない存在のように。





彼女の、惣流アスカの家の敷居を越えたのは、もう数えられない。

自分の家と定めた場所も、彼女の家と定めた場所も、同じほどの数だけ越え、いつしか数えるのをやめてしまった。

渚カヲルにとって、それを数えるだけの意味は、もはや昇華して、意味を成さなくなってしまったから。

玄関に入るとすぐ、アスカは家の中へと消えていった、カヲルにその場で待つよう厳命して。

バスルームに消えただろうその先から、湯を張る勢いのいい音が響くと、アスカが長い亜麻色の髪を揺らしながら走り戻ってきた。

その手に一つの籠と幾つものバスタオルを提げて。

そのうちの一枚を床に広げてアスカはカヲルに言う。


「服、脱ぎなさい」

「ここで?」

「そうここで、じゃないと床が濡れるじゃない。

 そんなの許さないわ」


カヲルが手を少し広げて、それからこの星の血に塗れた服を脱いでいく。

シャツを頭から脱ぐ時に一瞬隠れる視界、再びカヲルの紅い瞳が空間を映し直した時、彼は固まってしまった。


「何よ、バカ、あんまし見つめるな」


そこで見つけたのは、半ば赤く、半ば声を荒げて言った惣流アスカが、同じように服を脱いでいる姿だった。


「な、なにをしているんだい、アスカ」

「一緒に入る。
 
 あたしだって寒いのよ、カヲルを探しに出かけさせられた挙句に、あんたに半分濡らされて。

 このままじゃ、あたしも一緒に風邪引くじゃない。

 まったく」


アスカは身を覆っていた洋服を丸めて籠に放り込む。

あらわになる白く透き通った肌。

そんな姿に、カヲルは少し視線を逸らした。

でも、アスカはそれを許さず、片手をカヲルの頬にあてる。

そして、下着に指をかけると同じくして、アスカはカヲルを睨み付けた。


「なによ、いまさら。

 それに、カヲルが風邪引くのも、許さないから。

 さあ、早くなさい」


その言葉をまるで合図にしたように、バスルームのほうから湯が満ちたことを知らせる音が響いた。





それなりの大きさをもつ湯船。

でも、二人が向き合って入れるほどの広さではない。

故に、カヲルがアスカを包み込むように重なって、熱を保つ湯の中につかっている。

微かな震えを内包していた身体も解け、身体の芯に絡みついていた冷たさも今は全く消えていた。

二人は声もなく、言葉もなく、ただ生きている音を互いにさせながら、互いに重なり合い寄り添い合う。

重なった肌と肌とを伝わるぬくもり。

それは、二人を包む湯の熱に劣ることはない、その事実を、カヲルは感じていた。

掛け算ではない、足し算の可能性。

独りだった、何も持っていなかった、ゼロだった自分に加えられたぬくもり。

サードインパクトをただ唯一超えてなお、生きる目的を、存在意義を、持ち続けていられる幸せを、そのことを感じていた。


「あたたかい」


カヲルがふと呟く、言葉が口唇から漏れる。

それは、体温をいうのでも、湯の熱をいうのでもない。

欠けた心から零れた想い、ぬくもりを、幸せを、いま表すことの出来る中での一番真っ直ぐな言葉。


「あたりまえじゃない、お風呂ん中なんだから」

「そうだね」

「そうでしょ」


アスカがそういって少し笑い、カヲルが頷く。

でも、そう言いながらアスカもその意味を知っている、それが肌と肌の重なりから伝わってくる。

それが幸せで、幸せすぎて、カヲルは微笑んだ。

そんなカヲルの腕に、そっと手が添えられ、互いの指が絡められる。

そのつながり、その絆、それが、カヲルがここに今存在できている理由だ。

単体で生きることを定められた存在でも、それは自ら単体で扉を開けることによって意味を成す。

それは他の可能性を滅ぼした先にあるものだった。

人と共に扉を超えたカヲルに、それは意義をなさない。

意義を持たぬものに扉を超えた先の存在はない。

でも、カヲルは単体で扉を超えなかった。

その時に差し出され、重ねられ、絡めあわされた、この掌のぬくもり、彼女のぬくもりと共に、新世紀の扉を超えたのだから。


「ありがとう、アスカ」


アスカの耳元で囁くカヲル。

湯の煙に声が響き柔らかさを増し加える。


「なにが?」

「迎えに来てくれて」


迎えに来てくれた、それだけの意味ではない、もっとたくさんの今までを、今を、そしてこれからを内包したカヲルの想い。

それを汲んで、それを受け取って、アスカはさらに力を抜いてカヲルにもたれ寄った。


「別に、大したことじゃないわよ

 それに、あんたのため、ってだけじゃ、ないしね」


静寂を食む。

互いの息の音、伝わる心臓の鼓動、生きている互いの音を、噛み締める。

その先に、アスカは紡ぐ。


「あたしの傍にカヲルがいないなんて、許せない、だからよ」


触れ合う身体が熱い、握る掌が指が、頬を寄せる首筋が、熱い。

その熱は太陽のような熱。

ゼロとイチと隔絶を超えた渚カヲルの生きる道そのもの。

アスカが、痛いほどにカヲルの掌を握り締める。


「離さないで、カヲル」

「離さないよ、アスカ…… 

 ありがとう」





二人が一緒に居る場所、そこはいつも温かい。

重なりあい、寄り添いあい、そこから生まれるぬくもり故に。

そして、そこから伸びる道の上に渚カヲルは立っている、惣流アスカと手を繋いで。

人が少しだけぬくもりを取り戻したように、細くても新しい道を見出したように。

渚カヲルもまた、一つのぬくもりを、ゼロの上にイチを加え、そして道を歩いていく。

独りではない、二人で歩く道を、その可能性を。

例え、雨の、この星の血が降り注ぐ天蓋の下を歩くとしても、二人一緒に、傘を差しながら。






カヲル君へ、今年一年とてもお世話になりました。

この一年もよろしく。
メンテ

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Re: 090913 レインマン ( No.1 )
日時: 2009/09/13 03:17
名前: タン塩

はじめまして、タン塩と申します。「雨は地球の血」一発でやられました。
一人雨に濡れるカヲル。現れるアスカ。いいですね。シチュエーションの勝利。
読んだ時にたまたま見ていたキング・クリムゾンのDVDがはまる感じでした。
また投下お待ちしてます。
メンテ
Re: 090913 レインマン ( No.2 )
日時: 2009/09/14 00:26
名前: aba-m.a-kkv

タン塩さん、はじめまして。
感想ありがとうございます。

「雨が、この地球の血液」というのは、私の好きなフレーズでして、今回多用してみました。
気にいっていただけたみたいで嬉しいです。
雨に濡れる姿って言うのは、アスカにしてもカヲルにしても、似合うような気がするんですよね。

今回雰囲気的なものは「夢のアトサキ」「群青学舎」という漫画に影響されています。
あと、タイトルは鬼束ちひろの曲から引用させてもらいました。

また落とすと思いますので、その時は読んでやってください。
メンテ
Re: 090913 レインマン ( No.3 )
日時: 2009/09/14 00:29
名前: tamb

 フレーズがいちいち美しいんだよな。「雨が、この星の血液が」もそうだし、aba-m.a-kkv
さんの常套句かもしれないけど「太陽を手に入れた」とか。「火を紡ぐ柔らかな口唇」とかね。
その美しさが疵にならないのは結構すごいと思うんだよな。「掛け算ではない、足し算の可能性」
というアイディアもいい。
 そして、新劇場版では未だ出会っていない二人を想う。
 さらに、こういう体勢でお風呂に入ると地味に手の置き場に困る事をも想う(爆)。
メンテ
Re: 090913 レインマン ( No.4 )
日時: 2009/09/14 00:42
名前: calu


aba-m.a-kkvさん

はじめまして。caluと申します。

本作拝読いたしました。有難うございました。
カヲルくんのbirthdayに捧げるffですよね。旋律のような綺麗なセンテンス。そして、
シーンだけでなくカヲル君とアスカの心象までもが持ち上がってくるような情景描写
が素晴らしいと思いました。

今気付いたのですが、EVAに出会って丁度一年の私が初めて読ませて戴いたLAKでした。

また、次作を楽しみにいたしております。
メンテ
Re: 090913 レインマン ( No.5 )
日時: 2009/09/15 00:46
名前: aba-m.a-kkv

■tambさん
どうもです、意図を感じる三ヶ月ぶりの投下です。
美しい、といってもらえて、頬が火事になっております。爆
ありがとうございます。
前回は、ものすごく苦労してうまく書けなかったんですが、
今回は少し“降りてきた”ような気がします。
「掛け算ではない、足し算の可能性」のところなんていうのは、書き始めても浮かんでいなかったので。
でも、アザゼルを書いていた時の、第七話で突然リリスが“降りてきた”ときのような戦慄をまた味わってみたいですね。
連載できるくらいの長編を書かなきゃいけないんでしょうけれど。笑

しかして、新劇で今後、二人がどうなるか、っていうのもLAK推進委員会として気になるところです。
まあ、LAKになるなんてことはないんでしょうけれど、でも、二人とも救われて欲しいなあ。

さて、うん、えーと、お腹の辺りで手を組んでるんじゃないですかね。爆

■caluさん
どうもはじめまして、浮幽霊部員のaba-m.a-kkvです、ひとつよしなに。
感想ありがとうございます。
とても褒めていただきまして、顔が火事になっています。爆
今回はカヲル君記念日なので彼がメインです。
視点をがらりと変えたのも面白いと思うんですが、一応その日にはその人が主格になるように心がけています。

caluさんの初LAKということで、光栄な限りです。
うーん、こんなことなら、もっと引きずり込めるようなSSにすればよかったかな。笑
次回もLAKの予定ですので、よければ読んでやってください。
メンテ

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