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神様なの
日時: 2010/04/09 20:40
名前: tamb

「綾波って、もう死んでるの?」

 碇くんがごく普通の調子でそう言ったのは、学校の帰りに買ってきたアイスをわたしの部屋
で食べているときだった。わたしが濃厚ミルクのバニラアイス、碇くんはチョコモナカ。
 あまりに普通の調子だったので、彼が何を言ったのか少しのあいだわからなかった。
 しばらくしてから急に心臓がどきどきしはじめた。本人を目の前にしてなにをまた面妖な、
と言おうとしたけれど、口の中がからからに乾いて声が出せなかった。バニラアイスを口にし
てゆっくりと溶かす。
 いや、死んでるっていうのとは違うかな。幽霊っていうか。あれ、でも幽霊って生きてるの
かな?
 今日は寒いね。そんなところで居眠りすると風邪ひくよ。ちょっと味が濃かったかな。
 そんな話をするのと同じように、ごくあっさりと碇くんが言う。わたしはやっとの思いで言
った。死んではいないけど、でもどうしてそう思うの?
 碇くんは思わずどきっとするような、悲しみを含んでいない笑顔で答える。だってさ、綾波、
ちょっとだけだけど、ときどき透けてるんだよね、ぼーっとしてるときとかにさ、すこしだけ
向こうが見えてて、でも服はちゃんと見えてるから、ちょっと不思議な感じがするよ。
 頬が熱くなった。
 どうしてそんなことになっちゃったの?
 碇くんが食べ終わったチョコモナカのビニールを捨てて言った。
 どうしてかな、たぶん、少しだけ意地になってたんだと思う。意地って? 神様になるんだ
って、思ってたから。綾波、神様なの? たぶん。たぶんってどういうこと? 実感がないの。
神様って何でもできるんでしょ? できるわ。じゃあ元に戻ってみたら。それはしないの。ど
うして。世の中に神様がいないと、いろいろと不都合があるの。大変だね。大変なの。じゃあ
さ、ここにいまぱっとサラダとか出せたりする? できるわ。やってみて。やらない。どうし
て? 物理法則に反するから。それに八百屋さんが困るわ。
 碇くんは少し考えたあと、意地悪な顔になって言った。
 綾波にも持てない石って、作れる? 神様って何でもできるんでしょ? 作れるけど、でも
意味がないわ。どうして。作ったときは持てないけど、それを持てるようなわたしにわたし自
身が変化するから。へんなの。へんじゃないわ。神様っていっても万能ってわけじゃないのか
な。万能じゃないの、全能なの。万能と全能ってどう違うの? わたしは少し考えてから言っ
た。万能ネギって、ネギとしては何でもできるけど、英語を訳したりはできないわ。
 碇くんは変な顔をした。
 綾波、お味噌汁の具になるのはやめた方がいいと思うよ。
 今度はわたしが変な顔をする番だった。

 あのさ、綾波。碇くんが気を取り直したように言う。どうして向こうが透けちゃったりする
の、頑張ってないと透けちゃうの? ううん、そうじゃなくて、例えば碇くん、息をする時に
頑張ってないでしょう? うん、頑張ってない。でも、何となく息止めてるときって、あるで
しょう? あるのかな。あるの、そんな感じ。よくわかんないや。難しいの。でもさ、綾波、
おなか減ったって言うし、アイス好きだし、トイレとかも行くでしょ? おなかは減るけど、
トイレは行かない。え、おしっことかしないの? しない。ほんとに? 神様だから、しない。
 碇くんは疑い深そうにわたしを見る。
 ……ごめんなさい、嘘です。
 だからさ。碇くんは続ける。おなか減るしトイレ行くし、赤くなったり怒ったりすねたり甘
えたりするでしょ。するわ。変じゃない? 変じゃないわ。神様なのに? 神様だってトイレ
は行くの。ご飯も食べる? 神様もおなかは減るの。でも、最近はだいぶいいけど、お料理は
まだ練習中だよね?

「うるさいわ」

 わたしはそう言って枕を投げつけ、押し倒した。絡み合ったままベッドにずりあがり、キス
をした。長いキスで存分に溶かされたあと胸をさぐられて、わたしは息を止める。碇くんは服
を脱がせながらわたしをさぐるのが好きで、わたしはいつも裸になる前にいかされてしまう。
わたしだけこんなに早々といってしまうのは恥ずかしいから頑張って我慢するけれど、どうし
ても我慢できない。いってしまってから裸になって、もう一回いかされて、抱き合ってひと休
みしてるときに碇くんが言った。
 綾波、赤ちゃんは産める? 産めるわ。もう少しして大人になって、結婚したら産んでくれ
る? 産んであげるわ、五人でも六人でも。そんなに頑張らなくてもいいよ、二人くらいがい
いな。じゃあ二人。あ、あのさ。なに? もしかして、妊娠とか自由自在? 勝手なこと考え
ちゃだめ。わたしは碇くんの頬をつねった。ご、ごめん。謝らなくてもいいわ。
 碇くんはベッドの小物入れをさぐり、それからわたしの上になった。えっちの最中とかあと
とか、透明にならないでよね、さみしいから。ばか。
 神様も、感じるんだね。碇くんがゆっくりと動きながら言う。そうなの、とわたしは答える。

「碇くんのせいで、すごく敏感になっちゃった神様なの」



 結婚して、子供を産んだ。わたしにそっくりな男の子と、碇くんにそっくりな女の子。子供
たちは、お父さんとお母さんは夫婦なのにどうして碇くん綾波って呼ぶの? に始まり、お父
さんはサードチルドレンでお母さんはファーストチルドレンなの? になり、中学生になる頃
には、やっぱりお父さんとお母さんは碇くん綾波じゃなきゃダメよね、になった。娘は私のこ
とを綾波さんと呼ぶし、碇くんのことは碇くんと呼ぶ。息子も私のことは綾波さんと呼ぶが、
碇くんのことをシンジと呼び捨てにして張り倒されてから、元のようにお父さんと呼ぶように
なった。

 子供たちは人生の伴侶を見つけ、家を出て行った。やがて孫が生まれ、もうしばらくすれば
曾孫も見れるかというころ、わたしは体調を崩して入院した。碇くんは病院でわたしに向かっ
て言った。
 綾波、神様なんだろ? そうよ。僕より先に死んじゃだめだよ、っていうか、神様も死んじ
ゃったりするの? 神様は死なないわ、でも肉体は滅びるの。そこをなんとか。子供より長生
きしたくないわ。そこまでは言わないよ、僕より長生きしてくれればそれでいいんだ。とりあ
えず、とわたしは微笑んで言った。まだしばらくは大丈夫だと思うから。
 孫娘が学校帰りに寄ってくれた。おばあちゃん、もう少し長生きすれば曾孫の顔見せてあげ
るから、がんばって長生きして。ありがとう、がんばるわ。
 孫娘はまだ十四歳だ。わたしと碇くんが出会った歳ではあるけれど、子供を産むまであと十
年はかかるだろう。十年はちょっと困難な気がする。二年くらいで産んでもらってもそれはそ
れで困るし。

 数日で退院し、家に戻った。その日の晩、わたしは碇くんに抱かれた。それまでもずっとひ
とつのベッドで眠っていたし、手を繋いだり抱き合ったりはしていたけれど、最後に抱かれた
のはいつだったか思い出せなかった。長いキスですっかり溶かされ、パジャマを半分だけ脱い
だ状態で、わたしはいかされてしまった。なおも挑みかかってくる碇くんを制してわたしは言
った。碇くん、まって、別の意味で逝ってしまうわ。彼は苦笑いして手を止めた。ね、こんな
おばあちゃんの身体に触って楽しいの? 彼は答える。綾波は綾波だから。胸がきゅんとなっ
た。手を伸ばすと、碇くんは十代だったあの頃と同じ、とまでは言わないけれど、元気一杯だ
った。わたしはあの頃より少し小さく張りもなくなった胸にキスされ、声を漏らした。

 数ヶ月が経ち、桜の花が満開になる頃、わたしは碇くんの腕の中で死んだ。
 その寸前に彼は目を覚まし、叫んだ。綾波、だめだ、待って! わたしは微笑み、ありがと
うと答えて目を閉じた。彼が取り乱していたのは長い時間ではなかった。朝になるまでこうし
ててもいいよね。彼はわたしを抱き締めて言う。わたしはうなずいた。それから急に気づいて、
急いで下着を身に付け制服を着た。いくら死んだといっても碇くんの目の前で裸でいるのは恥
ずかしい。えっちなことをしているわけでもないのに。
 碇くんはわたしに顔を寄せた。未練がましく人工呼吸でも始めるのかと見ていたら、繰り返
しキスをしていた。わたしと碇くんのキスを見るのは少し恥ずかしかった。思わず生き返りそ
うになった。

 お葬式には、アスカが渚君と一緒に来てくれた。この歳でSSTOはこたえるのよね、などと文
句を言いながら、はるばるドイツから。ずいぶん長いこと会っていなかったけれど、相変わら
ずなアスカが嬉しかった。葛城さんも赤木博士ももうとっくに鬼籍に入っていたけれど、クラ
スの同級生の中ではわたしが一番乗りだった。なんだかんだ言ってみんな長生きしたよな、こ
んな歳まで。と相田君が言う。天寿を全うしたと言っても差し支えないものねと、鈴原夫人と
なったヒカリさんがポツリと言う。あの頃は、こんな歳になったあたしたちなんて想像もでき
なかったけれど。
 お葬式のあと、みんなはお酒を飲みながら思い出話をする。綾波は可愛かったよな。お前は
果報者だよ。あ、アスカも可愛いよ。いや、今でも可愛いって。あの子のこと憶えてる? 髪
が栗色だった子。あの子、碇君のこと、ちょっと好きだったのよ。俺は好きだったなあ。惚れ
っぽいのね。ほっとけ。あの眼鏡っ娘はなんて言ったっけ。あの子、気になってたんだけどな。
今頃どこで何をしてるんだろう。まったくジジババが何を言ってるのよ。
 わたしはそれを笑顔で聞いていた。

 全ての様々な儀式が終わり、部屋に戻った碇くんはチェロを取り出した。調弦を済ませると、
バッハの無伴奏チェロ組曲を弾いた。若い頃はよくリクエストして弾いてもらったものだった。
やがて碇くんは弓を置いて言った。綾波、もういいだろ? 一周忌までは待てないよ? 曾孫
の顔、見なくてもいいの? それだけがちょっと心残りだけど、じゃあ次は玄孫だ来孫だ昆孫
だって、きりがないからね。わたしは笑った。それにさ、見れないってわけじゃないだろ? 
そうね。わたしは手を伸ばす。碇くんがその手を握った。
 綾波、制服着てるんだ。うん、やっぱりわたしはこれかなって。そうかもね。それでね、碇
くん。うん? 碇くんも、服を着たら? あ、ああ。彼は慌てて制服を着込んだ。
 さあ、行きましょう。どこへ? あなたの行くところなら、どこへでも。碇くんは少し意地
悪な顔をして言う。神様なのに、導いてくれないの? わたしは澄まして言った。碇くんは、
きっと道をまっすぐにしてくれるから。
 彼は笑ってわたしの手を取る。そしてわたしたちは歩き始めた。

 ね、綾波。なに? ぼくたち、脚、あるね?

「幽霊じゃないの。神様なの」

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Re: 神様なの ( No.1 )
日時: 2010/04/11 10:27
名前: タン塩

感想書きにくいなぁ。こういうネタはそれなりの舞台装置を設定してガチンコ長
編で書いてくれれば、感動巨編!ということで納まったのに、こっちの掲示板で
アイス食べながらという軽いノリで始めといて、御臨終まで持って行かれたら
リアクションしづらい。「聞いてないよ〜!」って感じ?
落語に例えると、前座がいきなり『子別れ』とか大ネタ人情噺を始めた感じ。お
いおい、お前は『寿限無』やっとけよ!みたいな。
大真打ちtamb師匠にはぜひガチンコ長編を書いて頂きたい。

そんな時間ないだろうけど(`∀´)
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Re: 神様なの ( No.2 )
日時: 2010/04/11 21:08
名前: JUN

これはぜひともきちんと連載していただきたい。え?え?え?という感じが否めません。“めちゃくちゃ”路線かと思ってしまったじゃあありませんか(汗)
長編、お待ちしてます(笑)
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Re: 神様なの ( No.3 )
日時: 2010/04/12 01:42
名前: aba-m.a-kkv

「神様なの」を読みました。
印象深く興味深い作品でした。
さすがtambさん、すごいです。
私も、二人が死を迎える物語というもので、暖めているプロットがあるんですが(似ているかもしれない)、今の自分ではまだ書けないなー、と。

こういう生涯を概観しながら死までを描く作というのを私はほとんど読んだことがないです。(あるのかもしれませんが)
印象に残っているのはXXXsさんのエヴァ++の最終話、あれを読んだときの戦慄は今でも蘇ります。
私がこういう話への思い入れが深いためかはわかりませんが、ショートショートながら、後半戦に入っていったときには震えました。

一部を除いて、台詞が文中に溶け込んでいるという方法も面白いと思いました。
句点で分けているとはいえ、よく見ないとこれ誰の言葉かな、というのは多々ありましたが、笑。

なんとなくかわいいタイトルの中にある「神様」という軸が最初から最後までまっすぐ通っているのも凄いな、と思いました。
逆にこの軸を通しながら長編や連載を書くのは凄く難しいかな、とも。
なにか「神様」テーマでの大きな物語が終わった後のエピローグ的な感じというのなら想像できるような気もしますが。
ぜひ頑張っていただきたいです。爆


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Re: 神様なの ( No.4 )
日時: 2010/04/12 01:57
名前: calu

tambさん

有難うございました。拝読しました。
ラストシーンですが、あまりに感動したので、かの『離れていても、どこにいても』
のもう一つのエピローグかなと思ってしまったのですが、読み返すと設定が違っておるようでした(^^;)。

本作をトリガーにtambさんの連載リクエストが連発しておりますが、実現すれば嬉しい限りですが、
ご多忙を極める中、無理をされないように…などと言いつつも、本心としてはめちゃくちゃ読みたい(爆)。

>意地って? 神様になるんだって、思ってたから。
ラストで露わになったレイの健気な意地が、堪らないのです。
メンテ
Re: 神様なの ( No.5 )
日時: 2010/04/15 04:08
名前: tamb

 肉体は精神に従属するという前提に立った場合の接触という手法によるコミュニケーション
は、なんていう「もうそろそろいいんじゃね?」的な話は置いとくとして(^^;)。
 いたずらに劣情を刺激しない性描写というがまずひとつ。ま、しゃぶるとか書かなければい
いような気もする(笑)。普通に売ってる本でももっと激烈なのがあるわな。もっとも、そのい
う類の小説は中学生あたりはターゲットにしてないと思うけど。でも高校生くらいなら普通に
読む。小学生の頃に読んだ○○という小説は刺激が強すぎた、なんてのは良く聞く話。
 で、こんな風に書いてもこりゃ文学じゃないよね、というのがひとつ。まぁそれはいいか。
 最後に、こんな風に書くとゲロ甘シリアスにならないかな、というのがひとつ。結果的には
ゲロ甘にもシリアスにもならなかったし、方向性としてどうなのかも判然としないw
 でも、こんな風に幸せに死ねれば、それはとても素敵なことなんだと思う。

 そもそもこれは全力疾走でしょうと最初から思ってたので、長編とか連載とかは無理でしょ
う。薄くなるだけ。ネタとしては「やっぱりお父さんとお母さんは碇くん綾波じゃなきゃダメ
よね」あたりは膨らむかなと書いてて思ったけど。
 やるとすれば、いつまでたっても戦争を止めないのに業を煮やして人類皆殺しを画策するレ
イを必死で止めるシンジとか、何とか相手を傷つけたり気分を害したりさせずに上手に燔祭の
羊をお断りする方法を相談する(できればお野菜かサラダ、せめて焼き魚で)とか、神様業に
疲れて甘えまくるとか、神様は飽きたから魔女になってみようと思うとか、そんな方向になる
と思う。……もしかするとそこそこ面白いかもしれんがw、感動巨編にはならんでしょう。

 エヴァ++の最終話ってのは当然頭にあって、あぁこんな風にストレートに書いてもちゃん
と面白く(というのとは違うけど)なるんだな、と思った。あれはほんとに凄かった。あんな
風には書けない。

 まあでも、書き切れなかった部分も含めて、これはこれでいいかなと今は思う。

 文中で使用した、というよりシンジ君の弾いてたバッハの無伴奏チェロ組曲動画を。これは
ヨーヨー・マの演奏。
 念のため先に書いておくと、インギーの速弾きバージョンとかは別スレに貼るように(笑)。
あるのか知らんけど。

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