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部屋とワイシャツと綾波
日時: 2010/04/11 20:16
名前: タン塩

猫みたいに丸まっていた。僕のベッドの上だというのに。
「あの……何してるの、綾波さん?」
「別に」
「別にって、それ僕のベッドなんだけど」
「知っているわ」
「……せめて、着替えたらどうかと思うな」
「気が済んだら着替える」
「気が済むってなんの気さ」
「……別に」
下校して自分の部屋に帰って来たら、ドアの鍵が開いていた。部屋に入ると、や
っぱり綾波。高校の制服のまま僕のベッドで丸まって、頑として動く気はないら
しい。
「……いいけど」
こういう時の綾波は梃子でも動かないのは知っている。諦めた僕は、とりあえず
自分が着替えることにして、ワイシャツと制服ズボンを脱ぎ捨て、Tシャツとジ
ーンズに着替えた。
着替えを終えて振り返るといつの間にか綾波が起き上がっていて、僕をジーと見
つめていた。
「き、気は済んだの?」
「……着替えるわ」
「って、ちょっと!」
止める間もなく制服を脱ぎ出す綾波。僕はやむなく綾波に背を向ける。いまさら
な気もするけれど、親しき仲にも礼儀有り。
「いいわ」
振り返ると、下着の上に大き目の男物のワイシャツを着ただけの綾波。
「……その格好が好きだね、綾波」
「楽だから」
そう言いながら、自分の制服をハンガーに掛ける綾波。僕も自分の脱いだ制服を
片付けようとして気付く。
「……綾波、僕のワイシャツは?」
「返さないわ」
「だ、ダメだよそんな」
「明日洗って返すから問題ないわ」
「そうじゃなくて、今日は汗かいたからさ」
「すぐわかったわ。いつもより匂いが濃いもの」
「な、なら早く脱いでよ」
「イヤ」
「で、でも」
「イヤ」
「……最初から狙ってたね、綾波」
「そんなことないわ」
絶対嘘だ。そのニヤリは何?
「そんなことより、お茶にしましょう」
そう言ってヤカンに水を汲んで火に掛ける綾波。ティーポットにリーフをスプー
ン三杯。手慣れた動き。和らいだ空気。
やがてチンチンと音を立てて沸騰するヤカン。火を止めてヤカンを取り上げ、テ
ィーポットに軽くお湯を注いで蒸らすこと十秒。茶葉が開いたのを見計らって、
ゆっくりと湯を注ぎ込む。
そして待つこと一分半。二つのティーカップに、交互に均等に紅茶を注ぐ。
「…お待たせ」
「ありがとう」
レモンも砂糖も使わない。ただアールグレイの香りを楽しむ。
「おいしい」
「…よかった」
微笑み。和やかさ。あの頃なかったものが、今ここにある。
「で綾波、シャツ返してくれない?」
「しつこいわ」
「で、でもさ、ここんとこ洗濯してなくて、洗わないと替えがないんだ」
「洗ったわ」
「へ?」
おりしも脱衣所から軽やかな電子音。超法規的組織から総合電機メーカーに衣更
えしたNERVの最新ヒット商品、静音洗濯機だ。反回転トルクドラムによる逆位相
振動がどうのとかリツコさんが講釈していたけど、とにかく静かなことは間違い
ない。
立ち上がった綾波は、やがて洗濯物を抱えて戻って来た。
「碇くん、ベランダ、開けて」
「あ、あの」
「開けて」
「…はい」
僕が開けたベランダに出て、洗濯物を干し始める綾波。
「大丈夫、天気がいいから夕方には乾くわ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「って、ダメだよ綾波!そんな格好でベランダに出ちゃ」
「構わないわ」
「僕が構うの!シャツ一枚の女の子なんて近所の人に見られたら誤解されるよ!」
「誤解なの?」
「へ?」
「誤解、なの?」
紅い瞳が僕を見つめる。いや、むしろ睨む。
「いや、その、あの…」
「誤解なの?」
「いやその……誤解じゃないけど」
「お代わりは?」
「え?」
いつの間にか干し終わった綾波が、紅茶のポットを手に取った。慌ててカップを
差し出す。
「も、もらいます」
「はい」
二杯目の紅茶。気まずい雰囲気。
「私は碇くんの、何?」
「え、いやその、こ、こい……」
「聞こえないわ」
「こ、ここ、こいび」
「はっきり言って」
「こ、恋人だよ!」
「いいわ、許してあげる」
柔らかい微笑み。これだから僕は君にかなわない。


「で、何で僕のシャツを着たがるの?」
「うるさい」

【終わり】
メンテ

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Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.3 )
日時: 2010/04/15 06:12
名前: タン塩

JUNさん>
ゲンドウ「ゼーレからの予算も来なくなったしどうしたものか」
冬月「電機メーカーなぞどうだろう」
リツコ「新型の洗濯機や電子レンジのアイデアがありますわ」
ミサト「あ、あたしは? え、営業部長!?」

tambさん>
むしろ携帯の方がベッドに寝転んでても書けて楽(笑)デスクに向かってパソを
立ち上げてと考えただけで面倒。

> 平松愛理
え、そんな歌詞なんだ。まともに聞いたことは一度もない(笑)昔歌番組に出た
のを見たが小柄だったことしか記憶にない。マーティンのアコギがあんなにでか
く見える人は初めてだった。
> おすまし系
最近ベタ甘系のメロメロな綾波さんばかりだったから、ちょっとツンを入れてみ
ました(笑)
> 匂いフェチ
レイ「うるさい」
メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.4 )
日時: 2010/04/17 08:44
名前: calu

お待ちしておりました(笑)。
このテンポとレイのカラーは相変わらずだと思うタン塩さんの作品。いいですね。

>ミサト「あ、あたしは? え、営業部長!?」
冬月「…ふむ。渉外部長も兼ねるとかな」
ゲンドウ「…ああ」
リツコ「あと、マヤには開発部で私のサポートをやって貰うわ」
マヤ「は、はい、センパイ!」
冬月「土日は家電量販店に応援に行ってもらわねばならんがな…ぴちぴちの半被を着てな」
ゲンドウ「…ああ」
マヤ「そ、そんな…センパイっ――」

タン塩さん、アレも投下されるべきかと…。

メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.5 )
日時: 2010/04/18 11:01
名前: タン塩

ぴちぴちハッピのマヤたんはいい!家電売れそう(笑)

> アレも投下
同情するならネタをくれ!ww
メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.6 )
日時: 2010/04/22 00:16
名前: tamb

> むしろ携帯の方がベッドに寝転んでても書けて楽

 これはすごく良くわかる。だがテンキーでの入力は無理。iPhone導入は考えないでもないん
だが、PCとどう連携を取るのか謎が深すぎる。基本的にiPhoneはファイルの概念がないみたい
だし。iTunes使えば勝手に同期してくれるのかな。まさかな。回りに持ってる奴も結構いるん
だけど、テキストの同期なんてしてる奴はいない。
 WindowsMobileならいいんだろうけど、いろいろ見てるといまいち信用できん。となるとグ
ーグルのアンドロイドって話になるんだが、まだこれからだし。

 ミサトは営業部長でしょうね、やっぱり。これははまり役。

 ぴちぴちハッピのマヤさんは想像できない、というよりぴちぴちハッピってのがよくわから
んのだが(^^;)。ぶかぶかハッピだと萌えるような気もするんだが(爆)。

メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.7 )
日時: 2010/04/22 18:08
名前: タン塩

私の携帯には青歯とかいうシロモノが入ってるらすい。
どう使うのかいまだに分からん。いやマジで。
メンテ
Summer Time Blues ( No.8 )
日時: 2013/09/01 18:32
名前: タン塩

「事故のないようにな。新学期に会おう。ではここまで!」
「起立、礼!」

一学期も終わり、いよいよ夏休みだ。高校に入って初めての夏休み。

「あんたら何か予定あるの?海に行きましょうよ海」
「うーん特に予定もないし、海もいいなあ。綾波は?」
「泳ぐの、好きだわ」
「決まりね!行き先はあたしに任せなさい。ヒカリも来なさいよ!」
「ええ」
「ワシもええんかいの?」
「アンタが来なくてどうすんのよ!ヒカリを一人で行かせる気?」
「海に行って何をするんだい?漁でもするのかな」
「あんたは黙ってなさいカヲル!後でみっちり教えてあげるから」
「あ、でも私、水着がスクールしかないわ」
「ダメよヒカリ、スクール水着なんて。海の前に水着を買いに行かなきゃね。
 レイもどうせスクール水着しかないんでしょ?」
「ええ。スクールではいけないの?」
「ダメよ、絶対ダメ!高校最初の夏休みなのよ。ビシッと決めなきゃ」
「何を決めるの…?」
「いいからあんたも来なさいよ!あたしがビシッと選んであげるから」
「アスカ、そろそろ行かないか。僕の服を見てくれるんだろう?」
「そうよ。私服持ってないなんて、ありえないじゃない!
 あたしがばっちりコーディネートしてあげるからね、カヲル」
「私たちも帰りましょう、鈴原」
「おお、そやな」
「後でメールするからヒカリ!待ちなさいよカヲル!」
「どうしたの?綾波さん」
「…ビシッとした水着ってどんなのかしら、洞木さん」
「大丈夫、きっとアスカがかわいい水着を選んでくれるから」
「そう。それを着たら、私もかわいくなれるかしら…」
「今でも十分かわいいわ、綾波さんは」
「ワシも後でメールするわセンセ。ほな」
「うん。妹さんによろしくね、トウジ」


「後で行くわ」
「うん」
綾波とマンションの廊下で別れて、それぞれの部屋に戻った。

夏休みかぁ。夏休みを迎えてこんなに浮き浮きした気分になるのは初めてかもし
れない。昔は、夏休みになるとホッとした。人に会わずにすむから。今はトウジ
やカヲル君や、アスカや委員長がいてくれる。何より綾波がいる。あの頃は、こ
んな日が来るって言われても信じなかったろうな。

ピンポーン
「はい、いらっしゃい綾波……どうしたの、そのバッグ」
「…あの、重いの、これ」
「あ、ごめん、僕が持つよ。…って、ホントに重いねこれ」
綾波は、大きなバッグをぶら下げてやって来た。ズッシリと重たいバッグを。
「お茶、入れたわ」
「あ、ありがとう」
「さっきアスカからメールが来て、明日水着を見に行くことになったの」
「アスカらしいな。思いついたら即実行か」
「どうしてスクール水着ではいけないのかしら」
「アスカには『女の子のプライド』があるらしいよ」
「よく、わからないわ」
ピロリンピロリン
「あ、メールだ。トウジか…『花火大会に盆踊り、今年はガッツリ遊ぶで!』
 やれやれ、今年の夏休みは予定がいっぱいだね」
「碇くん、楽しそうだわ」
「そうかなぁ」
「とても楽しそう」クスッ
「まだ早いけど、夕飯はどうしようか?食べに行く?」
「あ、いけない」
そう言うと綾波は大きなバッグをごそごそ開けた。中からコンビニ袋を取り出す。
「冷蔵庫に入れておかないと」
「買い物してきたの?」
「昨日買っておいたの。今日は私が夕飯作りたい」
「じゃ、任せていいかな」
「ええ」
そう言うと、またバッグをごそごそと。
「それ、夏休みの宿題?」
「ええ。早めに終わらせておかないと落ち着かないから」
「すごいね、初日から宿題に手を付けるんだ、綾波って」
「いずれやらなければいけないことだもの」
「そういえば、そのバッグはどうしたの?すごく重たかったけど」
「必要なものを考えたら、とても多くなってしまったの」
「必要って?旅行にでも行くの?」
「どこにも行かないわ。私はここにいる」
「え、じゃあ、必要なものって…」
「宿題、着替え、下着、パジャマ、歯ブラシ、化粧水、リップクリーム、
 ノートPC、財布、携帯、生理用品、避妊具…」
「え、いや、その」
「いけない、携帯の充電器を忘れたわ。貸してくれる?」
「いや、だって、綾波の部屋は隣じゃないか」
「大丈夫、ガスの元栓も閉めてきたし、コンセントも抜いてきたわ」
「もしかして、ずっと僕の部屋に泊まるの?夏休み中?」
「ええ」ニッコリ
まさかそう来るとは思わなかった。綾波はいつもマイウェイ。byシドヴィシャス。
「で、でも」
「いつも週末は泊まっているわ。ずっと休みだからずっと泊まるの」
「だ、だけど…」
「夕飯を作るわ」
僕の困惑を顧みず、キッチンに立つ綾波。強行突破の構えを崩さず。
いいんだろうか。構いやしねーよ!という内なる声も聞こえるけど、委員長あた
りにバレたら、私達まだ高校生なのよ、と糾弾されそうな予感。
とは言え、綾波が驀進モードに入ったら止めるのは不可能だし。ああどうしよう。
「今日は和風にしてみたの」
「へえ、マグロの照り焼きにトマトと玉葱のサラダに茄子のみそ汁か。
 料理が上手くなったね綾波」
「練習したもの」
やばい、おいしい。
「お、おいしいね」
「夏休み中は、ずっと私が料理をしたいの。いい?」
「も、もちろん」
「よかった」
小さく微笑む綾波。押されっぱなし。


明るい。朝か。綾波の残り香。甘い香り。女の子っていい匂い。
「おはよう、碇くん」
「あ、お、おはよう。早いね」
「顔を洗ってきて。朝ご飯にするわ」
「ご、ごめん」
「なぜ謝るの?」
驚いた。綾波が僕より早く起きるなんて。
「は、早いね」
「赤木博士に教わったの。朝シャワーを浴びて血圧を上げれば目が覚めるって」
「そこまでしなくても」
「だめ。食事は全部作るって決めたから」
「たまには僕も作るよ」
「だめ」
断固たる決意表明。
「で、でもさ、大変じゃない毎日は」
「私、何もできないから。一つずつ、できることを増やしていこうと思って」
「最初が料理なの?」
「ええ。私、碇くんの料理を食べて、とても幸せな気持ちになったから。
 だから私も料理がしたかったの」
あ、まずい、キュンとした。抱きしめたくなった。
「いけない、こんな時間。出かけないと」
「水着だっけ?」
「ええ。支度しないと」
髪を整え、リップクリームを塗る綾波。
「大変だね、支度が」
「アスカに怒られるから。女の子ならちゃんとしなさいって」
「アスカのこと、好き?」
「ええ。洞木さんも好き。友達だもの」
「そっか。安心した」
「行ってくるわ。碇くんは出かけないの?」
「多分トウジあたりが誘ってくる気がする。委員長が出かけて暇だろうし」
「そう。私は多分一日かかるわ。アスカが水着だけで終わるはずないし」
「楽しそうだね、綾波」
「そうかしら」
「とても楽しそうだよ」
「行くわ。遅刻するとアスカがうるさいから」
「いってらっしゃい」
綾波の後ろ姿。青い空。白い雲。今日は暑くなりそう。夏休みだ。最初から波乱
含みだけど、思い出がいっぱい出来そうな、高校初めての夏休み。
メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.9 )
日時: 2013/09/11 00:33
名前: tamb

和むw
漁、という発想をするカヲルがむちゃくちゃにいい。
水着は、あえてスクールをという選択肢はないのだろうか。ないんだろうな、やっぱり。
しかしなんだかわからんけど安定感あるなぁ。
メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.10 )
日時: 2013/09/29 16:14
名前: タン塩

ありがとうございます。アスカ様は、スクール水着などというものは「そんなの
ダサくてやーよ」といって決してお許しにならないのです。かといって本編で着
ていた赤白の水着が垢抜けてるかというと、むしろダサ…いえ何でもありません。

いちおうマイウェイを貼っときますね。
YouTube 動画ポップアップ再生
メンテ
the beast of burden ( No.11 )
日時: 2013/09/29 16:21
名前: タン塩

『迎えに来て、碇くん…』
「え、今どこなの」
『駅』
切れた。半泣きの声で。どど、どうしたの!?
「ごめん、僕、行かな…」
顔を上げると、トウジもカヲル君も携帯で通話中。
「駅やな、わかった」
「ああ、すぐ行くよ」
「あ、あの」
「すまんセンセ、ちょっとヤボ用や」
「シンジ君、悪いけど用事ができたんだ」
「二人とも、ひょっとして駅?」
「なんで分かんねん」
「その通りさ」
「僕も綾波から電話で、迎えに来てって…」
「………」
「………」
「………」
「惣流やな」
「やっぱりアスカ?」
「二人ともひどいじゃないか。いきなり彼女のせいにするなんて」
「あ、ご、ごめんカヲル君」
「珍しい、渚が怒りよった」
「とは言え、彼女に原因がある可能性は極めて高いと考えざるを得ないね」
「なんやねん」
「そ、それより早く行こうよ」
僕らはゲーセンを飛び出して駅に向かった。


「惣流って、何であんなんやねん」
「あんなだからアスカなのさ」
「トウジ、言っていい?お前が言うな!」
トリオ漫才をしながら急ぐ僕らの目に入ったのは、駅前ロータリーの隅っこで、
茫然とへたり込む三人娘。慌てて近寄ると、その足元に大量のブランド物の紙袋。
「ど、どうしたのさ綾波!」
「アスカが……暴走したの」
「ごめんなさい、止めようとしたんだけど…」
「何よ、あんたらだって結局買っちゃったじゃない…」
疲労困憊、といった風情で三人がぽつりぽつりと漏らす。どうやらアスカが、水
着だけじゃなく夏服も買わなきゃ、服に合わせた靴も帽子も、ついでにかわいい
下着も、海だからサンダルも必要よねとどんどんヒートアップしたらしい。後の
二人も、しっかり者の委員長と物欲の薄い綾波とは言えそこは女の子、アスカが
かわいい服や靴を次々選び出すのを見て我慢し切れなくなったと。どうにか電車
には乗ったけど、大荷物を抱えて電車から降りたところでダウンしたらしい。
「宅配にしてもらえばよかったじゃない」
「…思い付かなかったわ」
「何言ってんのよ!買い物はその日に持ち帰らなきゃつまらないじゃない!」
「ま、何ちゅうか、こうも予想通りやとシラけるわなぁ」
「ごめんなさい、鈴原」
「いやいやイインチョが悪くないのはわかってるて」
「あたしを悪者にするなあ!」
「そうさ、アスカは欲望に忠実なところが魅力的なんだ」
「褒めてるのかけなしてるのかわかりにくいわよ!」
「そ、それよりそろそろ行こうよ」
「しかしこりゃまたようけ買うたのう」
「よくこんなに持って帰って来れたね綾波」
「…根性で」
「こ、根性?」
「君達、察しは付くだろう?この三人のうちで、誰が一番荷物が多いか。ハァ…」
「ゴチャゴチャ言ってないで早く持ちなさいよカヲル!」
僕は綾波、トウジは委員長、カヲル君はアスカの荷物を持って歩き出した。カヲ
ル君が一番悲惨なのは言うまでもない。

「ほな、ワシらはこっちで」
「待ちなさい!どこ行くのよ」
「どこて、帰るんちゃうんか」
「まだよ!試着会と品評会があるじゃない」
「品評会ぃ?」
「友達と買い物して、そのあと着てみせて盛り上がるのが楽しいんじゃない」
「なんや、荷物人に持たせたら急に元気になったのぉ」
「一番近いのはレイの部屋よね。いいでしょレイ?」
「構わないわ」
「それじゃレイの部屋にgehen!」
「あ、綾波、それはまずいんじゃ…」
「なぜ?見られて困るものなんかないわ」
「いや、綾波は困らないかもしれないけど…」
「何グダグダ言うとんねん!どこでもええからはよ行こや」
「そうだね。早くこの荷物を下ろしたいと心から願うよ……ヒィ」


「あれ、こっちはシンジの部屋じゃなかった?」
「ごめんなさい、私の部屋は封印中で入れないの」
「ふ、封印?」
そう来たか。あくまで己を貫く信念の人綾波。
「封印って何があったの?綾波さん」
「まさかバイオハザード発生中とか…」
「違うわ。この夏は自分の部屋には戻らないと決めたから」
「自分の部屋に戻らないって…」
「こっち」
僕の部屋のドアにIDカードをタッチする綾波。カチン、とロック解除。
「ああ、そういうことね」
「ちょ、ちょっと綾波さん」
何の躊躇もなくドアを開け、ツカツカと僕の部屋に入っていく綾波。勝手知った
る他人の部屋。
「ほら、入りましょうよヒカリ」
「え、で、でも」
「こいつらだもん、どうせ普段から半同棲に決まってるわよ」
「何でもええからはよせんかい!」
「…ああ、わかったよ。これが死の行軍なんだね…グハッ」
「だ、大丈夫?カヲル君」
「…涅槃が見えて来たよシンジ君。これがニルヴァーナか…」
「や、やばいよ涅槃は!」


「はいカヲル君、麦茶だよ」
「ありがとうシンジ君。君の優しさだけが僕の寄る辺だよ」
「そこで手を握るんじゃない!」
「ホモは殲滅…」
「センセ、ワシ麦茶もう一杯や」
「あたしも!」
「…さて」キリッ
麦茶を飲み干した委員長が、居住まいを正して僕に向き直る。夏のさなか、秋風
凛冽の佇まい。
「説明してくれる?碇君」
「い、いや、何と言うかその」
「私達、まだ高校生なのよ」
出た、そのセリフ。わかっていても反論できない豪速球ど真ん中の正論。
「いくら恋人同士でも、ケジメがあると思うの」
「いいじゃないの、カタいわねヒカリは」
「アスカは黙ってて」
珍しくアスカが僕を庇おうとしてくれる。まあアスカの部屋にカヲル君が入り浸
りなのは知ってるし、矛先が自分に向かうのを恐れてるんだろうけど。
「碇くんを責めないで」
出た、信念の人。麦茶をチマチマ啜りながら、不思議そうな顔で僕と委員長を見
比べていた綾波が突然口を挟んだ。委員長が何を言ってるのか、理解するのに今
まで掛かったらしい。遅すぎ。
「碇くんは悪くないの。私が決めたことだから」
「綾波さんも聞いて。碇君、だいたい察しはつくわ。綾波さんはこういう人だか
ら、思い込んだら突っ走るタイプよね。でも、そこで止めるのが碇君の役割じゃ
ないかしら」
うう、百マイルパーアワーの豪速球がビシビシ炸裂。空振り三振。
「ご、ごめん、僕が悪いんだ。綾波に押し切られて、つい…」
「……碇くん」コトン
振り返ると、空になった麦茶のコップを取り落として、茫然とこちらを見る綾波。
「碇くんは私と一緒にいるのが嫌なの?碇くんは私が嫌いなの?」
すぐ極論に走る綾波の真骨頂発揮。あ、綾波の目がウルウルしてきた。やばい。
「そ、そんな訳ないだろ!僕は綾波が好きだ!」ギュッ
とりあえず綾波を抱きしめて、好きだと叫んでみた。話がこじれて綾波が拗ねる
と、それはそれはめんどくさい事になるので、人前だろうとやむなし。
「好き?本当に?」
「も、もちろんさ」
「じゃあ、ここにいてもいい?」
どうして女の子ってこうなんだろう。ああ板挟み。
「その辺にしとき、イインチョ」
ズイッと進み出たのは鈴原トウジ。歌舞伎の止め男さながら、花道を六方踏んで、
『お若えの、お待ちなせぇ〜〜』と割って入る。いよっ、成駒屋!
「で、でも鈴原…」
「分かっとる。イインチョの言う事が正論や。そやけど、しゃあないやないか。
イインチョかて昔の綾波を知っとるやろ。話し掛けても返事もせん。いつも窓の
外ばっかり眺めとって。そんな綾波もいろいろあって成長して、人を好きになる
事を覚えたんや。あんまり構わんと、好きにさしたり」
「……」
「洞木さん」
「な、渚君!?」
「すまないが、綾波レイを自由にさせてやってくれないか。何も知らないところ
から、彼女はいろいろな事を自分で選び取ってきた。人の愛し方もそうだ。彼女
が選んだ愛し方は、ずっと一緒にいる事だった。それが彼女の選択なら、それを
尊重すべきさ。そうは思わないか?」
「そうよ、ヒカリ。レイは傍から見てて危なっかしいから、あんたがつい口を出
したくなるのは解るけど、こればっかりはね。シンジから無理矢理引き離したら
死んじゃうかもよ、レイ」
「………」
「洞木さん、ありがとう。私のことを心配してくれてるのね。でも私、碇くんと
一緒にいたいの。一緒にいればいるほど、もっと一緒にいたくなるの。ごめんな
さい」
委員長の何とも言えない表情。半分は言いたい事があるような、半分は綾波の気
持ちも解る、みたいな表情。
「……ああもう!」
「え、あ、あの」
「分かってるわね碇君!きちんとしなきゃダメよ!赤ちゃん出来たなんていった
ら承知しないから!」
「そ、それはもう」
「大丈夫よ、洞木さん」
にっこり微笑む綾波。その手には土方さん、じゃなく近藤さん。
「ちゃんと避妊具はあるわ。赤木博士がくれたの」
「リ、リツコさんが!?」
「『貴女は止めても聞かないでしょうから、せめてコンドームは必ず着けなさい。
これは業務命令よ』って言ってたわ」
「どんな組織やNERVって」
「ま、リツコらしいんじゃない?現実的というか実務的というか」
「…そう。根本原因はそこだったのね…」
「ど、どうしたのよヒカリ」
「今からNERVに怒鳴り込んでくるわ!」
「ち、ちょっと待って委員長ー!」

夏なのに、台風の予感。  【終わり】
メンテ
Re: 部屋とワイシャツと綾波 ( No.12 )
日時: 2013/10/06 03:23
名前: tamb

おもろい。なんともまさにド真ん中豪速球。この手の話で避妊具とかコンドームとかいう
単語がストレートに出てくるのは珍しいのではないだろうか。出てしかるべきなんだけど。

というわけで。
いい加減にしろ!(笑)

キャラもちゃんと書けてるというか立ってる。
しかしそれにしてもこういう女の子(達)って扱いにくいよな(笑)。
メンテ

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