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Re-ing
日時: 2011/05/07 13:55
名前: のの

そうだ、こうして肩を並べている。

日曜の昼日中、目的もなく、彷徨うわけでもなく。

どこへ向かっているか?それは過去の名作がすでに述べている。



Re-ing
                                         Written By NONO



 夕方のスーパーは混雑していて押し合いへし合いになるから嫌だ、と彼女が言うので、少し早めに買い
物に出かけることにした。
「でも、タイムセールがあったりするんじゃないの?」
 一応確認を取る。彼女はきめ細かい性格のように思えて、そしてそれは大概の事に関しては真実なのだ
けれど、例外が無いわけでもない。例えば案外自分が何をどこに置いたか、をよく忘れる。彼女と付き合
い始めてからずいぶんたつけれど、僕が聞いた限りでも3回は「うっかり捨てた」という話を聞いた。勿
論捨ててしまったと言っても、使おうと思っていたCDショップの袋だとかピザ屋のクーポン券だとかそ
ういった些細なものにすぎないといえば、すぎない。でも一時が万事几帳面だと半ば決めつけていた大学
生の頃の僕にとっては、その隙、言わば完成された人間に思えた彼女にあるほつれがとても興味深かった
し、有体に言えば「そこがまた可愛い」と思えるところだった。そのほつれと同様、金銭感覚についても
それほど神経質ではない。と言っても、生活費にゆとりがあるわけではない。ないのにも関わらず、だか
らほつれになるのであって。
 四時を少し回った5月の空は薄い皮膜を張った水色で、それより光沢のある、帽子からはみ出た彼女の
後ろ髪に指を絡ませる。
「なに、いきなり」
 鞄を持たずに財布を片手に持っているだけの彼女は、ひどく無防備だった。化粧もしていない。休日昼
間の空にふさわしいぼやけた表情で訊ねる彼女の顔に、そもそも緊張感のない僕の両肩だけでなく、眉が
下がっていく感覚を憶えた。どうしたらいい、これ以上? それともこれ以下か?
「別に。駄目?」
「駄目じゃないけど、珍しいじゃない」
「休日だからね。たがが外れているのかも」
働き始めた途端にこういうことを言うのは実に良くない、という言葉は飲み込んだ。斜め前に見える平
和記念公園の木々のざわめきが聞こえたからだった。案の定その直後にびゅごう、びゅごうと南西から
の風に吹き上げられた。僕の言葉なんか、こんな風の前ではすぐに吹き飛ばされてしまっていたことだ
ろう。
「凄い風だ」
「湿度があるから、嫌い」
 彼女は珍しく被っているキャップを押さえながら呟いた。雲のスピードが午前中より上がっていること
に、出る時は気づかなかった。そう言えば窓がかたかた動いていたような記憶もあるけど、元々がたぴし
軋む僕のアパートではそんな機微には気づきにくい。彼女は古着屋で買ったという白いベースボールキャ
ップに花模様を施した帽子を被っていた。これが似合う、というのがうちの彼女の地力というものだ、と
かなんとか思うのは、僕だけなんだろうか。別にそれで一向に構わないと思うのは、内向的なだけなのか
独占欲が強いからなのか、判断に迷うところだった。五月にしては気温が高いので、僕は半袖、彼女は七
分袖のシャツだった。こうも風が吹くなら、パーカーくらい着てきても良かった。彼女の細く、白いふく
らはぎが見える竹の短いパンツ姿が寒々しくないからまだ救いか、と自分の立場を良い事に半歩遅れて彼
女の後姿を見ていると、彼女が振り返った。
「どうかした?」
「いや、風除けにと」
 それはあんまりだ、と彼女は不満を口にした。
「ごめんごめん」
「この屈辱は大福二つ分に相当すると思うな、わたしは」
 それはげんなりだ、と僕は落胆してみせた。
「僕としては毎日のように甘いものを食べるレイのことを心配しちゃうよ」
「大丈夫です、ちゃんと毎日運動してるからです、問題ないです、ごちそうさまです」
「ロジックですらないじゃないか」
 それほど広くない平和記念公園の脇を通り抜けてスーパーに入る。ほどよく涼しく、明るい。何より空
いていた。カゴを取ってゆっくりと回る。何を食べようか、という相談をしながらスーパーを回るのは好
きだった。彼女が少しずつ食べられるものを増やそうという努力を手伝ってきた大学時代は特にそうだ。
今はもう好き嫌いがそろそろはっきりしてきたけれど、そうこうするうちに料理自体が好きになってしま
った。こうして変わっていく自分、平和な時間をすごす自分が、この薄い膜が張られたような空の下で存
在している事が、少し信じられない気分にもなる。
「ツナとほうれん草の和風パスタ、というのはいかがですか?シンジさん」
 少し前を行く彼女がくるんと振り返って、それがまるで世紀の大発明であるかのように弾んだ声だった。
「それにしめじも入れたいところです」
 その意見も彼女の中で可決され、夕食はそれにジャガイモのスープをつけることにしよう、ということ
になった。翌朝まで食べられるだろう、と僕は考え、食パンを切らしていた事を思い出し、マフィンを籠
に入れた。彼女が、そうだったね、と呟いて、何故か上機嫌に腕を絡めてきた。白く細い腕が少し冷えて
いる。
「僕はカイロじゃないよ」
 じろりと睨んでみせた。
「あら、ちがったんですか?」
 きらりと赤い眼が輝いた。それだけで降伏するのは如何なものかと自分でも思う。でも仕方がない、知
り合って10年近くになろうというのに未だに照れる。レジに並んで彼女が会計を済ませた。昨晩の外食を
僕が出したので、とりあえずこれであいこということにしている。彼女は大学卒業後も大学院へ行き、一
昨年から第三進東京市立大学淳教授として教鞭を振るうリツコさんの研究室に入っている。ゆえに、働き
始めた僕とはやや収入が異なる。実は自由に使える範囲で言えばほとんど差はないけれど格好つけている。
馬鹿馬鹿しい話かもしれないけど、加持さんだったらきっとこんな風に言うだろう。男なんてそんなもん
さ。
「さ、帰りましょう」
 スーパーを出ると西日がきつくなりはじめていた。橙色の光が世界を斜めから照らしている。魔物が忍
び寄るにはまだ早く、無条件ではしゃぐには刹那的な光だった。幸せを噛み締める僕には十分眼が眩む光
だった。こんな光に照らされて、幸せで、これから先にどこへ行けばいいというのだろう?
 強く吹いていた風が小休止している。いまのうちに早く帰ろう。そんな提案を思いついて、取り消した。
急ぐ理由は何もない。時間はまだまだある、いずれ尽きてしまう時間だってまだ残っている、隣に歩く人
だっている。それがいい、それがいいのに、それでもうおしまいって感じも?これ以上どうしろってのっ
て思わなくも?
 傾きつつある陽射しが差し込む一本道。ずっと続いている。でもよく見れば道の先が左に折れているし、
そういう作りだということを僕は知っている。
 ああ、と声にならない音が口から漏れた。なに? と目顔で訊ねる彼女の目は見なかった。
「僕たちはどこに行くんだろうね」
 少々感傷的すぎることは承知で言った言葉が抽象的で格好つけてて答えのでない問いだったので、遠い
目を空に向けた。
「明日。」
 レイの返答に迷いはなかった。






メンテ

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ライナーノーツ。 ( No.1 )
日時: 2011/05/07 14:01
名前: のの

はい、ども。
久々の投下です。
アフターものを書くのって久々かもしれません。

例によって例の如く「歩いている二人」ものです。
なにそれって思うかもしれませんが、ショートショートで書くシンジとレイの話は大抵この形です。
もちろんそれは、技量不足以外の何物でもありません……。

中身は読んでの通りです。
ひとつ補足として、ラストはとある名作アフターEOEものから台詞を引用しています。
それが何かを当てた方、すごいと思います。かなり病気だと思いますよ(爆)

ままま、ほんわか楽しんで貰えれば幸いです。
メンテ
Re: Re-ing ( No.2 )
日時: 2011/05/07 20:07
名前: タン塩

ののさんならではの手慣れた味がいいですな。ツナとシメジとほうれん草の和風
パスタみたいな味が。あっさり薄味の中に旨味がある。そして食後にエスプレッソ。
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Re: Re-ing ( No.3 )
日時: 2011/05/12 11:03
名前: tomo  <arionemoon@yahoo.co.jp>

 雰囲気がいい。シンジとレイのやり取りがいい。
 レイが本当に可愛い。

 ああ,私,こういうのが好きなんだよね,って改めて思わされる作品でした。

 変な話ですけど。

 読者としてはとても幸せな気持ちになりましたが,いち制作者としては軽い絶望を味わいもしました。
 こういう作品を作り出せる境地に私もなりたいと思います。

 さすがだなと思う作品です。
 
 ののさん,ありがとうございました。
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Re: Re-ing ( No.4 )
日時: 2011/05/12 19:06
名前: tamb

> 例によって例の如く「歩いている二人」ものです。

 私が書く話は部屋の中でだらだらしててやがて眠る、というパターンが多いのだけれど、
「歩いている二人」と比較しての接触面積の違いがエロいと言われる所以なのかもしれないと
ふと思う。でも歩いているときに不意に指先が触れたり腕を絡めたりするエロさっていうのは、
それをエロと言ってはいけないのだろうけれど、やっぱり凄いなと思う。シンジの照れ隠し
(だと思う)も含めて。
 二人の会話の感じというか空気感はののさんとしか言いようがなく、手慣れてるといえばそ
うだし、信じ合うという平和さが実にいい。

> ひとつ補足として、ラストはとある名作アフターEOEものから台詞を引用しています。

 ののさんの過去の言動からこのあたりかなと類推して探し当てた。十分かかってない。セリ
フだけでタイトルは浮かばなかった。だからわたしは大した病気じゃないな(笑)。
 一ヶ所だけあるセリフのあとの句点はリスペクトやね。あるいはコピペか(笑)。
 それから。なんと検索しても引っ掛かった。
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Re: Re-ing ( No.5 )
日時: 2011/05/13 23:48
名前: のの

感想ありがとうございます。感謝です。
読み返したけど相変わらず誤字が酷いな。

◆タン塩さん
パスタのくだりがこの話の萌えポイントです、察していただきありがたいっす(笑)
何も起こらない話なので、結末は少し読み始めとは違う景色にしておきたいと思う癖があります寝、確かに。

◆tomoさん
ちょいとおひさですねえ。感想どもです。

>レイが本当に可愛い。

そう言って貰えると何よりです。大人のレイを書いたのは相当久しぶりで、ちょっと緊張しました。
ゲロ甘は苦手だが、こういうのなら得意でっせ!

◆tambさん

>私が書く話は部屋の中でだらだらしててやがて眠る、というパターンが多い

確かに。それぞれあるもんなんすかねー。

>でも歩いているときに不意に指先が触れたり腕を絡めたりするエロさっていうのは、
>それをエロと言ってはいけないのだろうけれど、やっぱり凄いなと思う。

それです!!
いや、特に考えず腕を絡ませたけど、コレは良いシーンだなと自分でも思ったところだったので(笑)

>ののさんの過去の言動からこのあたりかなと類推して探し当てた。

付き合いも長いとここまでくるのですね(爆)

>一ヶ所だけあるセリフのあとの句点はリスペクトやね。あるいはコピペか(笑)。
>それから。なんと検索しても引っ掛かった。

句点消そうかと思ったけど、原文に準拠しました。
正解です。『INNOCENT RED EYES』に投稿された作品『それから。』ですね。
HALさんは「これを読んでないLRS人はいない」レベルの方でしたからねー、当時は。
彼がまだ現役だった頃を知っているのか、と思うと歴史を感じるなあ……。
メンテ
Re: Re-ing ( No.6 )
日時: 2011/05/28 10:11
名前: calu

とても穏やかで温かな作品ですね。有難うございました。
相変わらずの秀逸な文章に、繰り返し読ませていただくと、別の味が出てくるような。
ずっと先で左に折れる一本道は、シンジの台詞を導く動機ともなる
メタファーになってるんでしょうか。
メンテ

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