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バスタブサイド  111204
日時: 2011/12/04 23:41
名前: aba-m.a-kkv








外壁がところどころ崩れた廃墟。

窓ガラスもほとんど割れて散らばっている。

人が生活していた跡は消えて久しい。

使徒戦の余波か、戦自の空爆によるものだろう。

そんな廃墟の中で形を未だ保っていたバスルームには錆びれたバスタブが一つ置いてあった。

そこに半分ほど張られた湯は、バスタブの錆びや泥を吸ってにごり、すっかりぬるくなってしまっている。

冷たくはない、けれど確実に体温を奪っていく。

そこに浸り、横たわるのは、亜麻色の長い髪を濡らす少女だった。

腕も足も痩せ細り、あばらも浮き出ている。

目は虚ろで視点は定まらず、ただ虚空を見つめていた。

宝石のようだった青い眸も霞んでいる。

自慢だった長い亜麻色の髪も輝きを失っていた。







バスタブサイド  111204   aba-m.a-kkv







心臓は動いているけれど死んでいる。

死んでいるのに呼吸をしている。

それが今の私だった。

自分の居場所を失い、意義も理由も失った。

このまま朽ち果てていっても、私には何の感慨もない。

むしろその流れを受け入れるほうが容易だった。


そんな生を感じない、時間の流れが把握できない時が過ぎて、廃墟の中に足音が聞こえた。

割れたタイルやガラスの破片を踏む音。

でも、それが誰であろうと、私にはもはや関係ないし、思考も回らなかった。

足音は近づいてくる。

でも、私の心臓の音も呼吸も、まるでいつ止まってもおかしくないほどに弱くゆっくりだった。


足音が止まる。

私が浸り、横たわるバスタブの前で。

覗き込む影は一つ、でも虚ろな私の目は、その輪郭をはっきりとは映し出さなかった。

ただ、覗き込む赤い瞳だけは、何故かはっきりと刻まれた気がした。

だからかもしれない、私の口唇が言葉を紡ごうと動いたのは。


「あんた、誰……?」


掠れるようにつぶやいた問いに、影は腰をかがめ、バスタブの淵に腕をおいて私の顔を見つめた。


「人にもなれず使徒にもなれない、意義を失い消えていく霞のようなものだよ」

「……あたしと似てるのね」


肯定も否定も帰っては来なかった。

でも、少しだけ影は揺れ、慈愛に満ちた微笑があったような気がした。


「あたしを、どうするの?

 こんな体でも、一応、女よ」


「何もしない、でもずっとそばにいたいって思ったんだ。

 君に触れた時、君の欠けた心を垣間見たときに。

 君がここにいるなら僕もここにいる。

 君が行くなら僕も行く。

 君がシェオルを望むなら共にシェオルに。

 メギドを望むならメギドに」


影が湯の中に手を入れ、その手を握る。

ほぐすようにゆっくり握り締めるその手の感触が、ぬくもりが徐々に伝わってくる。

それは久しく知らなかった、否、本当の意味なら初めて感じたものだったかもしれない。


「消えてほしくないと思った、そのために消えたくないと思ったんだ」

「……そう」


誰が握ったところで、溶けることなどないと思っていた。

誰が掴んだところで、治るはずがないと思っていた。

それほどまでに凍てつき、壊れていた。

でも、本当のぬくもりに、本当の心に触れたときには、溶けないものも治らないものもないのかもしれない。


「……そう」


私の目から、一筋の雫が溢れたときに、そのことを少しだけ感じた。







「なんで、あんたとお風呂なんか入んなきゃなんないのよ……」


白い湯気が浴室全体に立ちこめ、温かさが空間全体を満たす。

私は熱々の湯がいっぱいに張られたバスの中に仰向けに横たわるように浸っていた。

体温を奪うようなことはなく、起きぬけの眠たい身体を芯まで温めていってくれる。

そして、この空間は、私一人だけではなかった。

勢いのいいシャワーの音がする。

私が視線を横に向けると、霞の向こうに髪を洗う姿があった。

シャンプーの泡を流し、手櫛で水分を切ると、銀色の髪が跳ねる。

天井のライトに照らされて天使の輪が輝いた。


「んっ? 何か言った、アスカ」

「な、ん、で、あんたとお風呂なんか入んなきゃなんないのよ!」


少し声を荒げるように見せながら再び言う。

彼の、カヲルの顔を見ながらは言えなかった。


「いいじゃないか、君の髪をこの世界で一番きれいに洗えるのは僕だっていう自負があるよ。

 それに、生に輝く君を見ていられる」


なんの迷いも、なんの躊躇もない答えが返ってくる。

それは嬉しさに満ち溢れていて、私も言葉を持たなかった。

まさにその通りだったから。

カヲル以上に、私をわかっている存在はいないし、私のこの髪をカヲル以上に美しく整えてくれる存在もいない。

カヲルは、自分の髪を洗い終えると、私のほうへ近づいて、バスの縁にひじを突いた。


「こうして覗きこむと、あの時を思い出すね」


笑顔をたたえて紅い瞳が私を見つめた。

その光景が、おぼろげだったあの時と重なって鮮明になる。


「弱りきった私を襲えたのに襲わなかったあの時?」

「はは、ひどい言い方だな。

 でも……」


カヲルが私を撫でるように頭の先から足先まで見つめ、それから私の眸に戻ってくる。

私は少し気恥ずかしかったが、隠すことはしなかった。


「あの時より、ずっときれいになったし、ずっと輝いてるよ。

 それに……」


カヲルの瞳が優しく揺れる。


「君が僕に染まっていくのが愛しくてしょうがない。

 僕が君に染まっていくのが嬉しくてしょうがない」

「……ばか」


顔が赤いのは、お湯が熱いせいだけじゃない。


「さあ、お湯からあがって、髪を洗うから。

 レイさんとの待ち合わせに遅れてはいけないからね」

「んー、わかってるわよ」


カヲルが手を伸ばす。

今度は、手を伸ばすだけ。


あの時の私は自分でその手を掴むことができなかった。

その掌を握り締められなかった。

カヲルが掴み、握り締め、ぬくもりと心と救いをくれた。


でも今は、差しのべられた手を、掴むことができる、握ることができる。

ぬくもりを貰うだけじゃなく、あげることもできる。

意義と理由を交し合う、この手で。


私は差し伸べられた手を、掴み、握り締めた。

あたたかくて、愛しいその手を。


それは、幸せなこと、そう、考えられないくらい幸せな、ぬくもりと絆だと、私は思った。







アスカ、一年間ありがとう、そしてまた一年よろしく。



メンテ

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Re: バスタブサイド  111204 ( No.1 )
日時: 2011/12/06 00:42
名前: aba-m.a-kkv

時系列完全無視で無理矢理繋げた形ですが、なんとか投下できました。
読んで何らか感じていただければ嬉しいです。

ちなみに、後半部分は以前書いた物語のサイドストーリーのつもりです。
いつか書きたいなーと思っていたのを、今回バスタブと繋げて書いてみました。


メンテ
Re: バスタブサイド  111204 ( No.2 )
日時: 2011/12/08 06:17
名前: tamb

 印象だけれど、aba-m.a-kkvさんとしては比較的ストレートな感じ。まあ全部ストレートだ
といえばそうなんだけど。

 この入浴のシーン、私の中では結構謎だったりする。今気づいた(というか見た)んだけど、
「誰が入るもんか」のカットはオンエア版にはないんだな。きちんと畳んだ制服があまりに印
象的。恐らくは脱ぎ捨てのレイとの対比。だとすれば、このシーンはこの後使途化するレイと
の対比と読み取れなくはない。つまりあの復活劇に繋がるのだと。しかし、ならば結局「殺し
てやる」になったのはなぜなのか。彼女は何を殺そうとしているのか。

 理由もなく誰かを何とかしたいと思うというのは、実は恋愛感情の原点のような気がする。
何とかしたいというのは、例えば助けたいでもいいし自分のものにしたいでもいいし、幸せに
したいでもいい。でも最初に来るのはたぶん「何とかしたい」という単純な衝動で、中身は無
いような気がする。女の子が男を見て「この人は誰かが(私が)いないとダメになる」的ないわ
ゆる母性本能もたぶん同じ。そこには性欲なんてものはすっぽり抜け落ちてる。

> 何もしない、でもずっとそばにいたいって思ったんだ。

 というのはまさにそれ。理由なんかどこにもない。そこにはただずっとそばにいたいという
衝動があるだけ。それはぬくもりと呼べるのかもしれない。

 三箇所ある「霞」の使い方はなかなか素敵だと思う。

 使い方を言えば、

> そんな生を感じない

から

> 生に輝く君を見ていられる

 の流れも美しい。後半の生気は輝くばかり。
 ただし告白すれば、後者の「生に輝く君を見ていられる」を「なまにかがやく」と私は読ん
でしまったのだった。なんというか性欲丸出しな感じもするけれど意味的には間違ってないは
ずだ!

 レイとシンジの結婚式に行くって話があったと思うけど、どれだったかな。

 シェオル、メギドに関しては検索してください(笑)。

メンテ

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