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10 years later
日時: 2012/03/31 23:56
名前: クロミツ

 頬を切るように冷たかった風がいつしか温み、甘い花の香を乗せて鼻先をくすぐる。
 季節のうつろいにもようやく慣れ、寒いだけと思っていた冬が去ることにも、いくぶん感傷めいたものを覚える
ようになった。僕はこれで、何度目の春を迎えたのだろうと、心の中で指折り数える。
 ちょうど十年。最後の戦いが終わり、日本が四季を取り戻したあの日から……。

 数ヶ月ぶりに第三新東京へ戻ってきた僕は、駅を降りると先ず、懐かしい母校へと足を向けた。
 あの戦いで破壊され、見る影も無かった旧い学び舎は新しく建て替えられた。白地に群青のタイルとステンド
グラスで装った新校舎は、自分にはまったく見慣れないものだった。それでも遠目に屋上の人影を見つけたとき、
変わらない放課後の過ごし方にふと懐かしさを覚えた。

 春休みだというのに、下校する生徒たちは以外に多い。恐らく部活帰りだろうけど、幾人かは制服姿だった。
その制服も、僕が通っていた頃とは違っている。もっとも当時は冬服なんて必要なかったから、自分の記憶と重
ならないのは当然かもしれない。
 正門から少し離れた木陰に立ち、彼女が出てくるまで待つ事にした。自分が一日早く帰ってきたことは、まだ
知らせてない。僕が用意した2つのサプライズのうち一つだ。僕がここにいたらどんな表情をするだろうとあれ
これ想像しているだけで、退屈な待ち時間もこの上なく楽しい。

 30分ほど過ぎたとき、一人の女性が校門を出た。遠くでも見間違えようの無い、肩まで流れ落ちる青い髪。
生徒に挨拶を返していた彼女の顔がこちらを向く。普段からあまり感情を表に出さないタイプだったが、こんなに
呆然とした表情を見せたのは初めてだ。
 久しぶりに会えた嬉しさと思ったとおりの効果に満足した僕は、笑顔で彼女に近寄った。

「ただいま、レイ」

「いかり……くん?」

 凍りついたように見開いた深紅の瞳が涙に揺れたつぎの瞬間、レイは身体ごと飛びついてきた。
 さすがにこのリアクションは予想してなかったので、転ばずに彼女を受け止めるのが精一杯だった。

「ちょっ、ちょっとレイ!?」

 ほとんど爪先だけで体重を支えてた僕はなんとか背筋を伸ばしたが、今度は身長差でレイの爪先が宙に浮く。
けれど僕の首根っこに廻した腕は離れるどころか、よりきつくぎゅうぅと締め付ける。このままでは苦しいので
彼女の腰に手を廻して抱き寄せると、周囲からキャーキャーと黄色い声が聞こえた。傍から見るとどんな熱烈な
ラブシーンに映ってるんだろうか、想像して怖くなった。

「レイッ、とりあえず離して」
「嫌」
「嫌、じゃなくて…。ほら、このままじゃ話も出来ないからさぁ、どっか場所移そう?」

 子供をあやすように軽く背中を叩くと、レイはまだ不満そうだったが、しぶしぶ地面に降りた。
 ざわざわと好奇の視線が飛んでくるその場所から逃げるように、彼女の背中を押しながら立ち去った。
 
 学校から駅へ戻る道の途中で喫茶店に寄った。広すぎない落ち着いた内装の店内は比較的空いている。四人席が
二つ空いていたので、窓際の方を選んで隣り合わせで座った。僕はブレンド、彼女はダージリンを注文した。

「ところで、学校のほうはどう?」

 学校の様子は彼女からも、知り合いからも聞いているので大体知っていたけど、一応訊いてみた。

「問題ないわ。生徒も良い子ばかりだし」

 昔のレイからは想像し難いけど、生徒には人気があるみたいだった。あまり近づき過ぎず、でもそれとなく目を
配っているところが女子には好評のようで、男子は言わずもがな。そりゃー美人だもんねー、とは三月までやはり
同じ中学で教鞭を取っていて今月いっぱいで退職した、元僕達の保護者の証言だ。
 実は僕がこの学校に来れたのも、その人の後任として本人から推薦してくれたからだった。

「でも、碇くんは大変かも。私が担任していた子たち、あの場所にいたから」

 スプーン一杯の砂糖をティーカップに混ぜながら、レイはその微笑みにもほんの一さじ分の悪戯っぽさを加えた。

「……うぅっ」

 よりにもよってこれからお世話になる職場の、しかも教師という立場でありながら衆人衆目の中、なんて大胆な
ことをしてしまったんだと、今更ながら頭を抱えた。

「あのさ、他人事みたいに言ってるけど、原因はレイなんだぞ」
「だって、突然過ぎてびっくりしたから。それに…」
「ん?」
「…逢いたかったのにずっと逢えなかったら…ああする以外、無いでしょ?」
「なにその超理論?」

 呆れたような僕の言葉がお気に召さなかったのか、彼女はふっと視線を外した。
 
「碇くんは寂しくなかったの?」
「寂しかったよ、もちろん」 
「嘘。向こうが楽しくて、私のことなんか忘れそうだったから、だからそんなに冷静なんだわ」
「そんなこと無いって!今日だって出来るだけ早く用事を済ませて、駅からすぐ逢いに来たんだから」
「なら初めから、真っ直ぐ学校に行くって言ってくれればよかったのに…」

 これはまずい、サプライズのつもりが裏目に出てしまった。
 レイが拗ねたときの難攻不落ぶりには身に沁みて懲りているので、とっておきのサプライズを差し出した。

「あ、あのさレイ、誕生祝いと一緒になって悪いけど……今日、君に渡したくて」

 カバンから小箱を取り出し、彼女から見えるようにそっと蓋を開く。
 半年分の給料と引き換えに、ようやく買うことが出来た誓いの証。

「僕も給料を貰うようになれたし、そろそろいいかなって思って……」
「良くない」
「……え?」

 −−−これでも駄目なの?

「…待ちくたびれたんだから」

また少し伸びたレイの髪が僕の肩に乗り、絡ませた腕をぎゅうぅと強く引っ張る。

「大学を出たらすぐ結婚できると思ったのに…。二年も待たせるなんて…」
「し、仕方ないじゃないか。一年前はここの中学校も空きが無かったし、他の街へ行くなんて嫌だったけど、
僕に選択権なんて無かったし…」
「もう一年は?」
「……う」

 情けない話だが、卒業が一年遅れた理由は僕にある。教員免許を取り損ねてしまったのだ。ひとあし早く
社会に出た彼女は新人教師として現場にあたりながら、忙しい合間をぬっては就職浪人状態だった僕の勉強
を見てくれた。

「学生結婚でも良かったのに」
「うーん、それは色々と遠慮があったというか…。やっぱり、自分で働いて面倒見たかったから」

 本音を言えば引け目を感じてたのは、レイにというより、父さんから養育費まで出してもらうことの方
だったけど。

「君から見たらつまらない意地かもしれないけど、ちゃんと自立するべきだって思ったんだ」
「その考え方は賛成だけど…。けど、長かった」
「ご免。でもこれで、やっと埋め合わせが出来たよ」

 僕はそう思ったが、レイの機嫌はまだ、完全に修復されてないようだ。

「まだ足りない」
「足りないって、何が?」
「言葉、貰ってない」
「あ……」

 うっかりしていた。やっぱり緊張していたのか、大事な言葉を渡していなかった。

「レイ…。結婚しよう」 
「…はい」

 指輪を両手で握り締め、とびきりの笑顔で肯いたレイに見惚れる間もなく、後ろの席からキャーッ!と
喚声が上がった。

「やだーーーっ!!結婚ッ!結婚だってっ!!」
「センセーーオメデトーッ!!」

 振り返るといつの間にか後ろの席に中学くらいの女の子たちが陣取っていた。多分レイの教え子だろう。
文字通りキラキラした目で僕たちを見つめている。

「もうセンセーったらいつの間にぃっ!!…で、誰なんですかこの人?」
「ばっかアンタ、プロポーズしてる人に向かって『誰なんですか』は無いでしょ」
「ホントホント、このシチュって恋人以外ありえないよねー。で、お付き合い長いんですかぁ?」
「赤ちゃんいつごろ?てか、センセェまだ辞めないよね?辞めちゃヤダぁ〜」

 マシンガンのように次々繰り出される生徒たちの質問を、レイは笑顔ひとつで受け止めた。

「ありがとうみんな。春から彼も一緒に働くことになったから、よろしくね」

「ええっ!?じゃあカレシさんも先生ですかぁ?あ、わたしたち新学期から二年生です、よろしくぅ」
「ニュースよニュース!ほらほらサエコ、手分けしてメールしなきゃ!」
「てゆうかセンセー、新しいクラスどうなったの?みんな一緒じゃなきゃヤダよぉ〜」
「また担任してよね、センセェ」

 自分も前の学校は共学だったが、女の子たちのこういった会話は相変わらず苦手だ。防戦一方の
僕に較べ、レイは落ち着いて受け答えしているが、これまで以上にはしゃいでいるようにも見えた。

「……そうなの。彼ったら…」

「えーマジ!?それ、ありえなくないですか?」
「ちょっとヒドいですよぉっ!!せんせぇをずっとほったらかしにするなんて!」
「でもセンセーの気持ち、分かるー。アタシだって抱きつく、泣く。わんわん泣く。離れたくないよねぇ〜」
「やっぱ愛よね愛、素敵だったなぁ………あ、後で写メ送るねセンセェ」

 あのシーンを撮られてると知って、あやうくコーヒーを吹きそうになった。やはりというかなんというか、
今からとんでもない尾ひれが付いて広まりそうだ。

 盛り上がりまくる女性陣に気づかれないよう、ひっそりと溜め息をついた。


[HAPPY BIRTHDAY and MARRIAGE]
メンテ

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Re: 10 years later ( No.1 )
日時: 2012/04/03 18:23
名前: くろねこ

桜も咲いて、すっかり春らしくなってきた今日この頃にこんなお話を読んで心がぽかぽかしております。

レイが先生だったらどんな教科でも頑張れる気がするくろねこです。←
そしてこの後、シンジが生徒にも他の先生にも人気になり、嫉妬するレイが見えます。はっきりと(爆

しかしシンジくん、二年は待たせすぎよ!笑


メンテ
Re: 10 years later ( No.2 )
日時: 2012/04/10 21:50
名前: tamb

 不意に現れては秀逸な作品を投下して去って行く(^^;)クロミツさんである。そういや連載
は(ry

 とある教師に聞いた話だけれど、携帯ができて生徒と適切な距離を取りやすくなったんだそ
うだ。やっぱり恨みも買ったりする商売だし、自宅の番号は教えにくい。でも携帯なら教えて
も大丈夫かなという感じなんだそうだ。生徒とどう距離を取るかというのは難しい問題なんだ
と思うけれど、その先生はそういう先生だった。生徒からの人気もあった。まあ教師が生徒と
携帯で連絡を取り合うのがいいのかどうかは何とも言えないけれど。先生は一人、生徒はたく
さんいるからね。担任してる間だけが生徒じゃないし。

 にしても。女子中学生って怖いなと思ったのでした(笑)。
メンテ

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