生存報告 |
- 日時: 2013/10/05 21:56
- 名前: JUN
- 「とりっくおあとりーと」
硬直。
夕暮れ時、夕飯の準備に追われていたシンジは、まさに硬直した。 まっすぐにシンジを見つめる真紅の瞳。普段ならその美しさに目を奪われるが、今回ば かりは戸惑うほかなかった。制服の上にマントを羽織り、黒い三角帽をかぶった綾波レイ は、きわめて真剣な眼差しをもって彼を見つめていた。 この定型句への対処は決まっている。何かしらのお菓子をあげることで穏便にお引き取 り願うことだ。ゆえにシンジは台所へと引き返し、アスカのお菓子コーナーからき○この 山を一つ取り出して、再び玄関のレイのもとへと走った。 「は、ハッピーハロウィン」 差し出された小さな掌にそれをやさしく乗せると、ひとまずシンジはレイの表情を窺っ た。彼女は何も言わず、ただ手の上のお菓子を見つめるばかりである。 「…………」 彼女との沈黙は慣れたつもりだったシンジも、こういった時間には弱い。この何とも言 えない空気にいたたまれなくなる。思えば、鍋の火をかけっぱなしだ。吹き零れると危な いし、味も悪くなる。仕方がないので、 「そ、それじゃあ――」 そう言って扉を閉めようとするシンジを、レイの手が引き留めた。
「Trick or treat?」
やけに流暢な発音で、もう一度レイが尋ねる。真紅の瞳はかすかに潤み、頬にはすっと朱が差していた。シンジはその時初めて、その問いの意味をしっかりと認識した。
――Trick or treat?
――いたずらか、お菓子か
彼女の問いかけるところの、恐らく最適解は――
シンジはふっと微笑み、レイの手からお菓子を取り上げた。
「……いたずらで」
その言葉が終わるのを待たず、レイはシンジに口づけをした。シンジの目は瞬間大きく 見開かれ、そしてゆっくりと閉じた。レイのあたたかな舌先が、シンジの唇をそっとなぞ る。僅かに背伸びしたレイはそのままシンジにもたれかかり、口の端からは熱のこもった 息が漏れていた。それはどこまでも扇情的で、シンジの心を熱くさせる。
いたずらされるのも、悪くないな――
蒼銀の髪をそっと抱きしめながら、シンジはそんなことを思った。
――Happy Halloween――
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