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父と子
日時: 2014/06/16 03:07
名前: 史燕

父と子
Written by 史燕

最近父さんを見ない。
といっても、いつも忙しそうにしている父さんのことだから、たぶんまた仕事なのだろうけど。
そんなことを考えながら、僕はNERVの休憩室でお茶を飲んでいた。
今日は綾波もアスカも非番のため、ここにいるのは僕一人だ。

「シンジ君、どうしたのだね」

突然、後ろから声をかけられた。
落ち着いた様子の声に反応して振り向くと、NERVでも比較的父さんと近しい、冬月先生が立っていた。

「冬月先生、お疲れ様です」

慌ててあいさつをしたが、「そんなにかしこまらなくていい」と言って僕を落ち着かせてくれた。

「まあ、ひとまず座りたまえ」

その声に素直に従い、椅子に座ると、冬月先生はテーブルを挟んだ向かいの椅子に座った。

「碇も人使いが荒くてね、あいつが出張でいない間、厄介ごとは全部わしに押し付けてくる」

相当疲れているのだろう、冬月先生は思わず口をついてしまった、という風に愚痴をこぼしていた。

「すまなかったね。つい誰かに聞いてほしかったのだよ」
「愚痴はここまでにして、まずはじめに、おめでとうと言わせてもらおうか」
「えっ?」

いきなり「おめでとう」と言われても、心当たりが浮かばなかった。

「おや、わからないかな。もっと早くにと思いながらついつい機を逸してしまったこちらが悪いのだがね。一週間前は、君の誕生日だろう?」

誕生日と聞いて、つい先日が自分の誕生日だったことにようやく思い当たった。
なにせ、使徒は来なくなったと言っても、毎日NERVに学校にと忙しいのだ。
自分の誕生日だということには気づいていても、特別に何かしようとも、何かしてもらおうという気もなかったのだ。

「得心がいったようだね。誕生日おめでとう、碇シンジ君」
「あ、ありがとうございます」

まさか冬月先生が覚えていてくれるなんて。
ほんとうに予想外だった。

「たしか、シンジ君はチェロを弾くのだったかな」
「ええ、下手の横好きですが」
「謙遜かな。もっとも、下手の横好き大いに結構。好きこそものの上手なれともいうだろう」
「はあ、そうですね」

僕の返事を聞きながら、冬月先生は鞄から何かを出そうとしていた。
そもそも迂闊なことに、冬月先生が鞄を持ってきていたこと自体に、今初めて気が付いた。

「気に入ってくれるとうれしいのだが……」

冬月先生はそういうと、小さな包みを僕に差し出した。

「あの……これは……?」
「誕生日と言えば、プレゼントだろう。ただ、遅くなってしまった理由の半分はこのプレゼントにもあるのだがね」
「そうですか」

小さな包みだが、中に何が入っているのだろう。
わざわざ「遅くなった」ということは、近場では簡単に手に入らないのかもしれない。

「中を確認してくれるかな」

あまりにも僕が気にしていたからだろう。
冬月先生は僕が包を開けやすいように、促してくれた。
お言葉に甘えて、僕はラッピングを破かないよう、丁寧に包を開いた。

「CD、ですか?」
「そう。それもセカンドインパクト前に絶版となったものだよ」
「えっ、セカンドインパクト前ですか!!」

セカンドインパクト前のものとなれば、稀少価値が高く、そもそも入手自体が困難だ。
しかも、未だに高い人気を誇る楽団のものであることを考えれば、とても自分に手が届く品とは思えない。

「冬月先生……」

僕が声をかけると、冬月先生はまるでお見通しだとばかりに微笑みながら説明を始めた。

「ふふ、実は少しばかり伝手があってね。君が思っているほど大変ではなかったよ」
「でも、こんな高価なものを」
「気にしないでくれ。わしは君を困らせたくてこれを用意したわけではないのだから」

そこまで言われると、ここでごねるのも逆に失礼にあたる。

「ありがとうございます、大切にします」

僕が納得した様子を見ると、「そろそろ時間のようだ」と言って、部屋をあとにした。
どうやら本当にこのためだけに立ち寄ったようだ。
しかも、父さんは今出張中らしい。

「待っていても仕方がない、か」

そうこぼした後、僕も荷物を片付け、帰宅することにした。




NERVを出ようとしたとき、いきなりNERVの公用車が目の前に止まった。

「シンジ、乗るんだ」

驚いている僕に、車内から父さんが車に乗るよう促した。
状況が整理できていない僕は、とりあえず乗車して父さんの横に座ることにした。

「では、予定通りに」
「かしこまりました」

運転手はほんとにそれだけでわかったのだろう。
そのまま、アクセルを踏み、車を街の中へと向かわせていた。

「父さん、一体……」
「問題ない」

いや、「問題ない」って、父さんにしてみればそうかもしれないけどさ。

その後車内では特に説明されることもなく、そのまま目的地へと向かっていた。

どのくらい走ったのだろう。
いつの間にか僕は眠っていたようで、「着きました」という運転手の声を聞いて、ようやく車が止まっていることに気が付いた。

どうやらここは、レストランのようだ。

「父さん、えっと……」
「なに、たまには飯でもどうかと思っただけだ。葛城君には伝えてある」

違う意味で不安になってきたな……。
まあ、ひとまず父さんとの夕食が先だ。
よくよく考えると、父さんと二人で食事なんて、ほとんど記憶にない。


店内に入ると、そのまま奥の個室へと案内された。

「父さん、ここは?」
「せっかくの食事を他人に見られたいとは思わん」

たしかにその気持ちはわかるし、あまりテーブルマナに自信がないから助かる。
だけど、父さんと二人っきりで間が持つか、そちらの方が僕にとっては懸念事項だった。

料理はコースを予約しているとのことで、順番に前菜・スープ・メインディッシュ、といった具合に運ばれてきた。
途中音を立てたり、少しこぼしたりと、僕はあまり褒められたものではなかったけど、父さんは「気にするな」「誰にだって失敗はある」「そのためのプライベートルームだ」と、フォローしてくれた。
それ以外でも、「学校はどうか」とか、「友人とはどこに行くのか」なんて、他愛のない話を楽しそうに聞いてくれた。

最初はどうなる事かと思ったけど、とても楽しく食事ができた。
父さんとこんなに世間話なんかをしたことも今まで無かったような気がする。
なんだか、親子って感じがした。

「えと、あとはデザートかな」
「そうだ」

どの料理もおいしかったから、デザートは何かと楽しみにしていたけど、運ばれてきたのは大きな一枚の皿で、ふたがかぶせてあった。

「父さん、これは?」
「デザートだ」
「いやでも、ちょっと大きいような……」
「デザートだ、開けてみなさい」
「う、うん、わかった」

ほんとにデザートか、少し気になるけど、どのみち開けてみないことにはわからないし、ここは思い切ってふたを開けてみよう。
意を決してふたを開けてみるとそこには――


“HAPPY BIRTHDAY シンジ”


そう、プレートに大きく書かれたケーキが、堂々と鎮座していた。

「遅くなってすまなかったな。誕生日おめでとう、シンジ」
「あ、ありがとう」

いやまあ、ありがたいのはありがたいんだけどね……。

「どうした、シンジ?」

食べないのか? と言いたいのはわかる。ただ、ねえ。

「あのさ、父さん」
「なんだ、シンジ?」
「これ、二人で食べ切れると思う」
「うっ」
「いや、絶対無理だからね」
「ううっ」

どうやら父さんも、そこまで考えていなかったらしい。
明らかにさっきまでと違って表情に焦りが見える。
いつもと違って少し挙動不審だ。

はあ、まっ、仕方ないよね。

「父さん」
「な、なんだ」
「これ、持って帰ってみんなで食べようか。どう考えても食べきれないでしょ」
「そ、そうだな」

全く、父さんったら。

結局、店員さんに包装してもらって、部屋に帰ってからみんなで食べることにした。

その車内でのこと。

「ねえ、父さん」
「どうした、シンジ」
「今日って何の日かわかる?」
「さあ?」

はあ、まあこれも仕方ないよね。
僕は鞄から包みを取り出した。
昼間に冬月先生に自分がされたのと同じことをしようとしていることに気づき、少しばかり不思議な心持がする。

「はい、これ」
「なんだ、これは?」

「父の日のプレゼント」

「はあ?」

父さん、ほんとに鳩が豆鉄砲食らったような顔する人、初めて見たよ……。


ちなみに、そのプレゼントは何だったのかと言うとね。

「碇、嬉しそうだな」
「冬月先生、そう見えますか」
「ああ、何かいいことでもあったのか?」
「実は――」

――シンジが、サングラスをくれましてね――


〜〜Fin〜〜

メンテ

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Re: 父と子 ( No.1 )
日時: 2014/06/16 03:11
名前: 史燕

くっ、誕生日にも父の日にも間に合いませんでしたが、「シンジ君の誕生日&父の日だよ、やったねゲンドウ」ということで書き上げました。

また急ごしらえで投稿して駄文がなお酷いことに……。

ただ、シンジとゲンドウがこんな感じだったらいいなあ、と思います。
メンテ
Re: 父と子 ( No.2 )
日時: 2014/06/16 03:34
名前: D・T

冬月先生が格好良かったです。
そしてゲンドウさんは可愛いかったです(笑)。

ほのぼのとしていて、癒されました〜。
メンテ
Re: 父と子 ( No.3 )
日時: 2014/06/16 17:48
名前: 史燕

○D・Tさん
感想ありがとうございます。

>冬月先生が格好良かったです。
>そしてゲンドウさんは可愛いかったです(笑)。

二人の姿を頭で浮かべながらニヤニヤして下さったら幸いです。
メンテ
Re: 父と子 ( No.4 )
日時: 2014/06/22 06:41
名前: tamb

あまりに不器用なゲンドウが(笑)。セリフも微妙にそれらしくないところがまたいい。
父の日に何かするという発想はなかったな。

CDっていうメディアはいつまで続くだろうか……。
メンテ
Re: 父と子 ( No.5 )
日時: 2014/06/22 19:49
名前: 史燕

○tambさん
感想ありがとうございます。

>あまりに不器用なゲンドウが(笑)。
書いてるときに浮かんできた情景をそのまま書いたらこんなことになりました。
「ゲンドウは」というより「シンジの父親は」こんな感じなんだろうな、というのでらしくないセリフになりました。
これはこれでいいと思ったのでそのまま……。

>CDっていうメディアはいつまで続くだろうか……。
シンジ君はカセットテープなので迷いましたが、「2014年でも普通にあるし15年でもこれでいいだろ」というのと、「ノートPC使ってたし、聴けるはず」という暴論です。

カセットよりはいいと思うよシンジ君。
メンテ
Re: 父と子 ( No.6 )
日時: 2014/06/28 02:16
名前: tamb

> これはこれでいいと思ったのでそのまま……。

これはこれでいいと思います。というか、セリフが微妙だからゲンドウらしくならない、ということには必ずしもならないんですよね。これはゲンドウに限ったことではなく、そのキャラを成立させる何かというのがセリフ以外にもたぶんいくつかあって、それがあればそれらしくなると。それが具体的に何かというと難しいんですが。
ま、自分らしいってことがどういうことかっていう難しさですね(笑)。

> シンジ君はカセットテープなので迷いましたが、

オフィシャルにはどうか知りませんが、あれはDATということになってます。S-DATという民生機としては存在しなかった物ですが、「S-DAT」と書いてあるからといって本当にS-DATとは限りません。どうでもいいですね(笑)。

CDは、まだしばらくは大丈夫でしょう。なくなるとすれば全部DVD……ってことはないか、ブルーレイとかに置き換わる時ってことなんでしょうけど、まだコストの問題もあるだろうし。そろそろという時にはブルーレイ自体が次の規格になってるような気もするし。要するにハイレゾオーディオって奴をどうするかだと思いますが、これも個人的にはどうでもいいな。
メンテ
Re: 父と子 ( No.7 )
日時: 2014/06/28 18:26
名前: calu


良かったです。
ほっこりしましたー。
ゲンドウや冬月先生がシンちゃんに
優しく接するシーンにはじーんときちゃいます。

>セカンドインパクト前のものとなれば、稀少価値が高く、
>そもそも入手自体が困難だ。
>しかも、未だに高い人気を誇る楽団のものであることを考えれば、
>とても自分に手が届く品とは思えない。

疲弊し切った頭に浮かんだのは、アンサンブル・モデルンでした(笑)

メンテ
Re: 父と子 ( No.8 )
日時: 2014/06/29 03:43
名前: tamb

この流れでアンサンブル・モデルンを思い出す人がどれほどいるであろうか(笑)。
それからでーちゃんおひさー
メンテ
Re: 父と子 ( No.9 )
日時: 2014/06/29 11:09
名前: 史燕

〇tambさん
S−DATという話はFFとかで見かけますが、民生機じゃないんですね。はじめて知りました。

>そのキャラを成立させる何かというのがセリフ以外にもたぶんいくつかあって、それがあればそれらしくなると。

そこらへんが描けてて、「これはゲンドウだ」「これはシンジだ」と思っていただけるようなら、私のものも一応作品と成立することになるんでしょうね。

〇caluさん
>疲弊し切った頭に浮かんだのは、アンサンブル・モデルンでした(笑)

アンサンブル・モデルンは存じ上げないです。
実はあるCDが破損して、新しく買おうとしたら絶版になったせいで入手できなかったのです。
それから「セカンドインパクトでダメになったのもいくつかあるんじゃ……」という発想でした。
我ながら安直ですね。
メンテ

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