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ありがとうを、あなたに
日時: 2021/05/09 14:23
名前: 史燕

    ありがとうを、あなたに
              Written by 史燕

「あなたが逝ってしまって、もう五年も経つのね」

 私は「碇シンジ」と書かれた簡素な墓標の前で、そうつぶやく。
第三村に居を落ち着けて、気がつけば五十年以上の月日が流れていました。
「君と一緒に居られて、ほんとに幸せだった」あの人はそう言って、安らかに旅立っていきました。
遺された私としては、押し寄せる哀しみをなんとか受け入れながら、故人が笑って旅立てたことを胸に、終わりなく続く日々を次へ次へとつなげていくばかりです。

「あの子もとうとう、小学生よ」

 あの子というのは、私たちの息子の娘、孫娘の話です。
あなたが旅立つ一年前に生まれたあの子が、もう入学式を迎えるとなると、早いような長いような、そんな気がしてきます。
 少なくとも、私にとっては、時の流れというのは残酷でありながら、優しいものなのかもしれないと思えてきます。

 あなたと、この村にやってきて、いろいろなことがありました。
私は小母さんたちと一緒に農作業をし、あなたは相田君や鈴原君、加持君と電気や水道の再整備に尽力しましたね。
 今となっては、村という表現は適切ではない規模になってしまいましたが、あの頃を知る私たちにとっては、いつまで経っても「第三村」であることは間違いありません。
 あんなに小さかったヒカリさんのところのツバメちゃんが、小学生になり、高校生になり、大人になっていって、自分が年を重ねること以上に、未来に向かって進んでいるという実感が湧いたものです。
お互いにいい大人になった今でも「レイお姉ちゃん」と呼んで慕ってくれるのは、うれしいような恥ずかしいような、そんな感じを受けます。

「息子が生まれたときは、もしかしたら、私たち夫婦以上に喜んでくれたのではないでしょうか?」

 第三村で、ツバメちゃんの次の世代としては、最初の子供だったということもあって「ツバメおばちゃんだよ」と、あなたと同じくらい病室に顔を出してくれました。

 村のみなさんが「碇君と綾波さんの息子ってどんな顔なの?」と、引っ切り無しに顔を出していたから、正確なところはわかりませんが。

 ああ、そういえば、私たちの孫娘ですが、相田君のお孫さんと鈴原君のお孫さんと同じクラスになるみたいです。
先日ヒカリさんとアスカと三人で「奇妙な縁もあるものね」と話し合ったところです。
あの頃、同じ世界を共有した私たちにとって、あの子たちは希望の象徴だと思うのです。

「あなたはどう思いますか?」

きっと、「懐かしいね」と同意をしてくれるのでしょう。
あるいは「あの頃の僕は、ちょっと情けなくて、恥ずかしいよ」なんて言うのかもしれません。

「私にとっては、あの頃のあなたも、とてもかっこよかったのですけれど」

 そう言えば、私たちが結婚して間もなく、二人で南極へ行きましたね。
まだまだ大変な時期だということで、行ってもいいか、みんなに恐る恐る確認しましたっけ。

「行って来いよ、碇」
「せやせや、それが二人の落としまえっちゅうもんやろ」
「村のことは、心配しなくても大丈夫よ」
「君たちが選んだ道を進んだらいいよ。でも、こうして確認してくれるあたり二人とも、好意に値するね」
「バカシンジ、バカレイ。ちゃんと、報告してくるのよ」
「よかったら、僕の分も、父さんと母さんに花束を届けてくれませんか」

温かく送り出してくるみんなに、不思議と涙が止まらなかったわね。
そうして、加持君の加持さんやミサトさんへの花束と一緒に、私たちは南極へといったわ。

 南極とはいっても、そこは何もない廃墟だったわね。
実際、あの戦いの後は、その廃墟の中には初めて足を踏み入れたのだけど。
本当に、特筆するべき物体は、何もなかったわ。
真っ白い大地とも、氷ともつかない世界の中に、ポツンと大きな穴が開いて、十字架の上半分が突然突き出ていたの。
あなたは「ゴルゴダオブジェクト」と息をのんでいたけれど、その中には、誰も、何も、いなかった。

「期待していたのは、分かっていたわ」

碇司令、お父さんの遺品のような痕跡を残すものが無いか。
あるいは、ミサトさんの最後を示すものは無いか。

 結局、私たちは、オブジェクトの残骸の上を探し回ったけど、何一つ見つけられなかった。
だから私たち二人は、十字架の上に私たちの分と、加持君の分の花束を置いて、手を合わせたの。

「父さん、僕たち結婚するんだ。子供はまだだけど、いつか必ず」
「碇司令、冬月副司令。私は、碇君と結婚します。二人がそれを聞いてどう思われるかは、わかりませんけど」
「ミサトさん、加持さん。リョウジ君も子供ができたんだ。びっくりしたでしょ、二人ともおじいちゃんとおばあちゃんだよ」
「サードインパクトやアディショナルインパクトを越えたその先で、私たちは、生きていきます」
「僕と綾波の二人だけじゃなくて、アスカやケンスケ、トウジやカヲル君にリョウジ君も含めて、みんなで一緒に、生きていきます」
「予想外かもしれませんが、祝福してくださいますか?」
「申し訳ありませんが、僕たちはしばらく、会いには来れません」
「今日もかなりみんなに負担をかけて、わがままを言ってここに来ましたから」
「でも、生きている間、どんなに時間が経っても、僕たちは忘れないから」
「その上で、私たちは、前に進んでいきます」

 目的は何だったのかと聞かれると言葉にできない旅でしたけれど、これから二人で一緒に生きていくことを、あの時にあの人たちの前でしっかりと約束してきた。そんな旅でした。

 私も最近、すっかり体力も落ちて、ここまで歩いてくるのもとても難しくなってきました。
もうしばらくしたら、私自身がそちら側に旅立つことになるかもしれません。

「その前に、これから南極に行こうと思うの」

あの人たちに、もう一度報告をするために。

 あなたを、今まで、ずいぶんと長い間この呼び方で呼んでいなかったけれど、今だけはこの呼び方で呼ばせてください。
――ありがとう、碇君。
――愛しているわ、今までも、これからも、ずっと。

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Re: ありがとうを、あなたに ( No.1 )
日時: 2021/05/09 14:28
名前: 史燕

性懲りもなく、勢いで投稿いたしました。
ちょっと最近の作品とは違った味付けです。
レイの一人称って、こんな感じでよかったか、若干不安になりながら書きました。
少し違う部分は、年を取ったからという設定です(笑)。
レイの一人称って、時折書きたくなる衝動があるのです。問題は、レイらしいか否かというと、たいていらしくないのですが。
私個人は、一人称と三人称で書けるものが変わると思っているのですが、それは単なる技術不足かもしれません。

丸一日かけて脳内を振り絞った結果が、このありさまです(泣)

そんな作者の事情はさておき、みなさんにお楽しみいただければ幸いです。

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Re: ありがとうを、あなたに ( No.2 )
日時: 2021/05/11 02:19
名前: tamb

 とても良いです。こういう話、大好き。1日でこれが書けるならすごいです。
 レイが、レイおばあちゃん、という感じがして良いです。穏やかな、とてもいい人生を送ってきたのだろう、という気がします。
 魔女は長生きするものと相場は決まっています。長生きして下さい。

 自作ですが、神様なの、という話を書いたのを思い出しました。話は全然違うけど、やっぱりおばあちゃんレイが出てきます。でもレイおばあちゃんという感じはなし。これ書いたの、もう10年以上も前なんだな、と思うと感慨深い。というわけで宣伝でしたw

http://ayasachi.sweet-tone.net/cgi-bin/bbs4c/read.cgi?mode=view&no=506

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Re: ありがとうを、あなたに ( No.3 )
日時: 2021/05/11 08:23
名前: のの

勢いついてるなあー!
それは二次創作において最大の推進力です。
反動推進式エンジンです。最後はやっぱりこれだと思います。

良き〜、みたいなひとくち甘食的な話にならないのは、
やはり、シン・エヴァで成仏されない魂があるということなのかなあ、と思います。それは我々の、という。

今は別のバンド名で活動している、Galileo Galileiというバンドがかつて書いた『老人と海』という曲があって、いまそれを聴きながら読んでいました。
図らずも通底するものがあった気がします。
知らない方は是非。2010年代を代表する一曲だと、おれは思ってるんだ。

https://youtu.be/3pPZQvd4dw0
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Re: ありがとうを、あなたに ( No.4 )
日時: 2021/05/12 00:12
名前: 史燕

〇tambさん
>とても良いです。こういう話、大好き。1日でこれが書けるならすごいです。
墓参りネタは以前友人から「シンジ君や綾波の墓参りする話なんかどう?」と言われていたのを、抱えて腐らせていたんです。
それをちゃんとしたFFの形に拾い上げて並べなおして、浮かんできた情景とセリフを置いていったら、1日で形になりました。

>レイが、レイおばあちゃん、という感じがして良いです。穏やかな、とてもいい人生を送ってきたのだろう、という気がします。
そうですそれをお伝えしたかったんです。
死別ネタは有名な「遥かなる空の向こうに」とかあったんですが、大人になる前、14歳で死んじゃったりするんですよね。
それはそれで、「綾波レイ」という存在をきちんと整理して考えていくと、そういう描写になるのは正しくて、納得できるものではあるんですけど。
そういったものとは別に、ちゃんと生きて、幸せになって、天寿を全うして、というお話をきちんと書いてみたかったんです。
特に、「シン・」のエンディングがああだったからこそ、逆に自由に彼女たちの幸せな終わりを書いてみようと思いました。

>自作ですが、神様なの、という話を書いたのを思い出しました。
見落としてました。読んできます。

〇ののさん
>勢いついてるなあー!
後先考えず勢いだけです。なぜなら、抱えたままだと浮かんだネタを忘れてしまうからです。
気分は賞味期限ぎりぎりの食材処理。

>やはり、シン・エヴァで成仏されない魂があるということなのかなあ、と思います。それは我々の、という。
私自身が成仏してないのかもしれません。
あるいは、シンジ君とレイちゃんの幸せをまだきちんと描き切れてないのかもしれません。
私自身が、「綾波レイの幸せ」というこのサイトのテーマを追い求め続けています。少しは形にできたのか、それともまだまだなのか、私自身はよくわかりません。
この掲示板で、ネタが浮かび次第みなさんにお見せするのも、「こう考えたんですけどどうですか?」と、不安な自分の考えを確認したいからなのだと思います。
みなさんがお付き合いしてくださる限り、彼女の、チルドレンたちの、そしてエヴァンゲリオンという作品の中の幸せというものについて、もしくは幸せだと感じている描写について、作品にしていきたいと思います。
私の作品がそんなに大層なものかというと、とても疑問ではありますが。


>今は別のバンド名で活動している、Galileo Galileiというバンドがかつて書いた『老人と海』という曲があって、いまそれを聴きながら読んでいました。
『老人と海』はヘミングウェイしか知りませんでしたのでさっそく視聴。
かっこいいメロディにわかりやすい歌詞、なのに深い。
もしこの曲と通じる部分があるのだとしたら、老人になって、70年もかけてI love you を食べたという彼と同じ思いがあるのだとしたら、この作品はとても幸せな二人を書けたのだと、少なくとも追い求めたもののヒトカケラは掴めたのだと、私は胸を張ることができるのかもしれません。


メンテ

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