綾波レイがズボラな理由 |
- 日時: 2021/07/17 15:59
- 名前: 史燕
- 綾波レイがズボラな理由
Written by 史燕
私、綾波レイはズボラである。 自分で認めたくはないのだけれど、料理も洗濯もあまり得意ではない。 掃除は、そもそも部屋に物を置かないようにしているので、必要性は最小限。 料理は、コンビニやスーパーって便利だと思うの。 だって、もう買って食べるだけで済むのだから。 赤木博士には、「あなたがちゃんと食べ物を食べるようになっただけ、良しとすることにするわ」なんて、あきらめた口調で言われてしまった。 そもそも、碇司令との外食か、サプリメントで栄養補給は十分だと思っていたから、昔から料理をしようという意欲はわかなかった。 もう10年来となる親友のアスカに言わせれば「アンタ、なんでもう女を捨ててるのよ」ということだけれど、必要性を感じないのだから仕方がない。
「綾波、いるー?」
でも、私がズボラな理由は、この来訪者にある。
「鍵は開いているわ」 「僕だからよかったけど、せめて鍵ぐらいかけてよ。不用心だよ」 「いいの、別に」 「僕はよくないんだけどなあ」
同じく10年来の付き合いとなる碇くん。 お互いに別々の職場に就職したのに、なにかにつけてこうして私の部屋を訪ねてくれる。
「アンタたち、さっさとはっきりさせなさいよ」と、アスカにはよく言われるけれど、恋とか愛とか、たぶんそんな関係じゃないのだ。
「渚くんと幸せだからと言って、幸せの押しつけはしないでほしい」 「ばっ、バカレイ。そういう意味じゃないわよ。まったく、こっちは心配してあげてるのに」 「ありがとう。でも、いいの」 「いいって、アンタね」 「碇くんが女の子に人気なのは、わかっているもの」 「わかってるって」 「だから、いいの」
強く否定して、アスカに二の句を継がせなかった。 わかっているのだ、彼はこんなところにいていい人間ではないのだと。 わかっていても、縋りたくなってしまうのだけれど。
「綾波、またコンビニ弁当?」 「ええ」 「体に良くないからやめてほしいんだけどなあ」 「でも、おいしいわ」 「そういう問題じゃないよ」 「問題ないわ」 「そこで父さんの真似をしても誤魔化されないからね」
碇くんはそう言うと、いつものように「仕方がないなあ」と言いながら、台所に立つ。 そして、テキパキと包丁を使い、鍋を温め、あっという間にパンとスープが目の前に。
「せめて、これはちゃんと食べてね」 「お腹は空いていないのだけれど」 「い・い・か・ら・食・べ・る」 「はい、わかりました」
料理のこととなると、碇くんは少し人が変わったように怖くなる。 少なくとも食べ残しは許されない。 完食するまで目の前から離れないのだ。
実は、それを見越してコンビニで買ったのは小さなおにぎり一つ。 これ見よがしに机の上にレジ袋を置いていたの。
碇くんは、完全な善意だけれど、私に好意はない。 それはわかっている。 わかっているからこそ、わざとズボラな、世話の焼ける昔なじみの友人という地位を演出しているのだ。 だって、そうすれば今だけは、この時だけは私を見てくれるから。 将来はわからない。 10年後は、きっと気立てのいいお嫁さんをもらって、かわいい赤ちゃんを連れているのだろう。 会社の同僚ですらない私とは、年末年始の挨拶だけを交わす関係になるのは目に見えている。 だからこそ、今だけはズボラな友人として、彼の時間を独占するのだ。 今はまだ私のことを見てくれるから。
「碇くん、おビール飲みたい」 「またあ? ここのところ毎日じゃないか」 「碇くんも、飲も?」 「かわいくい言えば許すと思ってるの?」 「ダメ?」 「うっ、一杯だけだよ」
なんだかんだで、強く押せば晩酌に付き合ってくれる彼が、どこかで悪い女に引っ掛からないか少し心配。 いえ、私自身が相当タチの悪い女に分類される自覚はあるけど。
「やっぱりまたえびちゅが増えてる」 「ミサトさんがこの間置いていってくれたのよ」 「加持さん、奥さんの行動くらい止めてよ」 「中学生の前で2桁以上飲んでいた人に今さら何を言うのよ」 「そうだけど、そうだけどさあ。綾波が飲んでいい理由にはならないよね」 「私も25,立派な大人の女よ」 「いい大人が古い友人に晩飯の世話をさせる現状についてコメントは?」 「いつもお世話になっております」 「開き直るんだからなお悪いよね」
「そんなところまでミサトさんに似ないでほしかった」とこぼす彼には悪いけれど、これもわざと。彼が保護者であったかつての同居人との生活を楽しんでいたのは知っているから、せめてそれを彷彿させるように振舞っているの。 ほんとはお酒、そこまで好きじゃないの。
「いかりく〜ん、だっこして」 「綾波、もう酔っぱらってるの!?」
嘘、合法的に彼に甘える口実としてお酒は大好きだ。 「あれは酔っていたの」なんて本来は言い訳にならないけれど、人のいい彼は騙されてくれる。ああ、碇くんの匂い、大人の男って感じがする。
「ちょっと綾波、僕たちの性別わかってる?」 「いかりくんも〜、あたしがおんなをすててる〜なんて言うの〜?」 「ダメだこりゃ、全然話が通じない」 「いかりくんのおはなし〜、なんでもきくよ〜」 「ほんとに?」 「うんうん、ほんと〜」
頭の中がほわほわするけれど、言葉の意味は分かっているつもり。 大丈夫、お世話になっている碇くんのためなら何でもお願いは聞くつもり。
「じゃあ、僕のお願い聞いてくれる?」 「いいわよ〜」 「後になって『あれは酔ってたの』なんて言い訳聞かないからね」 「いいわよ〜、いかりくんのおねがいだもの〜」 「よし、録音してるからね」 「え〜、しんようないのね〜」
そこまで信用無いのはちょっとショックだけれど、日ごろの行いを省みると反論できない。 しかし、このときもっとしっかりと対応していればよかったと、後々になって後悔することになるとは思いもしなかった。
「じゃあ、綾波」 「うん、なに〜?」 「綾波を僕にちょうだい」 「えっ」 「綾波の残りの人生、僕にちょうだい」 「ちょ、ちょっと言ってることがわからないの」 「録音してる。言質は取った。なかったことにはさせないからね」
まずい、アルコールで朦朧とするなかでそれだけは思った。 話の内容がわからなかったわけではない。 しかし、碇くんは間違っているのだ。 一時の気の迷いと情にほだされて、こんな地雷女を選ぶ必要はないのだ。 他にもいっぱい、世の中にはいい女がいるのだ。 もっと胸が大きかったり、一途だったり、面倒見がよかったり、経済的に豊かだったり。
「わたしには、なにもないのよ」 「何もなくても、綾波が居れば、それでいい。いや、綾波が必要なんだ」 「わたし、たぶんおんなのこのなかでもおおはずれよ」 「そんなことはないさ。僕は、君がいいんだ」 「まって、ちょっとまって。りかいがおいつかないの」 「綾波が悪いんだよ。止めたのにお酒なんか飲むから」 「いかりくんはなんでへいきなの?」 「ミサトさんに鍛えられたから。それに惚れた女の前で醜態を晒すのは、男のマナーだって加持さんに教わったから」 「ずるいわ」 「知らなかった? 結構ずるい男なんだよ、僕は」
「さあ返事は」と言われて、拒否する選択肢が残されていなかった。 いえ、もっと言えば、YESと言うまで解放されそうになかった。 抱き着いたのは私からなのに、今となってはぎゅっと捕まえられて、放してもらえそうにない。
「はなしてほしいの」 「青い鳥を籠から出すほど、僕は寛容じゃないんだよ」
うん、無理。もう限界。碇くんには、やっぱり敵わないの。
「いいわ」 「ほんとに?」 「ええ、私も、私の人生も、全部、ぜーんぶ、碇くんにあげるわ」 「やった」 「その代わり――」 「その代わり?」 「碇くんを、全部私にちょうだい」
“もう一生、あなたのことを放さないわ”
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