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光熱フィラメント
日時: 2021/08/28 15:56
名前: みれあ

予め冒頭にて断っておくと、 pixiv に投稿した https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15878210 のマルチポストです。内容に差はありません。

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 照り付ける太陽。身を包む熱気。焼け付くアスファルト。日差しは熱よりも眩しさに手をかざしてしまうけど、別にその眩しさも熱を忘れさせてはくれない。朝のニュースでまれに見る猛暑だと言っていたことを思い出す。
 こんな暑さに身を焼かれながらでは脳も半分お休みで、綾波と二人で並んで歩いているというのに、会話を切り出す一言にありふれた「暑いね」以外を選ぶ余力は残ってなかった。
「そうね」
 夏!太陽!日光!みたいな情熱的な単語がことごとく似合わない彼女は今日は日傘を差していて、目の眩む眩しさと隔絶された日陰を従えて歩いている。太陽に現在進行形で熱愛されている僕よりはきっとマシだろうけど、傘に隠れて表情の見えない――見えてもきっといつも通りなんだろう――彼女の言葉からは、たしかに暑さにうんざりしているトーンがにじみ出ていた。
「日傘、持ってたんだね」
「赤木博士がくれたの。今日みたいな日には使いなさいって」
 立ち止まった綾波が、ほら、と傘を傾けてぶら下がる黒猫のストラップを見せてくれる。たしかにリツコさんが猫が好きなのは前に聞いたことがあって、その話を聞いたときも黒猫の何かを見せてもらった気がしていて――なんて考えかけたところで、日傘の奥から現れた瞳と視線が重なった。そのまま絡め取られて引き込まれそうな紅色の瞳がこちらを見つめ返して、こっちじゃなくて、これ。ごめん。リツコさんっぽいね。慌てて顔を逸らす。顔が熱い。結局ストラップの様子はよくわからない。
 目が合った気恥ずかしさで大袈裟に顔を逸らしたまま歩き出してしまってから、ちょっと申し訳なく思って振り返る。足音をあまり感じさせずに追いついてくる綾波に「ごめん」ともう一度謝ると首を少し傾げて「なにが?」。いいならいいんだ、なんでもないから。

「飲み物、買ってもいいかしら」
 僕に追いついた綾波が言う。綾波だって人間なんだから飲み物を買って何も悪いことはないんだけど、綾波がそういうことをするのはちょっと珍しい。すぐそこの自販機と向き合った綾波が左手の鞄と右手の日傘を一度ずつ見てからこっちに振り返る。
「日傘、持っててくれる?」
「うん。鞄も持つよ」
 受け取った日傘を自分で差してみる。日差しがなくなる分ずっと体感温度がマシだ。こんなに変わるのなら僕も日傘を買ってもいいかもしれない、そう思ったところで猫のストラップが視界の隅に入る。猫に促されてよく見ると、傘のそこかしこにしっかりと可愛い意匠があしらわれていることに気付く。炎天下の中飲み物を買う女の子の後ろで、可愛い日傘を一人差す男子中学生。途端に居た堪れない気がしてきてしまう。慌てて傘を下ろす。
 黒猫の加護を離れた僕は再び光熱の中に晒され、あまりの日差しの真っ直ぐさに顔を顰める。二度三度瞬きして、やっと目が慣れて視界が開ける。

 ――遮る物なく太陽に照らされる綾波。白く目に見えそうなほどの日光がどこまでも白い綾波の肌を照らして、まるで光ってでもいるように視界で輝いていた。路上、自販機の前。なんでもない光景で眩しくなった綾波が、買ったばかりのペットボトルの水をぐいっと飲む。持ち上がった顎が白い喉とすっきりとした首筋を露わにする。水か汗か、喉をつたう水滴が日光に煌めいて宝石になって、こくこくと上下する喉を転がっていく。喉の動きが止まって、ペットボトルを口から離す。額の宝石を白い腕が拭う。持ち上がった袖から覗く細い二の腕が、見ている僕の網膜に眩しさを焼き付ける。僕は瞬きもできずにその姿に見とれていて、そして見惚れている自分に気付いて慌てて視線を逸らす。
「どうしたの?」
 綾波が不思議がって僕に訊く。なんでもないよ、と慌てて返す声が上ずってるのが自分でも分かって、ますます恥ずかしくなる。これでなんでもない訳がない。君に見とれていたんだ、なんて言ってしまえる図々しさなんてありもしないのだから、これ以上追及される前にと鞄と傘を綾波に突き返した。
「ありがとう」
 綾波が日傘を受け取って差し直す。黒猫がふらりと揺れる。

「日傘がないとこんなに眩しいのね」
メンテ

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Re: 光熱フィラメント ( No.1 )
日時: 2021/08/28 16:00
名前: みれあ

冒頭にも書いたとおり pixiv に先日投稿した物です。誰のコメントもつかなければ一人で反省会する会場にします(笑)
メンテ
Re: 光熱フィラメント ( No.2 )
日時: 2021/08/28 22:11
名前: tamb

 1人反省会とかも見てみたいけれど、感想は後で書きますーとか言って書いてないことを思い出したり。書いてないよな? ダブルポスト効果。
 そして文字化けに衝撃を受ける。この掲示板はいつのまにやらダッシュすら表示できなくなったのか? だがコピーしてエディタに貼り付けると微妙に違う。

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――

こんな微妙な差なんかどうでもいいんだよ文字コード!!どっちがダッシュなんだー!!

 さて。

 とても良いです。

 もう真夏に直射日光に晒されながら歩くことはないけれど――生命に直接的に関わるので――確かに若い頃は暑い暑い言って汗かきながらふらふら歩いてたし、炎天下で体育だってやってた。

 女の子はあんまり汗をかかないイメージがあって、こっちは汗だらだらなのに女の子の腕はさらさらで、どうなってるのかと思う。たぶんレイも同じ。その彼女が汗を拭うほどだから、これは相当に暑い。まれに見る猛暑。

 黒猫の日傘はリツコさんが使っていたものか、あるいはプレゼントとして選んだものかはわからないけれど、「傘のそこかしこにしっかりと可愛い意匠があしらわれている」ならレイのために選んだのかもしれない。自分用にかわいい日傘を選ぶ、ということもあるかもしれないけれど。
 目線が合って「こっちじゃなくて、これ。」だから、当然だけどレイはシンジが猫のストラップじゃなくて自分を見ていることに気づいている。だからレイも見つめられて赤くなってるはず。でもシンジはそれに気づかない。

 飲み物を買いたいと、「足音をあまり感じさせずに」歩くレイが言う。きっと彼女はとても軽い。「左手の鞄と右手の日傘」ではコインを入れることもできない。例えば鞄を地面に置くのではなく、日傘をシンジに預ける。そこがとてもいい。猫は、私を見て、あなたを護ります、と言う。守るのはレイだ。きっとシンジと共に。その意味で、この時の日傘はシンジでもある。だから「居た堪れない気が」したのだろう。気恥ずかしさ。

「路上、自販機の前。」

 この体言止めが実に効果的。本当に何でもないシチュエーションで、レイだけがシンジの視界の中で輝いているのがよくわかる。

 レイは自分が見られていることに気づいている。「綾波が不思議がって僕に訊く」。最初の猫のストラップの時の繰り返し。恥ずかしいからあんまり見ないで。やはりシンジは気づかない。「左手の鞄と右手の日傘」では飲み物もうまく飲めないことにも。
 再び黒猫に護られたレイは、護られているとシンジがよく見えることに気づく。ラストのセリフが光る。


 私っぽいとかののさんっぽいとかそういう領域は抜けて、これはもうみれちゃんの世界だと思う。

 従って、今後は「予想通りの素晴らしさ」となってハードルが上がる。ここから逃げるためには脱力モノを書くしかないが、それはそれで言うほど簡単ではなく、際限なくハードルは上がり続ける。この無限ループから抜ける方法は、恐らく、ない。

 とても暑い、素敵なお話でした。

メンテ
Re: 光熱フィラメント ( No.3 )
日時: 2021/08/28 22:56
名前: みれあ

取り急ぎ、ダッシュだけ修正しました!文字化けするのはいいとしてこれくらい流石にチェックしろよという話 > self

お返事とかは後ほど。
メンテ
Re: 光熱フィラメント ( No.4 )
日時: 2021/09/01 20:50
名前: みれあ

一人称で物語を書くと語り手の目線から見えないものは描けないという話がある(回想ということにすることでクリアできることもある)。もちろん見えないからといって存在しない訳ではないので「実際どうなってるか」は考えるし場合によっては間接的に表現したりもする。なので、語り手からは見えてない光景についても「この作品で実はこうなんです」は勿論ある(ないこともある)。

という前提の上でなんだけど、今回シンジくんからは見えなかったレイがほんとはどう思ってたか、についてはゼロ回答とさせていただければな〜と思っています。 tamb さんにはせっかくしっかり感想書いていただいたのに申し訳ない!
作者としての想定は勿論あるんですが、作者の口から言ってしまうと野暮だなというところなので。

今回の作品のコアは勿論「炎天下の日差しで綾波が眩しい」。もしぼくに絵心があれば文章ではなく絵(や漫画?)で表現したかったのだけど、持ち合わせていなかったので文章で表現することになった。
実は初期構想ではもうちょっと親しい状態の物語を想定していたのだけど、いざ書き始めたらシンジくんがずっとレイにドキドキしてしまっていて、これではキミたち親密になるのはまだ無理だよwということでこういう距離感になった。このせいで当初想定していたオチも使えなくなったし、前段にもうひとつ小話があったのもボツにしてしまったんだけど、これはこれでよかったのだと思う。
で、日傘は初期構想にはなくて途中から出てきたアイデア。日差しが強いと日焼けするんじゃないだろうか、男子はとにかく女子はどうしてるんだろうか、綾波もアスカも色白だけど大丈夫なのかな、とかぐるぐる考えた結果登場してきたという感じで、作劇上の必然性と関係ないところから出てきた概念だったりする。とはいえ、結果的には物語のいい進行役になってくれてよかった。最後のオチを導出できた瞬間はやった!という気持ちだった。

■tambさん
感想ありがとうございます! 別にtambさんからの感想を急かす目的ではなかったんですが、結果的にはいいリマインドになったようで立てた甲斐があった。

>日傘
ぼくの中ではリツコさんが使っていたものを譲った(のでリツコさんの趣味の猫のストラップがついていた)イメージでいたのだけれど、プレゼントでもよいですね。

>確かに若い頃は暑い暑い言って汗かきながらふらふら歩いてたし、炎天下で体育だってやってた。
ぼくもそういうイメージがありました。ずっと夏なことで人間の適応能力のベースラインが上がってるかもしれない、あるいは社会的に暑さに晒さない配慮が確立されてるかもしれない(劇中でそのイメージはあまりない)。あとは現実の2021年の日本よりは、劇中の2015年の箱根はいくらかは暑さがマシであってほしい。などなど考えつつ、今回はクライマックスを特別な光景にしたいので、いつもよりさらに暑い状況が必要となり、太陽に張り切ってもらいました。

>レイだけがシンジの視界の中で輝いているのがよくわかる。
まさにそういう光景を作りたかったのでした。情景を描くのに機能していたらば嬉しいです。

>従って、今後は「予想通りの素晴らしさ」となってハードルが上がる。ここから逃げるためには脱力モノを書くしかないが、それはそれで言うほど簡単ではなく、際限なくハードルは上がり続ける。この無限ループから抜ける方法は、恐らく、ない。
これは悩ましい限りですね。評価いただけるのはありがたいものの、ハードルが上がっていくのは避けたいので、なんとかして期待値を下げて「思ったより良かったじゃん」でほどよく楽しんでいただきたい。しかし、手抜きではなく誠実性を保ったまま期待値を下げるというのも難しい。脱力は手抜きではない。せめて、ハードルの下をヘッドスライディングで通り抜ける練習をしておくことにします。
メンテ

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