このスレッドはロックされています。記事の閲覧のみとなります。
トップページ > 記事閲覧
スターライトマジック
日時: 2022/02/08 20:00
名前: のの
参照: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16960963

空に浮かぶ星ひとつ。

星の中に浮かぶ空。

空の下で重なるものは。



スターライトマジック(Wrriten By NONO)



 陽炎が景色を歪め、水がすぐにでも温くなる、禍々しいほどの熱気を地面が反射し、空気を温めていた。それを吸うと、もはや体温より高いらしい。心地よさと無縁の代物となっていた。フェーン現象だとかエルニーニョだとか、理科の授業で習った気がしないではない。
『これはもう晩御飯は素麺ね。それか冷やし中華かな』
 シンジは同居人Aの台詞をあらかじめ想像して、気温以上にげんなりした。もはや湯を沸かすことすら億劫であるということに気づいてくれることを祈るのみだ。時間は午後4時、すでに夕方の涼やかな風が山から下りてきてもいいような時間帯だったが、今日から数日はとにかくそんなもの期待してはいけないらしいと、朝のテレビ番組でも言っていた。
 汗を拭ってもどうなるものではなかった。下着のシャツは背中に張り付き、ベタついている。頬を刺すような日差しは、憎らしいほど鮮やかに橙色に空と大地を燃やしていた。

「暑すぎる、いくらなんでも」
 思わず独り言が出た。

 歩道橋を渡って下りて、コンビニの誘惑を断ち切って、大通りへ出る。しばらく歩いた先にある紅茶屋を横切って、大きなスーパーでまたしても誘惑に負けそうになる。アイス、ジュース、エアコン。そこに入れば手に入る快楽に体が吸い寄せられながらも、結局は早く帰るのが1番だとわかっていた。
 同居人Aからのメッセージアプリへの着信が入った。
『麦茶切れたから帰りに確保よろしく。忘れたらひどいことになるわ、誰も彼もが』
 絵文字も顔文字もない。なんという脅迫。学校からのたっての要望で居残り勉強をしていた身にもなってほしい。
『自分で行きなよ』
 素早く送り返す。我ながら正論だ。
『あんたバカ?』
 なんという暴論だ。
 いや、これはもはや論ですらない。ただの暴力だ。
 とは言え明日には誰もが困るのは確かなので、麦茶パックが安く売ってるであろう、スーパーの隣の薬局に入った。この店は卵やヨーグルト、麦茶といったものが必ず隣のスーパーより安い値段で設定されている。よくわからないが、便利なので助かっている。同居人Mから渡される生活費はそれなりに余裕があるが、かと言って無尽蔵ではない。それに、同じものが安いと、ちょっぴりお得な気分になるというものだ。
 シンジは薬局に入り、迷わず奥の生鮮食料品のコーナーに足を運び、ヨーグルトと卵を買い物かごに入れて、角を左に曲がり、お菓子コーナーで煎餅とチョコレートを放り込んでレジに向かった。

 そこで、綾波レイに会った。

「えっ、綾波、どうしたの」
 綾波レイは商品を手に取り見比べていたところをシンジに話しかけられ、ぱちんと弾かれたように背筋を伸ばした。
「なに、碇くん」
「びっくりしたの?」
「びっくりしたの。だって、会うと思わなかった」
「そうだね。え、ていうか、今日、休みだったのに、どうして制服なの?」
「これしか服、ないから」
 綾波は時々おかしなことを言うな、とシンジは口の中で言えない言葉を弄び、飲み込んだ。
「それでどうしたの、なに買うの?」
 レイが手に取っていた商品は湿布とコールドスプレーだったので、どこか怪我したの?と聞くと、レイが軽く頷いて、頭をぶつけて首を捻ったのだと言った。
「珍しいね、どうしたの」
「ベッドから落ちたの」
「ベッドから、落ちたの?」
「そう、ベッドから」
 それでヘッドを?と言いたかったが、これも言えない言葉と気がつき、続けて飲み込んだ。
「なんでまた……」
「碇くんには、わからないから」
 珍しく強い口調に驚いたシンジは、思わず語気を強めて言った。
「ちゃんと教えてくれたらわかるけど、それだけでわかるわけないよ」
 するとレイがあっさり頷いて言った。
「それなら、説明するから、ついてきて」
「え?でも僕、帰らないと」
「帰らないと?」
「……なんでもない」
 買い物カゴに入ったものをすべて元に戻し、その間会計を済ませたらしいレイが薬局の出口で待っていた。

 2人は並んで歩き、しかし会話はあまりない。シンジが今日の居残り勉強の話になった時、レイが該当単元のポイントを話した時が一番盛り上がった。
「勉強できるんだね、綾波。えらいなあ」
「えらい……勉強するのは、えらいことなの?」
「真面目だなあ、って感じかなあ。いや、いいことなんたけどね。僕、勉強そんなに得意でもないし」
 そう、とレイが頷いて、その会話もそこで終わった。それから2人は歩いてレイの部屋に向かった。行き先がそうなることはなんとなく分かっていたが、先の展開が読めない。とにかく冷静にしていよう、とだけ自分に言い聞かせていた。

 ひとり暮らしだという綾波レイの部屋は殺風景だった。前にも来たことはあるが、その時は緊張でなにも頭に入らなかったので、よく覚えていない。こんなにも寂しい部屋だったのかと思うと、目の前の少女の存在そのものが、少し儚く映る。幻想なのだと分かっていても。
 レイが部屋のカーテンを閉めて、部屋の入り口に立つシンジを手招きした。彼女はシンジをベッドに座らせると、部屋の電気を消した。

「え、あの、綾波?」
「寝そべって、目を瞑ってて」
「ええ?」
 さすがにそれは、と言いかけたところで、いいから、と言われてしまい、あらゆる意味で危険な状況にあることを感じつつも、断れるはずもない言葉に戸惑いながらも従った。
 レイが暗がりの中、何かを運ぶ音がする。暗がりの中でも迷いを感じさせない足音と、コンセントを挿す音がして、そのすぐあとにスイッチを入れた音がした。
「いいわ」
 目を開けた。

 ぼやけた光の星屑が、天井に映し出されていた。

「わあ、プラネタリウムだ」
「碇くん、知ってた?」
「うん……昔連れてってもらったことがあるよ……あれ、それで?これが頭をぶつけたことと、なんの関係があるの?」
 レイが問いかけに頷くと、あろうことか、ベットの反対側からシンジの横に寝転がった。
「ちょっと、あの、綾波?」
「こうして、見てたの」
 え、説明、今から?という言葉は、かろうじて飲み込むことができた。
「そしたら眠くなってきて、でも寝そうなところで星が気になって、あっちの星はどんなだろうと思って振り返ったら、ベッドの端にいたのを忘れて、落ちた」
「そうなんだ……綾波でもそういうこと、あるんだ」
「碇くんは、ベッドから落ちたことある?」
「ここに来る前は、布団だったからなあ……たぶん、ないかな」

 右に首を傾けると、歪なランプシェードのような、安物のプラネタリウムの装置が床に置かれていた。彼女がどうしてこれを持っているのか、興味が湧いた。しかしーー

「星、きれいだね」

 灰色の天井を見上げて、ぼやけた恒星たちを眺めた。どれが北極星かもわからない。
「……そう?」
「綾波はいま、どの星見てる?」
「……」
「綾波?」
 首を振り向くと、レイの頭は横を向いていた。目が合った。
 ふう、と彼女の吐息が聞こえた。

「いまは、碇くんの目、星が見える」

 そう、と答えながら、同じものを見つけた。
「僕にも、見える」
「同じ星?」
「たぶん、ちがうけど」
「けど……?」
 はあ、と吐息が漏れるのを堪えた。

「星が、きれいだよ」

「……きっと、同じ星だと思う」
 彼女の指が星に触れようと瞳に近づくので、思わず目を閉じた。

 再び瞳を開けば、星が浮かんでいるのだろう。

 北極星もわからない星屑の中で、互いの瞳の星だけが確かにそこにある。

 同じように手を伸ばすと、瞳を閉じて星を隠す彼女が目を開けて、いたずらっぽく笑う。

 その唇に近づこうとするまで、あと5秒。
メンテ

Page: 1 |

Re: スターライトマジック ( No.1 )
日時: 2022/02/08 20:11
名前: のの
参照: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16960963

本日pixivに投稿した内容と全く同じですが、セルフレビューしたくなっちゃったので。
やっぱり、ここに残すと、そうそうこれこれ、って思っちゃいましたね。

本作は、最近たまにTwitterでやってる、
お題を募ってショートショートを書くというやつで、
史燕さんとれいさんからいただいた2つのお題がベースになってます。
『星』
『夜中にベッドから転げ落ちる』
幸い、2つのお題が時制に共通点があるので繋げやすかったです。
最初は、流星群を見る約束してたけど、ベッドでハッスルして寝ちゃった2人が慌てて目を覚ましたときにひっくり返る、という話を考えましたが、なんとなくボツ。
次に、まあなんとなく書き出してみた序文から思いついたストーリーラインがあったんですが、重すぎてボツ。
この時には『プラネタリウム』という小道具は思いつけてたので、それを見ていたレイがおっちょこちょい的に転がり落ちる絵を想像して、それに合う形を展開しようと。

最近、貞や庵や新といったレイヤーについて考えさせられることが多いのですが、試みとしては『どのレイヤーかわからないけど、それを気にしなくても面白いやつ』の方向性でいこうと。
イメージとしては、でーちゃんが書く不思議学園ものみたいなやつ。
確実に原作から改変されているキャラクター造形がされているんだけど、でも、じゃあ、何エヴァかは気にしなくて良さそうな。
ということで、やや抽象度の高いお話になりました。

ラスト、そこまでいく必要あるか?と思ったんですが、余興的な要素も多い書き方だし、それくらい、エイヤッと飛躍したっていいじゃない、FFだもの、ということで。

でも、ラストの着地はあらかじめ考えていたものではないので、そういうところにたどり着けた話は、書き手としての満足度は高いですね。
お楽しみいただけたら幸いだぎゃー。
メンテ
Re: スターライトマジック ( No.2 )
日時: 2022/02/12 00:10
名前: tamb

 ののさんは時々こういう話を書くようなイメージがある。いわゆるのの節の中にある、少しだけ常識の――あるいは綾波レイという少女から受けるイメージの範疇から外れた綾波レイの姿。話しかけられて背筋を伸ばすレイはかわいいよね。

 プラネタリウムをセットする時、シンジに目を瞑っていて欲しいと思うのは、彼に驚いて欲しいという気持ち以外にはない。そう思う彼女の中に、たとえわずかでも恋心のようなものがあるのかどうか、シンジにはわからない。ただ危機的状況にあるということを自覚するだけだ。もちろん読んでいる方にもわからない。シンジ視点を徹底するなら、シンジが知らないことは書けない(ついでに言うと、一人称で書かれていないことは注目に値する)。
 わからない、わからせない、というのは実は重要なことで、わからせないままであるからこそ最後の一行が美しい。近づこうとするまで、あと5秒。実際に近づいたかどうかは、誰にもわからない。恐らくは、作者にも。

 安物のプラネタリウムで星が投影できる程度に、部屋は暗かったはずだ。星を見ずにシンジを見ていたレイに、シンジの瞳の中の星は、恐らく見えない。もちろんシンジにも。
 それでも、きっと同じ星が見えたと思う二人の気持ちが、美しいと思う。

 その星と、同じくらいに。

 だからシンジも近づこうとしたのだと、そう思う。

メンテ
Re: スターライトマジック ( No.3 )
日時: 2022/02/12 00:19
名前: tamb

 学生の頃の話。真夏、友人の車に乗ってどこかに移動していた。彼の車はエアコンが壊れていた。本当に暑く、ぼくたちはただひたすら煙草をふかすしかなかったのだけれど、信号待ちで止まった時、ぼくたちは同時に言った。死ぬぞ。
 その時、どこに向かっていたかは憶えていない。でもたぶん、そのままパチンコ屋かゲーセンに行ったのだと思う。ぼくたちの日常はそんなものだったし、冷房の効いている場所もそんなものだった。
 彼とは今でもたまに連絡を取っている。お互い老境にさしかかり、離婚したり持病があったりで大変だ。歳を取ってからの病気自慢というのは本当だ。でもそれも悪くない、と思う。死んだ仲間もいる。生きていなければ病気自慢もできないからね。

 同居人Aが部屋で涼んでいるなら、麦茶を買って来いと言うのは暴論ではないのではないか、と同居人Aに少しだけ賛同する。
 そして恐らくシンジは帰りが遅くなり麦茶を買い忘れ素麺の買い置きもなく罵詈雑言を浴びることになるであろう。
 その瞬間、あの時に見た星を思い出せるかどうかはわからない。恐らくは、作者にも(笑)。
 いま我々にできるのは、願うことだけだ。

 碇シンジに幸多からんことを。
メンテ
Re: スターライトマジック ( No.4 )
日時: 2022/02/17 08:49
名前: のの

tambさん、コメントありがとうございますー。
書いたものについて長々語り合うのも含めて文字書きの楽しさであるなと感じます。

>ののさんは時々こういう話を書くようなイメージがある。

近作だと『素直が一番』とか、わけわかんない系書いて以来ですけれど、こういう微妙なずらし方はすごく久しぶりだった気がします。
綾波レイなんだけど「あの」綾波レイとはちょっと違う、みたいなの出せたらいいなと思ってたので、

>話しかけられて背筋を伸ばすレイはかわいいよね。

ここを指摘いただけたのはうれしい。

>シンジ視点を徹底するなら、シンジが知らないことは書けない

ですね。自分のことを言語化できるなんて14歳には無理だよん、みたいな決めつけがある(SNSが発達している今、文字によるコミュニケーションスキルは基本的に高くなりやすいと思いますので、現役14歳はどうだろうか。スタンプと絵文字とテンプレ的会話から逃れなければ厳しいか>)ので、
僕にとってはある程度語り部本人から距離を取れる三人称の方が書きやすいですね、今は。
『Grrowing Comedian』のときは育休子育て真っ最中だったので、自分の生活している世界がめちゃくちゃ狭くて、その狭さをそのままアウトプットした結果、一人称シンジ君を描き切った感がありますが。

>わからせないままであるからこそ最後の一行が美しい

先日Twitterでデーちゃん、史燕さんとのお喋りで本作をネタにセルフレビューしてたんですが、デーちゃんと盛り上がったのが『室内プラネタリウムという装置が、ロマンチック発生装置としてヤバい。簡単にロマンチックになる』という点でした。
そしておじさん二人は「わけえのはすぐロマンチックになりたがる……」と、しみじみ。
斯様にシチュエーションはすでに存分に温まっているので、ここで「近づくまで、あと5秒」とか「近づいた」だと、ロマンが過ぎるぜと思って、トータルのロマンチック濃度を調整したのでした。

>同居人Aが部屋で涼んでいるなら、麦茶を買って来いと言うのは暴論ではないのではないか、と同居人Aに少しだけ賛同する。

正論が時に暴力たり得る、みたいなことかもしれません。シンジ君にとっては暴論(おめーがいけよ、コンビニはすぐそこだろがい)なのかもですね。

> 安物のプラネタリウムで星が投影できる程度に、部屋は暗かったはずだ。星を見ずにシンジを見ていたレイに、シンジの瞳の中の星は、恐らく見えない。もちろんシンジにも。
> それでも、きっと同じ星が見えたと思う二人の気持ちが、美しいと思う。

ここまで思ってもらえるだけで書いた甲斐はありました。ありがたや〜。
メンテ

Page: 1 |