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アスカと一緒に
日時: 2022/02/13 22:16
名前: 史燕

  アスカと一緒に
      Written by 史燕


−−カランカラン−−
「いらっしゃいませ」

「こんにちは、マスター」

扉のベルと同時に。
綾波さんともう一人、今日の最初のお客様はかわいらしいレディのお二人のようです。

「へえ、あんたがこんなお店を知ってたんだ。意外ね」
「そう、私のお気に入り」

カウンターの奥の席、並んで座られるのはいつもの場所です。
碇さんの代わりに、お友達の方がお座りになります。

「綾波さんがお友達を連れていらっしゃるとは珍しい」
「惣流・アスカ・ラングレーです」
「これは、ご丁寧に。私はこの店の店主をしています。お気軽にマスターとお呼びください」
「あ、マスターは私が紹介するつもりだったのに」

一通りの自己紹介を終えて、綾波さんが拗ねたようにおっしゃいました。
本当に拗ねているわけではないのですが、どうにもこうにも、弱ってしまいます。

「レイって、そんな表情するのね」
「それはどういう意味」
「珍しいものが見れたってことよ」

惣流さんのおっしゃりように私もうんうんとうなずきます。

「マスターも同意見なの」
「ほーら、普段からそうしてればかわいげがあるのに」
「アスカもマスターも、ひどい」

年相応、と表すのが適切な反応を見ていると、なんだか心が穏やかになります。
惣流さんもそれに合わせてからかっているので、これも友達同士のスキンシップとしてはよくあることなのでしょう。

「それで、アンタのおすすめは」
「ミルフィーユ」
「意外に即答なのね」
「だって、一番美味しいもの」
「そう言っていただけると店主冥利に尽きますね」

綾波さんのオーダーに合わせて、ケーキの用意を始めます。

「お二人とも、お飲み物はどうされますか?」
「いつも通りおすすめでいいのだけど」

綾波さんはそうおっしゃると思っていました。

「惣流さんは、コーヒー党ですか? 紅茶党ですか?」
「あたし、実は紅茶はあんまり」
「では、コーヒーをご用意しましょう」

ラングレーならばアメリカ系の方なのでしょう。
だとすれば、たしかに紅茶よりもコーヒーがお好みですね。
一人得心しながら準備するのはエスプレッソマシーン。

「エスプレッソはいかがでしょうか?」
「えすぷれっそ?」
「はい、そういう名前のコーヒーの抽出方法で、独特の泡立ちを楽しんでいただくのもおもしろいかと」
「あたしは好き。そのほうが濃厚だもの」
「アスカがそう言うのなら、私もエスプレッソで」

ミルフィーユとエスプレッソのセットということが、これで決まりました。

「ちゃんとしたコーヒー豆じゃないと、エスプレッソって味わえないのよね」
「やはり惣流さんは海外にいらしたご経験が?」
「そうよ。ドイツが長かったわ」
「ああ、それで」

日本人離れした容姿と名前から、海外の出身だと見当は付いていましたが、アメリカではなくドイツとは。私も修行が足りませんね。

「では、代用コーヒーも多かったのでは?」
「そうなのよ。だから、日本で普通にコーヒーが置いてあってびっくりしたんだから」
「アスカ、マスター、代用コーヒーって?」

私の質問に身を乗り出すアスカさんに対して、そもそもの説明を求める綾波さんから待ったがかかります。

「ええっとね。ドイツってなかなかコーヒー豆が入ってこないのよ。お茶はもっと。元々生産国じゃないから、しかたがないのだけど」

ここは、惣流さんに説明をお任せした方が良さそうですね。
なにより当事者のお話は、私自身もお伺いしたいところ。

「そこで、豆の代わりに麦を使ったりトウモロコシを使った、なんちゃってコーヒーが出回ってるんだけど、その」
「お店としてお出ししている私たちからすれば、全然飲めたものではないんですよね」
「そうなのよ」

言いよどむアスカさんの言葉を引き継ぎます。

「世界大戦の間に開発された代用コーヒー。ドイツを中心に、結構製法が広まったらしいですよ。評判は褒められたものではないですが、無いよりはましだったのです。特に、セカンドインパクトでアフリカ沿岸諸国が壊滅しましたから」
「むしろ、どうして日本はコーヒーが安定供給されてるのよ」
「地軸がずれた結果、温暖化しましたからね」
「ああ」

惣流さんは、すべてを納得して天を仰ぎました。

「生産地は強い、お茶もインドや中国の高山地帯が中心でしたから」

結果として、私のお店が安定して提供できている程度に流通しているのです。

「そんな事情、知らなかったわ」
「セカンドインパクトの復興なんて、めんどくさい枕詞じゃなかったのね」
「まあ、私は直撃世代ですからね。他の国のことも、ある程度はわかりますよ」

そういう世間話をしている間に、できあがったエスプレッソとミルフィーユを並べます。

「さあ、お待たせしました」

用意されたエスプレッソに、興味津々の綾波さんが早速一口。

「・・・・・・苦いの」
「バッカねえ。コーヒーが苦くないはずないじゃない」
「予想以上だった」

その苦みが醍醐味なのですが、紅茶党で慣れていない綾波さんには少し苦すぎたかもしれませんね。

「ケーキと一緒に味わうのよ」

同い年の惣流さんが、まるで綾波さんのお姉さんですね。

「ほら口開けて」
「甘い」
「次にコーヒー」
「苦い、でもちょうどいい」
「ね、言ったとおりでしょう」

逆に綾波さんが若干いつもより幼児退行しているような。
いえ、深く詮索してはいけませんね。

そのままお二人で仲良く楽しまれて、席を立たれるまでがまるで一瞬でした。

「いいお店ね。今度は一人でお邪魔しようかしら」
「私も一緒、マスターは渡さない」
「別に誰も取ったりしないわよ」

−−カランカラン−−
「お二人とも、またのお越しをお待ちしています」

メンテ

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Re: アスカと一緒に ( No.1 )
日時: 2022/02/13 22:19
名前: 史燕

『ミルフィーユ』執筆時には全然浮かばなかったアスカとのお話ですが、昨日のtambさんのお話を受けて、「今なら書けそう、むしろ書かなきゃいけない」と思い立って筆を執りました。
私が書くとこんな感じにしかなりません。同じ形をすでにありやすさんがやっていらっしゃるのですが、やっぱり違いって出るものですね。
これが3ヶ月前に書けていればなあ、と思いつつ、今だから書けたのだという感触もあります。
お楽しみいただければ幸いです。
メンテ
Re: アスカと一緒に ( No.2 )
日時: 2022/02/23 18:40
名前: tamb

 レイがアスカを連れてくる、というのが地味に泣ける。お気に入りの店に連れてくるというくらい仲がいいということでもあるし、たぶんアスカにミルフィーユを食べさせたいと思ったということでもある。
 アスカはお姉さんっぽい。下僕方面の方々がどう思っているかはわからないけれど、彼女はそういうイメージ。
 例えばレイは知識があまりないということはないと思うけれど、子供っぽいというイメージはあって、それは何なんだろう。まさに「甘い」「苦い」みたいな。ここ、ほんとにレイのイメージ。本来はむしろ大人びてるような気がするけれど。本編のどこかに子供っぽさを感じさせるシーンがあるんだと思うけれど、思い当たらない。
 アスカはお姉さんのイメージがあるけれど、レイは子供っぽいイメージはあっても妹感はない気がする。これもよくわからん。甘え下手だからか。というか妹感ってなんだ?

 しかしこの話は

「ほら口開けて」
「甘い」

 ここに尽きる。アスカの口開けてでレイがあーんしてアスカにミルフィーユ食べさせてもらってるんだぜ。場面を想像してみ。三人ともいい笑顔。こっちは即死だ(笑)。



 大豆による代用コーヒーが出てくるSFを読んだことがある。確か宇宙船の中で飲む代用コーヒーがあまりに不味いと乗組員だか船長だかが愚痴ってたような気がするが、あれは何だったかな。谷甲州かな。そもそもなぜそこまでしてコーヒーを飲みたいと思うのだろう。
 産地ではまともなコーヒーは飲めない的な話を聞いたことがある。高くてだったか高級すぎてだったか。物が安いというのはどこかで誰かが搾取されているという可能性があるということでもあって、まぁなかなか難しい話ではある。こっちには金はないし、じゃあ我慢すればいいという話にもなりにくい。フェアトレードってのはいいアイディアだと思うけれど。
メンテ
Re: アスカと一緒に ( No.3 )
日時: 2022/02/23 19:45
名前: 史燕

○tambさん
感想ありがとうございます。

>レイがアスカを連れてくる
お店に来る最も自然な形はこれしか浮かばなかったのです。そのくらい仲がいいことを示すというのはご指摘の通り。

>アスカはお姉さんっぽい
>レイは子供っぽい
私もそう思っています。少なくともレイと並んだときには。レイの子供っぽさは、きっと感情の表現を知らない、知識は一人前だけど、という部分を私が無意識に入れ込んでいるからかな、と思います。そのコントラストとして世話焼きアスカが生まれるのですから、これはこれでよいものだな、と思っています。

>しかしこの話は(中略)ここに尽きる。
そうです。これを書きたいがための作品です。

>こっちは即死だ(笑)。
ありがとうございます。

代用コーヒーのくだりは、アスカとマスターで、レイの知らない話をしてほしかったから。共通の話題って、仲良くなるためのツールだと思っています。
今作は山場に持ってくるためのただの枕に過ぎないとも言えますが。

代用コーヒーの知識自体はオリジナルでは無く友人から聞いた話ですが、そいつは谷甲州の熱心なファンだったなと、お話を聞いて思い出しました。

お楽しみいただけて幸いです。
メンテ

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