「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
TOP
> 記事閲覧
半袖の雪
投稿日
: 2009/05/31 00:00
投稿者
:
aba-m.a-kkv
参照先
:
【タイトル】半袖の雪
【記事番号】-2147481408 (2147483647)
【 日時 】06/12/12 18:29
【 発言者 】aba-m.a-kkv
少女の名を呼ぶ驚きの混じった声が響いた空は、灰色の分厚い雲に覆われていた。
そして、その雲は母となって、白い踊り子たちを地上へと降ろしていた。
それは世界を変えた日から初めての冬。
前世紀のものたちから見れば懐かしく、新世紀の子供たちにとっては初めての、雪というものが空を覆い尽くす。
そんな空の下。
動き始めたことに気がつき始めた、冬の下の出来事。
半袖の雪
目が覚める、それは寒さとともに。
引っ越しを間近に控えたコンクリートばりの部屋は外気のつめたさに冷えに冷え、部屋の中から熱を奪っていく。
夏ばかりを過ごしてきた空調は寒さをホンの少しマシにするくらいにしか働かず、最近運び込んだ厚手の布団が唯一の防寒だった。
それでも真冬に近付いた今日はまた一段と気温が落ちて、朝方の今は布団を通り越して寒さを染み渡らせる。
そんな冬を身に受けて目覚めた少女は、ぼーとした目を向けて起き上がると、一つ身震いをして布団を口許までたぐり寄せた。
「寒い……」
凛とした声が閑散とした冷たい部屋に響く。
呟きと一緒に溢れた息が部屋の中に白く凍る。
紅い眸が少し見やった先の時計の針は、起きる予定時間にはまだ少し早い時を示していた。
そのまま少女の姿は動かずに幾許かの時を刻んでいく。
やがて、予定の時間を告げる携帯のアラームが短く振動する。
それをきっかけに蒼銀の髪が微かに揺れて、少女は布団するりと抜けるとベッドを降りた。
「準備しないと、約束の日だから」
そう呟いた蒼銀の髪の少女、綾波レイは電気コンロにケトルをかけ、部屋の真ん中においたヒータのスイッチをいれてバスルームに向かう。
熱いシャワーで身体を温めた頃には、この冷たくなった部屋も暖かくなっているだろう。
幾らかの時を清めと温めに費やしてから、レイは部屋へ戻った。
ケトルの湯が微かに音を立て始め、電気ヒータが部屋を適度な温度へと変えている部屋へ。
それから、レイはクローゼットを開けた。
そこには幾つかの服が並んで掛かっている。
少し前までは一種類の服しか掛かっていなかったクローゼットだが、今では少ないまでも数種類の服が備わっている。
それぞれの服に手を添えて、今日はどんな服を着ようかと思い巡らす。
少し前まではこんなに悩むことなどなかった。
こんなことを、服を選ぶということ考えることすらなかった。
少し前まではこんなことは意味をなさなかったし、そうなりもしえなかったから。
まだ、心がついていかない。
でも、これは、この心は、たぶんこれを望んでいる。
ふと、窓の外が動いた気がした。
服に触れる指を止め、そして窓のほうへと向かう。
小さい窓の外は、分厚く灰色の雲が空一面を覆っていて、冷たい空気が空間全体に満ちている。
でも、その奥に何かを感じた。
今の私の心と同じような感じがする。
なにかそこにあるけれど、まだそれは見えていない、そんな風な。
窓の外の空を幾許にも思える刹那に眺めて、それからクローゼットの中の一つの服を取り出した。
そして、それに着替えていく。
それは見知った服。
いままで二年もの時の流れの中、袖を通してきたもの。
ほとんどの時を共に過ごし、様々な出来事を共に経験してきた服。
レイはそれを選んで、それぞれの電源を落とすと、何もその上に羽織ることなく玄関へと向かった。
静寂が満ちる、閑散とした巨大住居群、その谷間でレイは佇んでいた。
見知った制服、その夏服を身に着けて。
薄い布地、半袖から先の白い肌の上を冷たい冬の空気がゆったり流れていく。
そして、熱を徐々に奪っていく、表面から奥底へとじわじわと。
でも、震えが襲うことはなかった。
時がまだ訪れていないかのように。
そして、レイは待っていた、約束の時を、約束の人を。
まだ時間に余裕がある真冬の空の下で、凍てつく空気が満ち溢れる空間の中で、レイは待つ。
そんなレイの上で、空が揺れた。
灰色の分厚い雲の海から白い雫がふんわりと零れ落ちる。
一つの雫から始まって、一つ一つ疎らに、そして後を追うようにたくさんに、空一面で。
水の中を落ち込むようなゆったりした速度で地上へと降下するその姿は、空気の流動によって揺れる。
まるで白い踊り子の舞踊のように。
そして、空一面を覆い尽くしてそれは降りてくる。
第三新東京市の上に、未開発地区巨大住居群の上に、そこで佇むレイの上に。
ぽつり
そんな感触を宿して、雪の結晶がレイの肌に触れた。
それは一瞬の冷たさを広げて、じわっと溶けていなくなる。
その冷たさにレイは初めて空を見上げた。
一面に広がる白。
「すごい……これは」
紅い眸が映しこむいっぱいに降りてくる白い踊り子たち。
灰色の雲という舞台の上でふわふわと踊るそれは、雄大荘厳なまでに空を埋め尽くしてレイへと向かう。
はらはらと地面に落ちるもの、レイの身体に落ちて触れるもの。
それらを一瞬白で染めて消えていく。
落ちては消え、落ちては消えを繰り返し、それが重なりに重なってゆっくりと白に染めていった。
「これは、雪……」
無意識のうちに腕を広げていた。
掌を広げて、白銀の踊り子、雪たちを迎えるように。
「はじめてみた、はじめて触れた。
これが雪。
私が感じたもの、見えなかったもの、まだだったものは、これだったんだ」
この夏服の制服を着ようとするキッカケとした窓の外の雰囲気はこれだったのだ。
雪、上空の水分が極低温下で核を持ち、結晶を形成し、重力にしたがって降下する気象現象。
それが始まろうとする雰囲気。
雪はレイにとって、新世紀に生まれた全てのものにとって始めてのものだった。
そして、これはサードインパクトを超えてこの星が自らを変え始めた証でもあった。
「私に似ている、私に重なる」
螺子曲げられたシステムによって一つだけの季節が重なってきた。
それ以外に定められるものを、染められる色を知らずに、同じ年月だけ。
レイも同じ。
一つだけの目的のために生き、それ以外のものを知ることなく同じ月日を重ねてきた。
十五年という年月を。
この半袖の制服に腕を通し、いくつもの夜を地下のような暗闇に染めて。
でも、この空もレイもあの日を超えて変わり始めた。
季節は緩やかに気温を下げていき、そしてもうこの場では見ることの叶わないと言われた、幻想的な光景が紅い眸を覆い尽す。
灰色の雲から溢れ出して。
この雪は始まりを告げるもの。
この星が、この空が新しい色を掴み動き始めた、その現れ。
「私も始まったばかり。
でも私はこの雪みたいに現せていられてるかな?」
まだ、灰色の分厚い雲と同じかも知れない、そんな風に思う。
白銀の踊り子たち、雪たちをこんなにまでに現せてはいないと思う。
でも、この星が変わっていくなら私も変わっていける。
始まりの証である雪に触れながら、その満ちる空を仰ぎながら、レイは心に想い、雪空の下に立ち続ける。
レイの上に白銀が重なっていく。
レイが雪に触れることを望んだから。
自らをそこに重ねることを望んだから。
その上に雪がサンサンと重なっていく。
そうして白が降り積もった道に雪を踏みしめる足音が鳴いた。
そして、雪の中で白に染まる少女を見付ける。
「……綾波?」
白に染まりきった道の上で、巨大住居群の閑散とした静寂の中で、レイの名を呼ぶ声が響く。
キンキンに冷えた空気に声が走ってレイの耳に届くと、レイは仰いでいた雪空から視線を下ろして、ゆっくりと声がした方へと向いた。
その紅い眸に映ったのは息を白く凍らす少年の姿。
紺色の大きな傘をさし、グレーのダッフルコートにチェックのマフラーを纏った碇シンジの驚いたような姿だった。
「碇、くん……」
レイの声が小さく響く。
そして、シンジの姿に下ろした腕から、重なり積もった雪が刷り落ちて音を立てた。
「なにやってるんだよ、綾波!?
雪まみれで、しかも夏服じゃないか!」
シンジが慌ててレイのもとに駆け寄る。
大きな紺色の傘をレイの上に傾けて、その肩や頭に積もった雪を払っていく。
そんなシンジに、レイはただ身をまかせて静かに佇んでいた、が、シンジが雪を払っていく度に身体が震えだし始めた。
止まっていた時が流れ出したように。
空から雪が溢れ落ち始めたように。
今まで冷たい雪の下でも震えることがなかったレイの身体が、シンジを前にして小刻にカタカタと震え出す。
レイは自分の腕に手を組んで小さく縮こまった。
「寒い……」
「綾波……」
シンジの手が一瞬止まる。
その刹那の時の間に思考の奥底が動いた。
灰色の分厚い雲が動くように。
シンジは小さく冷たい息を吸うと、自分のダッフルコートの前留め具を解いく。
それからダッフルコートを開いてレイをその中へと包み込んだ。
「……あっ」
レイは驚いて一瞬固まる。
けれどシンジのぬくもりに溶けていき、身を委ねていった。
つめたく冷えきった身体に温かさが広がっていき、レイの震えが消えていく。
そんな時が幾許か過ぎて、紺色の大きな傘を白く覆った。
やがて、レイの震えが消えて元以上の熱を帯びてきたころ、とっさに動いたシンジの思考がついてくる。
「あっ……」
距離がゼロになって伝わるレイのぬくもり、匂い、存在。
そして、首元にかかるレイの熱い吐息。
「ご、ごめん、綾波!」
顔を赤く染めてレイを解こうとするシンジに、レイはその背中に腕を回して離れようとしなかった。
そして、その首元で囁く。
「……もう少し、このままじゃダメ、かな。
あたたかくて、うれしい、から」
そういってレイは力を増した。
そんなレイにシンジは離れようとする力を解く。
それから、レイの背中に両手を添えた。
強く抱き締められたなら、とも思う。
けれど、そこまでにはまだ未熟だ。
「ねえ、綾波。
どうして、この雪の下で待ってたの?」
雪がどんどん密になって降り注ぐ。
もう灰色の雲が見えないくらいに。
二人を残して世界が白に沈んでしまったみたくに幻想的に。
そんな空間の中でシンジは尋ね、レイは瞼を閉じて答える。
「何かが、何かが始まるような気がしたから。
その始まるものに、触れたかったから」
視覚を閉じて、その分のたくさんのものに触れられるように。
今は雪ではなく、大切な人のぬくもりに触れられるように。
紺色の大きな傘に積もった雪が耐えきれなくなって落ち、音を立てる。
そして、また紺色を消すように降り積もっていく。
「そうだったんだ……触れられた、綾波?」
「うん、触れられた……」
「……僕もだよ、綾波」
白銀世界が広がっていく。
雪がサンサンと舞い踊って。
いままで一つだけで定められた世界を、それだけで固まっていた世界を、拭うように、溶かすように。
そして、この都市に雪が降り注ぎ始めたように、季節が動き始めたように、この二人の時もゆっくりと動き始める。
某お絵かき掲示板の楓さんの絵を見て、書いてしまいました。
勝手に書いてしまってすみません、楓さん。
でも、とても素敵な絵でした、ありがとうございました。
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481402 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 18:20
【 発言者 】楓
ここに書き込みするのも久しぶりですねー…。
まず、まさかあの絵、見られているとは思いもしませんでしたので…。
えー…びっくりです。
が、正直嬉しかったです!
あんな衝動にかられて描いた、色々間違えた失敗作にSSつけていただけるとは…ッ
aba-m.a-kkvさん、あなたは神様です。
こちらこそ素敵なSSつけていただきありがとうございます(ぺこり)
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481401 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 18:53
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
某お絵かき掲示板ですが、昨日だか一昨日だかに見たときは生きてましたが、今日宣伝に行こうと思ったら落ちてました。復活待ち。通常掲示板の方もほとんど死んでるし、管理人さんは忙しいんだろうなぁ。
ろまんちっくレイちゃんと大胆シンジ君という感じですが、もう一回絵を見てからまた来よう。
mailto:tamb○cube-web.net
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481400 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 23:22
【 発言者 】tokia
aba-m.a-kkvさんの作品はいつも情景描写が印象的で美しいなぁと思うのですが、今回も空から落ちてくる雪と、それを見上げるレイ
というのが、鮮やかな絵として脳裏に浮かんできます。話の核となるシーンを読み手側に印象付けるのが本当に上手いですね。
及ばずながら、この表現力を見習っていきたいものです。
■楓さん
初めまして、tokiaと申します。
この作品が生まれるきっかけとなった楓さんの絵を拝見したかったのですが、
>昨日だか一昨日だかに見たときは生きてましたが、今日宣伝に行こうと思ったら落ちてました。
とは。明日以降にあらためて探させていただきます!
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481389 (-2147481408)
【 日時 】06/12/21 21:26
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
お絵かき掲示板は復活。tokiaさんも発見されたようなのでバラします。
red moon(
http://redmoon.web.infoseek.co.jp/)
のPaint BBSです。未見の方はどうぞ。
石油ストーブの上にやかんを乗せ、おこたに入ってのんびりしたいと思う今日この頃。
寒いというのが、そして暖かいというのがどういうことなのか、良くわかります。
mailto:tamb○cube-web.net
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481381 (-2147481408)
【 日時 】06/12/26 02:45
【 発言者 】aba-m.a-kkv
楓さん、喜んでいただけたようで安心しました。
本当なら、直接お贈りできればよかったんですが、今回は四人目を使わさせていただきました。
でも、ほんと、楓さんの絵は素晴らしかったです。
このショートが、ぱぁと浮かんでくるほどに。
半袖夏服姿というのもはまりましたし、寒そうです、のコメントもきっかけになりました。
楓さんの絵は、お絵かきBBSで見させてもらっています。
楽しみにしてますので、これからもいろいろ見せてください。
tokiaさん、感想ありがとうございます。
たくさん誉めていただいて、恥ずかしい限りですが。
今回のショートは楓さんの絵を元に書かせていただいたので、
落ちてくる雪を見上げるレイの姿が浮かんで下さったならなにより良かったです。
tambさん、冬はいいですねぇ。
コタツはリリンの……なんて台詞が聞こえてきそうですが。笑
寒さが身を包むゆえに、ぬくもりが良く伝わる季節な気がします。
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481374 (-2147481408)
【 日時 】06/12/26 21:05
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
> 寒さが身を包むゆえに、ぬくもりが良く伝わる季節な気がします。
厳寒地方では初体験の平均年齢が低いという身も蓋もない話を聞いたことがありますがホントすいません。
mailto:tamb○cube-web.net
編集
件名
スレッドをトップへソート
名前
メールアドレス
表示
非表示
URL
画像添付
暗証キー
画像認証
(右画像の数字を入力)
コメント
-
WEB PATIO
-
【記事番号】-2147481408 (2147483647)
【 日時 】06/12/12 18:29
【 発言者 】aba-m.a-kkv
少女の名を呼ぶ驚きの混じった声が響いた空は、灰色の分厚い雲に覆われていた。
そして、その雲は母となって、白い踊り子たちを地上へと降ろしていた。
それは世界を変えた日から初めての冬。
前世紀のものたちから見れば懐かしく、新世紀の子供たちにとっては初めての、雪というものが空を覆い尽くす。
そんな空の下。
動き始めたことに気がつき始めた、冬の下の出来事。
半袖の雪
目が覚める、それは寒さとともに。
引っ越しを間近に控えたコンクリートばりの部屋は外気のつめたさに冷えに冷え、部屋の中から熱を奪っていく。
夏ばかりを過ごしてきた空調は寒さをホンの少しマシにするくらいにしか働かず、最近運び込んだ厚手の布団が唯一の防寒だった。
それでも真冬に近付いた今日はまた一段と気温が落ちて、朝方の今は布団を通り越して寒さを染み渡らせる。
そんな冬を身に受けて目覚めた少女は、ぼーとした目を向けて起き上がると、一つ身震いをして布団を口許までたぐり寄せた。
「寒い……」
凛とした声が閑散とした冷たい部屋に響く。
呟きと一緒に溢れた息が部屋の中に白く凍る。
紅い眸が少し見やった先の時計の針は、起きる予定時間にはまだ少し早い時を示していた。
そのまま少女の姿は動かずに幾許かの時を刻んでいく。
やがて、予定の時間を告げる携帯のアラームが短く振動する。
それをきっかけに蒼銀の髪が微かに揺れて、少女は布団するりと抜けるとベッドを降りた。
「準備しないと、約束の日だから」
そう呟いた蒼銀の髪の少女、綾波レイは電気コンロにケトルをかけ、部屋の真ん中においたヒータのスイッチをいれてバスルームに向かう。
熱いシャワーで身体を温めた頃には、この冷たくなった部屋も暖かくなっているだろう。
幾らかの時を清めと温めに費やしてから、レイは部屋へ戻った。
ケトルの湯が微かに音を立て始め、電気ヒータが部屋を適度な温度へと変えている部屋へ。
それから、レイはクローゼットを開けた。
そこには幾つかの服が並んで掛かっている。
少し前までは一種類の服しか掛かっていなかったクローゼットだが、今では少ないまでも数種類の服が備わっている。
それぞれの服に手を添えて、今日はどんな服を着ようかと思い巡らす。
少し前まではこんなに悩むことなどなかった。
こんなことを、服を選ぶということ考えることすらなかった。
少し前まではこんなことは意味をなさなかったし、そうなりもしえなかったから。
まだ、心がついていかない。
でも、これは、この心は、たぶんこれを望んでいる。
ふと、窓の外が動いた気がした。
服に触れる指を止め、そして窓のほうへと向かう。
小さい窓の外は、分厚く灰色の雲が空一面を覆っていて、冷たい空気が空間全体に満ちている。
でも、その奥に何かを感じた。
今の私の心と同じような感じがする。
なにかそこにあるけれど、まだそれは見えていない、そんな風な。
窓の外の空を幾許にも思える刹那に眺めて、それからクローゼットの中の一つの服を取り出した。
そして、それに着替えていく。
それは見知った服。
いままで二年もの時の流れの中、袖を通してきたもの。
ほとんどの時を共に過ごし、様々な出来事を共に経験してきた服。
レイはそれを選んで、それぞれの電源を落とすと、何もその上に羽織ることなく玄関へと向かった。
静寂が満ちる、閑散とした巨大住居群、その谷間でレイは佇んでいた。
見知った制服、その夏服を身に着けて。
薄い布地、半袖から先の白い肌の上を冷たい冬の空気がゆったり流れていく。
そして、熱を徐々に奪っていく、表面から奥底へとじわじわと。
でも、震えが襲うことはなかった。
時がまだ訪れていないかのように。
そして、レイは待っていた、約束の時を、約束の人を。
まだ時間に余裕がある真冬の空の下で、凍てつく空気が満ち溢れる空間の中で、レイは待つ。
そんなレイの上で、空が揺れた。
灰色の分厚い雲の海から白い雫がふんわりと零れ落ちる。
一つの雫から始まって、一つ一つ疎らに、そして後を追うようにたくさんに、空一面で。
水の中を落ち込むようなゆったりした速度で地上へと降下するその姿は、空気の流動によって揺れる。
まるで白い踊り子の舞踊のように。
そして、空一面を覆い尽くしてそれは降りてくる。
第三新東京市の上に、未開発地区巨大住居群の上に、そこで佇むレイの上に。
ぽつり
そんな感触を宿して、雪の結晶がレイの肌に触れた。
それは一瞬の冷たさを広げて、じわっと溶けていなくなる。
その冷たさにレイは初めて空を見上げた。
一面に広がる白。
「すごい……これは」
紅い眸が映しこむいっぱいに降りてくる白い踊り子たち。
灰色の雲という舞台の上でふわふわと踊るそれは、雄大荘厳なまでに空を埋め尽くしてレイへと向かう。
はらはらと地面に落ちるもの、レイの身体に落ちて触れるもの。
それらを一瞬白で染めて消えていく。
落ちては消え、落ちては消えを繰り返し、それが重なりに重なってゆっくりと白に染めていった。
「これは、雪……」
無意識のうちに腕を広げていた。
掌を広げて、白銀の踊り子、雪たちを迎えるように。
「はじめてみた、はじめて触れた。
これが雪。
私が感じたもの、見えなかったもの、まだだったものは、これだったんだ」
この夏服の制服を着ようとするキッカケとした窓の外の雰囲気はこれだったのだ。
雪、上空の水分が極低温下で核を持ち、結晶を形成し、重力にしたがって降下する気象現象。
それが始まろうとする雰囲気。
雪はレイにとって、新世紀に生まれた全てのものにとって始めてのものだった。
そして、これはサードインパクトを超えてこの星が自らを変え始めた証でもあった。
「私に似ている、私に重なる」
螺子曲げられたシステムによって一つだけの季節が重なってきた。
それ以外に定められるものを、染められる色を知らずに、同じ年月だけ。
レイも同じ。
一つだけの目的のために生き、それ以外のものを知ることなく同じ月日を重ねてきた。
十五年という年月を。
この半袖の制服に腕を通し、いくつもの夜を地下のような暗闇に染めて。
でも、この空もレイもあの日を超えて変わり始めた。
季節は緩やかに気温を下げていき、そしてもうこの場では見ることの叶わないと言われた、幻想的な光景が紅い眸を覆い尽す。
灰色の雲から溢れ出して。
この雪は始まりを告げるもの。
この星が、この空が新しい色を掴み動き始めた、その現れ。
「私も始まったばかり。
でも私はこの雪みたいに現せていられてるかな?」
まだ、灰色の分厚い雲と同じかも知れない、そんな風に思う。
白銀の踊り子たち、雪たちをこんなにまでに現せてはいないと思う。
でも、この星が変わっていくなら私も変わっていける。
始まりの証である雪に触れながら、その満ちる空を仰ぎながら、レイは心に想い、雪空の下に立ち続ける。
レイの上に白銀が重なっていく。
レイが雪に触れることを望んだから。
自らをそこに重ねることを望んだから。
その上に雪がサンサンと重なっていく。
そうして白が降り積もった道に雪を踏みしめる足音が鳴いた。
そして、雪の中で白に染まる少女を見付ける。
「……綾波?」
白に染まりきった道の上で、巨大住居群の閑散とした静寂の中で、レイの名を呼ぶ声が響く。
キンキンに冷えた空気に声が走ってレイの耳に届くと、レイは仰いでいた雪空から視線を下ろして、ゆっくりと声がした方へと向いた。
その紅い眸に映ったのは息を白く凍らす少年の姿。
紺色の大きな傘をさし、グレーのダッフルコートにチェックのマフラーを纏った碇シンジの驚いたような姿だった。
「碇、くん……」
レイの声が小さく響く。
そして、シンジの姿に下ろした腕から、重なり積もった雪が刷り落ちて音を立てた。
「なにやってるんだよ、綾波!?
雪まみれで、しかも夏服じゃないか!」
シンジが慌ててレイのもとに駆け寄る。
大きな紺色の傘をレイの上に傾けて、その肩や頭に積もった雪を払っていく。
そんなシンジに、レイはただ身をまかせて静かに佇んでいた、が、シンジが雪を払っていく度に身体が震えだし始めた。
止まっていた時が流れ出したように。
空から雪が溢れ落ち始めたように。
今まで冷たい雪の下でも震えることがなかったレイの身体が、シンジを前にして小刻にカタカタと震え出す。
レイは自分の腕に手を組んで小さく縮こまった。
「寒い……」
「綾波……」
シンジの手が一瞬止まる。
その刹那の時の間に思考の奥底が動いた。
灰色の分厚い雲が動くように。
シンジは小さく冷たい息を吸うと、自分のダッフルコートの前留め具を解いく。
それからダッフルコートを開いてレイをその中へと包み込んだ。
「……あっ」
レイは驚いて一瞬固まる。
けれどシンジのぬくもりに溶けていき、身を委ねていった。
つめたく冷えきった身体に温かさが広がっていき、レイの震えが消えていく。
そんな時が幾許か過ぎて、紺色の大きな傘を白く覆った。
やがて、レイの震えが消えて元以上の熱を帯びてきたころ、とっさに動いたシンジの思考がついてくる。
「あっ……」
距離がゼロになって伝わるレイのぬくもり、匂い、存在。
そして、首元にかかるレイの熱い吐息。
「ご、ごめん、綾波!」
顔を赤く染めてレイを解こうとするシンジに、レイはその背中に腕を回して離れようとしなかった。
そして、その首元で囁く。
「……もう少し、このままじゃダメ、かな。
あたたかくて、うれしい、から」
そういってレイは力を増した。
そんなレイにシンジは離れようとする力を解く。
それから、レイの背中に両手を添えた。
強く抱き締められたなら、とも思う。
けれど、そこまでにはまだ未熟だ。
「ねえ、綾波。
どうして、この雪の下で待ってたの?」
雪がどんどん密になって降り注ぐ。
もう灰色の雲が見えないくらいに。
二人を残して世界が白に沈んでしまったみたくに幻想的に。
そんな空間の中でシンジは尋ね、レイは瞼を閉じて答える。
「何かが、何かが始まるような気がしたから。
その始まるものに、触れたかったから」
視覚を閉じて、その分のたくさんのものに触れられるように。
今は雪ではなく、大切な人のぬくもりに触れられるように。
紺色の大きな傘に積もった雪が耐えきれなくなって落ち、音を立てる。
そして、また紺色を消すように降り積もっていく。
「そうだったんだ……触れられた、綾波?」
「うん、触れられた……」
「……僕もだよ、綾波」
白銀世界が広がっていく。
雪がサンサンと舞い踊って。
いままで一つだけで定められた世界を、それだけで固まっていた世界を、拭うように、溶かすように。
そして、この都市に雪が降り注ぎ始めたように、季節が動き始めたように、この二人の時もゆっくりと動き始める。
某お絵かき掲示板の楓さんの絵を見て、書いてしまいました。
勝手に書いてしまってすみません、楓さん。
でも、とても素敵な絵でした、ありがとうございました。
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481402 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 18:20
【 発言者 】楓
ここに書き込みするのも久しぶりですねー…。
まず、まさかあの絵、見られているとは思いもしませんでしたので…。
えー…びっくりです。
が、正直嬉しかったです!
あんな衝動にかられて描いた、色々間違えた失敗作にSSつけていただけるとは…ッ
aba-m.a-kkvさん、あなたは神様です。
こちらこそ素敵なSSつけていただきありがとうございます(ぺこり)
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481401 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 18:53
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
某お絵かき掲示板ですが、昨日だか一昨日だかに見たときは生きてましたが、今日宣伝に行こうと思ったら落ちてました。復活待ち。通常掲示板の方もほとんど死んでるし、管理人さんは忙しいんだろうなぁ。
ろまんちっくレイちゃんと大胆シンジ君という感じですが、もう一回絵を見てからまた来よう。
mailto:tamb○cube-web.net
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481400 (-2147481408)
【 日時 】06/12/14 23:22
【 発言者 】tokia
aba-m.a-kkvさんの作品はいつも情景描写が印象的で美しいなぁと思うのですが、今回も空から落ちてくる雪と、それを見上げるレイ
というのが、鮮やかな絵として脳裏に浮かんできます。話の核となるシーンを読み手側に印象付けるのが本当に上手いですね。
及ばずながら、この表現力を見習っていきたいものです。
■楓さん
初めまして、tokiaと申します。
この作品が生まれるきっかけとなった楓さんの絵を拝見したかったのですが、
>昨日だか一昨日だかに見たときは生きてましたが、今日宣伝に行こうと思ったら落ちてました。
とは。明日以降にあらためて探させていただきます!
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481389 (-2147481408)
【 日時 】06/12/21 21:26
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
お絵かき掲示板は復活。tokiaさんも発見されたようなのでバラします。
red moon(http://redmoon.web.infoseek.co.jp/)のPaint BBSです。未見の方はどうぞ。
石油ストーブの上にやかんを乗せ、おこたに入ってのんびりしたいと思う今日この頃。
寒いというのが、そして暖かいというのがどういうことなのか、良くわかります。
mailto:tamb○cube-web.net
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481381 (-2147481408)
【 日時 】06/12/26 02:45
【 発言者 】aba-m.a-kkv
楓さん、喜んでいただけたようで安心しました。
本当なら、直接お贈りできればよかったんですが、今回は四人目を使わさせていただきました。
でも、ほんと、楓さんの絵は素晴らしかったです。
このショートが、ぱぁと浮かんでくるほどに。
半袖夏服姿というのもはまりましたし、寒そうです、のコメントもきっかけになりました。
楓さんの絵は、お絵かきBBSで見させてもらっています。
楽しみにしてますので、これからもいろいろ見せてください。
tokiaさん、感想ありがとうございます。
たくさん誉めていただいて、恥ずかしい限りですが。
今回のショートは楓さんの絵を元に書かせていただいたので、
落ちてくる雪を見上げるレイの姿が浮かんで下さったならなにより良かったです。
tambさん、冬はいいですねぇ。
コタツはリリンの……なんて台詞が聞こえてきそうですが。笑
寒さが身を包むゆえに、ぬくもりが良く伝わる季節な気がします。
【タイトル】Re: 半袖の雪
【記事番号】-2147481374 (-2147481408)
【 日時 】06/12/26 21:05
【 発言者 】tamb <tamb○cube-web.net>
> 寒さが身を包むゆえに、ぬくもりが良く伝わる季節な気がします。
厳寒地方では初体験の平均年齢が低いという身も蓋もない話を聞いたことがありますがホントすいません。
mailto:tamb○cube-web.net