「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif カレイドスコープ
投稿日 : 2009/05/31 00:00
投稿者 のの
参照先

【Date:】 29 Apr 2008 20:00:00
【From:】 "のの"
【Subject:】 カレイドスコープ

 碇くんがいると、わたしはわたしでなくなってしまう。

 碇くんがいないと、わたしはわたしに戻ってしまう。

 とても目まぐるしいし、何より問題なのが、解決方法がわからない。



カレイドスコープ
                                                        


 赤い機体がビルの陰に隠れた。そのビルは隠れた機体の面から専用武装が用意されていることはわ
かっていた。破壊による視界不良を一瞬天秤にかけたけど、トリガーを引くことを選択。両手のハン
ドバズーカがビルを破壊する。代わりにバズーカの残弾は両方尽きた。本来であればどちらか一発は
とっておくのが定石だった。それでも相手に武器を渡すより良い。
 エメラルドの輝きを放つ四つ眼の弐号機が粉塵から飛び出してきた。弐号機専用携帯武装の改良型
プログナイフは防御しにくい。その気になれば刃の長さを切り替えられるから、間合いが取りにくかっ
た。咄嗟にバックステップで下がる。その瞬間、弐号機がわたしの利用するつもりだった武装供給ビ
ルからライフルを取り出した。この一瞬で立場が逆転したことを自覚する。
「もらったあ!!」
 相手の声が通信回線から聞こえる。いつになく耳障りだった。確信に満ちた、傲慢な雄々しい叫び
声。移動に邪魔なケーブルを外して、なんとか横っ飛びでライフルから身を隠した。
 同じビルから二挺の銃を構えた弐号機が距離を詰めてくる。武器もなければ時間もなかった。ビル
ふたつ隔てた場所からビルを突き抜けて体当たりを仕掛ける。もんどりうった弐号機の手からライフ
ルをもぎ取って後ろへ投げた。その動作をしながらレバー操作で左肩部武装機構からナイフを取り出
し、突進を停止した直後にナイフを構えて振り下ろす。瞬間、目の前にあった弐号機の右肩部武装が
開口、無数の針が機体の頭部に直撃した。ナイフはそれでも弐号機の頭部に突き刺さる。互いに首と
頭から血の雨を降らせたところで、画面が暗転した。
 ミクロの単位まで落としてあるシンクロ率では、頭部を破壊されても顔の表面がちくりと痛む程度。
相手も同じ。弐号機との模擬戦闘は傷み分けに終わった。
『はい、終了。二人とも、お疲れ様。』
 司令部からの通信。葛城二佐の声は緊張感のない、ゆるやかな調子だった。
 総評の前にシャワーを浴びる。さっきまで戦う相手だった弐号機パイロットはわたしが見てもわか
るほど怒っていた。個室をいくつか隔てたシャワー室で彼女は勢い良くシャワーを浴びていた。石鹸
を置く音ひとつとってもおおきな音なのでよくわかる。その音は妙に耳に残った。彼女より先に出て、
先に司令部に戻る。わたしより三分遅れて入ってきた弐号機パイロットは、さっきと変わってまった
くの無表情だった。
 総評は比較的簡単なものだった。弐号機は街の把握と射撃能力の向上を褒められ、距離を詰めすぎ
る点を注意された。ライフル対素手という状況下で前に出る必要があったかどうかは、疑問ね。
 わたしは近接戦闘の際の判断力の速さを褒められ、最後に相手を仕留める際の不手際を注意された。
バズーカの残弾、ナイフを振り下ろした際の頭部の位置。イージーミスよ、よくよく注意して。
「でも、あたしの方が速かったわ。」
 隣の彼女が言った。
 わたしは脈拍の上昇と視野狭窄を自覚した。確かにわたしはコンマ数秒遅かった。
 あなたも、最終的にはやられてるわ、同じよ。葛城二佐が注意したことは、わたしも言いたかった
ことだ。そんなことを言いたくなることははじめてだった。
「とにかくお疲れ様。昨日の今日だから、帰っていいわよ。」
 昨日の戦闘では、わたしたちはなにもしていない。だから疲れてもいない。そういう理屈を盾に弐
号機パイロットは模擬戦闘を志願した。わたしも断る理由はなかったので了承した。
 帰りのエレベーターで、わたしたちは違う階を押した。彼女はいつも通り、地上一階からのリニア
に乗るボタン。わたしは二階のボタンを押して『閉』ボタンを押した。そもそも、そういえばわたし
は『開』のボタンを押したことがないと、ふと思った。二階のボタンを押したとき、後ろの弐号機パ
イロットがなにか言いかけて、やめた。エレベーター内で無言なのはいつものこと。特に話すことは
ない。今日のような日は特に。
 一階に着いたエレベーターのドアが開き、出て行く際に彼女が言った。
「……おつかれさま。アイツに、晩御飯まだかって、言っといて。」
 顔も見せずに彼女が走って行く。
「……。」
 わたしは二階で降りて、本部施設の職員専用病棟へ向かった。
 昨日、ディラックの海から生還した初号機の内部で消耗していた碇くんは、明日まで入院すること
になっている。
 わたしたちはなにもできず、初号機は自力で生還した。
 初号機の魂のことを考えれば、考えられることだと思う。エネルギーがゼロでも、初号機が動く可
能性があることをわたしは知っている。
 けれど、知らないこともある。
 初号機は、名前の通り最初のエヴァ。わたしが乗っている零号機は、ロールアウトした初号機のノ
ウハウを基に実験機を流用して実戦投入されたものなので、正確な意味では初号機より後に実戦運用
可能な段階にしてある機体だった。
 初号機にはわたしの知らない秘密がある。そういう気がした。碇くんのお母さんと密接な関係にあ
るエヴァ、というだけではないのかもしれない。
 いつも通りの真っ白い壁の道を通って病室に入ると、眠っている彼を見つけた。
 検査で疲れたのか、わたしが隣に座っても気づかなかった。昨日もそうだったので、本を広げた。
彼が起きるまで、帰ろうとは思わなかった。
 頁が進む。時計の針と同じように。
 針は止まらない。終わりに近づいている。身近なところでは面会時間が。先を言えば、わたしに残
された時間そのものも。使徒を倒すことすら、役に立てなかったわたしの時間が。
 使徒を倒せないわたしでは、いくら時間があっても意味がないことが、一昨日、よくわかった。飲
み込まれる初号機を助ける力がなかった。
 我慢がならない。零号機を通して展開するATフィールドでは、空間そのものまで干渉する力がない
ことはわかっていた。けれど、それでは碇くんを助けられない。
 弐号機パイロットも、無力な自分に苛立っていた。だから彼女は今日の模擬戦闘を申し込んできた
し、わたしも断らなかった。今日、わたしは負けた。相打ちはこれまでにもあったことなのに、はじ
めて納得できなかった。わたしに代わりはいるけど、あの場ではいない。勝たなければ、守りきるこ
とにはならない。それでも、自爆しかないときは容易に出来る自分もいる。わたしの本音はどっちだ
ろう。生き抜くのか、死ねるのか。
「……綾波?」
 いつの間にか止まっていた頁をじっと見つめていた(目には入っていなかった)せいで、碇くんが
目を醒ましていたことに気づかなかった。
「……いま、何時?」
「七時四十五分。」
 面会終了まであと少しだった。
「そっか……いつ来たの?」
「さっき。」
 三十分前をそう言っていいと思えないのに、なぜかそう答えていた。
「なんか……珍しいね、綾波とこうして会うの。」
「昨日も会ったわ。」
「そうだけど、それが二日続くことは、さ……。」
 碇くんはようやく起き上がって、枕元の水差しの水をグラスに注いで二回つづけて飲んだ。
「な、なに……?」
 碇くんを見ていたわたしに驚いて、彼は急にてきぱきとグラスを戻して、スリッパを履いた。
「も、もう遅いよ。エレベーターのとこまで行くよ。」
「……ここでいいわ。」
「いや、そこまでは、一緒に行くよ。」
「……そう。」
 本をしまって、立ち上がる。左手の鞄がもっと重ければいいのに。考えられないようなことを考え
てしまう。彼といるとそういう考え方をしている自分がいる。もっとエレベーターが遅ければ、歩調
が遅ければ……だからどうだと言うのだろう?どうせわたしは消えてしまうのに。
 廊下に出たとき、忘れていた伝言を伝えた。弐号機パイロットから言われていたことをそのまま。
すると碇くんはあいまいにだけれど笑った。困っているような。でも、笑った。そして、アスカらし
いや、と呟いた。
 司令室で彼女が強がりを言ったときと同じ感覚が湧き上がる。どうしてあの人はわたしの心をこん
なにも乱すのだろう。今みたいな時には名前すら聞きたくない。
「わたしは、珍しいのね。」
 気がつけば口にしていた。
「えっ。」
 碇くんが驚いていた。驚いた彼を横目に、わたしは歩調を早めた。自分がどんな表情なのかわから
なくて、わたしは自分で自分に困ってしまった。彼と会うと、わたしはわたしじゃなくなってしまう。
論理的でない自分なので、解決できない自分になる。
 エレベーターは驚くほどやってこなかった。碇くんはわたしの後ろにまだいて、なにも言わなかっ
た。わたしは振り向けなかった。彼がどんな顔か知りたくない。
 合図の音がして、わたしは一階のボタンを押す。視界の端にある碇くんには焦点を合わせられなかっ
た。ドアが自然に閉まるのに任せていると、碇くんが顔を上げた。「あのっ。」
 わたしは咄嗟に『開』ボタンを押した。押したままにして、碇くんにようやく目を合わせた。
「あの……ありがとう、今日も来てくれて。考えもしなかったから……その……嬉しかった。」
「……。」
 こんなとき、どんな顔を。
 どんな仕草を。
 どんな言葉を。
 なんにも知らない、わからない。わかっていることは、押しっぱなしのボタンを離したくない気持
ちになっているということ。
「綾波、明日は……。」
「実験のあと、午後から学校に……なぜ?」
「いや、ううん、なんでもないよ……じゃあ、また。」
 彼が一歩下がる。わたしは右手を下ろした。数秒間の沈黙はドアのせいで破られた。ドアが閉まっ
て、エレベーターが動き出す。
 明日退院するのに、午後から学校に来るわけがない。それなのに、来てくれないだろうかと思って
いる自分がいる。
 横目で見た鏡で、髪が乾ききっていないことに気づいて、そのせいで撥ねているひと房を、急いで
手で梳かした。ドアが開くまでになんとか直した。もう遅いのに。
 その晩、はじめて心配事で眠れなかった。考えていても仕方がないのに。
 考えていても仕方がないなら、せめて準備をしなければ、という気になっていた。
 はじめてドライヤーと櫛を買った。彼が来るかどうかもわからないのに。
 ベッドに入ってからは、どうか、明日一日が無事でありますように、と願っていた。
 どうかせめて、碇くんに負担のかからない、一日でありますように。


 そんな風に、願い事をしながら寝るなんて、もちろんはじめてのことだった。



【Date:】 29 Apr 2008 20:04:00
【From:】 "のの"
【Subject:】 『カレイドスコープ』

どもです。
超久々にSS書きました。
たぶん去年書いた「Drive My Car」以来だから、半年以上ご無沙汰でした。
正式投稿は三年くらいしてないし、ほんと駄目だ。

これまでも書こうとしてましたがなかなか書けず。
非常にベタな話にしてしまいましたが、なんか最後のほうは久々のハイテンション
モードで書きました。
やっぱりこういう瞬間があるから楽しい。
構想2分、所要時間1時間の簡単な手料理で申し訳ありませんが、楽しんでいただ
けたら、とてもうれしいっす。
……と言いつつ投稿後40分ほどかけて手直ししました。

■追記
tamaさん、久々に書いてみました。ええ、せっつかれたと思ったので書きました(爆)

tambさん、僕、書きました。僕は、書きましたぞよ。
なんて失礼な客分。我ながら。



【Date:】 6 May 2008 16:42:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 Re: カレイドスコープ

 サラウンドにうつつをぬかしてレスするのを忘れてた(^^;)。

 いつものののさんテイスト、と言いたいところだけど、ちょっと違うような気がする。
どこがどうとは言いにくいんだけど。書いていると漏れ伝わってくるオリジナルの影響で
しょうか。

 タイトル前の冒頭三行での引き込み方は、あいかわらず凄い。

 tamaさんが書いてるように、距離感はたまらんね。この距離を保ってるのは正しくA.T.
フィールドって言うんだろうな。ある程度以上は寄れないけど、でも離れると近寄るんだ
よな。

 まぁでもあれですよ。この手の話は、もちろん連作でいいんで、サードインパクトまで
書くべきですよね。よろしくです(笑)。

> tambさん、僕、書きました。僕は、書きましたぞよ。

 挑発に乗ろう。てか書いてるんだけどね。ずっと。



【Date:】 6 May 2008 18:32:00
【From:】 "のの"
【Subject:】 Re: カレイドスコープ

書いてからほっぱらかしてた。
そして今日のどかに(?)「ヱヴァ」DVD見て、ここを覗いたら。
レスどころか絵まで。
うわー、わーーーー。こういうのを縁とは言いません。
もちろんシンクロ率と呼ぶのです。ハーモニクス異常なし!!(意味不明)

■tambさん
レスどもでーす。

>書いていると漏れ伝わってくるオリジナルの影響で
しょうか。

今回相当意識しました。
なんだか自分の中のエヴァってものが固定されすぎてる気がするので、エヴァ
の本編の空気に惚れてたはずなんだから、そこをクローズアップしてみました。
単純にDVDを見て戦闘シーンも書きたかったというのもありつつ(笑)

距離感。
もう何年も、二人を書くにあたってそこしか意識してない……(^^;
磁石というか、引力というか。
ああ、やばい、妄想膨らむ。
連作までこぎつけられるかもしれません。
まあ散々取り組んで失敗してる数年ですので、たわ言ですが(爆)

>> tambさん、僕、書きました。僕は、書きましたぞよ。

>挑発に乗ろう。てか書いてるんだけどね。ずっと。

そういえばちゃんと読んでなかった(失礼!)
ので、一番新しいtambさんの短編読みました。
ここ最近古いSS読みまくってるんですが、その雰囲気を07年でも保っていたので驚いた。
なんだかんだ言いつつシンジ君と綾波さんを書くのが好きなんだなーと(笑)
昔のSSのシンジ君って、けっこうあっさりかっこいいこと言ったりデート誘ったりしてんですよね。
十年前のエースパイロットHALさんの短編とか。
でもそれでもきっちり「エヴァ」なのは、やっぱり書き手の情熱が伝わるからなんだろうか。

いけね、余計なこと書きすぎたか?
ひとまずこんなとこで。



【Date:】 15 May 2008 04:10:00
【From:】 "tamb"
【Subject:】 Re: カレイドスコープ

> その雰囲気を07年でも保っていたので驚いた。

テンプレ乙とかいう評価を受けたような気がする(笑)。

> でもそれでもきっちり「エヴァ」なのは

それはあれですよ。例えば『Synchronicity』に出てくるレイもシンジも、原作とは相当
乖離してますが、それでもシンジだったりレイだったりを感じさせる何かがある、言い換
えれば成長を感じさせるものがあるからそう思えるわけで、つまりそういうことなんじゃ
ないでしょうか。つか、デートくらい誘ってやれよと(爆)。



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