「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif 梅干し頼み
投稿日 : 2010/07/17 01:54
投稿者 のの
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予定調和でかまいません。

突然はいつも突然なので困ります。

あなただったらなおさらです。



梅干し頼み



 体育の時間、見学している女子は二人。
 男子はバスケットで、女子は片隅の砂場で走り幅跳びの時間だった。第三新東京市が教育方針に掲げる「能率化」の影響で、
体育は男女別にカリキュラムが組まれている。第一中学校には専任の体育教師が三人おり、履修時期をズラして体育館や校庭を
効率よく使っている。
 兎角、男子にとっては迷惑な話である。

「ま、校庭が同じってだけマシだろ」
 ケンスケがため息混じりに言う。CチームのケンスケとDチームのシンジは得点板の担当をしている。試合も見つつ、二人と
も砂場に視線を戻す。
「しかしほぼ対角線つうのがなあ……なあ?」
「え?あー、うん」
 同意する根性も否定する冷静さも持ち合わせていないシンジは曖昧に頷いた。ケンスケも勝手知ったるとばかりに意地悪く笑
い、「ま、照れるなよ」
「で、誰見てんだ、シンジは……お、スリー」
 トウジのスリーポイントが決まった。軽くガッツポーズを作りながら戻るトウジは、シンジから見てもサマになっている。
そう広くない校庭の向こうにいる女子は女子で、跳んでいる当人たち以外はこっちを見ている。トウジがなんだかんだと女子か
ら人気があることをシンジもケンスケも知っているからため息が出た。
「運動できるヤツが羨ましいぜ」
「得だよね」
「シンジだって、ネルフで色々訓練してんじゃないの?」
「まあ……」
「でも、まあ、確かにな」
「……勝手に気まずくなるのはよしてよ」
 シンジは二点分スコアをめくり、時間表示をめくった。あと二分弱。二分弱ではあと一回、見られるかどうか。

「なあシンジぃ、今度の土曜なんだけど」
「ああ、うん」
 夏休みの初日だ。ケンスケとトウジが遊びに来ることになっていた。なんとなく頷いただけだったが、友達が家に来ることは
もう何年もなかったことだ。
「あれなんだけどさあ、ちょっとばかし変更していいか?」
「え……」
「昼前から行ってもオッケーか?めし、買ってくるからさ」
「ああ、うん。もちろん」
「よっしゃ。やっぱ対戦ゲームは人とやってナンボだからな」
 対戦ゲーム、とは金曜日に発売される「アーマード3」の事だった。最初はゲームセンターのみで展開されていた人型機動兵
器同士の対戦ゲームだが、前作からストーリーモードが加わり家庭用ゲームで発売されたところ、80万本以上の売上をみせた
大ヒットゲームである。その続編は誰もが心待ちにしていたが、3年振りに新作が出る。
「あれ、ミサトさんも学生時代に最初のはやりこんだらしいよ」
「ナヌ!おま、それ早く言えよ!てことはぁ、てことはだ!」
「いや、土曜も仕事で日勤だからいないけどね……」
「んだよー!」
「あ、点入ったよ」
 トウジがこのゲーム二本目のスリーポイントを決め、試合を決定づけた。ぶつくさ言いながらスコアをめくるケンスケを尻目
に、シンジは視線を女子へ戻した。

「お目当てがいなくて残念だなー」
 への字口のままケンスケに、シンジはスコアボードに預けていた腕を振って否定した。
「なんだよ、他にいるならそれはそれで罪だぞ」
「だからそんなんじゃ……」
「ま、良いじゃん?綾波だったら誰だって目がいっちゃうよ……まあ、今やすげーのがいるけど」
 ケンスケが顎で砂場を指すと、ちょうど彼女の出番だった。転校から一週間、早々にクラスに溶け込むどころか圧倒的な存在感
で孤高の存在となっている惣流アスカが力強く走り、長い髪をはためかせて跳ぶ。旗は白。今日は踏み切りに一度も成功していな
かった彼女の最初の記録は、他の追随を許さない5メートル40。思わず大声になったクラスメートの発表はシンジたちの耳にも
届いた。

「バケモンかよ。全中とか出られるんじゃね?」
「かもね、惣流、訓練でもすごいよ。なんか、プロって感じ」
 正直な感想だが、友人の反応はため息だった。
「俺は、お前のそのプロ意識のなさにびっくりするよ」
 耳が痛い。
「一生懸命、やってるつもりなんだけど」
「はいはい」
 ぶっちぎりの記録を出したアスカは飄々と後ろの列に並んだ。視線は明らかにシンジに向けられており、それに気づいてもいた
がシンジはそっと視線を外した。赤い髪ではない、それとは正反対の綾波レイは午後からの登校だった。
 ホイッスルが湿気の多い空気に響いた。8分ゲームで20点も入るのは珍しいが、トウジにかかれば珍しくない。しかも決して
独善的なプレーではないので、見ていて退屈しないゲームだったのは、体育の授業にしては珍しい。もっとも、半分も見ていな
かったので退屈もへったくれもないのも事実だ。
「おつかれさん」
「相変わらずすごいね、トウジは」
「ラスト、外してしもたけどな」
 悔しがるわけではないが、不満そうなトウジに高望みだぜ、とケンスケが声をかけ、退屈そうに背伸びした。
 その後、CチームとDチームの凡庸な試合が終わり、うだるような暑さが身体を覆い始めた十二時ちょうどに整列し、礼と
同時にチャイムが鳴った。

 更衣室のない男子は教室で着替え、一階の購買部へ駆け込む。まさか授業中に財布を持っているわけにもいかない。シンジは
着がえて手と顔を洗った。教室がまだバタついている中で弁当箱を広げるのも、冷静になればすごい話だと思うが、別段気にす
るほどのことでもない。石鹸できれいになった手に満足して振り返ると、階段の踊り場を歩くレイを見つけた。本当に来るとは
思っていなかった。レイは階段を上りはじめてから、手洗い場のシンジにようやく気がついたらしく、足を止めて何度かのまば
たきをした。

「……おはよう」
 少し前から挨拶をしてくれるようになったが、未だに慣れない。
「あ、うん……でも、もうお昼だよ」
 じっと眼を合わせながら階段を上ってくるレイにたじろぎたくなったが、手洗い場から振り返っただけなので、最初から退路
はないのだった。
 彼女は昼休みの喧騒が校舎中に蔓延しつつあるというのにどこ吹く風だった。しかしまばたきが多く、階段を上りきってから
ようやく、少し首をかしげた。
「…………こんにちは?」

 改まった挨拶に、どんな顔をすればいいのかわからないシンジはしかし、何を言えばいいのかもわからない上に困惑した顔を
隠すことも出来ず、それを見ているレイが目を伏せた。
「あの、綾波が、午後から来るのは珍しいね」
「……検査は午前中だけだったから」
「そっか……それが珍しいのかな。検査っていうといつも、休みの気がするけど」
 彼女はその質問には答えず、目も伏せたままだった。そういえば、レイと廊下を歩くこと自体今まで記憶にない。むず痒さと
緊張で、自分の身体が一体全体どう動いているかも曖昧だった。
「……これからは、ちゃんと行くわ」
 聞き取りづらいほどの声だった。
「え、あ……うん、それがいいよ。学校って、つまんないばっかでもないし。
そんなこと、前はあんまり思わなかったけど」
「…………そうね」

 廊下の向こうからトウジが両手にパンと牛乳を抱えてやってくるのが見えた。黒いジャージが蒸し暑い廊下に似合わなさすぎ
て思わず苦笑いを浮かべるシンジにトウジも気づき、
「なんやセンセ、お暑いのう!」
「な、なに言ってんだよトウジ!トウジの方が暑苦しいよ!」
 なんやとー、バカにしおって! 息巻くトウジが鼻息荒く後ろの扉を足で開けて入っていった。
 半歩後ろのレイに対して気まずくなったのでそそくさと教室に入ろうとしたが、指で肩を叩かれ、あとずさるように振り返った。
驚くシンジに不思議そうな顔のレイが映った。彼女はまた少しだけ首をかしげるような仕草を見せた。
「……どうかした?」
「いや、びっくりしただけだから」
「そう……放課後、下にいるから」
「あ、うん……え?」
 今晩はネルフの試験がある。友達と少し話をしてから学校を出るシンジとちがって、レイにはそういう時間がない。だからいつ
も彼女が先にネルフに着いている。それなのに?
「わたしも同じ時間に変更になったから」
「あ……すぐ……行くよ、それじゃ」
 レイが小さく頷き、先に教室に入っていった。
 一体、どういう風の吹き回しか。一緒に行ったことなんて、IDカードを届けた時の一度だけだ。あれを一緒に行った、と呼
べるのなら。

 席に戻って弁当を持ってトウジの隣に座る。弁当の包みを開ける。
「なんやセンセ、ぼーっとして。怒っとんのか?」
 箸を手に、蓋をあけ……それでようやく返事をしよう、と思った。
「怒ってないよ、べつに。なんでもない」
「疲れとるなら昼寝が一番やで」
 本当に大丈夫だから、と嘘八百の返事で凌いで弁当を食べる。一緒にネルフへ。それだけで緊張してしまう自分がいる。そん
な風に他人を意識している。綾波レイだから意識している。
「はぁ……」
「なんや、やっぱり疲れとるやん」
「うるさいなあ」
 トウジも蝉も教室もうるさい。それ自体は嫌ではないが、その中で静謐と言えるほどの雰囲気を身にまとう綾波レイを少しだ
け見ると、彼女はすでに昼食を食べていたのか、鞄を掛けてさっさと教室を出て行ってしまった。彼女が向かうであろう屋上へ
行くだけの理由が見当たらない、見つからないフリをして、箸を伸ばした。弁当箱の中心を陣取る梅干を掴んで口に放り込む。
広がる酸味が口中を支配したが、なにひとつ誤魔化せていないことは間違いなかった。
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件名 Re: 梅干し頼み
投稿日 : 2010/07/21 19:10
投稿者 タン塩
参照先
『作家は二種類に分けられる。歴史家か詩人かである』と申します。
ののさんは詩人ですね。
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件名 Re: 梅干し頼み
投稿日 : 2010/07/21 01:54
投稿者 のの
参照先
反応どもでーす。

>長めの沈黙と、最後の「?」があまりにかわいすぎる。

このシーンを思いついてしまったので、もうそのためだけのお話ですね、これは。

タイトルは最初、幅跳びとからめるつもりだったので全然別物だったんですけど。
恋も甘酸っぱいしねえ、ということで。そういう意味ではベタ。
でも甘酸っぱい感情に甘酸っぱいものをぶつけても打ち消せっこないぜ、っていう。
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件名 Re: 梅干し頼み
投稿日 : 2010/07/18 21:40
投稿者 tamb
参照先
 タイトルがあまりに秀逸。頼んでは見たものの、梅干しはその願いを叶えてはくれなかった
という点に注目。それでこのタイトルを付けるというセンスはすごい。

> 「…………こんにちは?」

 長めの沈黙と、最後の「?」があまりにかわいすぎる。小首なんか傾げちゃったりして。

 中学の頃、体育は2クラス合同だった。女子と男子は基本的に別の事をやってたような気が
する。着替えは、片方の教室で男子、もう片方で女子だった。多くの女子はトイレで着替えて
たような気もするが、そんな何十人もトイレに入れるわけもなく、大部分は教室で着替えてい
たはずだ。女子が着替えている教室が自分たちの教室である男子どもは「まだかよ」かなんか
言いながら、覗いたりする事もなくひたすら待っていたように思う。女子の着替えはなぜか異
様に時間がかかり、どうかするとチャイムが鳴って先生が来てもまだ着替え中だった。「何や
ってんだお前ら」「まだ女が着替えてます」「しょーがねぇな」みたいな会話が結構頻繁にあ
ったような気がする。しかし今にして思うと、トイレで着替える女子と教室で着替える女子に
は何らかの上下関係あるいは権力構造みたいなものがあったのだろうか。
 更衣室はなかった。厳密にいえば部活用であったはずだが、体育の時間に使われることはな
かった。今はどうなんだろうか。更衣室があって、女子はそこを使うのだろうか。と、14歳美
少女処女貧乳の私は考えるのであった。


> データが消えたので色々やる気を失っています。

 多くの人がデータを飛ばしています。私もそうだし、Pちゃんとかあやきちさんとかtamaさ
んもそうだし、他にも何人かいたはず。HDは消耗品だとこういう時に強く思いますな。大抵の
場合はデータサルベージは不可なので、何度も書いてますがバックアップは怠らずに。外部HD
を一台用意して、そこにバックアップすればほぼ問題なし。内部と外部が同時に飛ぶ確率は無
視できるかと。ユーティリティはいくらでも転がってると思われます。
 サイト運営してる某氏は年に一回だか二年に一回だか、何の問題もなくても内部HDは交換す
るらしいです。見習いたいですが、なかなかね。
 こういう私も、今ディスクが飛んだらかなりやばい。
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件名 Re: 梅干し頼み
投稿日 : 2010/07/17 01:55
投稿者 のの
参照先
いちおう、生きてる証明としてショートショートをば。
データが消えたので色々やる気を失っています。
まさかあんな風に色々回復できないとは。

テレビ版8.5話って感じでしょうか。
こんな感じのもアリかな、という。
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