「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/25 11:47
投稿者 のの
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誰も憶えていなくていい。

自分が憶えていればいい。

それ以上のわがままなんて、わたしには言えない。



思い出のスイーツ
Written By NONO



 綾波レイは目を閉じた。真っ暗とまでは言わないまでも、酷く日当たりの悪い自分の家のベッドに座って目を閉じた。これでめでたく真っ暗になった。
 そして彼女は思い出した。何故だかとても印象的なあの時間。



 今日はうちでご飯食べて行きなさいな、と上司の葛城ミサトに誘われたのは去年の暮れのことだった。冬休み直前で世の中が節電を無視して電飾で煌めき色めき青少年たちが血を騒がせている頃のことだった。
「こういう時期に可惜好機を逃すってのがまた、青春なのよねぇ」
 愛車を滑らかに走らせながら葛城ミサトが肩を竦めるのを横目に、レイは真正面に広がる大通りの電飾をぼんやりと眺めた。彼女の赤い眼はそんな電飾をものともせずに真紅に輝いている。ミサトがそれを認めてなんとなく頷いたのはレイの知るところではなく、こんな話をしても無意味と思ったに違いない、とレイは考えた。彼女の瞳は夜に弱く、派手な電飾の輝きは趣味の悪い光の海の様に映った。普段はそうならないためのコンタクトレンズを付けているが今日は切らしていた上にネルフにも在庫がなく、そのままの状態だ。強い光でなければ輪郭がぼやけることはないので特別支障はないが、木々の電飾はむしろ街を行き交う人々より膨らみのある光として映る。
 レイは本当なら早く家に帰りたかったが、好意を無視することはしなかった。「シンジ君の手料理よん」という一言が決め手であることも自覚していた。車は滑らかに走り続けている。乗り心地は悪くない。ただし車線変更が頻繁で大人しい運転ではないことも明らかだった。ネルフの車で送迎をしてもらっているレイにとって個性的な運転は常緑樹を見たことのない人間が冬に青い葉を見るが如く物珍しく、すいすいと前に進んでいくので気持ちが良い。
 ネルフを出て40分ほどで葛城ミサトと二人のパイロットが住むマンションの駐車場に入った。ここに来るのは夏休み直前、第九の使徒への対抗策としてのユニゾン訓練に参加した時以来。緊張してわずかに心拍数が上がっている自分に自覚のない彼女は無意識のうちにひとつだけ深呼吸をして車を下りた。葛城ミサトは真顔のままで彼女を誘導する。制服のジャケットを肩に引っ掛けて歩く様はレイが昔眠れない夜にテレビをつけた時に放映していた戦争映画に出ていたキャプテンの様だった。ほとんど比喩になっていない、何故なら彼女は人間と使徒との戦争でキャプテンを務めているようなものだから。しかしレイは戦争などという意識がないのでその比喩がぴったりだと思った。
 カードキーを差し込んでドアを開け、ミサトが車内で出していた声の四倍くらい大きいな声でただいまあ、と言った。おかえりなさい、と返ってきたのは男の子の声だけだった。
「アスカめえ、むくれちゃって」
 この呟きはさっきの一割くらいの声だった。にやりと笑ってはいるが嫌みはなく、それどころか少し申し訳なさそうに眉をハの字に曲げていたのをレイは見つけ、自分はここに来るべきではなかったのかもしれないと考えた。がしかし、玄関に出迎えた少年の顔でその考えは銀河の向こうへ消えていった。
「シンジ君、ちゃんと四人分作った?」
「買い物の途中だったから大丈夫でした、けど」
「上出来上出来!さあレイ、遠慮せず上がって頂戴」
「はい」
 靴を脱ぐ。学校の制服姿ではないシンジを見たのは久しぶりだったので、レイには彼が馴染みのない人間に映った。しかし首の上に乗っている頭は碇シンジであるし、その頭が乗っている細い首も確かに碇シンジだし、奥行きがあるのに届きにくいその声も間違いなく碇シンジだった。シンジとレイが居間に行く間にミサトがさっさとリビング奥の自室から着替えを取って風呂場に入っていった。
「あのー、えっと……いらっしゃい」
 エプロン姿の碇シンジがいかにも彼らしくまごつきながらレイの眼をギリギリのところで合わせられずに言うと、それにつられてレイもどこに眼を合わせていいかわからなくなり、声が気になったのか居間からどてどてぺたぺたという音を立てながらやってきたこの家のペットであるペンペンがやってきたので、彼女は思わずペンペンを見下ろしながら言った。「お邪魔します」
 がらがらどん、と大袈裟な音を立てながら廊下奥の部屋の扉が開き、全身から「あたしゃいま不機嫌なんだから話しかけたらはっ倒すわよオーラ」を漲らせながら惣流アスカが無言で二人を横切って居間に入っていった。シンジが小声でごめんね、と言いそこではレイの眼を見て言ったことが、レイの心臓をむずがらせた。素直さなのか、目配せなのか彼女にはわからなかった。
 夕食の献立は鯖の味噌煮におひたし、茄子の味噌汁に昨晩の残りだというしらたきの炒り煮が出た。レイでもすべて食べられるメニューだったことが偶然ではないことくらい、想像力に欠けるレイでもわかった。惣流アスカは薄味だ濃すぎだ火が通ってないだと文句を言いながらおかわりまでしていたのが、レイには何がなんだかわからなかった。
 食後、レイにしきりに謝りながらビールを飲みだしたミサトを尻目にシンジは冷たい緑茶を三人分振舞った。これが格別美味しく、アスカも手放しで褒め称えた。コツはと尋ねられるとシンジがそれほど胸を張れることじゃなくて、と前置きした上で、玄米茶の茶葉をそのまま水出ししただけだと言った。それも暑い茶を淹れようと思った先週、直前でどうしてもその気になれずに水にしてみたら美味しかったということらしい。
「だから偶然だよ」
「でも発見じゃない、うん、これは美味しい。エクレアとかにも合いそう」
「エクレア……?」
 耳馴染みのない単語にレイが鸚鵡返しになると、アスカが大げさに椅子を引きずりながら下がった。
「え、アンタもしや、エクレア知らないの?」
 頷くレイに三人が大なり小なり驚いているので、どうやらよっぽど常識的な知識らしいことを知る。
「アンタ人生のいくらか損してるわよそれ」
「そこまで言わなくても……アスカがエクレア好きすぎるだけじゃないかな、って、あ、ごめんなさいなんでもないです」
 遅いわよバカたれ、とアスカがシンジを小突く。そのやりとりは軽妙で、レイが前にここに来た時には考えられないような光景だった。洗い桶に蛇口から水滴が落ちる音や皿を片付ける時のがちゃがちゃした音、皿の量、テーブルに布巾をシンジが置くとアスカが吹き出すそのやりとり、何もしないで並べられた小鉢をつまみ出すミサト。これがこの四ヶ月、一緒に住んでいる人同士が培ってきたやりとりなのかと思い至りレイは目をそらして立ち上がった。明日もあるので帰ると言うと、ミサトがシンジに送っていくように告げ、するとアスカが「危険度が増すだけ」と言い自分も行くと言い張った。二人が一緒にいる姿を帰り道も見ることになったレイは、ミサトにだけ「御馳走様でした」と言い、さっさと廊下に出て急かすアスカの後を追うように居間を出ようとすると、またいらっしゃい、とミサトに声をかけられた。振り向いたまではいいが頷いていいのかわからないレイは曖昧な表情になっている自分に気づいて慌てて居間を出る。はい、ともいいえとも答えにくい回答がこんな簡単にこの世に出現するなど知らなかったレイは、顔を上げると玄関で自分を待っているシンジと当然目が合い、癖っ毛に手櫛を入れながら目を伏せた。シンジがいかにも履きなれたアディダスのスニーカーで自分が革靴なのも何だか良くない気がしてしまった。
とっくにエレベーター前にいたアスカが早くしろと急かし、シンジより先に小走りでエレベーターに乗り込む。アスカに睨まれたことに気づいたが、それに付き合う余裕はなく頬にかかる髪を整えながら息を整えるので精一杯だった。
レイの住むアパートまでは徒歩で20分程だ。近いとも遠いとも言いにくいが、街の大きさを考えれば近いと言っていいだろう。その道中は学校からネルフに行くのと同様にシンジとアスカがレイの一歩半前を歩いているといういつもの形だった。違うのは行き先がレイの家であることと、レイの前を歩く二人が私服であること。それだけのことがどうしてこんなにも気になるのか、よくわからないレイはいつもより眼を伏せながら歩いた。
家から一番近いコンビニまで来て、明日の朝食がないことを思い出したレイは二人に黙ってコンビニに足を向けた。それに気づいたのはアスカの方で、それもレイには面白いと思えない話だったが気にしていても仕方がない。自分が他人に何かを期待していても意味がないのだからと、レイはいつも通りの結論と口上で感情の波を凌いで買い物かごに水とパンを入れてレジに向かった。アスカが入口付近で雑誌を立ち読みしだしたのはわかったが、シンジがどこにいるかはレジに向かっているレイの視界からはわからなかった。と思うと彼は隣のレジに商品を置き、支払いを済ませてレイからほとんど遅れることなくコンビニを出てきた。
「アンタ、なに買ったの?」
「明日の朝のパン。あと、はいこれ」
 と言いながらシンジがレイに包みを渡す。レイには見慣れない、細長くてチョコレートが上に掛かったお菓子だった。袋に『高級チョコ使用・プレミアムエクレア』という文字が踊っているのを見つけて、ようやくそれが何かわかった。
「ちょっとアンタ、あたしのはないの」
「ないよ、だって昨日食べてたじゃないか」
「だからって……ったくもう」
 これ、コンビニの割には結構おいしいんだよと言いながらレイの持つレジ袋にエクレアを入れる。そんなことをして欲しいわけではなかったのにそんなことをしてもらってどんな顔と声でいればいいのか悩んだレイは、とにかく「ありがとう」とだけ言った。どういたしまして、というシンジの笑顔は今日見た中で一番、自分のための笑顔に違いなかった。その笑顔はアスカの小突きですぐに消えてしまったが、それを舌に焼き付けるように口の中で何度も「どういたしまして」という言葉を繰り返しながら残りの道を歩き始めた。もう目と鼻の先にあるアパートまでの残りの道が広かったせいか三人横並びで歩き、大した挨拶もなく二人は帰っていった。レイはまた明日という言葉も手を振ることもすることなくアパートに入ったが、それは二人が見えなくなるまで残ってからのことだった。



 あの後、帰って早速食べたエクレアはチョコレートがほんのり苦く、カスタードクリームがしっかり甘いお菓子だった。一人で食べるより三人で食べた方が美味しいに違いないのに、と思ったことも思い出しながら目を開ける。夜明けにはまだ早い。それでも彼女は使命を果たすべく立ち上がった。割った眼鏡には一瞥もくれず、もしも彼のために戦うことができてもう一度会うことができて、もしももしも彼がありがとうなんて言ってくれたとしたら、舌に焼き付けたはずなのに一度も使わずにいる言葉を返そうと、密かに誓い歩き始めた。
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件名 Re: 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/31 00:29
投稿者 のの
参照先
ああそうだ、感想をもらうってこんなに嬉しかったっけ。
自宅のpcがハードディスクの故障でうんともすんとも言わなくなっちゃったのでiPhoneより。引用としづらいのでせずにいきます。

>tambさん
とりあえずただいま、と申し上げます(笑)
そして書いていま読み返して見て、確かに僕の文章ですねーこれ。最適じゃない比喩とか。そのへんは狙ってるというか、好み。
最初に思い浮かんだ言葉に従っているという感じです。
そして昔の「日記シリーズ」以降、LRSでも絶対にアスカを無視しないというのは意識しております。
特に最近はなんならアスカの人間味がレイより魅力的になってしまっても構わないなと。だからといってどう転ぶかわからないからロマンスがあるのでは、と。
「どういたしまして」の解釈については脱帽です。そっかーなるほどねーー(何)

>タン塩さん
ども、おひさです。感想アリガットさんです。
そうですね、閉塞感はないようにしました。でも、こういうのを書いたことだってありまっせー!
でも「新劇場版」が突き抜けて明るい(エンタメ性が高い)のがどうもやっぱり受け付けないので、この話のレイはまんまEOE突入っす。

>くろねこさん
感想アリガットです。
こんなに間隔があいても「ののらしい」と言われる程度には書いてきたんだなあ、と感慨深く思います。
性分としてやっぱり「苦味の中の甘味」を書き続けてますね。そのへんがエヴァという物語が持つ魅力でもあると思いますし。
アスカがついていくのは、このテのFFは往々にして簡単に2人きりになれちゃいますけど、そんなに都合良くない気がするのです。でもむしろ望んでない形でふと良い瞬間がレイに訪れたらその方が素敵じゃないかなーと思ってこんな形になりました。楽しんでいただけたなら何よりです!

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件名 Re: 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/31 00:00
投稿者 くろねこ
参照先
tambさんとちょいと被りますが、『あぁ、ののさんの文章だ…』と感じながらじっくり読ませていただきました。

なんだろう、話は暗いわけではないのに、言い回しによってそこはかとなくダークさを醸し出している雰囲気。その中にあるちょとした甘さがより引き立って、それが美味しい。こんな文章好きだったりします。
まぁ、わたしの文章の好みは置いといて。

レイがレイらしいし、アスカがアスカらしい。
特にアスカ。シンジがレイを送って行く場面で、たとえば私だったらアスカは大人しく家で待っていると都合よく描いてしまう。が、この作品では彼女はきっちりついて行く。ここがアスカがちゃんとアスカしていて(?)いいし、これがののさんらしさな気がする。
『ほんのりとした苦さ』のなかに、『甘さ』のあるお話。続きもきになるところです。
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件名 Re: 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/28 10:24
投稿者 タン塩
参照先
こ、これは…甘々か?ののさん流の甘々なのか?ののさんの作品に常に漂う、
ある種の絶望感が薄いぞ。いや、絶望感というより閉塞感かな。『出口無し』
の重苦しい閉塞感がののさんの持ち味だと思う。まさにそれがエヴァ本編の
トーンだったっけ、と。
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件名 Re: 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/28 04:52
投稿者 tamb
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 ああ、ののさんの文章だな、と読んで思う。いわばのの節。お久しぶり。

 明らかにはしないけれど、私は自分の文章ってこういうの、と思う部分がいくつかあって、
意識して変えたり変えなかったりしたりしてるけれど、それはののさんの文章とそう遠くない。
 例えば私は「銀河の向こう」なんていう比喩は使わない(思い浮かばない)し、外見的にはセ
リフの入れ方が違うなんていうのもあるんだろうけど、それを割り引いたとしても私の文章と
ののさんの文章を間違う人はいないと思う。
 それはなぜなのか、という分析はしてもしょうがないというか出来ないのでしないけれど、
ある種のストイックさと、適切な比喩が浮かばないけど突き抜けたような暗さが、ののさんの
文章にはある。突き抜けたような暗さっていうのは、何て言ったらいいんだろう、とんでもな
く絶望的な話なのにしっかりと歩いているみたいな感じ。説明しにくい。まあでも、そういう
文章からにじみ出る特徴みたいなのが広い意味での文体であって、のの節を形成しているのか
なと思う。

 アスカの「危険度が増すだけ」というセリフは重要だと思う。こういう場合にアスカに何を
喋らせるのかは結構難しくて、黙って部屋に引っ込ませるという手もあるし、「しっかり送っ
て、送ったらさっさと帰ってくんのよ。部屋に上がり込んだりしないで」とか言わせるという
手もある。どれもアスカらしいと思う。それはアスカという女の子の解釈が浅いのかもしれな
いけれど、この年頃の女の子ってこんな感じに揺れてるのかなとも思う。

 どういたしまして、という言葉は、私はあなたのために何かをしましたという自覚のもとに
発せられる言葉で、自分自身のためだけれど結果的にあなたのためになった、という場合には、
一般的には使わないと思う。だから、「ありがとう」「どういたしまして」という会話ができ
るというのはとても幸せなことだ。だからレイは恐らく無自覚にその言葉を舌に焼き付けたの
だろう。その幸せさをレイは、たぶん気づいていない。
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件名 Re: 思い出のスイーツ
投稿日 : 2012/07/25 11:50
投稿者 のの
参照先
超・蝶久々の投稿です。

完全に肩慣らしなので展開が性急です。

話も完全に思いつくままで、ご飯を食べに来るレイが三人のやりとりを羨むという展開だけで書いていましたが、
ここ数年の僕の中「アスカが甘い物好き」という設定がひょいと顔を出したのでオチはエクレアでいこうと思いました。

これから徐々に蘇っていきたい、と何度書いたことか。とりあえず、物語はちと不安定に続きます。
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